135.団長への手紙
ロザリンデが闘技場で戦う日取りも決まり、後はその日を待つだけということになってから、マキアスが改めて疑問に思ったことがある。
「総長は、ゲオ・バルトムンクに何の要請をしたんだと思う?」
「え?」
「アイゼンシュタインは、あの爺さんに総長の親書を持って来たんだろ?」
マキアスは、カタリナと食堂のカウンター席に並んで話している。
「あ~、気にしてませんでした」
そう言って果実の搾り汁を飲むカタリナは、マキアスが知るいつもの副官だ。先日のちょっとした諍い、いや、マキアスが一方的に当たり散らしただけだから諍いとも言えないが、その時のことを引きずってはいないようなので、彼はひとまず安心した。
ここはその“諍い”をしてしまった日に見つけた食堂で、思いのほか美味い料理を出すのでマキアスは気に入っている。彼が大した連絡もなくカタリナを呼び出したのは、ここの料理をおごってご機嫌を取る意味もあった。
「まあ、お前はそうだろうな。でも俺は気になるんだ。パラディンをわざわざ派遣するような用件ってなんなのかな?」
「どうなんですかね」
カタリナはこの話題に関心が無いようで、適当な相槌をうっている。
マキアスは彼女に話しかけつつ、頭の中に浮かんだ疑問を整理しようとした。
神殿騎士団総長の親書。そこに書かれている話が、ただのお使い話であるはずがない。しかも届けられた相手はバルトムンク侯だ。八大諸侯には及ばないものの、帝国諸侯の中ではかなり有力な貴族である。少なくとも、上から数えた方が圧倒的に早い。
――近頃色々きな臭いからな……。
伝聞であるが、ここから東にある八大諸侯のトリール伯とノイマルク伯の争いは、もはや戦争と呼ぶべき規模に達しているらしい。先年ラトリア大公領に侵攻したドニエステこそ、その後は表立った動きを見せていないものの、帝国内が荒れれば、また何をしてくるか分からない。
このような情勢下にあって、建前上は俗界権力に対して中立を貫くべき神殿騎士団が、俗の代表例のような男に親書を送る。――あくまで想像でしかないが、そこには嫌な予感しか感じなかった。
自身の属する組織の長に対して、こんなことを思うのは変かもしれないが、現在の騎士団総長は、どうも政治的なやり取りを好む。神殿騎士団としてあえて俗界に介入するなら、まずトリールとノイマルクの争いを納める方向に動けばいいのに、それをしようともしない。先年のラトリア陥落の時もそうだった。行動には移さなかったものの、上の方で色々な力が働いていた形跡がある。
もし総長が俗界の争いに乗じて騎士団の権力を広げようとしているのなら、それは騎士団の本分を大きく逸脱した行為である。
マキアスは、自身の想像を飛躍とは思わなかった。
帝国は今、不穏な時代に入ろうとしているのかもしれない。
「テオは大丈夫かな……」
ぼそりとつぶやいたマキアスの横顔を、カタリナが見ている。
「テオドール“様”ですよ。不敬ですよ」
小声でひそひそと注意をする副官に、マキアスは苦笑した。
「誰も聞いてないさ」
「私が聞いてます」
「じゃあ、聞かなかったことにしてくれ」
「お代わりお願いしまーす!」
カタリナが遠慮なく飲んでいるのは、この店では最高級の搾り汁だ。声のやたらでかい調理人が毎度と叫び、マキアスはまた苦笑した。
ベルダンで一緒だった親友とは、もう大分長い間、離れて行動している。手紙のやり取りすらしていない。テオドールがアルフェの事を聞けば、自分も一緒に探すと言いだすかもしれないが、彼にはそういう勝手は許されないだろう。ベルダンの派遣任務の時だって、よく許可が下りたと思ったくらいなのだ。あの時よりも情勢が不安定な今、中央の連中がテオドールを手元から離したいと考えるわけがないのだ。
テオドールはテオドールで、きっと帝都で辛い思いをしているはずである。マキアスは目を閉じて、息を吐いた。
「ため息つかないでくださいよ、隊長」
「すまん」
「癖になりますよ。知ってますか? ため息をつくと幸せが逃げます」
「ん……」
「にっこり笑ってください。ただでさえ、隊長は顔が怖いんですから」
「馬鹿」
