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【幕間】 錬金術士バロウの発明

 錬金術士のバロウは、エアハルトの魔術研究所では中堅どころの存在だった。

 三十の半ばに近づいたこの歳になっても、彼に魔術理論に関する華々しい研究成果は無かった。その点、名実ともにエアハルト最高の魔術士である研究所主任研究員のオスカー・フライケルや、十代にしてゴーレムと変性術の第一人者として業界で知られているリーフ・チェスタートンのような天才肌の同僚と、彼は全く違っていた。

 バロウはどちらかというと、研究者というよりは職人気質の人間だった。彼は新しい魔術理論を考え出す事は不得手だし、魔術の扱いも、実はそれほど上手くない。しかし鉱石や魔石の錬成、鑑定の技術にかけては、彼の右に出る者はいなかった。

 目上の人間に対する態度や言葉遣いに若干怪しい点はあったものの、そうした実用的な能力が評価されて、彼を研究所から放逐しようという意見が出ることは無かった。

 良い意味でも悪い意味でも、話題の中心となることがあまり無い人間。「中堅どころ」という評判には、そういう意味合いも含まれていた。

 そのバロウが、今日は珍しく実験室の外に出て、城の鍛冶場と中庭を往復して何かを作っていた。

 彼はシャツの袖をまくり、分厚い手袋をして、ハンマーで鉄製の何かを叩いたり、細かい部品を組みあせてみたりしている。シャツや顔には、黒い油汚れが付着している。


「やっぱり、上手く行かないな……」


 作業を中断し、バロウはぼやいた。

 彼がこうやって中庭で何かを作るのは、これが初めてではない。錬金術に使用するガラス器具なども、彼は自分で一通り作成したりする。だが、今日の彼が作っているのは、そうした道具類ともまた違う、よく分からない物体だった。


「リーフの意見を聞いてみるか……」


 顔の油汚れを手袋の甲で拭いながら、バロウはつぶやいた。

 バロウとゴーレムクラフターのリーフは、下手をすれば親子に見えるほど歳が離れていたが、研究所における特殊な立ち位置や、「物を作る」という事が好きな者同士、妙にウマが合っていた。

 リーフはゴーレムを作成するために、アトリエに色々な材料を収集していた。加えて、物の性質を変化させるという変性術の使い手として、バロウが作ろうとしているものに、何か良いアイデアを与えてくれるかもしれない。


「取りあえず、これはボツかな」

「何を作っている」

「うお!」


 急に後ろから声をかけられて、バロウは非常に驚いた。そして、振り返って声の主の顔を見たことで、その驚きは倍加した。


「ユ、ユリアン様」


 バロウの主君であるエアハルト伯ユリアンが、眉間に深いしわを寄せて、バロウの持っている部品を眺めている。


「ああ。何を作っている」


 ユリアンは再び同じ事をバロウに尋ねた。バロウはユリアンの眉間のしわを見て、彼が不機嫌なのだと判断したが、ユリアンの専門家であるオスカーあたりがここに居たら、「この人のこの顔は、“興味津々”というのです」と解説してくれたかもしれない。

 ユリアンは上半身裸だった。まだ肌寒い季節にもかかわらずだ。鋼のように引き締まった筋肉を晒し、左手には木剣をぶら下げている。きっと中庭で剣の稽古をしていたのだろう。

 ユリアンはこのエアハルトの頂点にいる人間で、バロウが気安く話せる存在では無い。顔を合わせたことは何度かあったが、こんな風に二人きりの時に話しかけられるのは初めてだった。


