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白銀のヘカトンケイル  作者: 北十五条東一丁目
第二章 第八節
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101.秘蹟の夜は近づいた

「坊ちゃんには、取りあえず聖堂の中に移ってもらおう。あのテントよりは安全だ。そこを俺たちで固めるとして――。やっぱり、どう考えても人手が足りねぇ。俺たち以外に、使えそうな隊はいるか?」

「いくつか心当たりは……。ですが団長……」

「分かってる。坊ちゃんの名前を出せば、俺たちの言うことを聞く奴らもいるだろう。グレン、その辺の交渉はお前に頼む」

「了解しました」

「そいつらを中心に、外の見回りも強化する。聖堂周辺は特に念入りにだ。――カイル! お前らはアンデッド用の道具をかき集めて、聖堂に置いとけ!」

「だ、団長、教会のやつらはどうするんです?」

「死霊使いを連れて来た奴らなんか、信用できるか!」


 にわかに慌ただしくなった兵営の一角で傭兵たちが右往左往し、リグスの怒鳴り声が響いている。


 助祭長シンゼイの連れていたメルヴィナという女は、死霊術士だった。劇場での死霊騒ぎの犯人も、あの女だと思われる。

 アルフェはその情報を、自分一人の胸に納めておくべきではないと判断した。ユリアンからの刺客を警戒している中で、さらに死霊術士などという得体の知れない存在が加わっては、不測の事態が生じかねないと考えたからだ。もちろん、自身の素性にまつわる話をアルフェは伏せた。

 それにより、リグスたちにとって、教会の関係者は一気に怪しい存在になった。彼らは忌まわしい死霊使いを連れて、この地で何をしようとしているのだろうかと。


――あの女がいない? ……ふん、それがどうした。元々、司教様の指示がなければ、あのような女など……。そんな些末なことで、私を煩わせるな!


 だが、リグスがそれとなく助祭長に接触し、あの女の不在について確認したところ、そのようなにべもない反応が返ってきた。


「ジオっていう神殿騎士の隊長も、あの女がどこに行ったか知らねぇみたいだった。あれは素だ。演技じゃねぇ。だな? ウェッジ」

「はい、そう思います。教会の下っ端連中も、あの女が消えたことを、誰も気にしていないみたいでした。そもそもあの女がどういう身分で、なんで自分たちにくっついてきたのか、それも分からないと」

「分からない? なんだそりゃ! 正気か!?」


 もとよりクルツには、最大の協力者である教会を疑う気は微塵も無い。助祭長が連れていた女が死霊術士だと言っても、何かの間違いだろうと言って取り合わなかった。

 今のところ女が一人失踪しただけで、陣内には何も異常は無い。クルツたちや教会関係者は、粛々と儀式の準備を進めているようだった。リグスたち傭兵団にできることは、教会に頼らない雇い主の護衛計画を、新たに練り直すことくらいだった。


「仮に神殿騎士たちが敵に回ったとするぞ。その時はどうなる?」


 昨日までは数千の味方に囲まれていると思って安心していたが、今はそんなことまで想定しなければならない。

 神殿騎士は、そこらの領邦の正規兵よりも精鋭揃いだ。この場に来ている騎士の数は三十名。それらが全員敵になれば、修羅場になるのは間違い無い。


「さすがにそんなことは起こらんと思うが……」


 しかし死霊術士という、物語に出てくるような得体の知れない存在が、リグスにもしかしたらという気持ちを呼び起こさせる。

それがアルフェの見た夢ならいい。だが、彼がアルフェに案内されて行った林に散乱した骨片が、それが現実なのだと知らせていた。


「引き上げるという選択肢はありますか?」

「坊ちゃんをその気にさせるのは無理だろうな」


 それはそうである。クルツがどれほどこの事業に賭けているかを知っていれば、彼にそう言った時の反応は容易に想像がつく。それに、ここに数千の兵がいるのは事実なのだ。死霊術士が現れたとしても、その数千でかかれば何も問題は無い。

 念のためだ。自分たちがこうして慌てているのは、あくまでも念のため。リグスは己にそう言い聞かせて、沸き起こる不安を抑えた。


「明後日だ。明後日の夜になれば、儀式は終わる。それが終わったら、無理矢理でも坊ちゃんを連れて帰るぞ。ウェッジ、お前は坊ちゃんの側を離れるな。――アルフェ、お前もだ」


 リグスの指示で、アルフェはクルツたちと共に聖堂に移った。



「必要な時以外、ここからは出ないようにして下さい。出る時は、必ずウェッジかアルフェを伴うようにお願いします」


 グレンが長椅子に腰掛けたクルツにそう言った。ここは既に聖堂の中だ。なるほど石造りのこの建物は、テントなどより守りやすいに違いない。

 未完成と言っても、既に使える部屋も多い。クルツの新しい部屋は、聖堂の左翼に広いものが用意された。簡単な湯浴み場さえ設けられているのだ。二、三日くらいならば、室内だけで暮らしても不自由な想いはするまい。


