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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第二節
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54.耐久実験

「次はこれだ!」


 リーフが用意したのは、前の二体よりも一回り大きい石像のようなゴーレムだ。

 粘土だからクレイゴーレム。木製のウッドゴーレム。石造りということから察するに、これは――


「ストーンゴーレムですか」

「ステファニーだ」


 眼鏡を持ち上げながら、真顔でリーフが言った。アルフェの心に荒涼とした風が吹く。


「……もうやめませんか? ステファニーちゃんですか? この子まで壊したら、可哀そうですよ」

「僕はステファニーを信じているよ」


 リーフが澄んだ瞳で答えた。この仕事を引き受けたのは失敗だったとアルフェは思う。久しぶりに血を見ないで済みそうだと思ったから、油断していた。


「……わかりました。その代わり、壊れても泣かないで下さいね?」

「ステフは僕の最高傑作だ。壊れはしない」

「答えになっていませんよ……」


 アルフェは改めてゴーレムの前に立ち、その体を見上げる。確かに前の二つよりは頑丈そうだ。ストーンゴーレムと言ったが、ただの石ではないのだろう。ゴーレムは光沢のある、黒い石で構成されている。ただの石なら砕くことは容易だが、これはどうなのだろうか。


「……!」


 手の平でゴーレムの黒光りする体に触れて見ると、ある事に気付く。ゴーレムの表面が、ほんのりと暖かい。まるで生きているかのようだ。


「凄い魔力……」

「その石は、マナの濃い地域から採取してきた特殊な黒曜石だ。魔力の強い素材ほど、ゴーレムに加工するのは容易ではなくなる。それだけに作製には苦労したが……、そのお陰で素晴らしい性能に仕上がった。ステファニーには、魔力の宿らない武器ではかすり傷一つつけることはできない! 例えマジックウェポンや高位魔術を使用したとしても、この体を砕くことは困難だろう!」


 力説しながらうっとりとゴーレムを見上げる姿は、恋する乙女のようだ。


「……確認しましたよ? 壊しても泣かないと」

「大丈夫だ。手加減無用」


 確信に満ちた顔でリーフがうなずく。本当に分かっているのだろうか。


「では……、やらせていただきます」


 アルフェは腕や足をひねり、背中を折り曲げて全身を丹念にほぐしていく。

 確かにこのゴーレムが内包する魔力は中々のものだ。そう簡単には破壊できないだろう。全力でかからなければならない。


「……やっぱり、少し手加減してくれてもいいんだよ?」


 不安そうにリーフが言うが、今度はその声がアルフェに届いていない。魔力を充実させた少女は、腕を大きく回すと構えを取った。更に目を閉じ、数秒間呼吸を整える。ゴーレムも腰を落とし、耐える姿勢になった。


「――憤ッ!」


 目を見開いたアルフェは、ゴーレムの足元に踏み込むと、渾身の双掌打を放った。命中の瞬間、両手から放たれた魔力がゴーレムの背中まで突き抜けた。石の巨体が僅かに宙に浮く。


 だが、それだけだった。今度のゴーレムは壊れなかった。


「――……ふ、ふははは! やったぞ! 僕はやったんだ!」


 突然両腕を振り上げて、リーフが叫ぶ。

 大量の魔力を受けて、ゴーレムの動きは先ほどよりもぎこちなくなっているが、その五体は保たれたままだ。


「やはり僕の最高傑作は格が違った! 前の二体は前座みたいなものさ! やはり非力な女性に、僕のゴーレムが破壊できるはずが無い! よくやったステファニー! 我々の勝利だ!」


「……よかったですね」

「ああ、君には感謝しているよ! 若干の計算違いはあったが、有効なデータが取れた。前の二体が何故壊れたのかは検討の余地があるが……それも些細な事だ。やはり僕のゴーレムは最高だ!」


