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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第四節
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130.失言

「今日は小娘ではなく、軽輩の若造を寄越してきたのか。やはり神殿騎士団は、儂を侮っているのか?」

「い、いえ、決してそんな事は……」


 ゲオ・バルトムンクの皮肉を受けて、マキアスは答えに窮する。同時に頭の中で、この仕事を押しつけてきたあのパラディンに対して毒づいた。


 ――アイゼンシュタインめ……!


 彼は先日、パラディンのロザリンデ・アイゼンシュタインから、大した説明も無しにこの偏屈な老貴族との連絡役を押しつけられてしまった。しかし、彼の身分でパラディンの命令に対し反論できるはずもない。渋々と連絡相手の元に赴いた所、第一声で先ほどのような皮肉を浴びせられたのだ。

 ちなみにここは、先日マキアスがロザリンデと遭遇した地下闘技場ではなく、バルトムンク侯の居城の一室である。城塞都市の中枢だけあって、外から見ても中から見ても、戦いだけを考えて作られた厳つい城だ。


 ――こんな面倒くさそうな爺さんの相手なんて、俺にできるかよ……。


 マキアスは改めて、目の前に座っている老人を観察した。

 ゲオ・バルトムンク。この城塞都市バルトムンクの城主であり、この一帯がバルトムンク伯領であったころからの統治者の末裔。若い頃は戦士としても知られたというこの男も、今は老い、椅子に座るにもどこかけだるそうな雰囲気を漂わせている。


「調子よく協力を求めてくるくせに、こんな扱いを受けるのではな……。儂も、考えを変えねばならんかもしれん」

「も、申し訳ありません」


 相次ぐ嫌みにマキアスは胃が縮まる思いをしているものの、実のところ、先日ロザリンデと会っていた時ほど、ゲオ・バルトムンクの機嫌は悪くなかった。

 今、彼の目の前に居るのは、騎士服を着た精悍な風貌の青年だ。乳臭さの残る華奢な小娘などよりは、ずっと“見栄え”がいい。女などは全て、家の中で女中でもしていれば良いと考えている男尊主義の老人にとって、ロザリンデとマキアス、使いに寄越されて喜ぶのはどちらか、答えは明白であった。


「まあ良かろう。それで、今日は何の用だ」


 相手が用件を聞く気になってくれたので、マキアスはほっとした。ならばさっさと仕事を済ませて帰ってしまおうと、直立したまま、少し早口でロザリンデから預かってきた言葉を伝えた。


「はっ、本日はパラディンのアイゼンシュタインから、バルトムンク様にお伺いしたいことがあると――」

「何を聞きたいというのだ」

「そ、それが」


 先日の地下闘技場における会談で、ロザリンデはバルトムンク侯に親書の返事をもらえず追い返された。その返事をいつもらえるのか、単純に言うとそれを聞いて来いというわけである。


「我らの総長も、侯のお返事を心待ちにしておりますので……」

「……」


 バルトムンク侯がむっつりと押し黙ったので、マキアスの言葉も尻すぼみになってしまった。しばらくの間マキアスが相手の顔色をうかがうようにしていると、バルトムンク侯はじとりとした目で彼を見た。


「……率直に言おう。返事を伝えるにしても、儂はあの娘が信用ならんのだ」

「……なぜでしょうか」


 俺だってそうだよと思いながら、マキアスは聞いた。


「あの娘は自分のことをパラディンだと言ったが、それは本当か?」

「それは間違いありません」


 その質問に対してはマキアスも即答できる。ロザリンデは間違い無くパラディンだ。


「あんな小娘が……?」


 ゲオ・バルトムンクが首をひねるのも理解出来る。パラディンというと、この大陸では英雄譚やおとぎ話でもしばしば語られるような存在だ。そういった英雄を神聖視するバルトムンク侯のような武闘派の老人にとっては特に、あの娘がパラディンですよといきなり言われても、納得するのは難しいだろう。

