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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第四節
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132.奴隷

「こうしてお前が出てきてるのは、やっぱり、俺があいつに嫌われたからなのかな」

「大丈夫ですよ隊長、ロザリンデ様は男の人が全部嫌いなんです。落ち込まないでください」

「それは知ってるし、別に好かれたいとは思ってないけどよ……」


 ぼやくマキアスがカタリナと会っているのは、バルトムンクの町の食堂だ。

 ゲオ・バルトムンクとの面会の結果を、ロザリンデ本人ではなくこうやってカタリナに伝えろと指示されたのは、彼の言葉通り、先日のマキアスの失態に対してロザリンデが怒りを覚えているからというのは、無くはないだろう。


「隊長が帰った後もすごかったんですよ。臭いからお風呂に入りたいって」

「それを俺に言って、お前は俺が喜ぶと思ってんのか?」


 カタリナは今、ロザリンデの宿で彼女と寝食を共にしている。噂以上のロザリンデの男嫌いぶりが分かるエピソードを、カタリナはマキアスに披露した。


「私だって苦労してるんですからね? 毎回一緒に入ろうって言ってくるんですから、ロザリンデ様は。あと距離感もめっちゃ近いし」

「すまないと思ってるよ……。だからここも、俺のおごりだって言ってるじゃないか」


 カタリナに言わせると、彼女はマキアスに生贄にされたのだということになる。間違ってはいないので、そこを突かれるとマキアスは謝るしかない。

 体を斜めにして謝罪するマキアスの前で、カタリナはふんぞり返った。


「よろしい。では、ロザリンデ様に代わってバルトムンク侯のお言葉をうかがいましょう」

「調子に乗んなよ? ……これがゲオ・バルトムンクの指定した日時だ。場所はもちろんあの闘技場。相手は……、教えてもらえなかった」

「え」

「パラディンなら何が出てきても打倒してみせろ、だってさ」

「また怒られますよ……?」

「……大丈夫だろ実際、あいつなら」


 何しろあれほど強い娘など、マキアスは二人しかしらないのだ。


「それはそうですけど――、あ、きたきた」


 まだ何か言おうとしたカタリナの台詞は、食事が運ばれてきたことで中断された。


「とりあえず話はついた訳だし、これで少し時間ができるな……。俺の“探し物”を再開しないと」


 半ば独り言のようにマキアスが言う。その手には、例のソードスパイダーの脚で作ったナイフの鞘が握られている。


「……やっぱり、それって任務じゃなくって、隊長の個人的な話なんですよね」


 肉を頬張りながらカタリナが問いかけた。建前として、マキアスはあの娘を探すためにエアハルトで起こった事件の調査を口実にしていたが、そんな露骨な嘘など、通用するはずがない。


「……そうだ」

「……そうですか」

「それでも、俺は探さなきゃならない」

「責めてませんよ」


 私は適当ですからねと、何でもない調子でカタリナは言った。

 マキアスの方は、食事に手を付けようともしていない。


「その子って、どんな子なんですか?」

「……ん?」

「アルフェちゃんって」

「ああ……」


 誰かにあの娘の話をしたことが、今まであっただろうか。そう思いながらも、記憶を探りつつマキアスは語りだした。


「まずあいつは、お前よりも少し年下くらいで……、長い銀色の髪をした娘だった」

「可愛い子ですか?」

「さあ……、どうかな」


 そうかもしれないが、変わった奴だったからなとマキアスは苦笑した。


「食い意地が張っててな。よく何かを食ってたよ」

「はい」

「それに、金にがめつかった」

「……は?」

「何かといえば金の話をしててさ。今日の食費がーとか、新しい稼ぎ口がーとか……。このナイフも、元はと言えばあいつに売りつけられそうになったんだぜ?」

「はあ」


 本当に変わった子みたいですねと、カタリナは言った。しかしそれで彼女は思い出したが、マキアスの持っているこのナイフは、元の持ち主が“倒した”魔物から作ったものではなかったか。


「――でも」

「え?」

「優しい奴だったんだ」

「……」

「あいつが突然、誰にも、リアナとリオンにまで何も言わないで、突然いなくなるなんてこと、あるはずがないんだ」


 それでマキアスは押し黙り、あたりには食堂の喧騒だけが残った。


「隊長は――」


 カタリナが口を開く。いつの間にか、彼女はフォークとナイフを置き食事の手を止めて、マキアスの話に聞き入っていた。


「……何だ?」


 青年の言葉に込められた感情を、カタリナは読み取ったのだろうか。


「隊長はその子のこと、好きだったんですか?」


 そう投げかけられ、マキアスは危うく座ったままひっくり返りそうになった。


「な――、違う! 何を聞いてたんだ、お前」

「え――、だって……」

「俺は約束したんだよ。あいつを連れ帰るって。町の奴らと」

「……」

「酔ってんのか? 酒でも飲んだのか?」


 なぜか疑わし気な視線を向ける副官を前にして、少し乱暴な口調でマキアスは言った。


「妙なこと言うなら、この話は終わりだ。今の話から、どうしてそうなるんだよ。大体なぁ、これは俺の個人的な問題だ。俺は、そこにお前に付いてきて欲しいなんて、一言も言ってないぞ。余計なお世話なんだよ」


