53.ゴーレムを作る少年
「と言うわけで、この理論は非常に革新的な試みなんだ」
「……はあ、そうですか」
テーブルを挟んで、アルフェの目の前に座っている眼鏡の青年は、もうかれこれ一時間は喋っている。
「ゴーレムの核に使用していた魔術式を、ニウェ式からサルヴァ式に変更したんだ。その過程で核の原料をマナに晒す工程を工夫して――」
ゴーレムの耐久実験という耳なれぬ依頼を受けて、依頼主の指定した場所にやってきたアルフェは、そこに小さな工房を見つけた。それは魔術士のアトリエだ。どうやらここはそういう通りのようで、並びには他にも、錬金術士や魔術書の製本家の工房などがあった。
依頼主の指定した工房は、その通りの中でも、小さいが立派な外観をしていた。中に居たのがこの青年だ。アルフェとそう変わらない歳に見えるので、青年というよりは少年と言ったほうがいいかもしれない。
ひょろひょろとした体形に、伸びほうけた髪は寝癖が付き放題で、全く櫛が入っていない。室内に閉じこもって研究をしている――まさに一般市民が抱く魔術士のイメージそのままの風体だ。
「――ということさ! 分かったかな?」
「はあ……」
アルフェは十数度目になる、同意かため息か分からないような返事をした。
「理解出来ないのかい? いや、それも仕方無いか。まさに天才の発想だよ、これは。変性術の未来に多大な影響を与えるに違いない。次の研究披露会では、僕の論文が旋風を巻き起こすだろうね」
こうやって自分の世界に入り込んだまま、彼は中々帰ってこない。アルフェがゴーレムの件で訪ねて来ましたと言ったきり、ずっとこの調子である。
そう言えば、テオドールとマキアスは、アルフェよりも少し年上だったから、彼女が同い年くらいの男の子と、こんなに長い間話したのは初めてだ。と言っても、さっきから一方的にまくし立てられているだけなのだが。
暇に飽かせて、彼女はそんな事を考えていた。
「しかし、わざわざ僕にゴーレムの話を聞きに来るとは、君は知的好奇心のある女性らしいね。そうだ、人造生命研究に関する、ドモチェフスキーの写本をお目に掛けよう。彼はこの道の第一人者さ。この本は非常に貴重なもので……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それよりも、そろそろお仕事の話をしたいのですが」
腰を浮かしかけた青年を制して、アルフェが慌てて声を掛けた。いくら何でも、そろそろ主導権を握らなくては。このままでは日が暮れてしまう。
「へ? 仕事? 何のこと?」
「……依頼を出されたでしょう? ゴーレムの耐久実験のことです」
どうやらこの青年は、そもそもアルフェが訪ねて来た理由を、仕事の件だとは思っていなかったようだ。彼は露骨に残念そうな声を出した。
「え、じゃあ君は仕事で来たのか。なんだ……、研究に興味を持ってくれる人がいたと思ったのに。ん? あれ? 依頼は冒険者組合に出したんだよ。何かの間違いじゃない?」
「間違いではありません。私が組合から来た冒険者です」
「君が?」
彼は、大きな眼鏡を手で押し上げながら、じろじろと無遠慮な視線で、上から下までアルフェを眺める。
「ははは、いい冗談だ」
そして、そう言って笑った。今日のアルフェは何の変哲も無い町娘の格好をしているので、それも無理からぬことではあるが。街中でいつもの装備は、さすがに目立ちすぎる。
「冗談ではないですよ。私は冒険者です」
「本当に? いやあ、でも君だと役に立たないよ。……う~ん、僕のミスだな。受注条件を、戦闘能力の高い者に限定するのを忘れていた」
あごに手を当てて、青年がブツブツとつぶやく。そうすると、男性にしては長い前髪が顔にかかって、少し不健康に見える。
アルフェも冒険者として、それなりに依頼をこなしてきた。初めての仕事相手には、このように彼女を小娘と見て、侮った口をきく者も多い。しかしそれは仕方の無いことと、半ば諦めている。
そういった手合いには、成果で実力を示すしか方法は無いのだ。
「とりあえず、依頼の詳細をお聞かせ願えませんか? 私に無理な仕事なら、その後で判断して下さい」
「……う~ん、まあいいか。色々なデータがあって損は無いしね。あ、僕の名前はリーフ・チェスタートンだ。リーフでいいよ」
そう言って、リーフは手を差し出した。その手を無視してアルフェが答える。
「アルフェです。よろしくお願いします、リーフさん」
リーフに案内されてアルフェがやってきたのは、工房の地下室だった。こぢんまりとした工房にしては、地下には大きな空間が広がっている。壁は全て石造りで、とても頑丈そうだ。
「さて、さっきも話した通り、僕は変性術――つまり物の性質を変化させる魔術を専門に研究している。その魔術と、複雑な付与術式を駆使することで、ある種の人造生物の創造することができる。それがゴーレムだ!」
「はあ」
「……あまり関心が無いようだね」
さっきから続いていたアルフェの気の無い返事は、青年の機嫌をいささか損ねていたようだ。むっとしながら彼は言った。
「……アースエレメンタルを知っているかい?」
「あ、はい、知っています」
以前に戦ったことがある。それほど強い魔物ではなかった。
「へぇ、意外に博識だね」
リーフが指で眼鏡を持ち上げる。彼の癖だろうか。
