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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第二節
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55.やりたいこと

「リーフ・チェスタートンか。そいつはこの町の冒険者の間じゃ、結構有名な坊主だ。まだ若いが、城の研究所でも一目置かれるほどの魔術士らしい」

「そうなんですか?」


 優秀な魔術士というものは、大抵どこかの貴族に抱えられているものだ。ましてエアハルト伯ともなれば、城には多くの魔術士がいるはずである。そこで一目置かれていると言うことは――。ただの変人にしか見えなかったが、人は見かけによらないものだ。

 アルフェに疑いの籠った視線を向けられて、リグスが説明を付け加える。


「あの若さで、何かすげぇ発見をしたんだってよ。なんだっけか、あの……、ゴ、ゴ……」

「ゴーレム」

「そう、そのゴーレムってやつで。城がパトロンになってるから、金にも不自由してないそうだ。実際俺たちも、あいつの依頼を受けたことがある」

「確かに、報酬は良かったですが」


 アルフェがリーフの依頼を受けた次の日の夜、アルフェは冒険者組合近くの食堂で、傭兵隊長のリグスと夕飯を共にしていた。

 食堂と言うよりは、酒場と言った方が正しいかもしれない。まだ深い時間ではないにも関わらず、店の中は酒気と酔っ払いの喧騒に包まれている。路地裏の目立たない酒場がこれだけ賑わっているのは、流石にエアハルト伯領一の大都市と言うところか。


 アルフェがここでリグスと会ったのは、もちろん偶然ではない。アルフェが依頼の後に冒険者組合に寄ると、組合の職員が、リグスからの言伝を預かっていたのだ。

 仕事で何度か一緒になった縁もある。それに、リグスはアルフェよりもこの町に詳しい。有益な話を聞けるかもしれない。そう考えて彼の呼び出しに応じた結果、アルフェはこうして、リグスと差し向かいでテーブルを挟んでいる。


「研究材料の収集なんかの依頼を、よく出してるよ。しばらくこの町にいるなら、また係わり合いになるかもな」

「それはちょっと……、ご遠慮させていただきたいですね」


 四十手前の筋肉質な髭面の男と、十代の小柄な少女との組み合わせは、周囲からは相当奇異に映るらしい。実際に周囲の客の何人かは、さっきからちらちらと二人の様子をうかがっていた。


「ご遠慮ついでと言っちゃあなんだが、俺の雇い主も、もう一回お前に会いたいって言ってたぜ……っと。はは、そんなに嫌か」


 アルフェの明らかな不機嫌に気付いたリグスが、面白そうに笑う。


「私は、ああいう人は苦手です」

「こんなおっさんとも、平気で話をするのにか? お前の基準は良く分からんな」


 そう言って、リグスはワインを一息で飲み干すと、ジョッキを乱暴にテーブルに置いた。

 二人が挟むテーブルの上には、リグスが並べた空のジョッキと、アルフェが平らげた料理の皿が、山と積み上げられている。


「飲み過ぎではないですか?」

「そうかぁ? そう言うお前こそ、食い過ぎじゃねぇのか」

「……そうですか?」


 アルフェが首をかしげる。

 食べられる時には、食べられるだけ食べる。これはアルフェが冒険者として学んだ、大切な教訓の内の一つだ。何せ、明日も同じように食事にありつけるとは、誰も保証してくれないのだから。


「まあ、こんな商売だ。飲める時に飲んでおかないと、後悔することになるかもしれないからな」


 リグスもアルフェと同じ様なことを考えていたらしい。彼は給仕の若い娘を呼びつけて、新しい酒を注文している。


「リグスさんたちは、まだあの方の所で仕事を?」

「まだどころか、しばらくはそうなりそうだ。今の俺たちは、あいつの私兵って扱いだからな」

「そう言えば、オークの討伐に向かわれていたのでしたね。村では、援軍は来ないと言っていましたが」

「それも色々と事情があるのさ。聞きたいか」


 皿に残った骨付き肉の骨だけ持って、リグスはアルフェを指す。


「……あまり、興味は無いです」

「そう言うなよ。実はエアハルト領でな……、お家騒動が持ち上がってるんだ」


 小声になったリグスが、ずいと顔を寄せてアルフェに囁いた。


「そんなことを、私に話してしまっていいんですか?」

「まあな。もったいぶった言い方をしたが、ウルムに住んでる人間なら、この食堂の姉ちゃんだって知ってる話だ。正直、聞かれたって大して問題ない」


 元の距離に戻って、リグスが事情を説明しだした。


「今のエアハルト伯はもう爺さんだが、二人の息子がいる。クルツの坊ちゃんと、その兄貴だ。そんで今、エアハルト伯の命がもう長くないって噂が流れてる。後は分かるな? 後継者争いってやつだ。どこにでもある話さ」

