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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第二節
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57.仲良くしようよ

「でも、便利なものですね」

「何が?」

「それです」


 アルフェはリーフが照明代わりにしている発光する石を指した。手に持っているものだけではない、一定の間隔を空けて、地面の石にもリーフが照明の魔術を掛けていた。二人が通ってきた道には、その灯かりが点々と見えている。お陰で帰りも道に迷う心配は無いだろう。


「これはかなり下級の魔術だけどね。アルフェさんは、魔術の方は?」

「全くではありませんが……、ほとんど使えません」


 アルフェは首を横に振った。

 魔術を習得するには、それなりの教育を受ける必要がある。城を追われる前、アルフェはその教育を全くと言っていいほど受けて来なかった。そのため彼女が使えるのは、せいぜい初歩的な治癒の魔術くらいだ。


 冒険者の間でも、実践的な魔術を使える者は数が少ない。治癒・変成・破壊・その他、主な魔術体系はいくつかあるが、それが何であれ、魔術をそれなり以上に扱える者は重宝されていた。


「そうかい? すごい魔力があるように感じるけど。意外に才能があるのかも知れないよ。今度、城の研究所に紹介しようか?」

「え?」


 それは今まで、アルフェの頭にはあまり無かった提案だった。


「……そうですね。……時間があれば」


 しかし考えてみると、コンラッドを殺した男も魔術士だった。魔術について知っておくのは、今後のために役立つ事かもしれない。アルフェは曖昧な返事をしたが、正直惹かれるものがあった。


 そんな会話をしながらも、二人は歩き続けている。

 この鉱山は、長年に渡って拡張を繰り返してきたとのことで、坑道は蟻の巣のように複雑な構造を持っている。さらに所々浸水している区画があり、奥に進めない場所もあった。何度か行き止まりに突き当たりながらも、二人は廃鉱の奥に歩を進めていった。


 当然、貴重な鉱石の採集という本来の目的も忘れていない。時折リーフが立ち止まり、壁面に露出した鉱物を、何かの器具で調査していた。


「この辺りは、ただの鉄ばかりだな……」

「それでもいいのでは? 鉄製のゴーレムを作りましょう」


 少々投げやりに、アルフェが言った。彼女には正直、何がゴーレムの素材に適しているかなど分からない。

 リーフが調査に没頭している間は、アルフェが周辺を警戒している。護衛の観点からすると、早いところ探索に満足して欲しいというのが本音だ。


「それならここまで来た意味なんて無いじゃないか。……アイアンゴーレムだったら、君でも壊せない?」


 そう言われて、アルフェは少し目をつぶり、鉄製のゴーレムと対峙する自分を想像する。

 さすがに鉄の塊を、素手で引き裂くのは困難だが――


「やってみないと分かりませんが……、多分……壊せます」


 少し考えて、彼女はそういう結論に達した。単純に貫けなくとも、方法はある。それにもしかしたら、単純に貫くこともできるかもしれない。


「……じゃあ駄目だ。それに実際、魔力を含まない鉄なら、君が壊した黒曜石のゴーレムよりも脆くなると思うしね」


 そういうものなのかと思うが、専門家が言っているのだから、多分そうなのだろう。


「あまり高度な素材だと、扱いきれないかも知れないけれど……、どうせならもっと、面白いものを拾いたいな」


 そうつぶやくリーフに引き連れられ、アルフェはさらに坑道の奥に進んだ。



「……湖?」

「そうだね。自然にできたものが、坑道と繋がったんだってさ」


 途中二人は、地底湖のほとりに出た。対岸が見えないほど、大きな湖だ。水は黒く、どれほど深いかも判然としない。リーフがランタンを掲げると、天井には沢山の蝙蝠が止まっているのが見えた。彼らはランタンの光を当てられて、少し迷惑そうに身じろぎしたが、基本的には皆眠っているようだ。


 湖の岸に沿って、さらに歩く。そうしていると、闇の中から何かが浮かび上がってきた。

 コボルトの集落だ。

 廃鉱にある資材を利用したのだろう。沢山のコボルトが、粗末な小屋を幾つも作って生活している。しかし二人に気付いたコボルトたちは、我先にと逃げ惑い始めた。


「リーフさん、嫌われてしまいましたね」

「え、いや、それは君が……。……いや、なんでもない」


 魔物とはいえ、犬のような姿はなかなか愛嬌がある。鳴き声も犬にそっくりだ。子どものコボルトが、柔らかそうなふさふさの尻尾を揺らして走るのを見て、リーフが言った。


「何だか追いかけたくなるねぇ」

「そうしたければ、ご自由にどうぞ」

「冗談だよ。……冷たいなぁ、アルフェ君は」

「よく言われます」


 コボルトの集落を抜けても、湖は続いていた。この暗さとは言え、対岸が見えないということは相当な広さだ。いかにも何かが住んでいそうだと思っていた時、新たな魔物に出会った。


「蟹だね」

「蟹ですね」


 見た目はどう見ても、市場や食卓に積まれている蟹にしか見えない。ただ、人間大の巨体であるという点に目をつぶれば、だが。


「何かなこいつは。初めて見るけど――」

「ジャイアントクラブです。甲殻が硬い上に、有毒の泡を吐くのでご注意下さい」


 紫色の甲羅を持ったその蟹は、片方のハサミが、もう一方のそれと比べて異常に大きい。そのハサミに捕まると、人間の胴体程度ならばねじ切られてしまう。


「詳しいね」

「これが仕事ですから」


 巨大蟹はハサミを打ち鳴らし、アルフェとリーフを威嚇し始める。どうやら相手は戦う気のようだ。しかし二人は動じていない。


「残念だね、魔物じゃなければ、昼食の材料に丁度いいんだけどな」


 それどころか、リーフには冗談を言う余裕まであるようだ。


「毒があるので、生で食べるのはお勧めしません。どうしてもと仰るなら毒抜きしますが……、非常に手間がかかります。そうしたとしても、とてもえぐみがあるので、美味しくはありませんでした」

「冗談なんだけど……。……え、食べたことあるの?」


 さっさと倒して先に進もう。そう考えたアルフェが指を鳴らして前に出ようとすると、リーフがそれを押しとどめた。


「ああ、いいよいいよ」


 そう言いつつ、彼は手のひらに火球を浮かべる。先ほども同じ魔術を使っていたが、予備動作も詠唱もなく、それを行えるということ自体が、この青年の技能の高さを示していた。


「よっ」


 軽いかけ声を発して、リーフが火球を蟹に向かって投げつけた。あっという間に魔物は炎に包まれる。じくじくと肉が焼ける音。紫色の甲殻が真っ赤に染まり、生臭い匂いが辺りを包んだ。


「大したことないね」

「そうですね。……私の護衛は、必要無いのでは?」


 リーフの実力ならば、多少の魔物に後れを取ることはないだろう。嫌味ではなく、思った通りをアルフェは言った。


「まあ、いいじゃないか。せっかく知り合ったんだし、仲良くしようよ」

「仲良く? ……呑気ですね」


 アルフェの言葉には、多少の苛立ちが籠っていたが、青年は気付かなかったようだ。

 しかし彼女自身も、なぜ自分が苛立っているのか、その理由を本当には自覚していなかった。

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