 そこまで口にしてから、マキアスは自分が言い過ぎたことを悟った。

 カタリナはうつむいて押し黙り、いつもの能天気な彼女からは考えられないほどに消沈している。


「あ……」


 経緯はどうあれ、その個人的な問題に彼女を付き合わせているのは事実なのだ。それなのに今の言い草はあり得なかった。


「ご、ごめん」


 それこそアルフェやテオドールがこの様子を見れば、マキアスを引っ叩くくらいのことはしただろう。


「悪かった」


 椅子から腰を少しだけ浮かせながら、マキアスは詫びた。


「……違います。ごめんなさい隊長。私が無神経だったんです」


 そんな風に殊勝になられても、逆にマキアスにとっては針の筵だ。食堂内の他の客が、一斉に自分を責めるような視線を送っているようにすら感じる。もちろんそんな事実は無いのだが、彼としてはそんな気分だ。


「とりあえず、出るか」


 そうやってごまかそうとする自分を、せこい男だとマキアスは思った。



「失敗したな……」


 一人になったマキアスは、がりがりと後頭部を掻いた。既にカタリナはロザリンデの宿に戻っている。最後にはいつも通りに機嫌を直してくれたとはいえ、さっきの自分は情けなかった。大体どうも、自分には若い娘の扱いというものが分かっていない。帝都の実家にいた時には、妹にもよく叱られた。


「こりゃあ、テオドールのことも少しは見習わないとな……」


 例えば、今はここにいない友ならば、老若問わず、女性を落ち込ませるような真似は絶対にしない。


「あ~あ」


 気分が腐っている。カタリナに言った台詞ではないが、酒でも飲みたい気分だ。辺りからは、昼過ぎだというのに酔客の笑い声が響いてくる。

 だが、こんなことでそんなものに逃げていたら、それこそ情けなさが過ぎるだろう。


「――よしっ」


 気合を入れて、気持ちを切り替えた。

 腐っていてもしょうがない、できることをしようと。


 ――あの闘技場に行ってみるか。


 この前の調査は中途半端に終わってしまった。今日はカタリナもいないし、多少無茶な探索もできる。アルフェの手がかりがつかめるかもしれないし、ゲオ・バルトムンクがロザリンデと何を戦わせようとしているのかも、ああは言ったがやはり気になる。

 石橋を渡り、マキアスはレニ川の中洲へと向かった。


 ――今日もやってるみたいだな……。休業日ってのは無いのかな。


 そして訪れた巨大な掘立小屋には、今日も客が頻繁に出入りしていた。前に来た時よりは時間も遅い。既に興行は始まっているだろう。

 とにかく入ろうとマキアスが足を踏み出すと、横から気安く声をかけられた。


「お、マキアスじゃないか」

「本当だ。マキアスだ。お前も賭けか?」


 この町に、そんな声をかけてくる知り合いなどいないと思ったが、振り向くとそこには、前に冒険者組合で話した若い三人組がいた。


「ああ、あんたらは確か――」

「ロディだ。こいつはナルサスで、こっちがタイラー。あらためてよろしくな」

「ああ」


 相槌を打ちつつ、厄介だなとマキアスは思った。せっかく自由に調査ができるはずだったのに。


「せっかくだから一緒に入ろうぜ。お前、その様子だとここは初めてか? 色々教えてやるよ」


 いや、案外そうでもないかもしれない。ここの事情をある程度知っている者の案内があれば、得られる情報も増えるだろう。


「そりゃ助かるな。じゃあ、ちょっとだけ」


 適当なところで中座しても、こいつらならば気にするまい。四人一緒になって、マキアスは闘技場の中に入った。

 闘技場内では、やはりもう興行が始まっていた。アリーナの中央の窪みにある砂地では、二人の闘技者が戦っている。やってるなとマキアスが言うと、慣れた調子でロディが答えた。


「まだまだ前座さ」


 適当に座席を見つけると、彼らは腰かけた。と言っても椅子などは無く、ただの石段のような席だ。ナルサスが場内にいる売り子から酒を買ってきて、他の三人に回す。マキアスはそれを辞退しながら尋ねた。


