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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第三節
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61.街灯とドレス

 都市ウルムの大通りには、夜になると灯される、街灯なるものが備わっている。

 通りに並んで均等に配置された金属の棒の先端に、微弱な魔力光を放つ球体が据え付けられている。これは最新の魔術を用いた最先端の設備で、帝都の他には、帝国でも数都市にしか設置されていない。ウルム市中に住む者たちにとっては、自慢の種であった。


 既に日が沈み、月も薄雲に隠されているにも関わらず、その街灯のおかげで大通りはぼんやりと明るい。

 その通りを、一台の馬車が走っている。内部の人物の身分を知らせる紋章はついていないが、豪奢なつくりのその馬車には、然るべき地位の人間が乗っているのだろうと推察できた。


「やはり、何度見ても美しいな」

「……光栄です」


 若者の賛辞を受けて、少女が感情のこもらない礼を返した。

 このやり取りは何度目だろうか。

 今夜、ウルムの某所でエアハルト領内の有力貴族が集まる晩餐会が開かれる。会場である屋敷に向かう馬車の中には、三人の男女が座っていた。エアハルト伯次男のクルツ・エアハルト、護衛である傭兵隊長のリグス、そして同じく護衛として雇われた冒険者の少女、アルフェだ。


「月の女神もかくやというほどだ。――今夜の月が隠れてしまったのは、君のせいかも知れないな」

「……どうも」


 さっきから、この手の歯の浮くような台詞を、クルツは恥ずかしげもなく繰り返している。

 こういう台詞が得意な人間を、アルフェは以前にも一人知っていたが、彼に比べてクルツの言葉が妙にねっとりと響くのは、どうしてなのだろうか。


 クルツが称賛しているのは、アルフェのドレス姿である。

 彼女が着ている白いドレスは、身体の線が浮き上がるほどシンプルで、余計な装飾はほとんどついていない。リグスがあらかじめ用意していたドレスは、これとは対極にある華美なものだった。

 ドレスのデザインを要望したのは、他ならぬアルフェ自身だ。ただし、そこには若い娘らしい、装いに関する配慮は微塵も含まれていない。


 あまりごてごてしたドレスを着て、戦えるわけがない。


 彼女の要求とは、つまりそういうことだった。

 表向き、アルフェはクルツの付き添いだが、実際の所は護衛である。動きを妨げられては困るので、衣装もできるだけ簡素なものを選んだ。しかしアルフェの雇い主は、それがえらくお気に召したようだ。


「君には是非もう一度会いたかった……。もちろん、優秀な冒険者であるということは、隊長から聞かされている。仕事の方も期待しているよ」

「仕事の方“は”、精一杯務めさせていただきます」


 熱のこもったクルツの言葉に対し、温度の無いアルフェの声。隊長から聞かされたというくだりで、アルフェは若干恨めしい視線をリグスに向けたが、その本人は気まずそうに、腕を組んだまま窓の外を見ている。


 リグスもクルツの従士という扱いで、アルフェたちと共に会場に入る。そのため彼も正装しているが、肩や胸の筋肉が盛り上がって、礼服が今にもはち切れそうだ。不自然にもほどがある。少なくとも、まっとうな社会の人間には見えない。


「そんなにかしこまる必要は無い。この機会に、我々も個人的な距離を縮められればと思っているよ」

「私は思いません」

「ふふふ。身分のことを気にしているのなら、私はそういう人間ではないさ」

「……」


 通常よりも広い馬車の中で、クルツの身体は徐々にアルフェの方に近づいてきている。手などはもう少しでアルフェの膝の上に乗りそうだ。

 あとこれだけ近づいたら、指を折ろう。そう決めたアルフェだったが、その前に一つ聞いた。


「今日は、クルツ様を狙う人間がやってくるでしょうか?」


 本当に折って、リグスたちの仕事を台無しにするのもまずい。アルフェはそちらの方に話を誘導した。


「それは分からん。だが、来ると思って備えてもらいたい。そうだな、リグス。……リグス、聞いているのか?」

「――え? あ~、はい。……これまでは大抵、晩餐会や舞踏会の帰り道に襲われた。その時襲ってきたのは、何も知らない雑魚だったが――」


 リグスたちがその雑魚を蹴散らしたおかげで、どうやら新しく手練れが雇われたらしい。まだ姿を現してはいないが、クルツの周囲に潜む、不気味な気配は途切れることが無いという。


「だから、会の最中も油断はできん。気を抜くなよ」

「了解しました」


 アルフェが返事をする。今の彼女はリグスの部下という扱いだ。その指示には従わなければならない。


「我が兄ながら、卑劣な男だ……。私を恐れて、暗殺者を放つなどという愚かな真似をするとはな」


 そう言って憤慨するクルツの中では、刺客を放っているのは実の兄ということで結論が出ているようだ。


「クルツ様のお兄様は、今夜は?」


 クルツはアルフェの苦手な人種だったが、雇われた立場上、アルフェは彼に敬った言葉遣いをした。


「いや、今日は“奴”は来ない。今夜の会は、我が支持者の会合のようなものだ」

「……なるほど」


 では、それほど盛況な会ではなさそうだ。アルフェは雇い主に対して、心の中で失礼なことを考えた。

 その間にも馬車は進む。馬車は城近くにあるクルツの居館から出発した。行先については、とある貴族の別宅だということしか、アルフェは聞いていない。窓の外には、塀と門を備えた、立派な屋敷の並びが見える。ここは貴族の邸宅が集まった一角のようだ。


「そろそろ到着します」


 馬車の中に、御者の男から声が掛けられる。彼もリグスの部下の一人だ。招かれた館の周辺にも、衛兵や使用人に扮して、既に何人かが配置されているはずである。

 御者の報告を受けて、リグスが最終確認とばかりに念を押した。


「いいですね、中は俺とアルフェで護衛します。旦那、何かあったらこいつから離れないで下さい。そうすれば大抵は安全です」

「わかっているとも」


 鷹揚としてクルツがうなずく。数分後、この通りの中でも、ひと際立派な館の前に、アルフェたちが乗った馬車が寄せられた。


 リグスがまず、馬車から降りた。周囲の安全を確認してからアルフェたちに合図を出す。

 アルフェは形の上ではクルツに手を取られて馬車を降りたが、その目はリグスと同じく、油断無く四方に配られている。


「団長」

「グレンか。首尾はどうだ?」


 リグスの前に、暗闇の中から男が進み出た。

 髪に白いものが混じった、口髭の男。アルフェも知っている、リグスの副官だ。場に合わせてか、どこかの執事のような衣装を身に付けている。落ち着いた雰囲気の彼がそんな格好をすると、その姿はまるで本職のように見えた。


「指示通り、周囲を団員を配ってあります。他にも、会の参加者が用意した兵が何人か……。今のところ怪しい者はおりませんが、くれぐれも警戒を」

「分かった。お前らも抜かるなよ」


 静かに頷いて、男は再び闇の中に消えた。


「では参りましょうか、旦那」

「……“旦那”は止せ」


 すました顔をして、クルツが言った。


「ごほん。わかりました。参りましょう、クルツ様」

「うむ。行きましょうか、アルフェさん」


 さすがにクルツは場慣れしており、貴公子然とした空気を放っている。

 クルツの腕に手を掛けた少女が、よそ行きの笑みを見せる。扉が開かれ、三人は屋敷の内側に招き入れられた。

 玄関のきらびやかな調度が放つ光が、アルフェの目に飛び込む。立派な仕着せを着た館の使用人にかしずかれて、一行は晩餐の会場に進んだ。

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