五日目・朝 種族によるステータスへの影響
朝食を済ませた俺は、スマホを弄っているミコトとクロエに、「外に出てくる」と言って都議会議事堂の外に出た。
朝焼けに染まっていた空には、いつの間にかどんよりとした雲が広がっていた。
分厚く広がったその雲を見ていると、これから雨でも降るのかもしれない。
俺は戦闘痕の残る都民広場を横切り、都庁通りの高架橋を支える柱の前に立ち、周囲へと目を向ける。
どこかに、試し切りに使えるちょうどいいモンスターが居ないかと目を凝らすが、リッチが倒され朝を迎えたこの街にはもう、アンデッドモンスターはいないようだ。
少なくとも、都民広場にはその姿が見えず、俺は人知れず肩を落とした。
あと、試し切りが出来るものと言えば、目の前にある柱ぐらいなものだが……。
「さすがに、これを斬れば折れるよなぁ」
俺は呟き、手元の小太刀へと目を向けた。
『極夜の街』で多くのアンデッドモンスターを闇へと送り返し、強敵であるリッチを葬ったその刃は、手に入れたばかりだというのに早くも刃毀れし始めていた。
まだ折れる様子はないが、無茶な使い方はもう出来ない。
俺は目の前の柱と小太刀、両方を見比べてからため息を吐いて、都議会議事堂へと戻る。
中へと戻ると、ミコトとクロエが口論をしているところだった。
「ですから、もう少しLUKに割り振ってスキルを取得した方がいいんじゃないかと思うんです」
「馬鹿者、スキル取得ガチャに――手に入るか分からん運任せの入手方法に貴重なSPを割り振る必要はないじゃろ」
「ですが、今の【回復】では皆さんのHPを回復させるには力不足です。もう少し、回復量が高いスキルがないと」
「そもそも、HPを減らすような立ち回りをしとるのが間違いなんじゃ。普通は、そう何度も回復スキルが必要な場面なんぞない」
そう言うと、議事堂内に戻った俺に気が付いたのか、クロエが視線を向けてくる。
「あ奴みたいに、無茶苦茶な戦い方をしない限りは――ボス戦でもない限りはそうそう攻撃を食らわんはずじゃ。いや、食らわんようだいたいのプレイヤーがその立ち回りを覚えるはずじゃ」
「なんの話だ」
と俺はクロエに言う。
すると、クロエの代わりにミコトが口を開く。
「ユウマさんがリッチを倒したおかげで、私にも経験値が共有されて入りレベルアップをしたんです。ユウマさんへ【回復】を使うために、レベルアップで得たSPはINTへと一部割り振っていましたけど、SPが余っているのでその残りをどうしようかとクロエさんと相談していたところでした」
「いろいろと話しておるうちに、ミコトがLUKを中心に伸ばしたいことが分かっての。それよりも他のステータスを伸ばした方がいいと我は言ったのじゃ」
「ですから、他も伸ばしますよ! ……まあ、LUKに割り振った余りのSPで、ですが」
「じゃから、他のステータスを伸ばした余りでLUKを伸ばした方がいいと言っとるじゃろ」
……なるほど。
つまり、ビルドの方向性で揉めていたわけか。
俺はクロエへと目を向けて、口を開く。
「アドバイスは良いと思うけど、強要するのは間違ってると思うぞ。ステータスの差で生死が分かれるだろ。SPを割り振った後にやり直しは出来ないんだ。だったら、SPの割り振りはミコトの好きにやらせればいい」
「そんなこと、言われずとも分かっとる! じゃがの、我らは種族の影響を受けておるじゃろ。思考にまでその影響が出ているとなれば、SPの割り振りだって影響を受けておると考えるのは当然じゃろ。……現に、ミコトの今のステータスは極端すぎる」
どうやらクロエは、ミコトのステータスを見せてもらったらしい。
クロエは言葉を続ける。
「思考が、その種族の影響で引っ張られておるのなら、客観的に見た意見も必要じゃろ。お主の種族は戦闘への思考があるが、ミコトの種族は自己犠牲の博愛思考じゃ。案の定、見せてもらったステータスは極端もいいところ。聞けば、ここのところのSPの割り振りは、LUKやINTが中心だという。MPの上限を伸ばし、スキル取得の確率を上げることは大切じゃが、今は地力を伸ばすときじゃろ」
俺はクロエの言い分に考え込む。
確かに、種族の影響が分かった今、俺たちのステータスはその種族向きとなっていることも否定できない。
