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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第四章 第四節
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175.将軍の妻子

「そうか、その日程だと、リーネルンは通らないな……」


 次の仕事の打ち合わせの最中、ふと漏らしたという感じでベレンがつぶやいた。

 その場に居て、今のベレンの言葉を聞いたのは、アルフェと、フロイドと、ベレンの脇にいる文官の三人だ。

 今回アルフェがベレンから任せられた仕事は、ノイマルク北西部に出没する野盗の討伐だ。アルフェとフロイドが地図を見ると、目的地までの途上に、確かにリーネルンという小都市がある。

 その町に何かあるのか。アルフェたちが地図から目を上げてベレンを見ると、ベレンはバツが悪そうに咳払いをし、悪い、気にしないでくれと言った。


「前と同じように、案内の兵を付けるから、現場の地理は彼らに確認してくれ。それから――」


 そして何事も無かったかのように、ベレンは説明を再開した。


「少しいいですか」


 打ち合わせのあと、砦の通路でアルフェとフロイドに話しかけてきたのは、打ち合わせに同席していた文官だ。アルフェはその男の名前を知らなかったが、顔は覚えていた。よそ者であるアルフェとフロイドに対しても敬った物言いをする男で、ベレンからも、かなりの信頼を寄せられている様子の男だ。


「リーネルンのことなんですが」


 さっきベレンの口から出てきた町の名を、この文官も口にした。アルフェとフロイドは少し目線を合わせ、フロイドの方が文官に聞いた。


「ベレンも言ってたな。その町がどうした」

「実はその一帯は、将軍の領地なんです」

「領地? ああ、だからか」


 フロイドは頷いた。この帝国の貴族は、どれも主君から領地を与えられて貴族になっている。ベレンはノイマルク伯の陪臣だから、ノイマルクに領地があるのは当然だった。


「つまり今度の盗賊退治は、あいつの領地のお守りって訳か。所詮、あいつも貴族だっていう事だな」

「違います。将軍はそんな方ではありません」


 意地の悪い笑みを浮かべたフロイドに対し、文官は勢い込んで言った。


「リーネルンは単に通り道で、あなた方の目的地は将軍の領地じゃありません。それに、あのあたりで野盗被害が増しているのは事実なんです。むしろ、将軍が公私混同を避けたからこそ、あなた方に頼むことに――」

「そのリーネルンが、どうかしましたか」


 この文官がベレンを慕っていると言うことはよく分かった。文官の憤りを紛らわすように、穏やかな声でアルフェが聞いた。


「え、ええ、私がお願いするのも、差し出がましいことなんですが……」


 落ち着いた文官は本題に入った。

 ノイマルク北西部にある都市リーネルン。特筆するべき所のない、小規模な町だ。文官の言う通り、その都市と周辺の農村は、ベレンの領地ということになっている。ベレンの館はノイマルク首都のブレッツェンにもあるが、本当の住居は、そのリーネルンにある。そしてそこに――


「将軍のご家族がいらっしゃるんです」


 そこからの文官の頼みを要約すると、アルフェたちの旅程を少し変更して、リーネルンに立ち寄り、そこにいるベレンの妻子の様子を見てきて欲しいという事だった。

 トリールとの緊張が高まる以前から、およそ一年、ベレンはこの砦に駐屯して、その間、一度か二度しか領地に戻っていない。従ってその期間、ベレンは妻と息子の顔を見ていない。兵が家に帰れないのに、自分だけ帰れる訳がない。ベレンはそう言うが、文官の考えは違うようだ。


「先ほど将軍がリーネルンの名前を口にされたのも、本心ではご家族の事が心配なのだと思います。本当に、ご家族思いの方ですから。公私混同だと言われるかもしれませんが、将軍は我が軍の支えです。将軍の士気は、そのまま我が軍の士気に繋がります。将軍のご家族に何かあったら、我が軍の一大事です。だから、公私混同にはあたりません」

「ものは言い様だな。どうする? アルフェ」

「……私が心配なのは、一つだけです」


 それさえ解決すれば、頼み事を引き受けるにやぶさかではない。そんな雰囲気を出したアルフェを見て、文官は言った。


「もちろん、同行する兵には、私の方からよく言い含めます。ですから、将軍が勝手なことをするなとお怒りになっても、私が責任をとります。あなた方には決して――」

「違う違う、そうじゃない。この娘に注文する時の作法が分かって無いな」


 フロイドは、首を振りながら文官の肩を叩いた。


「金だ。あんた、追加の金は出せるんだろうな?」


 アルフェの代弁をするかのように、馴れ馴れしく肩に手を回したまま、フロイドは凄んだ。人相の悪いこの男が言うと、裏稼業の人間にしか見えない。実際、それは間違っていないが。


「な、な」


 つべこべ言わず、依頼金を上乗せしろ。そうすれば引き受ける。フロイドの恫喝を受け、こういう男の扱いに慣れていなさそうな文官は、目を白黒させている。

 日程に影響が出ないようにしてくれ。

 それだけ注文するつもりだったアルフェは、憮然とした表情で二人のやり取りを見ていた。



「ようこそいらっしゃいました。私、ベレンの妻のクラリッサと申します。この子は――、ほら、きちんとお客様にご挨拶なさい、イエルク」


 柔らかい雰囲気の長い髪の婦人が挨拶をして、自分のドレスの裾にしがみついている幼児の背中に触れた。この二人が、ベレン・ガリオ将軍の妻クラリッサと、一粒種のイエルクである。

