Yes or No
「姉貴ー! タケ爺が豆大福くれたんだけど食べる? 清香はいらないって.......」
姉の部屋の障子を開けると、時が止まった。
「「.......」」
俺は黙って障子を閉めて、そっと目を閉じた。
俺は疲れているのかもしれない。
もう一度ゆっくり障子を開けた。
「.......お姉様」
「開けんなバカ!!」
思い切りゴミ箱を投げつけられた。俺は目頭をゆっくり揉んで、頭の中を整理する。
「.......お姉様、何かご不満ですか? お疲れですか?.......それとも、趣味ですか?」
「んなわけないでしょ!! この、バカっ!」
何故か高校の制服を着た姉は、セーラー服のリボンを投げ捨てながら叫ぶ。
「.......兄ちゃーん来てー!」
「兄さんを呼ぶんじゃない! 私は正気よ!」
「お、俺は.......別に、似合ってる、と、思う.......姉貴が好きなら、別に.......」
「目を見な! お姉ちゃんの目を見て言いな!」
「兄ちゃん来てー.......」
本気で涙が出て、姉に無理やり部屋に引きずり込まれた。
「.......ご、ごめんなさい姉ちゃん.......お、俺が迷惑ばっかかけるから.......疲れて.......!!」
「違うって言ってるでしょ! 別に好きでこんなモノ着てんじゃないわよ!!」
姉は思い切り靴下を床に叩きつけた。
「.......姉ちゃんごめんなさい.......ごめんなさい.......」
何度か頭を叩かれても、俺は思考の渦から戻って来られなかった。
何故姉は高校の制服を着ているのか。
確か姉は高校を卒業してすぐ制服を捨てていたのではなかったか。
そもそも姉は今何歳だ。
もしかして本当にそういう趣味があるのか。
それとも本当に俺がストレスを与えすぎたのか。
「ごめんなさい.......」
「本気で泣かないでよ.......」
姉がティッシュ箱をくれたが、俺の涙も悲しみもこんな紙切れでは拭えない。
「な、なんで制服着てるの? お、俺のせい?」
「違うって言ってるでしょ。もう、バカね」
「.......ごめんなさい。父さんと兄貴には、俺から言っとく.......清香にも、伝えとくから.......楽しんで」
「もっと違うわバカ!!」
ばしんっと叩かれる。椅子に足を組んで座って俺を見下す姉はいつも通りの表情だが、制服姿によってより心へのダメージが大きい。
「.......何してるの?」
「仕事よ! 私の母校からウチへ依頼が来たの! それで何故か制服まで送られてきたのよ!!」
「.......なんで?」
「知らないわよ! 送り返そうと思ったの! で、でも.......」
着てみたくなったのか。
「似合ってるよ」
「.......はぁ。なんでこんな事したのかしら。自分がよく分からないわ.......1番嫌いな服なのに」
「え? 姉貴セーラー嫌いなの? 俺はブレザーより好きだけど。葉月にも出来ればセーラー着てほしいけど」
「ならあげるわよ、葉月ちゃんに着てもらいなさい。あ、清香が高校生になったらこれ着せようかしら」
制服代も馬鹿にならないのよ、などとぶつぶつ言っている姉。
姉はもう大人になったのに、制服を着ているだけで昔の姉を思い出した。
「あれ? 姉貴セーラー嫌いだっけ?」
「嫌い。好きじゃない」
「ふーん.......ところで仕事って?」
「とりあえず見回りよ。まだ確実に何かあるかは分からないって」
「へー、だからウチに依頼したのか」
「私のツテもあるしね」
机に肘をついて、どこかを見ている姉。その横顔を見て。
「仕事っていつ?」
「明日の夜。真夜中の学校なんて、笑えてくるわ」
「ふーん」
その後着替えた姉と豆大福を食べた。姉はいつも通り俺が大福の粉を落とした事を怒っていた。
次の日の夜。川の近くの女子高で。
「.......なにしてんの」
「女子高って1回入ってみたかった」
「和臣に呼ばれてたまたま非番だった」
「和臣が騒がしかったのとウチへの依頼だった」
俺、兄貴、父。全員が手袋に指環、札も腐るほど持って集合していた。姉と一緒に来ていた門下生は先程震えながら帰った。
「.......清香は?」
「葉月と映画見てる」
「今日は明恵さんが泊まりだ」
「式神は置いてきた。ほら、仕事しなさい。父さん達もついて行くから」
「はぁ.......こんなに人数いらないわよ。何もないかもしれないって言ったでしょ」
「「「暇だったから」」」
「.......バカ.......」
姉について学校の中を歩く。俺の学校とは違って木造で、どこか古い匂いがした。
「兄貴、女子高っていい匂いすんじゃないの?」
「知るか。俺だって初めて入ったんだぞ」
「.......父さんは来たことある」
「「え!?」」
「全員うるさい! 静かにしな!」
イライラし始めた姉に気を遣いつつ、廊下を進んでいく。どの教室もしんっと静まり返っていて、特に異常はなかった。
「やっぱり何もないわね。帰るよ」
「姉貴の教室ってどこだったの? 見てこーぜ」
「たしかA組だったろ」
「3階じゃなかったか?」
「.......皆どうしたのよ」
本気で引いている姉を引っ張って、教室を覗きに行った。俺達ばかり騒いで、姉はつまらなそうだった。
「ほら、気が済んだなら帰るよ。兄さんも父さんも、あんまり和臣を甘やかさないで」
ステンドグラスがついた階段を下りようとした時。
りーーん、と音がした。
姉が駆け出して、俺達もその後に続く。
姉が勢い良く開け放ったのは、「音楽科準備室」と書かれた教室。
「女子はいつまでも好きね、こういうの」
「えぇ.......どうすんだよこれ」
兄貴が財布から十円玉を取り出す。父はスタスタ教室に入っていった。
「2人は帰ってもいいぞ。夜だから気をつけて帰りなさい」
「やるわよ。私が受けた仕事だもの」
「じゃあ俺もやる.......1人じゃ帰れないし.......」
全員椅子を持ってきて、1つの机を囲んで座る。
机の上に放り出された紙の上に、兄貴が十円玉を置いて、全員で指を乗せる。
「これもう来てるから、初めからお帰りくださいって言うの?」
「まずこの教室に呼び戻すぞ。あ、和臣霊力引っ込めろ! 逃げるだろ!」
「孝臣、自分に札張ってるだろ。剥がしなさい、逃げる」
「皆がうるさいから逃げるのよ」
静かになった教室で。
「「こっくりさん、こっくりさん。どうぞおいでください」」
すっと十円玉が動く。可愛らしい文字で書かれた、「Yes」の方へ。




