恐ろしき都会
真夜中。コンクリートジャングル東京の、高くも低くもないビルの屋上に、葉月と素晴らしい袴姿のゆかりんが立っている。
「町田さん、明日はお仕事かしら?」
「明日はオフよ。美味しいケーキのお店があるらしいんだけど、どう?」
「いいわね、楽しみだわ」
おそらくこんな会話だろう。
俺は目から双眼鏡を外した。2人とは別のビルの屋上に立ちながら携帯を取り出す。
「えー。こちら和臣、今の所問題ありません。どうぞ」
「.......こちら非番の日になぜか駆り出された兄ちゃんだ。問題あるわけないだろ、どうぞ」
「バカ兄貴! 問題が起きてからじゃ遅いんだよ! やる気出せ! どうぞ!」
「.......お前なんで急に.......あと携帯だからどうぞとか言わなくても.......」
「雰囲気は大事だからな。あっ、今サラリーマンらしき男がビル下を歩いてます! 注意お願いします、どうぞ!」
「普通のサラリーマンだろ.......お前、本気でどうした.......どうぞ」
サラリーマンに警戒しつつ双眼鏡を覗く。2人は楽しそうに会話していた。
先程雰囲気作りのために買ったサングラスは、夜になって周りが見えなくなったので仕舞った。
「あっ、サラリーマン帰りましたどうぞ!」
「.......お前そんなに心配ならもう堂々とついて行けよ」
「ばっか。これだから兄貴は.......どうぞ」
「お前、こんなことに付き合ってやってやるの俺くらいだからな!? 今回に限っては俺も甘やかしすぎだと思ってるからな!? どうぞ!?」
「静かに! 気づかれたらどうすんだ!どうぞ!」
「.......もう、お前.......ほんとにもう.......」
今日、なぜ東京のビルの上でコソコソしているかと言うと。
「.......あの2人だけで仕事.......大丈夫か?」
「お前、葉月ちゃんの実力自慢してたじゃないか。問題ないだろ」
「葉月はめちゃくちゃ強いし、ゆかりんもめちゃくちゃ強い。だけどな、それは問題じゃないんだ」
「.......」
「こんな都会の夜に女の子2人はまずいだろ!? 何考えてんだ!!」
「.......お前.......我が弟ながら.......」
「くそ、妖怪なんてもうどうでもいい!俺が退治する!」
「過剰戦力だろ.......隊長が出るまでもないからあの子達に仕事が来たんだろ? お前が来たら意味無いじゃないか」
「そんなこと分かってんだよ! あの二人強いから妖怪なら問題ないだろうよ! でも問題なのは都会だろ!? 早く帰った方がいいよ!」
「.......お前、また変な漫画読んだな?」
「ど、どうしよう!? ゆかりんはゲスな芸能プロダクション社長に捕まったり.......葉月はヤクザの若頭に惚れられるかもしれない!!」
「何読んだんだ.......」
恐ろしい。昼間の何も知らなかった俺に戻りたい。
今回、2人の仕事自体は大したことは無い。大きめの一反木綿が出たから退治してこいという仕事。あの2人なら目をつぶってでもこなせるだろう。ただ、東京という場所がまずい。恐ろしいのは都会。
「あっ、変な男を発見! 警戒お願いします、どうぞ!」
「.......」
兄貴には申し訳ないが、俺が1人で東京に来れる訳がなかった。たまたま兄貴が非番で良かった。今度ラーメン奢ろう。
「げっ、今一反木綿も来ました、どうぞ!」
「.......お前手出すなよ、あの子達の仕事なんだから。どうぞ」
「一反木綿なんかよりあの男の方が怪しい。目を離したらまずい気がする。どうぞ」
「.......俺の弟バカだ.......」
双眼鏡でビルの下をうろつく男を見る。絶対に不審者だ。葉月とゆかりんの気配を感じてやってきたに違いない。
「.......兄貴、都会で警察呼んでも無視されるって本当?」
「嘘だバカ.......」
ばきゃんっと音がして頭上の一反木綿に穴があく。中々立派なサイズで、まだふわふわ浮いている。
「あ、変質者増えた! 兄貴、3人になった! どうぞ!」
「落ち着け.......どうぞ」
ビシッと札が張り付いて、一反木綿が落ちる。2人の術が大きな布を塵にしていく。さすが俺の弟子と天才アイドル。
「.......ほら、2人とももう帰るみたいだぞ」
「まずい! まだ下に社長と若頭とホストが!兄貴、時間稼いでくれ!」
「どう見てもただのおっさんだろ!?」
ビルを駆け下りる。一気に1階まで降りて、危険人物達を排除しようと道路に出る。
「まずい、道間違えたか!?」
もうどこがどこだか分からない。ただ、このままだと2人がホストに骨抜きにされてグズグズの関係に.......。
「僕、こんな時間に1人でなぁにしてるんだい?」
「あっ、社長と若頭」
「「は?」」
先程の変質者だった。近くで見れば2人とも小太りのおじさんで、両方ゲス社長と言った感じだった。
「あのですね。確かにあの2人は可愛いですけど、清く正しく美しく生きてるんで.......社長の事務所には入りません」
「「2人?」」
「ああ、勘違いならいいんです。お仕事お疲れ様です、では!」
考えすぎか。そうだよな、現実にゲス社長が2人もいる訳ないし、葉月達の気配だけでやってくる訳もない。冷静になれ俺。ゆかりん達に気づかれないうちにさっさと帰ろう。
「ぼくー、中学生?」
「失敬な! 高校生です!」
「ああ、やっぱりね。男子高校生.......」
「ん?」
社長達が近づいてくる。嫌な汗が止まらない。
「お仕事お疲れ様って、ありがとうね。君、いい子だね」
「おじさん達疲れててさ.......」
あ、これ本物の変質者だ。嘘だろ俺男だぞ。
とりあえず走って逃げようとしたところで、後ろから羽交い締めにされる。
「げ、ホスト!!」
「ホスト? おじさんの事かな?」
3人目の変質者に押さえられた。都会こわっ。
「こ、こんな所に女子2人だけ送ったのか.......総能狂ってる.......」
「君、全然焦らないね? もしかして.......OKな感じ?」
「完全NGな感じです」
「生意気なタイプか.......いいな」
ドン引きだぞおっさん。逃げ出そうと腕に力を込めた時。バキッと音がした。
「.......潰すわ」
「七条和臣、あんたなにしてんの.......」
社長に拳をふり抜いた葉月と、もう1人の社長の股間を蹴り上げたゆかりん。ひゅっとなった。
「あ、2人とも.......き、奇遇だな! こんな都会で会うなんて!」
「「焦りなさいよ」」
焦ってるよ。葉月の目が怖いから。
ぐいっと後ろのホストに引っ張られた。踵が浮く。
ばぎゃっと音がして。
「.......死ね」
見たこともない程無表情の兄貴がいた。これは本気で怖い。
それから、兄貴が変質者3人にそれぞれ一発プレゼントして、警察に引きずって行った。帰りの車で葉月とゆかりんに都会の何たるかを教えこまれ、兄貴に知らない人と話すなとめちゃくちゃ長い説教をされた。
俺1人での東京の仕事はこれ以降来なくなった。
※あの3人は別に社長でも若頭でもホストでもありません。