「毎日やってるのか? ここは」

「まあ大体な。この町は不信心な奴ばっかりだから、聖人の祝祭日も関係ないしな」

「ふうん」

「そんなことより、賭け札を買わないと」


 ここでは闘技者の勝敗を使った賭博が行われている。アリーナの所々に賭け札を売る売人が歩いていて、ロディはその一人を呼び止めた。


「マキアスはどっちだ?」

「あ、ああ、じゃあ――」


 あまり禁欲的にふるまって、怪しまれるのもまずい。マキアスはとりあえず、一枚だけ賭け札を買った。


「なんだよ、それっぽっちか。金が無いのか?」

「ん? まあ、初めてだからな。試しにさ」


 その時行われていた戦いは、十分もかからず勝敗がついた。両手に短剣を持った太めの男が勝ち、手槍を持った細身の男が負けた。場内が沸いている。


「よしよし、幸先良いぞ。お前は残念だったな」


 ロディは賭けに勝ったようだ。マキアスは一応残念がって見せて、それから聞いた。


「死ぬまでやらないんだな」


 負けた細身の男は、肩や胸から流血しているが死んでいない。戦闘不能ではあるが、致命傷でもない。


「死ぬ時もあるけどな」


 ロディ曰く、人間の闘技者が死ぬまで戦うことはあまりないそうだ。敗北者にも、裏ではきちんと治癒術による手当てが行われる。運が悪いか、余程因縁のある試合でもない限り、興行主はできるだけ闘技者を死なせない。

 まあそうかとマキアスは思った。毎日行われる興行の中で、常に闘技者を死なせていたのでは、いくら戦う者がいても足りない。


「あいつらはどういう人間なんだ?」

「あいつら?」

「戦ってる奴らさ」

「ああ、あいつらは冒険者だ。俺たちと同じさ」


 ロディはマキアスのことも冒険者だと思っている。だからそう言った。

 闘技者になるのは多くが冒険者だ。腕試しや金策を目的として希望して出場する者が大半だという。ここで勝って目立てば、同じ中洲の中にある娼館でも商売女にもてる。それを狙いにする者もいた。


「出たけりゃ、お前でも出れるぜ」

「それは遠慮しとくよ」

「そうか? お前なら結構やれそうなのにな」


 次は魔術士同士の戦いが始まった。足元の定められた円から出ないで、離れた位置から魔術だけで相手を戦闘不能にした者が勝利という催しのようだ。観客を飽きさせないため、主催者も色々と考えているのだろう。

 魔力の矢や火球などが、光を放って飛び交っている。


「……ここは、“城主”のバルトムンク侯が仕切ってると聞いたんだが」

「あ? 何だって?」


 ロディは賭け札を握りしめて、応援に熱中していたようだ。聞き返してた彼に、マキアスはもう一度尋ねた。


「や、ここの興行主は誰なのか、って」

「そりゃあ、ゲオ・バルトムンクと、メリダ商会の頭取さ」

「へえ……」


 ゲオ・バルトムンクは当然知っている。メリダ商会というのは何だったろうか。――そうだ。確か、この町の娼館や市場に大きな影響力を持っているという連中だ。


「その二人が半分ずつだな。ここ以外でも美味い汁を吸いあってるらしいけど、どっちも相手の寝首を掻くのを狙ってるってさ。――あ! くそっ! 負けるな!」


 ロディの話は興味深いと言えば興味深かったが、特にアルフェの手がかりになりそうなものではない。冒険者なら特に制約なく闘技場に参加できる、ということくらいだろうか。

 では、ロザリンデにとってはどうだろう。

 今の話を総合すれば、ゲオ・バルトムンクがあのパラディンと戦わせようとしているのは、バルトムンク内にいる冒険者の誰かなのか。例の“銀狼”以外にも、この都市には“水の魔女”や“血槍”といった二つ名の冒険者が留まっていると聞いた。そういう冒険者の有名どころとロザリンデを競わせて、大きな興行にしようという算段なのだろうか。


「畜生! 負けやがった! どうしてあそこで魔術封じを食うんだよ!」


 マキアスが思考している間にも、試合は次へと移っていく。


「次だ! 次で取り返すぞ! ……おっと、もうあいつが出てくるのかぁ」

「……え? あいつ?」


 ロディの言葉と、そこまでと少し違った雰囲気でざわついた場内に、マキアスは顔を上げた。


「あいつだよ。あれが、このバルトムンクの“奴隷”さ」

「奴隷……?」


 そして彼が目を向けた闘場には、今まさに“それ”が入ってくるところだった。


「……オーク?」


 全身が傷にまみれた灰色のオークが、そこに立っていた。

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