隊長
「胴体ついてるぞ!?」
「.............私が、出る」
「じゃあ私がお手伝いねぇ! かずちゃんはお手伝いのお手伝いよぉ!」
ばぢんっ。と音が聞こえたのは一瞬後。
一条さんが壁を思い切り踏みしめて、怨霊へ踏み込む。いつ抜いたのか、光を受けて輝く刀身が見えた。
「いっちーさっすがぁ! じゃあ私も頑張っちゃうんだからぁ!」
ハルが大量のシールをばらまいて、くまのシールが1枚一条さんに張り付く。俺にはうさぎだった。
『名乗りを上げろ!! 貴様らそれでも武士か!』
「すいません武士じゃないんで」
俺は一気に糸を絞った。一条さんが刀を鞘にしまった瞬間に俺が前に出る。死ぬほど怖いが、躊躇いはなかった。なぜなら、俺の隣りにいるのは最強の2人だから。怖くても、不安はなかった。
『ならなぜ我の前に立つ!! 新たな皇である我の前に!!』
「あんたが悪さばっかりするからだよ!!」
怨霊が刀に手をかけただけで糸が引きちぎられる。これは無理だと判断して、目は離さないまま後ろへ下がる。ハルが前に出た。
「あらあら! 胴がつくと急に元気なんだからぁ! しょうがないねぇ、【滅札の一・破成札】!!」
怨霊は刀にかけた手はそのままに、残りの腕をふった。それだけで、最強の術者の術が散る。
「.............ふっ」
一条さんが音もなく怨霊の背後に回り、首へと刀をふるう。俺の糸は引きちぎられながらも怨霊を縛る。
「っ! いっちー危ない!!」
怨霊が刀を抜きながら振り返った。俺の糸ごと一条さんに切りかかる。
「.............10分」
一条さんはハルの壁から飛び降りた。地上に降りた一条さんは、静かに手足を伸ばしていた。
「かずちゃん! 10分だってぇ! 頑張ろうねぇ!」
「.......これ、もしかしてめちゃくちゃ長期戦になる?」
一条さんが早々に離脱したのは、今後を見据えてか。目の前の胴体付きの首は、想定していたより厄介だ。
「10分たったらかずちゃんが抜けていいからねぇ。私はまだ大丈夫だから!」
『先日我に戦を持ちかけた武士はどこだ! 我は胴を繋いで舞い戻って来たぞ!! さあさあ、戦をしようではないか!』
「【縛糸】」
『どけ小童!! 勝負を求めるなら一対一の真剣勝負をせよ!』
「俺刀持ってないんで!!」
術は弾かれた。強すぎる。人の霊が、ここまで強くなるのか。いつかの九尾よりも、人の気持ちが入っている分やりずらい。明確に人を殺す意思を持っている相手との勝負は、なかなか大変だ。
「.............1時間」
「かずちゃん下がっていいよぉ!」
一条さんが壁の上に戻ってくる。1時間とは、1時間休めということか。どういう事だ。
「...................休め」
いつの間にかふり抜いた刀をしまいながら、一条さんが言う。やはり休んでいいのか。
糸は残したまま壁から飛び降りて、誰も来ない首塚の隅に座る。上を見上げながらぼうっとしていた。
おそらく、あの怨霊には勝てる。
強すぎて目の前に立つと逃げ出したくなるが、隊長と当主の三対一。しかも対人最強の一条と札の五条のハルという豪華メンバー。怨霊相手には負けはない。
一条さんが一瞬で真っ二つにできない時点で恐ろしい程の強さだが、2人が撤退せず早々に長期戦へ切り替えたのなら勝ち目はある。
「朝までに終わるかな?」
携帯のアラーム機能で1時間計りながら考える。壁の上では2人が高レベル過ぎる戦いをしていた。
アラームが鳴って。
糸で吊って壁の上に戻った。
「ハル休む?」
「かずちゃん、これまずいかもぉ!」
「え」
俺も札を撒きながら糸を絞る。一瞬で切り刻まれて、ハルの札だけが怨霊に張り付く。
『正々堂々戦え!! 名乗りを上げろ!!』
「.............1日では、終わらぬ」
「胴がついたら全然弱らないんだもん!! 首だけならもう消えてるのにぃ! 首斬れるまで弱らせるの大変だよぉ!」