「原理的にはあれと似たようなものさ。生命の無い物体――鉱物なんかだね、これに魔力を宿すことで、生命のように動かすことが出来るんだ。今までのゴーレムはお粗末な物だったが、僕の理論はその性能を飛躍的に向上させた! その理論とはつまり――」
「それはもう十分ですので」
アルフェがバッサリと切り捨てる。その話はさっき十分に聞かされた。アルフェにはほとんど意味不明の内容だったが、まあ、リーフの熱意だけは伝わった。
「そうかい? まあいいよ。つまるところ君には、僕の開発した新型ゴーレムの性能を試験してもらいたいのさ。本当なら、もっと屈強な冒険者の方が良かったんだが……。う~ん」
リーフはまたじろじろとアルフェを見ている。酒場の男たちの様に悪意のある視線ではないが、あまりに遠慮が無い。
「非力な女性に対して、ゴーレムがどのように反応するかも有用なデータになるかもしれない。よろしく頼むよ、アルフェ君」
「……わかりました」
アルフェは顔に、愛想笑いを浮かべる。その笑みが少し皮肉気なのは、言いたいことを言うリーフに対し、少し本気を見せてやろう、などと、子供じみたことを考えていたからかもしれない。
「さて、じゃあ試験を始めようか。君の前にいるのは、一番簡単なクレイゴーレムだ。君はこれに、思いっきり攻撃を加えてくれ。道具は、その辺りの物を適当に使ってくれ。いいね、思いっきりだよ」
壁際には、剣やハンマーなどが無造作に置かれている。
「はい、承知しました。『思い切り』ですね。でも、このゴーレムを壊してしまってもいいんですか? 高価な物……なんでしょう?」
「うん、構わないよ。こいつは作るのも、そう難しくないし……、そもそも簡単に壊せないと思うけどね」
リーフは小さな木のテーブルの前に座り、羽ペンにインクを付けている。何かの記録でも取るつもりなのだろう。
「それを聞いて、安心しました」
そう言って、アルフェはゴーレムの前で少し足を開いて立つ。目の前にいるのは、人型をした粘度の塊だ。大きさは成人男性くらいか。確かにアースエレメンタルに似ている。
しかし、リーフの言葉によれば、アースエレメンタルよりはずっと丈夫らしいのだが、さて。
「アルフェ君? 武器を使ってもいいんだよ? そんな見た目でも結構硬いから、素手で叩くと痛いと思うよ?」
「御心配なく」
アルフェはゴーレムの胸の辺りに手のひらをつけた。粘土のひんやりとした温度を感じながら、彼女は息を吸って体内の魔力を整えた。
「――すぅ」
十分に魔力を高めた後、拳を引かず、両足も地面につけたままで、体重移動と関節の回転だけでゴーレムに衝撃を伝える。それでも体重を掛けた足元の石版には、僅かにひびが走った。
「破!」
次の瞬間、地下室内に風船が破裂したような音が響き、クレイゴーレムの全身が弾け飛んだ。ゴーレムを構成する粘土が四散し、壁や床に降りかかる。
「……え?」
唖然としてつぶやくリーフの髪や眼鏡にも、粘土の一部が張り付いている。
「――ふっ」
姿勢を戻したアルフェの口の端に、少し意地の悪い笑みが浮かんだ。彼女は軽く手を振り、付着した粘土を払い落とした。
「案外、脆かったですね」
「……ま、待ってくれ! こんなはずは無い! こんなはずは無いんだ! ……設計の段階で、何かミスがあったのか? それとも付与した魔力が過剰だったか……。いずれにしても問題だ。突然ゴーレムが自壊するとは」
「自壊ではありませんが」
依頼主に、アルフェの言葉は耳に入っていないようだ。リーフは手元の紙に、羽ペンで何やら熱心に書き込んでいる。
アルフェはさすがに、少し申し訳ない気分になった。
「あの……」
「次だ! 次のゴーレムは大丈夫だよ!」
いたずらを詫びようと思ったが、既にリーフの目は血走っている。それに気圧されて、アルフェは言い出しそびれてしまった。
「次のゴーレムはウッドゴーレムだ。名前の通り木製さ。こいつは少し特別製でね、本体の芯材に、森のマナに晒したブラックウッドを使用した――」
リーフがまたくどくどと、ゴーレムの性能を説明している。見た目はただの、木製の等身大人形にしか見えない。コンラッドの道場にあった、修行用の木人に少し似ている。
確かにリーフが言う通り、先ほどのゴーレムよりも、感じられる魔力が強い気がする。しかしこれも、破壊するのはそう難しくないだろう。
「あの、特別製なら、壊すのはまずいのでは……」
「問題ないよ! そのための実験なんだ。それにそんなに簡単に、こいつは壊れないさ!」
「……はい」
もうさっさと終わらせてしまおう。そう考えたアルフェは、今度はしっかりと構えて、拳を引いた。
「――せい!」
今度のゴーレムは砕け散らなかった。ホッとしたが、リーフを見ると丸い眼鏡がずり落ちている。どうしたのだろう。
「あ」
視線を前に向けると、アルフェの拳はウッドゴーレムの中心部をくり貫いて、背中まで貫通していた。どうりで手ごたえが無かったわけだ。
しかし最近、拳の威力が上がっている気がする。気をつけなければ。そう思いながら手を胴から引き抜くと、ゴーレムはごとりと倒れた。
「……今度のは、さっきよりも頑丈でしたね。すごいです」
依頼主の手前、ぱちぱちと手を叩いて賞賛してみたが、リーフは倒れたゴーレムに取りすがって泣き始めた。
「馬鹿な! ジョセフィーヌがやられるとは!」
名前を付けていたのか。
「その、もう実験は十分なのでは……」
「いや! 次だ!」
がばっと身体を起こすと、リーフが叫んだ。もう帰りたい。アルフェは切実にそう思った。