「何を作っている。答えろ」


 まるで犯罪者を尋問しているような口調だが、これがユリアンの素なのだ。そうとは知らないバロウが、緊張で少しどもりながら答えた。


「あ、ああ、ちょっとね。個人的な趣味ですよ」

「趣味?」

「魔術の研究以外で城の設備を使ったのは済みませんが――」

「その事は別に構わん。――それは何だ?」

「たいしたものじゃ無いんですがね……」


 ユリアンは、やけにバロウが作っていたものを気にしている。バロウは白状した。


「こんな感じの物ですよ」

「……何だ、これは?」


 特に名前の無い物体なので、バロウは実際に“それ”が動いているところをユリアンに見せた。それを見たユリアンは、首を傾げている。


「面白くないですか?」

「……どうかな。よく分からん」


 バロウが“それ”を地面に置き、手から魔力を込めると、それの中心部の円盤が回転しだし、その動きと連動するように、横にせり出しているクランクがひとりでに動いた。しかし、すぐに動きはぎごちなくなり、どこかに引っかかったような異音を出して、それは止まった。


「ああ、やっぱり失敗だ」

「……これは何に使うんだ?」

「え、面白いでしょう? 動いているところが」

「分からん」

「面白いんですよ」

「そうか」


 しばらく奇妙な沈黙が流れてから、ユリアンが聞いた。


「これは、リーフ・チェスタートンが作っているゴーレムのようなものか?」

「え? ああ、いや、それとは違いますね」

「だが、ひとりでに動いていた」

「違うんですよ。あいつのゴーレムは完全に魔術制御で動いていますが、これを動かすのに使った魔力は、最初のきっかけだけです。後は、これそのものの構造と勢いで動いてるんです」

「どう違う」

「あ~、まあ、これを動かすのに、魔力はあんまり必要ないって事ですかね。逆に、リーフのゴーレムみたいに、複雑な動きはできませんが」


 ふむと唸って、ユリアンはその鉄塊とも言える物体を拾い上げた。


「何か、役立ちそうな気もするな」


 そう言った時のユリアンは、少し楽しそうな顔をしているように、バロウには見えた。短時間だが面と向かって話した事で、彼にもユリアンの表情の変化が少し読み取れるようになったのかもしれない。

 冗談のように、バロウは言った。


「単純な動きなら、十分できますからね。例えばこいつに車輪を付けて、リーフのゴーレムと競争させれば面白い…………」


 そこまで話して、バロウは口を開けたまま表情を固めた。

 ユリアンはそれを無視して、鉄塊からはみ出したクランクを、自分の手で回してみたりしている。


「そうだよな。車輪でも付ければ、走るよな」


 固まっていたバロウが、何かに気付いたようにつぶやいた。


「いや、本当に面白いかもしれない」

「ん?」

「何で誰も考えなかったんだ?」

「何をだ」

「え、良いんじゃないか、これは」

「……?」

「こうしちゃいられない」


 言うが早いか、バロウはユリアンの手から鉄塊をひったくった。彼はそのまま走り去り、研究所の方に消えていく。


「何だ……?」


 取り残されたユリアンは、一人つぶやいた。



「また変なものを作りましたねぇ」


 魔術研究所主任のオスカーが、呆れたような感嘆したような声を出した。バロウはその横で、しかめっ面をしている。


「うるせえよ。何でお前が見に来てるんだよ……。くそ、リーフのアトリエでやりゃあ良かった」

「え? 何か言いましたか?」

「いや、何も」

「バロウさん、準備できましたよ!」


 バロウとユリアンが中庭で会話をしてから一ヶ月後、バロウの着想による発明品が、リーフの技術協力の元で完成していた。

 バロウとリーフが城の中庭でそれの試験をしようとしていたところ、オスカーがどこからか聞きつけてやって来た。

 その物体は彼らから少し離れた場所に置かれている。物体の側から、リーフが大きな声を出した。


「動かしますよ!」

「ああ、やってくれ」


 やってくれと言ったのはユリアンだ。ユリアンもなぜか、どこからか聞きつけて見物に来ていた。

 バロウは、エアハルトの重鎮二人が政務を放ってこんなことをしていていいのかと訝ったが、ユリアンもオスカーも、その辺には抜かりが無いのだろう。


「行きまーす!」


 以前にユリアンに見せた物よりも数段大きくなった鉄塊に、リーフが魔力を込めだした。

 鉄塊の横には軸がはみ出しており、そこに車輪が据え付けてある。上手く行けば、リーフの魔力に反応し、これはひとりでに走り出すはずなのだ。そう、まるで馬の要らない馬車のように。