 だが、ロザリンデは間違い無くパラディンなのだ。


「本当です」


 マキアスの真剣な表情に、侯も彼が偽りを言っているのではないと分かっただろう。しかしゲオ・バルトムンクは、よほど猜疑心の強い男のようだ。


「ならば、パラディンの質が落ちたのだな。……嘆かわしいことだ。大きな戦から遠ざかると、誰も彼もが柔弱になっていく」

「そんな事はありません」


 所属している騎士団を貶められたという気持ちが半分、頑固な老人に苛立つ気持ちが半分、彼の立場としては相応しくないが、マキアスは少しむっとしながら反論した。


「神殿騎士団は精鋭です。その頂点に立つパラディンが弱いということは有り得ません」

「……では、例の件はどう説明を付ける?」

「え?」

「ノイマルクで十一席が死んだだろう」

「――! そ、れは」


 ――この爺い……!


 マキアスは驚愕し、目を見開いた。

 パラディンには十二席あるが、それは常に埋まっている訳ではない。現に今のパラディンにもいくつかの空席がある。そのこと自体は特に異常でも何でもない。ゲオ・バルトムンクが指摘しているのは、それとは別の話だ。

 実は先年、パラディンの一人が何者かに殺害されている。この衝撃的な事件の詳細について判明しているのは、殺したのが魔物ではなく人間だったということだけ。しかしこの話の真相は、神殿騎士団でも一部の人間しか知らないはずだ。マキアスだって、テオドールと友人でなければ耳にすることがなかっただろう。

 表向きには病死と発表されている事件の真相を知っている。ただの偏屈な爺さんではない、相手は十分に老獪だと、マキアスは目の前の老人に対する認識を改めた。


「どこの馬の骨とも分からぬ輩に敗北するなど……。幻滅したと言わざるを得んな」


 いや、そう言えば、この侯には親類に騎士団員がいたのではなかったか。俗界の貴族が、箔付けや人脈を作るために子弟を神殿騎士団に出向させるのはよくある話である。マキアスは記憶を探った。


 ――確か、この爺さんとよく似た名前の騎士が、どっかに……。


 そうだ、姓は違うが、ジオとかいう中堅騎士がいた。それがこの男の甥か何かであったはずだ。


 ――……ん? ジオ……?


 マキアスはその名前を、ごく最近どこかで聞いた。そう、あれはエアハルトの大聖堂を査察した時に――。


「あの娘は末席、十二席だという。つまり、死んだ十一席よりも弱いのだろう。そんな娘を重要な使いに寄越すなど……。……聞いているのか?」

「は、はい!」


 マキアスの思考は、ゲオ・バルトムンクの言葉に遮られた。


「要するにだ。儂は証を見せてもらいたいのだよ」

「証……ですか」

「そう、あの娘が信用に足る相手だという証拠だ」


 証を見せろと言われても、何を見せれば良いのだろう。きっとこの手の老人は、一度信用しないと決めた相手は絶対に信用しない。いっそここにロザリンデを連れてきて、この爺さんをぶちのめしてもらえば信じるのだろうか。

 半ば投げやりになって、マキアスは言った。


「間違いなくアイゼンシュタインはパラディンです。彼女が戦っている所を見れば、バルトムンク様も信じられます」

「おお、なるほどな。もっともだ。戦ってもらえばよいのか」

「…………え?」


 ゲオ・バルトムンクが納得したようにうなずいている。

 失言をした。マキアスがそれに気がついたのは、一拍置いてからのことだった。



「どうして、そうなるんですか?」


 数刻後のマキアスは、今度はパラディンのロザリンデに詰問されていた。


「私は、返事を頂く日付を聞いてきて欲しいとお願いしたんです。そうですよね、カタリナさん」

「は、はい、そうです!」


 カタリナの威勢の良い声を聞いて、この野郎とマキアスは思った。どうしてこいつは、ロザリンデの副官のようにして彼女の後ろに控えているのだろうか。


「それがどうして、私が闘技場で戦う約束をすることになるんですか? ……有り得ません」


 しかしここはなじられても仕方が無い。今思えば自分は、あの老人に上手い具合に誘導されて、とんでもない約束をさせられてしまった。

 ロザリンデがパラディンとしての力を証明するために、例の地下闘技場で一戦だけ戦ってみせる。マキアスの感覚からしても、この約束は非常識だ。ロザリンデでなくとも怒るだろう。


