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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第一節
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43.宵闇の開拓村

 帝国の北東、ある領邦を中心に広がる結界の外に、その開拓村はあった。

 特別な事情が無い限り、結界の外に人は住まない。だが、近隣の森の中には中規模の岩塩鉱があり、この地域には、採塩を目的とした村々がいくつか建設されている。この村もそうした開拓村の一つだ。


 この村の周囲を囲む壁は、丸太を組み合わせた簡素なものだが、他の村のそれよりは一回り大きく頑丈な造りをしている。防壁の脇には空堀が掘られ、底には尖らせた杭が埋められていた。また、四方を見渡すように設置された木製の監視塔には、弓を持った人影が見えた。

 防壁の各所にはかがり火が焚かれ、暗闇の中にこの村を浮き上がらせている。


 村の中央には、役場と村唯一の宿屋を兼ねた石造りの建物がある。しかしその外観は、とても宿屋の様には見えず、まるで小さな砦のような印象を与える。


 その宿屋のホールで、冒険者トランジックは、不味い燻製肉を肴に一杯のエールをひっかけていた。鋲で補強した革の鎧に、腰に刺した長剣。三十をそこそこ過ぎたかと思われる顔は、茶色がかった無精ひげでおおわれている。いかにもこなれた冒険者という出で立ちだ。


 彼は、つい先ほどこの開拓村に着いたばかりの旅人だ。結界の外には、彼のような冒険者を必要とする仕事が、尽きることが無い。


 冒険者と言えば聞こえはいいが、大半は日雇いのならず者やろくでなしだ。そいつらは、金のためなら何でもする。都市の市民権を持つような良民にとっては、山賊と大差は無かった。

 さしずめこの男も、食い扶持を稼ぐため、わざわざこの辺境の開拓村にまでやってきたのだろうか。


「……ちっ」


 トランジックは一人で舌打ちをする。

 彼が食べている燻製肉は、塩気が強いばかりで味が無い。エールも完全に気が抜けてしまっている。酷い晩飯にも飽き飽きして、トランジックがそろそろ部屋に引き上げようと腰を上げかけたその時、にわかに扉の外が騒がしくなった。


「ロブがやられた! どいてくれ!」

「あいつらだ! またあいつらが来やがった!」

「畜生ッ! ロブ! しっかりしろ!」


 宿の扉がやかましく開かれ、大声を上げながら男たちが入ってきた。その男たちに数人がかりで運ばれてきたのは、瀕死の青年だ。身につけた革鎧が、肩の辺りから腰に抜けるまで切り裂かれており、上半身がおびただしい血で染まっている。


「……何があった?」


 トランジックは、隣のテーブルで管を巻く老人たちに声を掛けた。


「つまらねぇ事を聞くなよ。この辺りで“あいつら”と言ったら決まってるじゃないか」

「分からないから聞いてるんだ」

「……お前さん、冒険者だろう? あいつら目当てでこの村に来たんじゃないのかい?」


 トランジックがエールの瓶と燻製肉を持って、老人たちのテーブルに座りなおす。


「魔物か?」

「……オークだよ」


 老人の一人が忌々しげにつぶやいた。


 この村は、人々を守る結界の外に造られている。普段から、魔物との小競り合いは珍しく無かったが、一月ほど前から急に、森に集落を構えるオークたちとの衝突が激しくなった。

 そのような事情を老人から聞いたトランジックは、先ほど運ばれてきた青年に目を向ける。オークとの戦いで傷ついたのだろうか。その傷はどう見ても致命的だが、胸はかすかに上下している。まだかろうじて息はあるようだ。


「何でこんなところに連れてきた。……ここは酒場じゃないのか?」

「この村に治癒院は無いからな。それに……、ほれ」


 老人があごをしゃくった方を見やる。すると、青年を運んできた男の一人が、若い女の手を引いて階段を降りて来た。まだ少女と言ってもいい、亜麻色の髪の女だ。


「あれは?」

「治癒術士様だ。十日ほど前からこの村に留まっておられる。尊いお方だよ」


 女を見る老人の目は、今にも拝みださんばかりだ。


「術士“様”って割には、若いな……」


 そう言っている間にも、女は怪我人に近づくと、治癒の呪文を唱え始めた。空気に満ちる魔力が揺らぎ、神聖な柔らかい光が女の手から漏れ出す。そして、怪我人の傷口に沿うように、女の手がかざされた。

 トランジックと話していた老人たちは、顔の前で手を組み合わせて祈りの言葉を唱えている。


 柔らかい光が通った後、怪我人の傷は嘘の様にふさがっていた。傷口があった場所はまだ生々しい赤色をしているが、血は完全に止まっている。土気色をしていた肌にも、見るからに生気が戻ってきていた。

 トランジックが軽く口笛を吹く。


「すごいな。あんな使い手は、帝都の方にも滅多にいないぞ」

「いちいちうるさい若造だ。だから尊いお方なんだ」


 娘は大分消耗した様子だが、一人であれだけの治癒術を行使するとなると、高位の聖職者でも無ければ無理な話である。あの若さでそれを使い、なお立っていられるというだけで、この女は間違いなく、相当に優秀な術士だ。


 男たちは口々に女に礼を言うと、怪我人を上へと運んでいった。空き室の寝台にでも寝かせるつもりなのだろう。ホールに取り残された女に、トランジックが声を掛けた。


「お疲れさん。一杯奢らせてくれよ」

「……どなたですか? ありがたいけど、遠慮しておきます」


 治癒術士の娘は、急に声を掛けてきた男に、はっきりとした不審の顔を向ける。娘の肌には、玉のような汗が浮き上がり、その息は荒い。


「まあいいからさ、座りなよ。酷い顔色だ。水でも飲んだほうがいい」


 トランジックは意図して優しげな表情を見せる。女は少し迷ったが、最後には逆らわずに、近くの椅子に腰を下ろした。やはりあれ程の魔術を行使するには、身体に相当な負担がかかったのだろう。座るなり、娘は顔色悪くうつむいてしまった。トランジックが給仕に水差しを頼む。


