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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第二節
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56.廃鉱探索

 リグスと夕食を共にしてから数日後の朝、冒険者組合に仕事を探しに来たアルフェは、そこで予想もしない人物を見つけた。

 組合の男性職員と何かを話している横顔には、見覚えがある。あの不健康な長髪に、大きな眼鏡といった特徴的な容貌は、そう簡単に忘れられるものではない。

 あれは例のゴーレム作りの青年、リーフ・チェスタートンだ。


 いったい何をしているのだろう。少し気になるが、先日、気まずい思いをしたばかりだ。できればあまり近寄りたくない。アルフェは気配を消し、壁に身を寄せるように、依頼の掲示の方へ向かった。


「おや、アルフェ君じゃないか」


 そ知らぬ顔で依頼を物色していたアルフェだったが、その背中に声が掛けられる。


「……ああ、リーフさんですか。おはようございます。気付きませんでした」


 それなりにしっかりと気配を殺していたつもりだったのに、意外とこの青年は目ざといようだ。アルフェは渋々振り返った。


「うん、おはよう。こんな場所で会うなんて驚いたな。やっぱり君は冒険者なんだねぇ」

「ええ、まあ」


 その言葉に何と返事をして良いか分からず、アルフェは曖昧にうなずいた。そしてもう用が無いのならと、再び掲示板に目を戻したアルフェの横顔に、思案顔のリーフが言った。


「ちょうどいい。君に頼むのがいいかも知れないな」

「……何ですか? また何かを壊せばいいんですか?」


 先日、自分にゴーレムを破壊されて泣いたばかりなのに。ひょっとしたらこの青年は、そういうことをされて喜ぶ性質でもあるのかもしれない。


「い、いや、違うよ」


 ねめつけるようなアルフェの視線を受けて、リーフがぷるぷると首を振る。


「……まあ、その件と全く無関係ではないんだけどね。実は護衛を探しているんだ」

「護衛?」

「そうだよ。新しいゴーレムの素材を探しに行きたいんだ。でも、目的地がちょっと危ない場所だから、念のために冒険者を雇いに来たのさ」


 今日のリーフは、先日と違って変わった外套を着込んでいる。旅支度ということか。


「……なぜ私に? 冒険者なら、他にも沢山いますが」

「君に壊されたステファニーよりも、強いゴーレムを作らないといけないからね。強力な素材があるのは、相応に危険な場所だ。弱い冒険者を雇っても仕方ない。その点君なら安心だ」


 リーフが眼鏡を光らせる。


「素材の採取なら、組合に依頼を出して下さればお受けしますよ」

「この目で素材を確認する必要があるから、僕も同行したいんだよ。あ、護衛と言っても、僕も戦えるから心配は要らない。あくまで念のためだよ」


 話を聞く限り、変な依頼ではないようだ。それならば、アルフェも強いて拒否するつもりは無いが……。しかし、これだけは聞いておかなければならない。


「……報酬は?」

「これだけ出そう」


 そう言ってリーフが提示した金額は、かなりのものだった。金に困っていないというのは本当の事らしい。

 それだけ払ってくれるのなら文句は無い。アルフェは納得してうなずいた。


「承知しました。お引き受けします」

「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、早速打ち合わせしようか」


 契約成立ということで、二人は組合に置いてあるテーブルの一つに着き、情報の共有を始めた。リーフが素材の探索地として指定した場所は、町から二日ほど離れたところにある廃鉱だ。

 かつてはエアハルト領の経済を支える程の大規模な鉱山だったが、現在は様々な事情で放棄されているという。そのあたりの事情も、リーフが説明してくれた。


「ぎりぎり結界の内側のはずなんだ。でも廃鉱の中には効力が届いていないようでね。放っておいたら、すぐに魔物が住み着く。鉱脈が完全に涸れたわけじゃないけど、採算が合わなくなったそうだよ」

「勝手に入ってもいいんですか?」

「廃鉱なんだから問題ないさ。魔物さえ何とかできるなら、意外と貴重な鉱石が採れることもある。だからもしかしたら、他の冒険者や、僕みたいな魔術士も来ているかもしれない」

「わかりました。でも、出発は一日待ってください。それなりに準備を整えたいので」


 さすがに町娘の格好のまま、洞窟探索というわけにはいかない。


「そうかい? じゃあ明日の朝、ここで落ち合うことにしようか」

「はい、それでは失礼します」


 支度を済ませてから合流し、町を出てから二日後、アルフェとリーフは目的の廃鉱までやって来ていた。

 平野に大きな穴が穿たれ、赤茶色の岩肌がむき出しになっている。そこら中に放棄された道具や資材が転がっているが、どれも使い物にならないくらいに朽ちていた。

 廃鉱の周囲には、簡単な木の柵がめぐらされている。近隣の村人が設置したものだろうか。


 結界の中というだけあって、すぐ傍には農地が広がっており、ここに来るまでは、所々に村もあった。のどかな風景の中に、このように荒廃した雰囲気が漂う場所があるというのは、少し不思議な印象を覚える。アルフェがそう聞くと、リーフが言った。