そう言いつつ、マキアスの口元はほころんだ。口の端に手をやって、わざとらしく微笑んで見せるカタリナが、自分を励ましているのだとは、マキアスにも分かっていた。
「……ま、そうだな。お前のお気楽さを、見習うことにするか」
気を取り直して、マキアスは食事を注文しようとした。朝も食べていないので、腹が減っている。既に顔なじみになった声の大きな店主が、厨房から叫んだ。
「お兄ちゃん、今日は魚があるよ!」
「ああ、じゃあそれの定食で」
「私も同じでお願いします」
この前には売り切れていたメニューを頼むと、出来上がりを待つ間、マキアスはカタリナに話しかけた。
「いっそ団長に相談してみるか」
「あ~、そうですね。隊長が何を悩んでるのか分かんないですけど、それはいいかもしれませんね」
「団長だって、一応パラディンだしな。総長が何をしようとしてるにしても、あの人に伝えておけば悪い方向にはいかないだろ」
――それに団長なら……。
テオドールのことも、きっとそれとなく気にかけてくれるに違いない。
自分が任務から外れて個人的な探し物をしていることについても、正直に伝えれば、あの人なら理解してくれるかもしれない。――いや、きっと理解してくれるとマキアスは思った。
「“一応”って……、筆頭ですよ、パラディン筆頭。テオドール様といい、隊長は妙に偉い人たちと縁がありますね」
「ふふん、俺の人徳さ」
「友達いないくせに――おぶ」
マキアスがカタリナの頭に拳骨を食らわせた所で、彼らが注文した料理が運ばれてくる。
痛みと喜びの混じった奇妙なうめきを上げる副官の隣で、マキアスは考えていた。
――これを食ったら手紙を書くか。ヴァイスハイト団長なら、きっと何とかしてくれる。
彼は、少しだけ重荷を下ろしたような顔をしていた。
◇
「よう三馬鹿、今日もご機嫌だな」
「おお、旦那こそ元気そうじゃないか」
フロイドが話しかけると、例によってテーブルを囲み宴会をしていた三人がジョッキを振り上げた。
この三人はフロイドが初めて見て以来、毎夜このように冒険者組合で酒を飲んでいる。果たして本当に冒険者としての仕事はこなしているのだろうかと、フロイドは不思議がった。
「お前ら、仕事は?」
何となく今日は、思ったことを聞いてみる気になった。フロイドの問いに、平然とした顔でロディが答える。こいつが三人のリーダー格だ。
「してるさ。十日前だってワイバーンの討伐隊に参加したしな」
「ほう」
フロイドは少しだけ感心の声を漏らした。どうやらやることはやっているようだ。しかもワイバーンと言えば竜の劣等亜種で、かなり高脅威度の魔物である。数十人規模の討伐隊に混じるだけでも、報酬はそれなりに貰えるはずだ。
半月前というのも標準的な冒険者ならおかしくない。怪我の回復などを考えれば、依頼と依頼にそれくらいの間を開けるのが普通だ。実際この三人も、何か所か負傷しているらしく包帯が取れていない。金を得たら遊びに使いたくなるのだって人情だろう。
やはり、重傷も数日で自然治癒して、帰ってきたらすぐに次の冒険に出たがるフロイドの雇い主がおかしいのだ。今はメリダ商会の頭取に指定された決闘の日付を待って、さすがに町で大人しくしているが、この町に来た直後はほとんど往復で何かの討伐に出かけていた。付き合わされるフロイドも閉口したものだ。
「で、そのワイバーンには誰がとどめを刺した」
フロイドがこう聞くのは、討伐隊には主戦力となる腕利きの冒険者が参加しているはずだからだ。この三人クラスの冒険者ならせいぜい後方で弓を弾いて援護するくらいで、殊勲者は別に居るだろう。ロディもその質問の意味を理解している。
「そりゃ俺さ、って言いたいけどな。“血槍”の旦那だよ」
「なるほど」
と言いながら、最近その名をよく耳にするなとフロイドは思った。
「グイード・アンソフか」
「そうそう」
「凄いよなぁ」
「うん、本当に強かったよ。一人だけ、明らかに動きが違うもんな」
ロディ以外の二人も口々に賞賛する。
もう少しその時の話を詳しく聞くと、四十人ほどで隊を組んだロディたちを含む討伐隊は、他の全員でワイバーンの翼を封じることに専念し、地面に落ちたワイバーンと戦ったのは、ほとんど“血槍”一人だけだったという。