「マジですか.......じゃあ徹夜? って言うか徹昼?」
『名乗りを上げろ無礼者!!』
「もううるさぁい!! 今お話してるのぉ!! 【滅札の四・祈離札】!!」
怨霊の片腕が飛んだ。ハルは話したそうだったが、このチャンスは逃せない。俺も一条さんも一気に畳み掛ける。
「【滅糸の三・至羅唄糸】!!」
「.............【斬】」
俺の糸が怨霊の足を貫いて、一条さんは怨霊の刀を三分の一ほど折った。
「2人ともそんなに飛ばして大丈夫ぅ? まだまだ長いよぉ?」
『一騎打ちをしろおおおおお!!』
一条さんが俺を抱えて走る。ハルが前に出た。
「【五壁・守護・百歌】!!」
一気に半分ほど壁が吹き飛ぶ。俺と一条さんも札を投げた。
『名乗りを、上げろぉぉぉぉ!!』
「ハル!! 下にまで被害が出るぞ!!」
「任せてぇ!【六面・抑縛】!!」
壁はミシミシと音を立てながらも、怨霊から出る異常な力を防ぐ。
「.............どうする」
「1時間交代で2人ずつ上にするよぉ! 私は4時間に1回抜けるからねぇ!」
「ハル、それで持つか!?」
「ふふん。かずちゃん、いい事教えてあげるぅ!」
壁が弾けて、一条さんが大きく刀を薙いだ。怨霊の刀の刃がかけて、一条さんがそのまま下へ降りる。
「隊長はねぇ。1番強いから、隊長なのよぉ? 【律札】!!」
怨霊の動きが鈍る。俺の糸は辛うじて数本届いている程度。先程の足の傷ももう消えていた。
「.......さすが隊長!! 【滅糸の五・継理糸】!!」
強度を上げた1本の糸が、怨霊の首を締める。本来なら触れただけで塵になるような糸なのに、食い込むだけで終わる。
『我はもう首を落とさぬ!! 負けなどしないのだから!!』
刀を持つ手で糸を引きちぎられた。長期戦ということであまり考えなしに術を使ってはいられない。ペース配分に気をつけなければ。途中でガス欠は笑えない。
その後、2回の休憩を挟んで。ハル抜きで俺と一条さんで怨霊に向かい合う。
「.............副隊長、壁を」
「おうよ!【八壁・守護】!!」
足場の壁はもうボロボロで、後1度一条さんが踏み込めば割れる。俺がもう一度壁を張って、足場をつくる。
それから。昼間全てを費やして。
総能本部からの応援として、救護班と札を貰った後。
もう一度真夜中を過ぎた頃。
「.......は、ハル.......っ」
もう3人ともボロボロで、ハルのゴスロリがミニスカート程にまでちぎれた。
俺と一条さんの着物も、もう布と呼んだ方がいいかもしれない。
「.......かずちゃん、ちゃんと怪我治しておいでぇ」
「.......ハルこそ」
向かい合う怨霊は片腕。刀はほぼ根元から折れている。足はズタズタになり穴だらけで、首には何本もの傷が入っている。だが。
『我は負けぬ!! 戦をしようではないか!』
「ハル!! 交代して来い!!」
ふらついたハルを下に降ろす。一条さんはまだ止血が出来ていないのに、刀を握って上がってきた。
俺達全員、ボロボロだった。
何回傷を塞いだのかもわからない。ただ、塞ぎきる前に新しい傷ができるようになったのは、数時間前。
「.............どうする?」
「首を、落としたいです」
そろそろケリをつけたい。いくら傷をつけても、おそらく首が繋がっている限り終わらない。
「...................私が、斬ろう」
一条さんが斬ると言った。ならいける。首さえ落とせば、あとは俺かハルが多少無理してでも封印する。
たとえまだ怨霊が信じられない力を撒き散らしていようとも、刀の一条が斬ると言ったのだ。
「.............副隊長」
「はい」
札を投げながら踏み込む。確実に傷はつけているのに、傷と相手のダメージが比例しない。
「.............一瞬。止められるか?」
無理だ。できるならとっくにやっている。