 リーネルンに到着したアルフェたちは、早速ベレンの家を訪れていた。

 母親に注意されたイエルク少年は、いやいやと首を振って、彼女の背中に隠れてしまった。


「――もう」


 クラリッサは眉をひそめたが、その声音からは、隠しきれない愛情が読み取れる。つまり、普通の母親ということだ。


「すみません、お客様に失礼をして。ご覧の通りの田舎で、あまり外から人が尋ねてこないものですから……、人見知りに育ってしまって」


 夫の使いとは言え、使用人任せにせず自分で応対をする。あまり貴族らしくはない。この館も、ノイマルクの筆頭将軍としては必要最低限の、質素な館だった。


「それで、あの、主人は……」

「お元気です。毎日軍務に精を出しておられます」

「そうですか」


 クラリッサはほっとした様子で胸を押さえた。


「少し、安心しました。手紙を書いても、ちっとも返事を寄越してくれないんです」

「将軍は激務ですから。ですが、お二人のことは、案じておられますよ」

「本当ですか?」

「ええ」

「どうか奥様も、ご心配なさらず。……そうですね。もし新しいお手紙をお書きになるのであれば、我々がお預かりします。帰り道もここに寄りますので、それまでに書き上げて下されば――」


 そつなくクラリッサに応対しているのは、アルフェではない。同行してきたノイマルク兵でもない。――フロイドである。

 普段の粗野な口調と皮肉な表情はどこかに失せて、ぴんと背中を張っている。そうしていると、まるでどこかの騎士のように見えたので、その脇にいるアルフェは、ベレンの妻子を観察するのを忘れて、目をぱちくりさせたあと、うさんくさそうな視線をフロイドに向けていた。


「まあ、私ったら、何時までもお客様を玄関に立たせて――、今、客間を用意いたします。今夜はぜひ、この館にお泊まり下さい」

「いえ、そこまで奥様のご厚意に甘える訳には。――そうですか、では、お言葉に甘えて」


 一旦もっともらしく固辞してみせる姿勢も、堂に入っていた。最終的に宿泊を受け入れたのは、元々この町で一泊する旅程を組んでいたから問題無いのだが――。


「いい加減、その目をやめてくれ」


 通された客間で、フロイドがアルフェに言った。クラリッサは茶の用意をしに、同行してきたノイマルク兵は馬車の荷下ろしをしに行ったので、一時的に、彼らは二人だけになった。


「ちょっとした悪ふざけだ。俺ばっかりあんたに驚かされるのは、癪だったからな」

「あれなら、詐欺師になってもやっていけますよ」

「それこそ、洒落にもならん」


 既に口調と態度を戻していたフロイドが、軽く両手を挙げる。

 冗談めかして言っているものの、あの言葉遣いと態度はこの男の身体に身についたものだった。むしろ普段の乱暴な言葉遣いよりも、自然体だったという気さえする。興味の無い顔をしながら、アルフェは改めて、この男の素性について想像する気になった。

 エアハルトでは、ユリアン・エアハルトに雇われて暗殺者をやっていた。冒険者の作法などにも詳しいから、恐らくそれ以前には、冒険者として仕事をこなしていた時期もあったのかもしれない。では、さらにその以前には、一体何をやっていたのだろうか。

 多分、どこかの領邦で、領主の側近くに仕えていた。これまでの言葉の端々から、そんなことが読み取れる。


「若かったな……」


 無言の室内にフロイドの低い声が響き、アルフェは思考を中断して、そちらに視線を向けた。


「二十の、半ばくらいか」

「……女性の年齢を詮索するのは、失礼です」


 アルフェにそう言われて、フロイドははっと顔を上げた。独り言のつもりだったようだ。


「……ふん、失礼ときたか。そんな常識が、あんたにも有ったんだな」


 ゴツンと、フロイドが剣の鞘で床を叩いた。何が気に入らないのか、妙に苛立っている。さっきベレンの妻に対していた時は、どこかうきうきと演技をしていたのに。アルフェはフロイドの感情に付き合わず、今回の仕事内容を確認することにした。


「明日の昼には、例の野盗の被害に遭った村に着けるはずです。野盗たちの根城の見当もついていますから、討伐までには、そう時間はかからないでしょう」

「……野盗狩りは久々だ。しかし魔物やら野盗やら、こうあっちこっち……。やはりこの領邦は、どこか危ういな」

「これがあなたの言うように、ノイマルク伯の悪政の弊害なのかは分かりません。少なくとも、将軍は違うことを言っていました」

「……野盗を扇動しているのは、トリールの工作員だと?」

「はい。例の農民反乱の噂も、そういった工作員の仕業ではないかと」

「まあ、戦争だからな」


 事実かもしれんと、フロイドは言った。


「で、それが事実だったらどうする。あんたは、領邦の争いに関わるのは嫌だと言っていたが……。手を引くのか?」

「別にそんなことはしません。野盗は野盗です」

「……? つまり?」

「野盗は、野盗だということです。つまり、兵ではない。難しい判断は必要ありません」

「……ああ、なるほど。皆殺しにすれば、どっちでも同じ――」


 そこで二人は会話を止め、同時に部屋の入り口の方を見た。部屋の前の廊下に、人の気配を感じたからだ。

 十秒ほど遅れて、ゆっくりとドアが開いた。


「…………」


 背伸びをするようにドアノブに手をかけ、室内の様子をうかがってているのは、クラリッサと共にいた、イエルクという名の少年だ。


「あの……、今晩は。……イエルクと、申します」


 少年は目を伏せがちに、おずおずと言った。知らなければ、女子だと思ってもおかしくない顔立ちと、線の細さだ。

 さっきは母親の陰に隠れていた少年が、今度は一人で挨拶しに来たのだろうか。


「ああ、今晩は」


 フロイドが、先ほどと同じような余所行きの笑みを少年に向けたが、それはどこか、ぎこちないものだった。

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