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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第五節
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137.剣とは何か、どんなものか

 表立って組合とのやり取りをするのは、アルフェではなくフロイドの方であるというのが、不用意に目立たないための、二人の間の決まり事であった。アルフェはただ、隠れ家でフロイドの報告を聞く。

 しかしその日は珍しく、アルフェが彼に同行していた。


「どういう風の吹き回しだ?」

「……」


 フロイドが理由を聞いても、アルフェは答えようとしない。無意味に行動しようという娘ではないから、そこには彼女なりの意味があるのだろう。聞いても黙っているということは、つまり聞くなということなのだ。

 フロイドは質問するのをやめて前を向き、アルフェはその三歩後ろについて歩いた。


「その剣は……、どんなものなのですか?」

「は?」


 しばらく無言で歩いてから、アルフェがぽつりと口にした。

 剣がどんなものとは、どういう問いだろうか。


「それは……」


 もしや凄まじく高度なことを聞かれているのかと思い、一瞬フロイドは考え込んだ。


 ――……剣とは何か? 確かにそうだ。剣とは何か……。


「剣とは――、俺にとって……」

「そういうことは聞いていません。勘違いをしないでください」


 己にとって、剣士にとって、剣とは一体何であるか。明確な答えの出せない問いに対しフロイドなりの答えを示そうとしたところ、雇い主はいつもの冷たい調子で否定した。


「じゃあ何だ」


 少し機嫌を悪くして、フロイドは足を止め振り返る。ここは冒険者組合に近い路上で、人通りもそれなりにある道だ。道の反対側を通る職人風の男が、ぎょっとした顔を二人に向け過ぎ去った。

 アルフェの蒼い瞳と目が合った。その目は何かを量るように、フロイドを見ている。


「私は武器を使いませんから」

「……?」

「どういう剣が良い物なのかが分かりません」

「ああ……」


 そういう事かとフロイドは思った。アルフェが聞こうとしているのは、えらく物質的な話のようだ。


「これは安物だ。どこにでもある数打ちだよ」


 フロイドはぽんと鞘を叩いた。

 そこに納まっているのは、彼の言う通り何の変哲もない長剣だ。材質にも形状にも工夫は無い。もちろん魔術など一片も付与されていない。フロイドの戦闘スタイルに合わせてやや薄く軽く、柄が長めの物を選んであるものの、この程度の剣ならどの武器屋でも手に入る。


「値段は?」

「値段? あ~、……幾らだったかな。銀貨五十枚くらいだったか? ……おい、その情報は必要か?」

「次は必ず覚えておきなさい。絶対に」

「あ、ああ」


 戦闘時のような剣幕で言われたので、思わずフロイドは気圧された。

 二人はまだ、足を止めたまま路上で会話している。


「急にどうした、そんな事を」

「良い武器の方が、強くなれるのですよね」

「そう短絡的なものでもないが……」


 フロイドは首をひねった。

 上等な武具を手に入れれば強くなれる、というのは、駆け出しによくありがちな勘違いだ。神代の武器や伝説の鎧を手にしたところで、使う者の技量が伴わなければ何にもならない。

 実際、伝来の家宝だとか偶然遺跡で拾ったとかの理由で、身の丈に合わない高度な魔法の武器を使う素人が、調子に乗って勝てるはずのない魔物に挑み命を落としたという事例は枚挙にいとまがない。