「確かに、そうなのかもしれません」


 冒険者として、アルフェも少しは世の中を見てきた。貴族の継嗣問題など、各地で当たり前のように起こっている。別段驚く程のことでもない。

 するとリグスたちのオーク討伐は、跡継ぎ争いに勝利するための、あのクルツという男の点数稼ぎの一環とでも言ったところか。


「どこにでもある話だが、俺たちの飯の種にはなる。傭兵にとっては、それが一番重要だ」

「はい」


 その点はリグスの言う通りであると、アルフェは確信をもってうなずいた。アルフェたちのような冒険者やリグスたちのような傭兵にとって重要な事は、それが報酬になるかどうか。他の事はただのおまけだ。

 しかし、貴族に絡んだ仕事を受けると、金以外の面倒が多いのも事実である。アルフェは気になったことを尋ねてみた。


「クルツさんのお兄様は、優秀な方なのですか?」

「優秀も優秀、悪いが、器量じゃクルツ坊ちゃんは勝負にもならんね。どうしてあの坊ちゃんの手下が、俺たちしかいないと思う? 仮にもあいつは、エアハルト伯の次男坊様だぜ?」


 確かにその身分の者が、五十に満たない傭兵だけを連れてオーク討伐に向かうなど、考えてみれば異様な話だ。


「さあ……」

「簡単さ、軍権はもう、ほとんどその兄貴が押さえてるからだ。正規兵を動員しようとしても、クルツにはその権限が無い。あいつはせいぜい、金で兵を雇うしか無いのさ。まあ、だから俺たちにも、働く場所ができたってわけだが……」


 リグスは顔を曇らせる。それも仕方無いだろう。その話の通りだとすると、彼の雇い主が継嗣争いで勝利することは、あり得ないことのように思える。その場合、負けた方と、負けた方に味方した者はどうなるだろうか。


「このところ、大きな戦も無い。隊の仲間を養うためだ、多少危ない橋を渡っても、稼がないとな。……まあ、俺たちは、やばくなる前に手を引くさ。それも傭兵の才覚だ」


 今の台詞は、アルフェに言ったのではなく、リグスが彼自身に言い聞かせているように聞こえた。

 この傭兵隊長は、言葉だけではなく、本当に危ない橋を渡っているようだ。


 しかし自分に、何が言えるだろうか。生きるためには、綺麗ごとだけでは済まされない時がある。アルフェもそれはよく分かっている。自分にリグスを諌める言葉など無い。


「……ちっ、辛気臭くなっちまったな。飲むぞ! アルフェ、お前も飲め!」

「私は飲めません」


 傭兵隊長のヤケが入った提案を、アルフェは短い言葉で切り捨てた。


「つまらねぇことを言うなぁ」


 気勢をそがれ、リグスは白けた顔になる。本当に飲めませんからと言った後、アルフェは少し考えて、一言付け加えた。


「リグスさん」

「ん? なんだ?」

「気をつけてくださいね」


 アルフェの言葉に、リグスは一瞬、驚いた表情をした。


「……ああ、ありがとうな」


 そして、重い空気を吹き飛ばすように、リグスが快活な笑い声をあげた。


「お前がうちの団に入ってくれたらなぁ。うちの後継者問題も解決なんだが。どうだ。真面目に考えてみないか?」

「……そうですね。考えておきます。……でも、多分無理です。私には、やりたいことがありますから」

「やりたいこと? ……意外だな。お前もそんなことを考えるのか。いや、意外と言っちゃ悪いかな。……だがまぁ、やりてぇことがあるってのは良いことだ。で、何だ。その『やりたいこと』ってのは」

「……秘密です」


 そう言って僅かに微笑み、アルフェは目の前の皿に残る肉に、ナイフを突き立てた。

 その仕草が、彼女にしては妙に乱暴だったので、リグスはそれ以上、彼女の“秘密”を問い詰めることはしなかった。

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>その仕草が、彼女にしては妙に乱暴だったので、リグスはそれ以上、彼女の“秘密”を問い詰めることはしなかった。 リグス「やっべ、なんかやっべぇ」
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