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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第三章 第一節
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116.岩場のトロル

「気味の悪い魔物だ」


 フロイドは魔物の周りを回るように、すり足でじりじりと位置を変えている。トロルの二つある頭の片方が、首だけ動かして彼の動きを追った。


「これ程はっきり変異しているのも珍しい」


 このトロルの異常な姿は、魔物の中でも、俗に言う変異種というものだった。

 偶発的な突然変異や外的な何かの働きかけにより、同じ種族とは思えないほど、姿がかけ離れてしまった魔物。生まれてすぐに死んでしまうものも多いが、このように生き延びた結果、大きな力を手にすることもある。


 ――オロロロロロ。


 大きなカエルと牛を掛け合わせたような鳴き声を、威嚇するようにトロルが発した。


「言ってる意味が分からんな。帝国語で喋ってくれないか?」

「無駄口を叩くな」


 軽口を叩くフロイドに辛辣な言葉を吐いたアルフェの表情は、さっきまでとは違っている。含み笑いをしたフロイドは、先手を打って魔物に斬りかかった。


「――シッ!」


 その剣を、片手を振り上げてトロルがはじく。硬質な手応えと音がしたのは、その手に人の頭ほどの大きさの岩が握られているからだ。次に繰り出された二撃目も、機敏な動きで身を引いてかわされた。


「ほう……!」


 剣を構え直し、フロイドが軽く目を見張る。魔物の動きを賞賛してのことだが、その時には既に、彼の雇い主が跳躍してトロルの腕の一本に絡みついていた。

 思わず耳を塞ぎたくなるような、肉の線維がぶちぶちと切れる音がした。トロルの腕をねじ切りながら、少し離れた場所にアルフェがすとんと着地する。

 右側の腕を失い、トロルの体はさらに異様なものになった。腕を取られた部分から体液を吹き出しつつ、魔物は左側の二本の腕で、倒れかかる自分の体を支えた。


 ――こりゃ、今回も俺は要らんな。


 フロイドがアルフェの方に視線を向けると、彼女は魔物からちぎった腕を、無造作に地面に放り投げている。

 土下座をするようになったトロルを見る、あの見下げるような冷たい目は、フロイド自身も彼女に向けられたことがあった。


 ――ん?


 このままアルフェがとどめを刺して終わる。彼がそう考えた時、トロルは素早く這うように動いて、地面に落ちている己の腕を拾い上げた。魔物は自分の右腕の手首をつかみ、それを武器代わりにやたら滅多と振り回す。


「――くっ!」

「――ちっ!」


広範囲を襲うなぎ払いを、アルフェとフロイドはそれぞれに回避した。


 ―――オロロロロロロ。


 魔物は目を血走らせて怒っている。鳴き声からもそのことが分かる。一本しかない右腕を奪われたのだ、当然の反応だろう。

 いつの間にか、トロルの肩口から吹き出る体液は止まっている。それどころか、傷口がじゅくじゅくとうごめき、小さな腕のようなものさえ見える。既に再生が始まっているのだ。


「なるほど、そうやって腕を増やしたのか」


 驚異的な再生能力。それがトロルの持つ種としての特性だ。

 斬ろうが突こうが、多少の損傷はその再生力で一瞬にして無かったことにしてしまう。それに対抗するために、人間はよく火を使った。燃やしてしまえば再生できないということだ。さっきトロルが真っ先に焚き火を狙ったのは、そのあたりも関係しているのだろう。


 ――だが、それにしても……。


 このトロルの再生力は驚異的であった。腕をねじ切られてからまだ少々の時間しか経っていないのに、肩口に見える新しい腕は人間の赤子くらい――いや、フロイドがそう考えている間にも、幼児くらいに成長している。