「いっそあなたが戦ってくれませんか? ステラさんのお兄様」

「申し訳ありません!」


 だから謝るしかない。部屋着でソファーに腰掛けているロザリンデを前に、直立したマキアスは声を張り上げた。


「どうして私が、あんな野蛮な場所で……、汚い、臭い男たちの見世物にさせられるの? きっといやらしい視線にさらされて……、どうして? なんで?」


 親指の爪を噛みながら小声でぶつぶつとつぶやくロザリンデは、この部屋にいる他の二人にとっては、噴火直前の火山か、雷が落ちる前の黒雲のように見える。

 頼む、お前がなだめてくれと、マキアスは視線でカタリナに懇願した。カタリナは自分を指さして、私がですかと口をぱくぱく動かしている。


「アイゼンシュタインさ――」

「――ロザリンデ」

「ロ、ロザリンデ、様」

「はい、どうしました? カタリナさん」

「も、物は考えようじゃないですか? 一回戦うだけで、それで任務が上手く進むんですから。任務が終わったら、そうしたら帝都に戻れるでしょうし」

「……」

「戦うと言っても、ロザリンデ様なら楽勝ですよ。それとも、バルトムンク様の気が変わるのをお待ちになりますか? ……いつまでもこんな町には、居たくありませんよね?」


 ロザリンデのつぶやきは止まり、カタリナの顔をじっと見ている。今の提案を、前向きに検討しているのか。


「カタリナさん」

「は、はい!」

「確かに、そうかもしれません」


 その言葉を聞いて、マキアスは初めて、心の中で副官の行動に惜しみない喝采を送った。


「ステラさんのお兄様」

「はっ!」

「バルトムンク侯に返答をお願いします。申し出を受けますと」

「はい! ありがとうございます!」


 どうやらこれで、ことが上手く運びそうだ。ロザリンデが任務を終えてこの町を去ってくれれば、マキアス個人の捜し物も再開できる。


「では、そういうことで。まだ何かありますか? ステラさんのお兄様」

「ありません!」

「ならすぐにこの部屋を出て、バルトムンク侯の所に行って下さい」

「了解しました!」


 部屋が臭くなりますからというロザリンデのつぶやきを聞かなかったことにして、マキアスは勢いよく答えた。

 ゲオ・バルトムンクが地下闘技場でロザリンデと何を戦わせるつもりだろうと、まともに“これ”と相手をできるものを探してくることだって困難だ。ロザリンデは一瞬で相手をたたきのめして、頑固な老人は彼女のことを認めざるを得なくなる。間違いの無い予測を頭に描いて、マキアスはさっさと部屋を出て行こうとした。


「あ、ちょっと待って下さい」

「な、何でしょうか」


 マキアスを引き留めたロザリンデは、戦う者としては至極当然のことを聞いた。


「それで、私が相手にさせられるのは、何なのですか?」

「詳しい話はまだ……。しかし、人間ではないかもしれません。……あの闘技場は、魔物も扱っているようですから」


 神に仕える騎士としては看過できない話だったが、あそこがそういう場所だということは、ロザリンデも知っているはずだ。


「まあそうですね、何が相手でも同じですか」


 事も無げに言った彼女は、やはりこの若さでパラディンに数えられた天才なのだ。改めて確認させられたマキアスは、一礼して扉を閉めた。

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