「大げさだな。わざわざこんなことをする必要があるのか? 死霊術士など――」

「クルツ様」

「……まあ、ここが儀式を最も近くで見届けられる場所には違いない。リグスと諸君らの顔を立てようじゃないか」


 クルツは渋っていたが、グレンに一言でたしなめられ、表面上は納得した。死霊術士の件を別にしても、刺客を警戒しなければならないのは本当なのだから。

 傭兵団と教会の者たちの間には、微妙な空気が流れていた。と言っても、お互いが警戒しあっているというより、傭兵団が一方的に教会関係者を怪しんでいると言った方が正しい。

 教会の者たち――特に神殿騎士の一団は、中央の礼拝所付近を警備している。彼らは聖堂の一角に居座ったクルツたちを、ほとんど気にかけていない様子だ。儀式の邪魔をしないのであれば――、そう思っているのだろうか。


 儀式が行われる新月まで、あと二日。それまでに、何かが起こるのか。それとも、何も起こらないのか。そんな緊張感を抱えたまま、時間は流れていった。



「――い。おい」

「……」

「おい、起きろ」

「……なんだよ」


 建設中の聖堂と、それを取り囲む陣から離れた草むらの中に、男が二人潜んでいる。今まで聖堂の方を見ていた片方が、眠っていた片方を揺り起こした。

 起こされた方は、それほど深くは眠っていなかったようだ。不機嫌に目を覚ました男は、腹ばいになったまま、起きていた方が指している方向を見た。


「見ろ、兵営内に動きがある」

「……動き?」


 日は随分前に沈んだ。ここから見える陣の中の兵も、ほとんどは眠っているだろう。そういう時間だ。

 それでも兵営にかがり火は灯されていて、見張りも立っている。それを言っているのかと聞いたら、違うという声が返ってきた。


「妙な動きをしている奴らがいる」

「妙? ――ふん、俺たちがそれを言うかね?」


 フロイド・セインヒルは皮肉に笑った。彼らは数日前から、この草むらの中に潜んでいる。しかも目的は、あの兵営にいる一人の暗殺だ。そんな自分たち以上に、不審な人間がいるだろうか。


「……どれのことだ? 俺には見えん」


 大きな兵営だが、ここからは人間一人一人は豆粒のようにしか見えない。目をこらしても、フロイドにはもう一人の指しているものが分からなかった。


「俺には見える。訓練されていなければ、見えんだろうな」


 じゃあ聞くな、とフロイドは顔をしかめた。今度の名前も知らない相棒は、こんな風に、言うことがいちいちひっかかる。これなら、前の相棒の方がまだ良かったと思う。まあ、前の相棒の首は、他ならぬフロイド自身が落としたのだが。


「お前には、何が見えるんだ?」

「分からん」

「分からんのかよ」

「……だが、妙だ」


 変な慎重さを持った相棒だ。フロイドはさっさと変装なりして、陣中に潜り込めばいいと考えていたが、こいつの意見で、このじめついた草むらに何日も隠れることになった。

 フロイドは斬り合いの専門家であって、潜入の専門家ではない。それについてはこの男の指示に従うと決めているが、こんなところで寝転んでいても、いい加減に埒があかない。


「妙な動きもいいんだがな……。いつまで俺たちはこうしている? 期限は今夜中なんだ。どの道行くしかないだろう?」

「……」


 この相棒をあてがってきたフロイドの飼い主は、いちいち暗殺の日時まで、事細かに指定してくる世話焼きだ。それが今夜と言った以上、自分たちは今夜、目的を為し遂げなければならない。

 今宵は新月である。今日聖堂内で行われるはずの儀式。それが終わり次第――その儀式の結果が成功であれ失敗であれ、対象を殺す。それが彼らの仕事だ。

 それはこの相棒も承知しているはずである。男はフロイドの言葉を受けて、しばし逡巡してから立ち上がった。


「……そうだな、分かった。夜明けまでには戻る。お前はここで――、……何をしている」


 腰に差した鞘の位置を直して、フロイドも立ち上がろうとしている。それを見て、相棒の男は怪訝な声を出した。


「俺も行くのさ」

「……お前は、後詰めだろう」


 後詰めという名の、口封じ役だ。暗殺係はこの男で、フロイドはこの男がしくじった時に、その後始末をするためにいる。この前の夜のようにだ。


「あそこに、会いたいやつが来てるはずなんでな」


 もしかしたら、自分がしくじった時のためにも、誰かが用意されているのかもしれない。ふとそんなことを思いながら、フロイドは言った。


「……勝手にしろ」


 自分としては、フロイドが何をしようと、己の任務さえ果たせれば関係ない。そう言いたげな冷たい視線を、男はフロイドに向けた。

 体を低くして、二人は膝まである草原の中を駆けはじめる。月の無い闇夜だが、星が出ているので、進む事に支障はない。


 フロイドは改めて、進む先にある聖堂の陰を見つめた。与太話を信じて、草原のど真ん中に、あんな馬鹿げた物を作る。自分の飼い主――ユリアン・エアハルトの弟は、よほどの大物か、あるいは底抜けの阿呆だ。

 だが、そんなものに振り回されている自分も、滑稽な阿呆なのかもしれない。

自分だけではない。前を行くこの男も、あそこに集まった貴族や兵たちも、そんな弟を殺そうとしているユリアン・エアハルトも、この糞たれた世界に生きる者は、皆滑稽だ。


 ならばせめて、会いたい者と会い、戦いたい者と戦う自由くらいは許されてもいい。フロイドは、そんな風に思った。

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