宣告
センター試験まであと3ヶ月弱。
最後の追い込みとして参考書は手放せないし、世間のクリスマスムードも知ったことではない。
嘘だ。そろそろ俺だってイチャイチャクリスマスを過ごしたい。そんな事を望むのは贅沢でしょうか。教えてサンタさん。
「ただいまー.......」
若干の憂鬱さを抱えながら家に帰った。返事がないまま、廊下を進んで台所の横を通り過ぎた時。
「お? おじゃましどるぞー」
「あ、どうもー」
赤いアロハシャツに、何故かパイナップル型のサングラスを頭にかけた老人が、俺のカップ麺ストックを片手に座っていた。
「今日はプーリンが無かったからのぉ。これにしようかと思っとったんじゃ」
「あ、すいません。古いやつからにしてもらえます? 賞味期限とか.......ってうわあああああああ!!」
「なんじゃあああああああ!!」
英単語帳を振り回しながら爺さんと距離をとる。爺さんは両手でカップ麺を持って立ち上がった。
「またか不審者ああああああ!!」
「違うと言うとるじゃろうがあああああ!!」
「帰れえぇぇぇぇ!! って待て! あの龍来てんのか!?」
「落ちつけぇい!! まずは湯を沸かすんじゃああああああ!!」
「あああああああああ!!」
姉が買った電気ポットに水を入れる。そして爺さんからカップ麺をひったくって、内側の線までお湯を入れた。
3分間の静寂。
俺がカップ麺の蓋を剥がすと、爺さんはマイ箸でズルズルと麺を啜り始めた。
「このジャンキーな味がまいうーじゃのお。チョベリグじゃ!」
「俺のプリンとどっちがいいんだよ」
「そりゃ別方向じゃろ」
余ったお湯でお茶を入れて、仕方ないので爺さんの分も湯のみを出した。
「なあ、今日もあの龍来てるのか?」
「アッシーのことか? 呼んだら来るぞい」
「あんなすごい龍ホイホイ呼ぶなよ.......」
先程あれだけ叫んだのに、誰も台所へ来ない。妹はもう帰っているはずだし、姉だって兄貴だってまだ家に居る時間のはずだ。
「お主も似たようなもんじゃろ。神もどきを連れとった。じゃが.......山に好かれるとは憐れじゃのお」
憐れとか言うなよ。悲しくなるだろう。
「それに、また珍しい印を付けられたもんじゃ、シルバーマークって所かのお。お、さすがワシ、ナイスギャグ」
はっはっはっ、と腕を組んで爺さんが笑う。何言ってんだこいつ。
「ま! ワシらには1ミリも関係ないがの! 残念じゃったな!」
「何言ってんだ爺さん」
爺さんからカップ麺を奪って汁を捨てた。ごめんなさい地球。
「なああああああ!! 何するんじゃあああああ!!」
「うっせぇ! 老人は健康に気を使え!! 塩分やばいんだよこれ!」
「まだ若いから大丈夫じゃあああ!!」
「嘘をつくなーー!!」
うるさくて仕方ないので今朝剥いたりんごを出してやる。しゃくしゃくと言う音だけが響いた。
「まいうーじゃのぉ」
「そりゃ良かったよ.......」
自分の湯のみを傾けた時。
「.......お主、もうあの神もどきは呼べんのか?」
「はぁ? .......変態の事か? ならもう来ない」
「運の尽きってやつかのぉ.......」
「あ?」
「お主」
爺さんはつまらなそうに湯のみを置いて。
「死ぬぞ」
つまらなそうに、そう言った。
「ごほっ!!」
お茶が変な所に入って噎せた。爺さん、言っていい冗談と悪い冗談がある。特にあんたが言うとシャレに聞こえない。大阪行ってセンス磨いてこい。俺もすぐ行くから。
「シャレじゃないわい。ワシつまらんシャレは言わんし」
「.......じゃあなんだよ」
「山に引きこもっとりゃあ、死なないんじゃろうが。そりゃチョベリバじゃ。ありゃ今機嫌が悪い」
「おい、話聞けって」
爺さんは、すたっと椅子から降りて、俺の鞄をのぞき込んだ。
「もしお主が死んだら、このトカゲはワシが貰っちゃる! エリマキトカゲとはナウいのお!」
焦げ臭い。
慌てて鞄からランプを取り出せば、俺のノートは表紙が焦げていたし、ランプは見たこともない色の炎に軋んでいた。
「わ! ま、待て! 壊れる! 壊れるから!」
「はっはっはっ。激おこじゃのお!」
そろそろ俺も火傷すると言うところで、トカゲはふっと弱火になった。よかった、火事は勘弁してくれ。ウチは木造だぞ。
「じゃ、そろそろ帰るかのぉ! 死ぬ時はプーリン作ってから死ぬんじゃぞ! バイナラじゃ!」
「あっ! 待て! あの龍呼ぶのか!? おい!!」
慌てて爺さんのあとを追って玄関へ走った。靴下のまま玄関を飛び出して、秋の空を見上げれば。
「.......」
美しい、大きな龍が飛んでいくのが見えた。
どっと疲れてしまって、汚した靴下を脱いで玄関へと上がった。
「あれ? 和兄おかえり。遅かったね」
「.......ただいま」
「あっ! 靴下汚したの!? もう、和兄ったら子供じゃないんだからやめてよね!」
ますます姉に似てきた妹の頭をぐりぐりと撫でてみた。妹はぷりぷり怒って家の奥へ行ってしまった。
「トカゲ。俺思うんだけどさ」
洗面所で洗濯機に靴下を入れながら、ガラス越しにスリスリと擦り寄ってくるトカゲに話しかけた。
「結局は筋肉だと思うんだ。俺死にたくないし.......だからダンベルとか買おうかなって」
トカゲはくいっと首を傾げて。
ほわっと柔らかく炎をあげた。
「よし。ネットショッピングしちゃうか!」
今どきの若者らしく、ネットでダンベルを注文して。
次の日にハンドベルが届いた。
妹にあげた。