「おお……」


 同時に感嘆の声を上げたのは、バロウとオスカーだった。ユリアンは眉間のしわを深くして腕を組み、ただ一言「遅いな……」とつぶやいた。


「動いたぞ……!」

「動きましたね……!」


 ユリアンは不満げだったが、バロウとオスカーは成果に満足しているようだった。

 力の伝わり方が悪いのか、構造に改良の余地があるのか、それとも使った材料が良くないのか、人間の歩みよりも遅い動きだったが、車輪は確かに転がった。


「いいでしょう、バロウ。これの研究に公費から予算を出します」


 実験が終わると、鉄塊を片付ける前に、オスカーはユリアンの許可も取らずにそう言った。特に反対しないあたり、ユリアンはオスカーの判断を信頼しているのだろう。


「必要なら、あなたに何人か助手を付けてもいいですよ」


 オスカーは、バロウが作ろうとしている物をかなり高く評価しているようだ。そうとまで言いだした。

 今回彼らが作ったものは、非常に拙い出来だった。だが、この原理を利用すれば、将来的には馬を使わず馬車を動かしたり、水も無いのに水車を動かしたり、そういうことが出来るようになるかもしれない。魔力の消費だって、今よりもっと抑えられる。魔術士でなくても、色々な人間が動かせるようになるかもしれない。

 そうなれば、きっと便利だ。

 だが実用的な物を仕上げるには、それこそ十年や二十年ではきかない研究時間が必要かもしれないが……。


「その価値は有りますよ。百年後、二百年後には、あなたの研究が世界を一変させるかもしれない」


 オスカーはそう言った。

 世界を変えるは言い過ぎな気がする。だが、褒められて悪い気はしない。


「僕のゴーレムが量産される方が先ですよ。バロウさんには負けません!」


 リーフは対抗心を燃やしている。触発されたのか、アトリエに戻って早速何かを作るつもりだ。最近はオスカーに連れられて、研究以外のこともやらされているようだったが、やはりこうしている時が、こいつは一番生き生きしているとバロウは思った。

 ユリアンは少し残念そうだ。眉間のしわの深さは変わらないが、眉が少し下がっているので、それと分かった。


「もっと速く走るようになったら、また見せてくれ」


 だが、興味は持ってもらえたようだ。ユリアンの言葉に、バロウは答えた。


「ええ、期待して下さい」


 オスカーが言うように、百年後になるだろうか、それとも、二百年はかかるだろうか。だがもしかしたら、自分たちが考え、作り上げた何かが、未来に影響を与えるかもしれない。その予感に、柄にもなく、バロウの心はうきうきとはしゃいでいた。

※ 今回はいつもと主題が違う話だったので、言い訳という名のあとがきを長めに書かせていただきました。


 ということで今回は、エアハルトで一瞬だけ登場したこの人物が主人公です。果たして何人の方が覚えていらっしゃるか……。

 今回は、この世界における産業技術の発展に焦点を当ててみました。

 現在の帝国は、戦争などもあって不穏な情勢です。しかしそういった事とはまた別に、色々な人間が新しいことを考えて、ささやかな思いつきからとんでもない発明が生み出され、時代を次に進めていくのだ、みたいな感じで読んでいただければ嬉しいです。

 そもそもこの世界の技術水準を設定した際、現実世界のヨーロッパの近世後期をイメージしました。魔術や魔物が存在するので、現実世界の技術開発とは速度も分野のバランスも異なりますが、人間が人間である以上、きっといつかは同じような事を思いつくはずです。


 この物語の百年後くらいには、この世界にも鉄道じみたものが開通したり、機械工業が生み出されたり、内燃機関が発明されたりするのかなぁと、本編とは違う私の趣味を盛り込んでみました。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちゃんと覚えてます というか、二周目読み終わりました [一言] 異世界物だと鉄道は割とありがちなパターンですが、いつも実現は無理じゃないかな〜と思ってました 巨大生物いっぱいいそうだし…
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