「俺たち、グイードの旦那に気に入られちゃってさ。見どころがあるって言われたんだぜ」
「そりゃ良かったな」
「また同じ隊に入ってくれって頼まれてさあ」
若い三人組は、高名な冒険者におだてられて舞い上がっている最中のようだ。その話を肴に酒盛りをしていたというところだろう。
「まあ、あまり調子に乗り過ぎんようにな。足をすくわれるぞ」
実際彼らは“血槍”に気に入られたらしい。次も一緒に魔物の討伐に行くと言っている三人を置いて、世間話を切り上げたフロイドは冒険者組合を出た。
“血槍”のグイードというと、アルフェが闘技場で戦うかもしれない相手だ。まさにそのアルフェとの連絡場所に向かいながら、フロイドはさっきの話を思い返していた。
――あの槍を相手にした時に、アルフェはどう戦うか……。
グイード・アンソフの得意武器は、その異名の通り槍である。グイードは魔物との戦闘で、自身の身長よりも長い三叉の槍を手に、思わぬ間合いからの攻撃を繰り出すという。“血槍”というのは、その槍が朱色に染められていることから付いた名だ。
――やはり、問題はあの間合いだ。
グイードとの戦闘を想定すると、やはり勝敗は槍の間合いをどう詰めるかにかかっている。素手のアルフェは言うまでも無くリーチが短い。戦い方を間違えれば一方的に攻撃を受けることにもなりかねない。
が、それは無用な心配だなとフロイドは思い直した。
あの娘は師匠から教わったという特殊な移動法を使う。アルフェの解説だけではよく理解できなかったが、魔力を使って、身体能力だけでは得られない加速を得るのだそうだ。
敵として戦ったから分かる。あの速度はでたらめだ。不公平ではないかと思えるくらいに。あれなら一瞬で槍の間合いを詰め、戦いをあの娘のペースに持っていくことは可能だろう。
――俺ならばどう詰める……?
いつの間にか、フロイドは自分がグイードと戦った時のことを思っていた。彼自身が戦う可能性は無いとは言え、これは剣士の性のようなものだ。
二、三度見たことがあるグイードの姿を頭に思い描き、その動きを想像しながら、自分ならどう対処するかを一手一手考えていた。
「来ましたか」
連絡場所の空き家に到着すると、アルフェはいつもの木箱の上に座っていた。彼女はあの位置が気に入っているのだろうか。
そのついでに、フロイドの視界に妙なものが入った。アルフェの座っている箱の横に置かれた、木でできた等身大の人形のような何かだ。作りかけではあるが、多分人形に見える。
「ああ、組合の方は特に変わり無かったよ」
謎の人形のことは無視して、フロイドは言った。
先ほど見てきた冒険者組合には、相変わらず護衛や魔物の討伐依頼が溢れていたが、アルフェの目を引きそうな特殊な依頼は出ていなかった。
「しかし、“血槍”の話を聞いた」
「……グイード・アンソフ?」
「そうだ」
「どんな?」
「いや、別に大した事じゃない。腕は鈍ってなさそうだって話だ」
町中で赤い槍をこれ見よがしに抱えて歩いているグイードのことは、アルフェも目にしたことがあるはずだ。フロイドがその名前を出すと、彼女は考え込む姿勢になった。ついさっきのフロイドと同じように、あの槍のことを思い出してどう戦うかを思案しているのかもしれない。
「ワイバーンを討伐したって言ってたな」
「ワイバーン……?」
アルフェは顔を上げた。そういえば、ワイバーンはアルフェが倒そうとしている大聖堂の魔獣に似ているかもしれない。――翼の生えた巨体という点だけだが。あの魔獣の方が、ワイバーンよりもずっと手強い。
「どうやって倒したのですか?」
「数十人で翼を攻めて、地面に落としてからグイードがとどめを刺したそうだ」
「そうですか……。んん……。いえ、でも……」
アルフェは顎に指をあてて唸っている。
まさか同じように、冒険者を山ほど雇って遠征に繰り出すとは言わないだろうか。
「駄目ですね。いくらなんでも、そんなに目立つのは駄目です」
彼女の脳内でもその計画は却下されたようだ。
「何にしても、ゲイツの指定した日は近い。しばらく町で大人しくしているしかないだろうな」
「そうですね。それまでは、ここで鍛錬するしかありませんね」
アルフェの言葉に、生真面目なことだとフロイドは苦笑した。




