瞬発
「大好き。貴女のそういう所が、好きでたまらない」
腕の中の葉月は、はあはあと荒い息をしていたと思ったら。唐突にきゅっと息を詰めた。
「.......俺のせいで、人にゴミが付くのは嫌だ」
「.......」
「その人が自分で払えるからって、付いて欲しくなんかない」
「.......」
「それでも。貴女の考え方は、いつも俺を打つよ」
「.......」
そっと葉月を離して、顔を覗けば。
真っ赤を通り越して赤黒くなり始めた顔で、ぎゅっと目を瞑っていた。
「え!? なになにどうしたんだ!? きゅ、救急車!?」
「.......あなたのそういう所が好きで嫌いで好きよ.......」
「え!?」
葉月の顔色がマシになるまでそこそこの時間がかかった。すると、座席に転がっていた携帯から、ボソボソと何かが聞こえているのに気づく。
「これ誰の携帯? もしかして通話中?」
その携帯を拾って、耳に当てれば。
「隊長私は不要ですか副隊長失格です無言で置いていかれるほど私は無能のクズですが私は不要ですかわた」
思わずそっと携帯を下ろした。
ずっと平坦な声で隙間なく言葉が続く。こっわ。
もう一度携帯を耳に当てる。
「歳も離れていますし普段からご一緒しませんし他の副隊長より隊長の事を理解できていない私は失格」
「花田さん」
びだっとつぶやきが止まる。
「今回.......負け試合だと言われてきました。俺のワガママで貰った仕事です。危ないと思います」
「.......」
すっと。息を吸った。
「それでも。今からでも、俺に着いてきてくれますか?」
「いいえ」
え。
「もう追いつきました」
車のドアが開いた。
いつの間にか、目的地に着いて車は止まっていた。
にこやかに笑った花田さんは、きっちりまとめた七三分けと、いつものメガネで。
「お待ちしておりました、隊長」
いつもより深々と、頭を下げた。
「.......どうして?」
「いやぁ、新幹線の進化は凄まじいですね! 京都から東京まで2時間とは! 驚きましたよ!」
花田さんの後ろに、とんでもなく不機嫌な兄貴と、げっそりした先輩と優止が見えた。それに、八条隊長と第六隊の詩太さんも。
そして、そのもっと奥。深く深く腰を折るのは、正直居ることは知っていた勝博さん。車で来る間、待たせていると思っていたのだ。問題は他の人達。
「どうして?」
「俺と九条は今日休みになった! だから来た! 」
「漢に言葉はいらねぇ!」
たぶん2人とも怪我してるから休めって意味の休みだと思う。休んでください。
「.......僕は医療班です.......万が一に備えて.......」
「リスクは減らすべきですからね。あぁ、勘違いしては困りますよ。私が危険と判断したら、これは即中止です。君は何がなんでも京都へ連れて帰ります」
まだ話していた八条隊長の横から兄貴がスタスタ歩いてきて、ノールックで俺を殴った。かなり強め。他の全員が慌てるぐらいには強め。
「.......お前、帰ったら蔵」
「やだぁ.......」
「なら話を聞け」
「うん.......」
「はぁ。お前.......兄ちゃんの準備を全部無駄にしてったな? サラマンダーの新幹線持ち込み許可も、静香に朝飯要るって連絡したのも.......」
最後のが笑えない。右手に持ったランプから、カタカタと音がする。お前新幹線乗れたらしいぞ。
「隊長。人払いは済ませてあります。次の指示を」
「七条君.......弟君の方ですよ。全員で式神をだして量で押してはどうでしょう。それか多少刺激を与えて反応を見るかでしょうか。禁足地相手にできることは限られますからね」
花田さんが八条隊長を睨みつける。と言うよりガンをつけている。舌打ちしそうな雰囲気。
「あー.......勝博さんちょっといいですか」
「はい」
音もなく横に居た勝博さんが、そっと頭を下げる。俺は1本糸を出して、その端を勝博さんに渡す。
「離さないでください」
「承知致しました」
勝博さんは、ぐっと糸を握った。
その向こうで花田さんが今度は瞬きもせずこちらを見つめていた。目が怖い目が。
「花田さんも持っててください」
「命に変えても離しません。ですが、隊長。これは一体?」
「じゃーん」
真っ黒な封筒を見せる。
これは禁足地への立ち入り許可。ちなみに対象は俺のみ。
「「は?」」
「本気の椅子取りゲームを!」
走った。そこへ、森を囲む柵の上へ、足をかける。
やめろ、と叫ぶ声がする。誰かが手を伸ばしてくる。それを、後ろに。
「やってみようかな!!」
跳んだ。
禁足地だと、誰も入るなと、人を拒むその柵を。
俺らの最強を隠したその場所へ。
「和臣!」
「へ?」
まだ宙にいる間。草木が生い茂るそこへ、足をつく前に。
「潰されないで!」
「うっ」
背中に思い切り何かがぶつかってきて、思い切り顔面から地面に突っ込む。潰れました。
和臣クエストⅢ 〜GAME OVER〜
「.......私」
「.......」
「瞬発力には、自信があるのよ」
笑えなかった。