「どうする?」


 しかし特に焦りの見えない声で、フロイドは雇い主の意向を仰いだ。それを受け、トロルを挟んで向こう側に立っている少女が冷徹に判断を下す。


「首を落とします」

「承知――!」


 そう言うとフロイドは、自分からもう一度トロルの懐に飛び込んだ。敵の接近を感知したトロルは、太い左腕に持った右腕を、鞭のように振り下ろした。

 空振った腕が足下の岩を砕く。一寸の間を残して、フロイドがトロルの攻撃を避けたのだ。

 魔物の股下に入った剣士の眼光は、相手の胸の中心を見据えている。

 自分が敵の注意を引けば、その隙にあの娘が首を取るだろう。しかし、言いなりになって美味しいところを奪われるだけというのは、彼の剣士としてのプライドが許さなかった。


 ――心の臓を貫かれても、再生できるか――!


 試してやるとばかりに牙をむく。

 トロルの膝を蹴り、フロイドが跳躍した。彼は刀身を地面と水平にして、それを敵の胸にストンと突き入れた。


 ――……ちっ。


 刃はトロルの背中まで突き抜けたが、フロイドは心の中で舌打ちをもらした。自分が敵に与えた傷が、致命傷ではないと悟ったからだ。

 どうやら狙いを外したか、それとも本当に心臓を貫かれても死なないのかもしれない。

 剣を敵の胸に残したまま、丸腰になったフロイドが着地する。魔物は彼を叩き潰そうと、再度腕を振り上げた。だが、男はそれを不機嫌そうに見つめたまま回避しようともしない。


 ――結局、美味しいところを取られた。


 魔物の動きが突然乱れた。

 上から降ってきたアルフェが、トロルの二つある頭の間にとりついている。トロルは慌ててそれを振り落とそうともがくが、もう既に遅かった。アルフェは掌底で頭の一つを叩くと、もう一つの頭を両手で挟み込んだ。

 彼女が目を見開いてその両手に力を込めた瞬間は、さすがのフロイドもわずかに眉をひそめたほどだ。

 先ほど腕をねじり切ったのと同じように、力任せに頭を引きちぎる。トロルが上げていた鳴き声は、途中で強制的に止められてしまった。

 砂埃を舞い立て、トロルの体が仰向けに大地に沈む。敵の首を抱えた少女は、終わりましたと一言だけ言った。


「まだ、もう一つ残っているが」

「問題ありません」


 彼女が言う通り、もう一つの頭部もそれほど間を置かず後頭部から破裂した。掌底で叩かれたとき、アルフェに魔力を流し込まれたのだろう。


「……なるほど」


 余計な心配だったようだなと、フロイドは肩をすくめた。

 そしてまさにその瞬間、周囲を照らしていた魔術具の火花が、同時にふっとかき消えた。



 峡谷でアルフェたちがトロルと戦った翌々の晩、バルトムンクの冒険者組合は、今日も冒険者でごった返していた。


「タイラーはどうしてる?」

「まだ尻が痛いってさ。部屋で寝てる」

「情けねぇなあ」


 そう嘆いたのは例の新入り冒険者の一人である。


「でもナルサス、さすがにこの町はすげぇな。まさかオーク退治の途中で、トロルが紛れ込むなんて」

「笑いごとじゃないぞロディ。タイラーだって、一歩間違えれば死んでたんだ」


 ナルサスは、相変わらず気楽な様子の相方をたしなめた。

 彼らは今日、この町における冒険者生活の第一歩として、手始めに町の周囲を見回るオークの討伐隊に参加してきた。そこでどうやら手強い魔物に乱入されて、手ひどい目に遭ったたようだ。


「あの魔女がいてくれなかったら、俺たちだってどうなってたか……」

「ああ、あの魔女な。トロルが一発で真っ二つだ。やっぱり有名な奴は違うよなぁ」


 たまたまロディたちの隊に“水の魔女”と呼ばれる高名な冒険者が混じっていたから助かったものの、そうでなければどうなっていたか分からない。実際に彼らの他の隊には、集合時間をはるかに過ぎても、まだ町に戻ってきていないものもあるという。


