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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第六節
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143.絶叫

 一撃目を、なぜ打ち込めたのかは分からない。

 ほとんど無防備な状態で、パラディンの少女はアルフェの拳を腹に受けた。


 ――偶然……? いえ、そんな甘い相手では……。


 闘場に出たアルフェが我に返った時、目の前には桃灰色の髪をした少女が立っていた。

 相手が自分と同世代の少女であることにも驚いたが、その姿を見た瞬間、勝てないとアルフェは悟った。それ程に力の差がある。

 だが、戦えないとは思わなかった。

 遠くはある。しかし、以前にユリアン・エアハルトと手合わせした時よりも、相手と自分の距離は短いと思った。

 自分は強くなっている。そしてもっと強くならなければならない。よろしくお願いしますという言葉がごく自然に口をついて出たのは、相手に胸を借りるという思いがあったからだ。


「一体私に、何をしたのですか……!?」


 ――……え?


 このパラディンのことを、フロイドたちはアイゼンシュタインと呼んでいた。その彼女が、凄い目でアルフェをにらみつけている。

 アルフェが眼を合わせると、なぜかアイゼンシュタインの肩がびくりと震えた。


「何を……? とは、何ですか?」

「とぼけるのもいい加減に……!」


 とぼけるも何も、アルフェには彼女が言っている意味が分からなかった。

 何をしたと言われても、腹を殴っただけだ。


「卑怯な事をしないで下さい!」


 腹を殴るのは、卑怯な事だろうか。戦いの場では自然な事だと思う。アルフェは少し眉をひそめた。


「ああ! またそんな顔をして、私を惑わそうと――! 名乗りなさい! 名前を――、あなたの名前を教えなさい! 早く!」


 酷く切迫した様子で、アイゼンシュタインはアルフェに名を聞く。相手の名を聞くことにこだわるあたり、この少女もフロイドと同種の人間なのだろうか。――つまりは、変わり者ということだ。

 しかし騎士の世界では、戦う際に名乗りを上げるのは礼儀であるらしい。神殿騎士の彼女にとっては、名乗りもせずに殴りかかるのは無礼かつ卑怯な事だったのだろう。


「アルフェです」

「アルフェ……? アルフェ……、アルフェさん……、アルフェちゃん……。……アルフェ、様?」


 そこで一瞬、アイゼンシュタインは固まった。


「………………いやああああああああああ!!!!」

「な――!?」


 アイゼンシュタインは頭を抱え身体をよじり、大声で叫び始めた。

 アルフェはひるんだ。強さがどうこう以前に、“これ”が今までに戦ったことのない種類の敵であるということに、ようやく気付いたからだ。


「私に何をしたの!? 何を!」

「あなたは一体、何を言って――」

「ロザリンデです!!」

「え――?」

「私はロザリンデ・アイゼンシュタインです!! 名前で呼びなさい!!」


 今の彼女の剣幕に逆らえる者が、果たしてこの地上にどれだけいるだろう。喚声を上げて野次を飛ばしていた観客たちですら、しんと静まりかえっている。


「ア、アイゼンシュタイン……さん」

「違う!! ロザリンデ!!!!!!」

「ロザ、リンデ、さん」

「………………あ、あ、あ、あああああああああ!!」


 その叫びは魂の奥底から響く恐怖の声のようでありながら、どこか艶めきを帯びている。そしてついにアイゼンシュタイン――、ロザリンデは両の手で胸を押さえ、純白のハルバードを砂地に取り落としてしまった。


 ――何なの……!?


 アルフェには、どう反応すべきか分からなかった。相手の様子は、戦いどころではないような気がする。むしろ介抱が必要なのではないだろうかと、アルフェが思わず手を伸ばすと、ロザリンデは右手でそれを振り払った。


「――!?」


 かと思うと、ロザリンデの姿が消えた。同時に、砂地に落ちていたハルバードも消えている。


 ――速い!


 アルフェはいつの間にか背後に回り込まれていた。しかもロザリンデは、アルフェの後方で、既にハルバードを振りかぶっている。どんな速さで動けば、そんな事が可能なのか。


 ――本気を出した……!?