「俺はトランジックだ。……冒険者をしている。あんたは?」


 小さな器に水を注ぎながら、トランジックが尋ねた。


「……ステラ。治癒術士です」

「聖職者か?」

「違います。教会に仕えているわけじゃありません」

「ふうん。……この村は、オークに狙われてるそうじゃないか。何でこんな所に居るんだ?」


 これほどの術士ならば、どこの教会、どこの領邦でも即座にそれなりの地位が得られるだろう。こんな場所をうろついていてよい身分ではないはずだ。


「……修行中の身ですから。必要とされているところに、行くだけです。……あなたこそ、オークの討伐にでも来たんですか?」

「いや、俺は――」


 トランジックが言いかけた時、再び宿の扉が開いた。

 外は既に宵闇である。その中から出てきたのは、一人の旅人だった。


 その旅人が入ってきた瞬間、室内の視線がそこに集中した。

 旅人の顔は、灰色のフードに覆われていてよく見えない。だがこの旅人は――女だ。ステラよりもさらに幼い、少女である。

 小柄な体格、マントの下から除く華奢な手、細い足。そして泥で薄汚れた旅姿の中ではいかにも不釣り合いな、まるで、自ら輝きを放っているのではないかと思わせる白銀の髪が、それを主張している。


 明らかにこの村の人間ではない。間違いなくよそ者である。見れば連れがいる様子でもない。既に日も暮れているというのに、この娘は一人で、一体どこからやってきたのだろうか。


「こんな所に女の子……?」


 ステラの物言いは、完全に自分を棚に上げたものではあったが、彼女が驚く気持ちも理解できる。

 そもそも、ステラのような若い女がこの村を訪れるということ自体、村にとっては相当な珍事だったはずだ。しかも、それがさらにもう一人。

 本来このような辺境の開拓村を訪れる者など、トランジックの様な冒険者以外には、せいぜい食い詰め者かお尋ね者。いずれにしても、まともな人間は滅多にいないはずなのだ。


「……魔物だったりしてな」


 だからこそ、トランジックのこのような感想が出てくる。

 埃で薄汚れてはいるが、フードの下からのぞく顔は、相当に整っている。人を惑わす妖精の類だと言われても、うなずいてしまいそうな雰囲気があった。


 少女は、その身なりも異様だった。膝上で短く切られたスカートの下からは、すねまで覆う鋼のグリーブが見え、背中には、ボロボロに擦り切れたマントを羽織っている。とても村娘などという格好ではない。


 奇妙なものを見る視線にも構わず、少女は部屋の奥へと進み出た。彼女が歩くたびに、銀色のグリーブが床板に当たり、ゴツゴツという硬質な音を立てる。


 その音を聞いて、ホールにいた全員が我に返った。少女の様子をうかがう気配を見せながらも、それぞれの会話に戻っていく。


 奥まで行くと、少女は宿の主人と何事かを話していた。時折主人が驚いた表情を見せるが、トランジックたちのところまでは、その内容は聞こえてこない。

 しばらくやりとりをした後、少女は階段を上って行った。物見高い何人かの男が、早速主人へと詰め寄っている。しかし主人は口の堅い男らしく、首を振って何も答えようとはしていない。

 そんな騒ぎを横目に、トランジックとステラは話を続けていた。


「あの子、何なんでしょう……。普通の旅人にしては妙な格好だったし。トランジックさんはどう思います?」


 目の前の男よりも異様なものを見たからか、ステラのトランジックに対する警戒心は、どこかに行ってしまったようだ。

 彼女は若い娘らしく、好奇心を抑えられない様子でそう言った。だが、トランジックはそれを上の空で聞いている。


「ん? ああ、何かな。……やっぱり魔物なんじゃないかな。そうじゃなきゃ……幽霊とかさ」


 そうつぶやく彼の目は、少女が去った階段の方に向けられている。


「からかわないでください……。でも、トランジックさんも気になりますよね。今日まであんな子、この村では見なかったのに。……どこからやって来たのかしら。ここからなら、やっぱりエアハルト領から?」

「意外とよく喋るんだな、あんた」

「え? あ、すいません。気に障りました?」


 ステラは片手で口を押さえ、トランジックを見た。


「謝ることじゃないさ。……まあ、術士様なんて呼ばせてたからな。もっと重々しい性格かと思ってたよ」

「それは村の人たちが勝手に……。私が呼ばせているわけじゃありません。それよりトランジックさんはどう思いますか。あの子……」

「あの娘のことは、俺達が気にしても仕方がないさ。……俺はもう寝るよ。この村で仕事を探すにしても、日が昇ってからにするべきだろうしな」


 急に切り口上になったトランジックは、机に勘定を置くと立ち上がった。

 最初に話しかけてきたのはそっちでしょうにと、ステラは腕を組んでふくれている。そうすると、年相応のしぐさに見えた。


「まあいいです。……私もさっきの怪我人の方を見に行ってきます。まだ、手当が必要かもしれませんし」

「そうだな。じゃあまた明日、会ったらよろしくな」

「ええ、こちらこそ」


 そう言って、その夜の二人は別れた。

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コミック化されていて名前が違うから困った! でも楽しませてもらってます!漫画のコンラッドさんは完全にSFだけどw 兄貴はイケメンだと思ってました!
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