「見てろよ、俺も有名になるぜ。それで帝都に屋敷を持つんだ。そしたらあの魔女も、『ロディ君素敵ね』ってことになって、『結婚して』ってことになるかも知れないしな」

「ならねぇだろ……って聞いてねぇな。やれやれ……」


 楽天家なロディの空想を放っておいて、ナルサスはちびりと蒸留酒のグラスに口をつけた。


「……お? なあおい、見ろよ、この前の奴じゃないか。……げっ」

「どうしたナルサス。俺の話を聞けよ。将来の俺の屋敷の間取りは――うぉっ」


 二人だけでなく、そこにいた冒険者が一斉に、ある一点に目を向けた。その一点――、組合の入り口にいたのは、彼らが以前にここで見た剣士の男である。

 そして二人が驚きの声を上げた理由は、その剣士が片手に巨大な生首をぶら下げていたからだ。カウンターに近づいた剣士は、組合職員の前にどすんとその首を置いた。


「……トロルだ」

「……あれは例の、賞金がかかった変異体だぞ」


 畏怖が籠ったざわめきの中で、ロディとナルサスにはそういう言葉が聞き取れた。


「変異体……? 変異種か。すげぇ……」


 自分たちが蹴散らされたトロルの、しかも変異種を討伐してきたらしい剣士を目にして、ロディは興奮を露わにしている。

 討伐の証と引き換えに、組合職員は剣士に金袋を手渡した。金貨がうん十枚入っているであろうその袋も、ロディたちにとっては憧れの対象だ。


「な、なあ、あんた」

「――ん? お前は……、前に会ったか?」


 何を思ったか、その剣士が脇を通ろうとした時、ロディはその男に自分から声をかけた。一体何を聞くつもりかという表情をしているナルサスの前で、ロディはこう口にした。


「なぁ、ひょっとしてあんたが“銀狼”か?」

「あ……?」


 剣士は一度目を丸くして、それから困ったようにあごを掻いた。


「ああ……、なるほどなぁ。そういうことか」


 何を納得したのか、剣士は何度もうなずいている。


「どうした、あんたが“銀狼”で間違い無いんだろ?」

「……まあ、そうかな。そういうことになってるかもな。一応、そういう事なんだろうな、多分。そういう事にしておけってことだろ」


 ずいぶんと持って回った曖昧な返事だったが、男はそうだと認めた。


「で、この“銀狼”に何か用か?」


 意味ありげな含み笑いをしながら、剣士はロディに尋ねたが、ロディの方はただそのことを確かめたかっただけのようだ。


「いや、何でもない。俺たちも同業だ。挨拶くらいしておこうと思ったんだよ」


 その後、剣士は組合から去り、ロディとナルサスは二人で飲んでいた。すると、宿に引きこもっていたはずのタイラーが、何やら興奮した様子でやってきた。


「よう、尻が痛いんじゃなかったのか、タイラー」

「や、もう治ったかなってさ。なぁ聞いてくれロディ、今そこで、とんでも無いものを見たんだ」

「とんでも無いものって何だよ」

「すげぇ美人の娘だよ」

「そりゃとんでもないな」


 ナルサスが拍子抜けした様子で笑う。ロディの方も、そんな事でいちいち驚くなとタイラーに言った。しかしそれでも彼は、興奮が抑えられないようだ。


「いや、マジで美人だったんだ。尻が痛いのも忘れたよ。その娘は銀色の髪で――、そう、前にここで見た剣士っぽい男と歩いてた」


 立ったまま勢い込んで喋るタイラーの言葉を聞いて、ロディとナルサスは顔を見合わせうなずきあった。


「女連れか、余裕だな。二つ名を持ってるような奴は、やっぱり違うわ」

「なぁに、俺たちだって有名になればそれくらい」

「なんだ、どうしたんだ二人とも。なんかあったのか?」


 タイラーは、意味が分からず二人の仲間を交互に見ている。その日も彼らは、夜遅くまで飲み明かした。

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