 意味不明な相手ではあるが、やはりこの敵は本物のパラディンだ。

 構えを取り直したアルフェの視線が、ロザリンデと正面から結びつく。またも身体を震わせ、硬く目をつぶったロザリンデが、頭を振りながら涙声で言った。


「やめて!! これ以上私に入って来ないで!!」

「言いがかりを付けるのもいい加減にしなさい!!」


 二人の少女の叫びが闘場に響いた。



「ふーッ! ふーッ! ふーッ!」


 本格的な戦闘を行う前だというのに、ロザリンデの呼吸は非常に荒い。普段の一見お淑やかな彼女はどこに行ったのかと思うほど、彼女は敵意をむき出しにしていた。

 自分の何がロザリンデの逆鱗に触れてしまったのだろうか。アルフェは相手の変貌に戸惑いながらも、呼吸と魔力を整えていた。


 ――……今度は、さっきのようにはいかないか。


 正面から飛び込めば、確実にあのハルバードに迎撃される。

 あの純白は染めたものではなく、何らかの特殊な金属である。高位の魔法武器である事は疑いない。それをパラディンが振るうのだから、果たしてどれほどの威力の攻撃が繰り出されるのだろうか。

 避けることすら難しい。かと言ってフロイドとの戦闘の時のように、受けて止めるということは不可能だ。

 試しにアルフェは、脚を使って攪乱してみることにした。

 ロザリンデはなぜか、アルフェと積極的に眼を合わせないようにしている。そこにつけいる隙があるかもしれない。


 ――回り込めば……!


 アルフェは移動のし始めに、わざと踏み込みを強くして闘場の砂を巻き上げた。

 先ほどのロザリンデには及ばないものの、アルフェの動きも常人の目には留まらない。生み出した砂煙に紛れて、アルフェはロザリンデの側面に回り込んだ。

 ロザリンデはこちらを見ていない、身体もさっきと同じ方向に向けたままだ。これなら――


「……っ」


 アルフェは息を呑み、足を止めた。

 ちょうどアルフェがロザリンデの間合いに入った瞬間、ハルバードの斧がアルフェの首に触れて静止する。そういう幻視をしたからだ。

 ロザリンデはやはり、アルフェの方を見ていない。見ないままだが、正確にアルフェの動きを捉えている。


 ――……あの時も、同じようなことがあった。


 ユリアン・エアハルトと手合わせした時にも、今のように首を落とされる幻影を見た。

 舞っていた砂埃がやんでも、アルフェとロザリンデは、両方共に動かない。

 ロザリンデは完全に迎撃専門の体勢に入っている。ハルバードは長くて重い。彼女の力なら前に出て攻撃することは十分可能だろうが、ああやって構えて敵の攻撃を迎え撃つ方が、彼女にとって都合が良いのかもしれない。


「ふーッ! ふーッ!」


 ロザリンデの息はまだ荒い。相当興奮しているようだ。それを見て、アルフェは逆に冷静になった。

 ものは試しと、アルフェはてくてくと歩いてロザリンデから距離を取り、二十歩ほど離れたところで魔力を練った。

 十分に魔力が高まったところで、足を踏み込み腰をひねる。突き出した拳から衝撃が飛び、離れたロザリンデに向かっていった。


「――ふっ!」


 斜め後ろから放ったにも関わらず、ロザリンデのハルバードの軌道は、過たずその衝撃波を切り落とした。――が。

 その衝撃波の直後、隠れるように飛んできた二撃目の衝撃波がある。振り終わりの一瞬の隙を狙ったアルフェの攻撃だ。

 しかしそれすらも簡単に、円を描くようにし戻ってきたハルバードが跳ね返す。


 ――ここなら!


 さらにその瞬間、アルフェは別角度から身体ごと踏み込んだ、と見せかけて、それを迎撃しに来た斧の刃を避け、間合い寸前で急停止する。

 ロザリンデもまた、ハルバードを止めた。端から寸止めする気だからそうなるのだ。

 だがその質量の武器が、一度止まった勢いを、すぐに取り戻すことができるのか。

 止まったと見せかけたアルフェの身体は、既に前に出ている。さっき踏み込んできた時よりも速く。速度に差を付けてロザリンデの目をくらまそうとする、これもアルフェの作戦だった。

 アルフェはロザリンデの制空圏に入った。

 もう一度ハルバードを振りかぶって、斬りつける。その時間は残されていないはずだ。

 懐に入ればこちらが有利だと、アルフェは魔力を集中する。足を踏み込み、背中からロザリンデにぶち当たった。

 しかしロザリンデの身体は、もうそこに無い。

 彼女はアルフェの側面を取っている。ハルバードを振り上げ、まるで首切り役人が徒刑囚の首を飛ばすがごとく、アルフェに向かって振り下ろした。


「すぅ」


 間合いを取ったアルフェは、息を吸った。

 エアハルトに居た頃の彼女なら、最後の振り下ろしは避けられなかった。パラディンとここまで戦えている。勝算以前に、アルフェは己の成長を実感していた。

 アリーナはまだ、水を打ったように静まりかえっている。だが今の攻防を目にして、これが可憐な少女たちを使った、ただの余興であるなどと考える者は皆無であった。

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