「村のほうは、喜んでるみたいだけどね」


 坑道の内部には魔物が出るが、彼らがそこから出てくることはない。近くに村があることで、腕試しなどに訪れる血気盛んな若者や冒険者もそれなりにいる。

 つまり、そのような訪問者たちが補給のために村を利用することで、結構な臨時収入となっているのだそうだ。


「あそこから、奥に入れるんだ」


 そう言ってリーフが指さした先に、坑道の入口らしき穴があった。リーフに促されるまま、アルフェもその後についていく。柵を乗り越えて、二人はそこまで下りて行った。


「リーフさん、ここには何を採りに来たんですか?」

「貴重な鉱石なら何でもいいさ。めぼしいものは、とりあえず全部持っていく」

「二人ではそんなに運べませんよ」

「問題ない。僕は変性術の専門家だと言ったろう?」


 リーフは自分の背負っている背嚢を叩いた。見た目は何の変哲もない、革製の背嚢だ。


「中に入れた物を、軽量化する魔術がかけてある。見た目よりも、ずっと沢山入れられるしね。ゴーレムの材料には、十分な量を運べるはずだ。……じゃあ、この辺に拠点を作るとしようか」


 二人は廃鉱の入り口近くの、目立たない場所に荷物をまとめる。周りの風景に溶け込むように偽装して、他の冒険者に発見されにくくしておいた。それにもリーフの魔術が役立った。


「すごいですね」


 それに対して、アルフェは素直に称賛の言葉を述べた。


「ふん、これくらいは当然だよ。まあ、戦闘でも期待してくれていい。ゴーレムがいなくても、ここに住み着くような下等な魔物なら、僕の相手にはならないさ」


 リーフは得意げに鼻を鳴らしているが、実際、アルフェと同じくらいの年齢で、これほど魔術を使いこなす人間というのは珍しいはずだ。

 さらにリーフは、適当な石ころを拾って呪文をつぶやく。するとその石が、淡い光を放ち始めた。松明代わりというところか。リーフはその石をカンテラの中に入れると、アルフェを振り返って言った。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 そして、二人は坑道の内部に足を踏み入れた。

 坑道の内部は、少し湿った空気が漂っている。リーフの作った即席ランタンの光は、闇の中に入ると、かなり強く周辺を照らした。


「今日は、他の探索者はいないみたいだな……」


 リーフの声が坑道内に反響する。昔は大規模な採掘が行われていたらしく、通路はそれほど狭くない。

 しばらく二人は無言で歩き続けたが、あまり深く潜らないうちに魔物に遭遇した。


「おや、コボルトだ」


 現れたのは、直立する犬のような魔物――コボルトだ。

 この魔物は、まさに一般の家庭で飼われている犬が、そのまま二本脚で立ち上がったかのような外見をしている。体長はゴブリンと同じくらいの大きさで、戦闘能力にも大した差は無い。しかし、ふさふさとした毛で覆われた姿が、ゴブリンよりも可愛げがあるというのは、多くの冒険者のコボルトに対する評価だ。


 坑道の先、岩陰に隠れるようにして、手に短い槍を持った二匹のコボルトが、口の端から舌をたらしながら二人を見つめている。


「しばらく来ないうちに、コボルトの巣になってたのか。……あいつらは鉱石を腐らせると言われている。鉱夫にとっては嫌われ者だ。鉱山に住み着くから作られた、迷信の類だけどね」

「どうしますか?」


 アルフェは雇い主に指示を仰ぐ。

 アルフェたちと目が合ったコボルトは、びくりと体を震わせた。その瞳に浮かんでいるのは、敵意というよりも、怯えの色の方が濃い。


「蹴散らしてもいいけど、臆病な魔物だからね。こうする」


 言うやいなや、リーフが拡げた手の平に、小さな火球が浮かんだ。彼はそれを、コボルトの足元に投げつける。炎の球が地面に当たって弾けると、驚いたコボルトたちはキャンキャンと鳴き声を上げて、一目散に逃げていった。


「一々倒すのも、可哀そうだしね。第一数が多いんだ、コボルトは。一匹見ると百匹はいると言われているから、追い払うだけにしよう」

「なるほど」


 それも道理だ。殺さずに済むなら、それに越したことは無い。アルフェは反論しなかった。


「――ん?」


 しかし、そういうリーフの思惑は、いささか当てが外れていたようである。逃げたと思われたコボルトたちは、すぐに数十匹の仲間を引き連れて戻ってきた。

 しかも、今度は侵入者に対する敵意をあらわにしてだ。彼らは牙をむき出して、唸り声を上げている。


「あ、あれ? おかしいな。上手くいくと思ったのに」

「代わります。下がってください」

「た、戦うのかい? この数を相手にそれは……」

「こうします」


 言いながら、アルフェはありったけの殺気を魔物の集団に飛ばした。

 全てのコボルトの毛が逆立ち、瞳から戦意が掻き消える。力なく尻尾を垂らした彼らは、我先に地面に転がり、白い毛の生えた腹を少女に見せた。既に立っているコボルトはいない。


「行きましょう」


 アルフェはリーフを促した。


「……はい」


 青年の返事まで元気が無くなっていたのは、気のせいではない。

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[一言]  服従のポーズ…(笑)
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