帰国
「ちょーーーー楽しい」
「あなた.......さっきからバターばっかり買ってるわね」
「そりゃあ買いますよ。フランスですよここ」
高級バターがこんなに。素晴らしい。最高だ。
そう、ここはフランス。ほぼ観光目的でやってきた。
実は面倒な仕事が1つあったりしたが、朝一で一条さんが終わらせた。一昨日より少し大きな組織を潰したのだが、俺がした仕事は幹部の人達を縛ってぽいしただけだ。ああ疲れた。もうやだよ。俺対人苦手なんだよ。喧嘩弱いからね。
「.......勝博さんって、何者なの?」
「誰も知らないんだなー、それが」
強そうな塩を買った。よく分からないが美味しいらしい。葉月は大量のお菓子を買っていた。ゆかりん用かな。
「どういうこと?」
「勝博さんなー、どこの門下なのかも謎なんだよ。術は基本的なのしか使わないって言うけど、めちゃくちゃ強いからな.......あと、肉弾戦がやばいらしい。花田さんでも敵わないって」
「え.......?」
おそらく葉月は、今朝の勝博さんを見て驚いたのだろう。勝博さんは1人で、組織の研究成果を全て塵にした。怖いね。葉月は杉原さん作のリスト片手に謎の道具を壊していた。それも怖いね。
今回もおそらく一条さん1人で何とかなったのだろうが、ハルが微妙に不機嫌で全員ボッコボコにしていた。隠れてこちらを見ていた別組織の術者達も軽めにクッキングしていた。勝博さんは一切止めなかった。
「俺.......なんで今回呼ばれたのか分かった」
「?」
「ハルと一条さんのストッパーだ.......死人が出ないようにするためだったんだ.......」
なんてこったい。総能本部へ。パワーバランス考えてくれ。無理だろ。俺ごとやられるわ。ていうかやられかけたよ。西の人縛るより百倍大変だったよ。殺す気か。
「頑張ったわね。ちゃんと終わったじゃない」
「.......うん」
死人が出なくて良かった。ただ、日本の総能の噂が大変なことになった気もする。
「ふふふ。そうね、これでもう誰も、本当に日本へ手は出せなくなったわ。数十年では薄れない、もっと深い傷を刻んだのだもの」
目の前に。コートを着た金髪美少女が、ニコニコしながら立っていた。
「ぎゃああああ!! 始末書の原因ーーー!!」
「Bonjour.また会えて嬉しいわ」
葉月が俺の前に出る。
「何かご用かしら?」
「ふふふ。少しお話したかったのよ。でも、デートのお邪魔なら帰るわ。フランスに来たのはもう1つ理由があるから」
また白だの黒だの言われるのかと思ったが、金髪美少女は思いのほかあっさり引き下がった。
「先生ーー!! イベントに遅れちゃいますよ〜! フランス語版の「MENMA」最新刊が発売なんですから急がないと.......ってきゃーーーー!!!」
アニメTシャツ美女が腰を抜かした。某電気ネズミの鞄を抱いて震えている。
「せ、せん、先生.......! な、何を.......!」
「ふふふ。挨拶よ」
「なぜですか!? この間罰を受けた相手ですよ!? しかも魔導師組織を一瞬で潰したとか言う噂が.......!」
「ふふふ。罰を受けたのだから、お話ぐらい許してもらえるわ。それに、噂ではなく事実よ」
「あっ.......」
美女が気絶した。可哀想に。あと「MENMA」俺も読んでるんですけど。写輪眼と螺旋丸やりたい。あと影分身。
「ふふふ。今度はきちんと議論をしましょう? お疲れ様、極東の白黒」
コートが翻る。一瞬で、2人は人混みに消えて見えなくなった。どこにでもいるなあの人たち。さらに忍者について思いを馳せていると。
後ろから、聞き覚えのある声がした。
「勝博ぉ、写輪眼はぁ?」
「治様。それはフィクションです」
「じゃあ、本物はぁ?」
いつの間にか隣にいた一条さんが、すっと俺と葉月の前に立った。そして、勝博さんのいつも通りの声が聞こえた。
「お望みならば」
音もなく。気配もなく、ただ、ハルのケラケラと言う笑い声が遠ざかって行ったのだけが分かった。
「.........................にんにん.............Secret」
無表情で振り返り、人差し指を唇に当て、一条さんはそう言った。
葉月の手を取って、ガイドブックに従って歩き出す。
今見た事は全て、全てなかったことにした。葉月もなかったことにしたのか、俺と一緒にガイドブックを見ていた。
「帰りマカロン買わなきゃ。清香に言われた」
「お姉さんのお土産は?」
「イギリスの紅茶」
「隊のお土産は?」
「紅茶とお菓子」
俺を見上げる葉月の口にクロワッサンを入れた。可愛い。え、可愛い。
「アントワネットしに行かない?」
「行くわ!」
世の中の皆さんごめんなさい。
受験生ですが、とても充実した海外デートを楽しんでしまっています。たぶん世界で俺が1番幸せ。パンがないならお菓子を食べればいいじゃない! 彼女と一緒にね!
「ちょっと待ってちょうだい.......地図を見て、ここまでおかしな方向に進めるの.......?」
葉月が若干怯えたように俺からガイドブックを奪った。そのまま今来た道を折り返す。
そして、散々楽しんで。
帰りの飛行機の中、トカゲのランプを磨いていた。あっという間の5日間だった。テトリスの合間に数学の問題集をチラ見していると、飛行機は日本へと降り立った。
そして。空港に迎えに来てくれた妹と姉と。日本に。
「ただいま!」
葉月と一緒に、手を広げた。
勝博の話。