 むしろはじめは安くとも癖の無い、扱いやすい武器を選び、武器と共に己も成長していかなければならない。それがフロイドの持論だった。

 しかしそんなことは、ちょっと実戦経験を積めば嫌でも分かる話だ。

 歴戦の冒険者であるアルフェにそれが分からないのは、彼女が自ら言う通り、彼女が武器を使わないからなのだろう。

 ここは素直に答えることにしようと、フロイドは口を開いた。


「まあ例外はあるが、大体はそうだろうな。武器は良いにこしたことは無い。この安物では斬れん魔物でも、業物なら斬れる、ということはあるだろう」


 ――俺の技が未熟なのもあるがな。


 世の中には武器を選ばない達人というのもいる。

 もちろんフロイドは、自分がその達人の域に達しているなどと自惚れてはいない。未だ道半ばである。


「なるほど……、不便ですね」

「不便か? いや、そうだな。不便かもな。あんたからすればな。……もしかして、あんたも剣を使いたくなったのか?」

「違います」

「じゃあどうして――」


 そんなことを聞くのだ。フロイドがもう一度問おうとした時、アルフェは視線を別の方向に向けた。


「何だ?」

「グイード・アンソフです」

「ほう」


 冒険者組合の建物に入っていくのは、確かに“血槍”のグイード・アンソフだ。あの赤い三叉槍と長身は、遠目からでもすぐわかる。


「こっちに来るのは珍しいな」


 この都市に組合の建物は四つある。グイードは、いつもは別の建物に出入りしている。


「あの槍も、魔法の武器なのでしたね」

「今日はやけに武器に興味を持つな……。まあ、そうだ。突くと敵の首元で、更に伸びるという話だな。他にも何か能力があるのかも知れん」

「何をしに来たのでしょう」

「意外に、あんたを見に来たのかもしれんぞ。“対戦相手”の視察に」


 グイードも、アルフェの事は知っているはずだ。


「直接話してみますか」

「本気か?」

「あの方が本当に私の相手なのか、教えてくれるかもしれません」

「その発想はなかったな」

「今回は殺し合いではないですし、構わないのでは?」


 アルフェは本気のようだった。

 しかしなるほど、今度の賭け試合では命のやり取りをしろとは言われていない。ならば裏で推測を重ねていないで、正面から「お前が対戦相手か」と聞いても許されるという気がする。

 メリダ商会のゲイツとゲオ・バルトムンクにとっては、出す手駒は伏せるのがルールなのだとしても、戦う当人同士が聞くのは止められないだろう。

 だが聞くと決めても、アルフェは組合に入らないことにしている。二人はグイードが出てくるのを大人しく待った。


「お前たちは……」


 出てきたグイードは、二人を見て目を鋭くした。

 彼にしてみれば唐突に待ち構えられていたように見えるだろうから、その反応は自然だ。

 グイードの年代はフロイドとほとんど同じである。短髪の、隙の無い眼をした男は、槍の間合いで足を止めて二人に聞いた。


「俺に何か用か」

「用ってほどじゃあないんだが――」

「あなたは私と闘技場で戦うことになっていますか」


 前置きも腹芸も何もなく、アルフェが言った。

 グイードが虚を突かれたように目を見開くのを、フロイドはやれやれという気分で眺めた。


「闘技場……? ゲオの爺さんが、何か言ってるのか」


 ――おや……?


 意外な反応だ。この男は、例の賭け試合のことを知らないらしい。


「私はメリダ商会の依頼で、地下闘技場に立つことになっているのですが」

「お前が……? それは、お前の相手に同情するな……」


 アルフェの白い手に目を落としてから、グイードは眉をひそめた。それは、偽りのない感想のようだった。


「あなたが私の相手ではないと?」

「ああ、少なくとも俺は聞いていない。あの爺さんの趣味に付き合ったことはあるが、別に俺はあいつの家来じゃない」


 演技ではなさそうだ。仮にグイードがアルフェの相手なら、試合が数日後に迫った今に至るまで、何も聞かされていないというのはおかしい。


「二日前に魔物を討伐してきたばかりだ。次の仕事まで間を開けたい。頼まれたとしても、断るだろうな」

「そうですか……」


 肩透かしを食ったようにしているアルフェも、グイードが嘘をついていないと思っている。

 しかしそうすると、メリダ商会のゲイツが自信ありげに言った情報とはかなり異なる。


「用は済んだか?」

「いえ、もう一つだけ。あなたの他に、バルトムンク侯に雇われそうな方はいますか?」

「さっきも言ったが、俺はあいつの家来じゃない。爺さんと誰がつるもうが知らん。――もういいな?」

「はい、引き留めてすいませんでした」


 アルフェはこのままグイードを帰す気だ。この男に対する関心を失ったことが、娘の表情と声色から露骨に読み取れる。

 実際、この男が賭け試合と関係ないのなら、聞くことはもう存在しない。


 ――ん? そういえば……。


 その時突然、フロイドの頭に思い浮かんだことがある。


「討伐って言ったが、またワイバーンか」

「……ああ、そうだ。なぜ知っている」

「大した話じゃない。すぐに終わる」

「……?」


 急に話を知らない方向に向けたフロイドを、アルフェが不審がっている。


「若い冒険者がお前にくっついてったろう。三人組の、やかましい奴らだ」


 これがあの馬鹿たちの死んだ理由なら、その様子くらいは知っておいてもいいか。そう思ってフロイドは尋ねた。

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