「……」

「並みの冒険者では相手にもならない! 経済活動や魔物との戦闘において、僕のゴーレム製造論が多大な貢献を果たすことは、もはや確定事項と言える!」


 リーフは眼鏡を上げながら、片手でばしばしとアルフェの肩を叩く。


「……あの」

「ん? ああ、君も実験に協力してくれてありがとう。報酬はきちんと支払うよ。もう引き取ってくれても構わない」


 机から報酬の入った袋を取り出した青年に、アルフェは言った。


「もう一回、やらせて下さい」

「え……。も、もういいよ。実験データをまとめないといけないし……」

「やらせて下さい」


 その声には、少年に有無を言わせぬ迫力が籠っている。


「わ、分かった」


 そういうことになった。


「すぅ――。はぁ――」


 深呼吸しながら、アルフェは心の中で考えた。さっきは無意識に遠慮していた。そんな気がする。全力を出さなければ正確な実験が出来ないだろうし、何より雇い主に失礼だろう。決して悔しかったわけではない。


「はぁぁぁぁあああああ!」


 重心を落とし、体内の魔力を高めるだけでなく、集気法で空気中の魔力を取り込めるだけ取り込む。魔力の揺らぎに、アルフェの周囲を塵が舞う。


「――行きます!」

「いや、行かなくていいよ……」


 今度は力の限り踏み込んだ。足元の石版が数枚、粉々に弾け飛ぶ。このゴーレムは半端なやり方では砕けない。アルフェは拳ではなく、肘からゴーレムに突っ込んだ。ゴーレムの中心部に、全体重を乗せたアルフェの肘撃が炸裂する。


 地下室に轟音が響いた。魔力が炸裂する音と、巨大な岩が砕け散る音。黒曜石のゴーレムは全身にヒビを走らせながら、壁に激突する。雷のような音が鳴り、胴体を構成していた素材が八方に飛び散る。かろうじて手足と頭は残っているが、ストーンゴーレムは完全に機能を停止した。


「うあああ~」


 もうもうと舞う埃の中、もはや言葉も無く、リーフが地面にくず折れて手と膝をつく。

 それをよそに、アルフェは何かをやり遂げた表情をしている。

 彼女が我に返ったのは、しばらく経ってからのことだった。


「これは約束の報酬だよ」


 袋を差し出すリーフのまぶたは、少し赤い。一階の工房に戻ってきた二人は、テーブルに向かい合わせに座っている。正気を取り戻したアルフェは、椅子の上で身体を小さくしていた。


「あ、あの、申し訳ありません……。途中から少し、興奮してしまって……」

「いいんだ。君のような女の子に破壊されると言うことは、やはりまだ、僕の腕が未熟だったということだよ」


 妙にさわやかな表情をしているリーフが、アルフェには痛々しい。


「だけど、次は負けない」


 そんな宣言をされても、なんと答えれば良いか分からない。アルフェは曖昧に微笑もうとするが、口の端が引きつってしまった。


「とりあえず、更に強いゴーレムを作るために、素材集めから始めなければ。構造も根本から見直すことにする」


 そう言って羽ペンを取り出し、設計図らしきものを描き始めた。既に自分の世界に入り込んでしまった青年に、アルフェは暇を告げる。


「そ、そうですか。頑張ってください。……それでは、私はこれで失礼します」


 報酬を受け取って、アルフェはそそくさと工房を出た。外には既に、夕暮れの気配が漂っている。


 ――はぁ。


 心の中でため息をついて、自らの行いを悔やむ。どうしてあんな子供じみたことをしてしまったのか、自分でも分からない。


 肉体的には全く疲労していないはずだが、どっと疲れが出た気分になった。町に着いたばかりなのに、無理をしすぎたか。今日はもう、夕飯を食べたら寝てしまおう。

 しかしそれにしてもあの青年は、変わった人だった。


 ――独りであんな所に住んでいるなんて。


 一体どういう人物なのか。アルフェの頭に、ふとそんな疑問が浮かんだ。

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