表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七条家の糸使い(旧タイトル:学年一の美少女は、夜の方が凄かった)  作者: 藍依青糸
こぼれ話(6)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/304

参加

 夏休みももう終わる。

 残り僅かな夏に思いを馳せながら、フェンスを乗り越えた。

 少し前に進んで、つま先が少し飛び出す位置で立ち止まる。


「.......」


 夜だというのにまだまだ蒸し暑い。昼間の熱をめいいっぱい吸収したコンクリートの屋上は、日が沈んでからもゆっくりと熱を放っていく。


「.......」


 風が吹く。爽やかさを失った、湿っぽい風。まだ夏だと、まだ終わらないと主張するように、着物の裾を揺らして吹き抜ける。


「.......」


 すっと息を吸い込んで。

 なんでもない道を歩くよう、宙に1歩を踏み出した。


「.......」


 何も捉えなかった足は、何を捉えようと落ちていく。浮いた内蔵が、上がった血液が、全てが支えを失って。何が詰まっているのか、重い頭が下になる。やけにゆっくりと感じる地面までの時間。ほんの数瞬の間。


「.......来たっ!! 全員始めっ!!」


 落ちる間に見える、窓ガラスに映る風景。落ちていく自分の顔の横。そこに、違う顔が見えた。


 びんっ、と糸が張って。地面上3センチの所で落下が止まる。


 上で、大量の札が投げつけられる。ばだばだっ、と窓枠を鳴らしながら札が張り付いていく。


「隊長ーーー!!」


「おし! 全員やめー!!」


 ピタリと止まった札の嵐。

 逆さまの俺は、そのまま3階の窓まで釣り上げられる。止まった拍子に体が揺れる前に。


「出てこい陰湿野郎!! 【(れつ)】」


 びりっと窓に張り付いた札が剥がれかける。そして、そのまま。

 窓から飛び出た札だらけの黒い腕が、俺の首に手を伸ばす。


「はいどうも!! 【滅糸の一(めっしのいち)鬼怒糸(きぬいと)】!!」


 ギイぃぃぃぃ、と耳障りな音がする。暗い感情のこもった何かを、真っ白な糸が包んで。解けた後には、何も残らない。


 そのまま足を釣っている糸を緩めて、ゆっくりと地面に手をついた。


「はい終了ー! 全員無事かー!? 」


 ガサガサっと、校庭横の植え込みから皆が出てくる。全員じっとりと汗をかいていて、ゆかりんは真っ赤な顔をしていた。


「おお!? 熱中症か? 待ってて水買ってくる」


 ガシッと襟を掴まれる。


「.......七条和臣」


「ゆかりん大丈夫? 花田さん、こういうのどうすればいいんでしたっけ.......?」


「隊長、水分補給はこまめに指示出ししていたので、熱中症では無いかと」


「さすが花田さん」


 優秀過ぎではないだろうか。


「.......んで」


「ん? ゆかりんごめんもう1回言って」


「なんであんたここにいんのーーー!!?? なんでこんなレベルの仕事に今最強説が出てる術者が来てるのよーー!!??」


 がくがく胸ぐらを掴まれる揺すられる。わあ、アイドルが近い。サインくれ。


「ゆかりん、これ結構難しい仕事だと思うよ? 誰か落ちないと出てこないし.......」


「ち・が・う!! 違う!! あんたの実力と合ってないって言ってんの!! あんた今めちゃくちゃ話題なの! 全術者が注目してんのーー!!」


 一気に気持ちが急降下。俺のテンションは糸で釣る間もなく地面に落ちた。ぺそん、と悲しい音がした。


「.......俺マメ吐いてない.......片手じゃ倒せないよ.......」


「分かってるわよ!! そんなの信じないっての! じゃなくてなんでこんな前と変わらないのーー!?? 名付き倒したんでしょーーー!!??」


「そんな変わらないよ.......。..............ゆかりんも、俺の事嫌いになった?」


 結構本気で悲しいので、この後3日は泣き続けるかもしれない。脱水には気をつけて泣こう。


「ちょっと泣かないでよーー!!?? 私、私が悪いの!? なんかごめん!!」


「.......いいよ.......気.......使わなくて.......」


「嫌いじゃない! ニュートラルだから! 今戻ってきた! あーもう、こんなやつにビビってた自分が嫌!」


「.......ホント?」


「嘘つくわけないでしょ! もう、こんなの見せられたら昨日寝れなかったのバカみたいじゃない!」


 葉月が、「だから言ったでしょう?」とゆかりんの肩に手を置く。


「和臣隊長! 私も全く気にしていません! 涙の仲直りビデオを編集したのは私です!」


 中田さんと杉原さんの関係忘れてた。違う意味で涙が止まらない。


「.......隊内の人間関係は、良好ですね!」


「花田さん.......!!」


 にこりと笑った花田さんは、きっちり整った七三分けを撫でる。すごい、惚れそう。


「では隊長。この後どうされますか?」


「仕事は終わったので.......解散です。じゃあ皆さん気をつけて帰りましょー、家に帰るまでが遠足ですよー」


 過去俺が遠足から帰れなくなったのは計3回。小学校の時2回、中学の時1回。普通に遠足中迷子になったのは4回。皆も気をつけて帰って欲しい。


「.......七条和臣」


「なに、ゆかりん。あ、お腹空いた? 葉月がお菓子持ってるよ」


 知らない学校の校庭から出て、少し遠くに止めた車へ向かう。今日は花田さんが運転した。中田さんはジャンケンに負けたのだ。


「.......あんた、なんか苦手な事ないの?」


「え。.......勉強、運動、ゴキブリ、怖い人、あと将棋と」


「違うわよ。ていうか情けな」


 悲しいが認めざるを得ない。まだまだ苦手な事はたくさんある。


「はぁーーー。.......あんた蹴鞠始めない? それか大食い」


「えぇ.......。食べるより作る方がいい.......」


「.......うそ、冗談よ。別に自力で追い抜くからいい。.......あと、あんた忙しいし、断ってくれていいんだけど」


「ん?」


 シートベルトを締めながら、葉月が差し出したふ菓子を食べる。葉月はこれが好きらしい。このお菓子の正体が知りたい。なんだこれ。何でできてるんだ。黒糖以外の部分が謎すぎる。



「8月31日、三条一門蹴鞠大会......来る?」


「行くわ!」


 なぜかやる気の葉月と、ゆかりんに蹴り落とされに行くことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 零時前なので今宵最後の投稿を。 いつも丁寧な返信ありがとう御座います。 他の方のご感想を読むのも実は楽しかったりします(*^▽^*)妖狐さんの感想も好きです。投稿の参考にさせてもらいました…
[良い点] 深夜に感想投稿し、連投にも程があると反省し、控えるつもりですが…蹴鞠大会とあっては御礼せねばなりますまい。 もう、面白い話になるのは見えているので寿司屋でお任せした感じてワクワクです。(し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