「.......任せてください! スッパリお願いしますよ!」
札を全て投げつける。後先は考えていなかった。どの道もう持たない。
「【縛糸】」
『まだ名乗らんか!! 小童!!』
怨霊が1本の腕をふるう。死、という文字が頭に浮かんだ。それでも、俺の糸も俺の腕も、一切の震えもなく滑らかに動いた。
胸元に手を突っ込んで。思い切り上に放る。そして。
『新たな皇は、我だあああああ!!』
「「やあやあ我こそは! 」」
俺も、名乗りを上げた。名前は言えないが。
『!?』
怨霊は弾かれたように後ろを振り返った。
一条さんが俺の横で、一気に踏み込む。そして。
怨霊の背後に落ちてきて、録音した俺の声を流している携帯ごと首をスッパリ斬った。
『我は.......!!』
「かずちゃん胴体!! 私は首ぃ!!」
「了解!!」
落ちた首はハルが。首のない胴は俺が。
「【滅糸の一・鬼怒糸】!!」
「【滅札の一・破成札】!!」
札だらけの首は木の箱に。
糸で圧縮された胴体は一条さんに切り刻まれて。
全員地上に戻ってきた。
「うええ.......疲れた.......」
俺史上最大の賭けだった。怨霊が携帯の存在を知らなかったようで助かった。
「和臣、いっちーお疲れ様ぁ! もう、こんなに大変なら勝博連れてくればよかったぁ! あ、解散だよぉ!」
「.............帰る」
「え、一条さん怪我は!?」
「.........................治る」
「いっちー札いるぅ? 」
本部の救護班は涙目で一条さんを引き止めて、治療をしていく。途中ゼリー飲料を渡されて、久しぶりの食事の味気なさに泣いた。
「眠ぅい! 私ホテルで寝たい! 和臣もいっちーも寝ようよぉ!」
「.............寝る」
「.......これ俺が報告とかする感じ? 全然休めないじゃん.......俺死んじゃうよ.......」
スッパリいかれた携帯の片割れを拾って泣いた。
ホテルに戻って、公衆電話を探そう思った瞬間寝た。それでも3時間ぐらいで目が覚めて、信じられない疲労感の中、自分も隊長だったと思い出した。
「.......みんなまだ仕事してるかな.......」
「...................七条弟」
「ひっ」
鋭い目の一条さんが、俺の部屋の椅子に座っていた。
「...................花田、裕二は」
「は、花田さん!?」
「...................大丈夫か?」
何がですか。なぜここに居るのかも何を言ってるのかも分からない。
「だ、大丈夫じゃないでしょうか?」
「...................」
一条さんは音も立てずに出ていった。
訳が分からない。冷や汗は止まらないし、急に不安になった。花田さん達は大丈夫か。もし電話でもかかってきていたらどうする。万が一もないだろうが、葉月やゆかりんが怪我でもしていたら。中田さんと花田さんでも敵わない何かが出たら。
「行くか.......」
とりあえずボロボロの着物を脱いで、持ってきた服に着替えた。新しい着物はそのうち本部から送られてくるらしい。
ハルが最後にタッパーに入ったクッキーをくれて、俺はタクシーに乗ってダムへ向かった。
変な所で降ろされて、訳の分からない道無き道を進んで。
あまりに大きな相手に向かい合う弟子を見つけた。
俺の隊員達は、誰一人逃げ出さず、お互いのためにきちんと立ち向かっていた。
なんて、眩しい人達だろう。
俺は絶対、この人達に恥じない隊長であろうと思った。
おそらく総能最強トリオ。ほかの術者が一緒に戦ったら邪魔になるどころか手も出せないと思います。
そしてこの3人は、揃うと誰も焦りませんし、場が締まりません。なぜならお互いの実力は認めているので負けるなど考えませんし、みんなどこかおかしいからです。
今回は胴体がついていたので長引きましたが、首だけだったらハルと和臣で余裕で倒せます。