知らず知らずのうちに思考が誘引されているのであれば、誰かしらがそれを正す必要もあるだろう。
「……ミコト、すまん。お前のステータスを見せてくれるか?」
「分かりました」
とミコトは頷くと、その手のスマホを俺へと差し出してきた。
柊 ミコト Lv:18 SP:15
HP:56/56
MP:78/78
STR:26
DEF:24
DEX:25
AGI:32
INT:80
VIT:25
LUK:36
所持スキル:天の贈り物 回復 聖域展開 遅延 夜目 槍術
『人間』に操られ、ボロボロになった俺を回復させるために、ミコトは貴重なSPをINTに割り振りながらも【回復】を使ってくれた、とクロエから聞いている。
元々、INTが伸びやすくSPの割り振りもINTに偏重していたミコトだ。
種族の影響を知った今、そのスキル振りにも種族の思考が出ていたかも知れないと考えるのは、自然なことのように思えた。
俺はミコトのステータスを一通り見て、見慣れないスキルがあることに気が付いた。
【夜目】と【聖域展開】。
これは今までなかったスキルだ。
【夜目】に関しては、俺も持っているスキルだ。おそらくだが、ミコトも極夜の街を駆け回るうちに自然と身に付けたものだろう。
しかし【聖域展開】というスキルは見たことがない。その字面だけを見れば、そのスキルはミコトの種族に関係しているように思える。
「ミコト、このスキルは?」
「それは――。ユウマさんも守ろうと思っていたら、自然と身に付けたスキルです」
「俺を、守ろうと」
その言葉に、俺は微かに眉をひそめた。
それはまさしく種族同化現象の言葉だったからだ。
そしておそらくは、俺の予想が正しければ、種族同化現象によって思考と思想、感情と行動を誘引されて身に付けたスキルは、種族に関係している可能性がある。
俺はミコトのスマホ画面をタップして、そのスキル説明文を開く。
≫【聖域展開】
≫御使いによる祈りは神へと届き、その力の一端を譲り受けた。
≫三十秒間の聖域を展開し、聖域内に存在する選択した対象一体の攻撃、スキル、その他攻撃手段すべてを禁ずることが出来る。再使用を行うには12時間の時間経過が必要。
その説明を読んで、俺は思わず唸り声を上げた。
御使いは間違いなく『天使』のことを指している。
スキルの説明文を読む限り、このスキルの取得条件は『天使』の『祈り』だ。
だとすればこれは、『天使』の種族スキルだ。
いわゆる、防御スキルと呼ばれるものだろう。
再使用に半日の時間経過が必要みたいだが、効果の内容はすさまじい。
言ってしまえば、モンスターの攻撃手段を三十秒間は防ぐことが出来るというもの。
俺はミコトのスキルとステータスを再度見てから、ミコトへとスマホを返す。
「確かに、クロエの言う通りもう少し戦闘系に伸ばした方がいいかもな。でも、最終的にはミコトの判断に任せるよ。これはミコトのステータスだ。ミコトがモンスターに襲われないよう、俺は全力でミコトを助けるけど、ある程度の自衛は出来た方が良いと思う」
「…………分かり、ました」
そう呟くと、ミコトは真剣な表情でスマホの画面と向き合った。
この様子なら、下手に偏ったステータスの割り振りはしないだろう。
俺はクロエへと視線を向けて口を開く。
「お前は、ステータスを割り振らなくていいのか?」
「リッチ討伐の時の我は正直、見ていることしか出来なかったからな。経験値も入っておらぬし、レベルも上がっておらん」
とクロエはそう言って肩をすくめて見せた。
「それよりも、お主もステータスを割り振るのじゃろ? しばらく時間が掛かりそうか?」
「ああ、ゆっくり考えながら割り振ろうと思ってたけど……。どうしたんだ?」
「いや、何。昨夜の戦闘で血液のストックが無くなった。お主らがステータスを割り振る間、我は暇じゃ。街に出かけて血液調達でもしようかと思っての」
血液調達……。つまりは、モンスターを狩って、血液をペットボトルに詰める作業のことだろう。
都民広場で見た限りではモンスターの姿がなかった。街全体を探せば、どこかしらにモンスターはいると思うが……。
「危険じゃないか?」
と俺は言う。
吉祥寺の時は、ホブゴブリンが倒れたことで、追いやられていたグラスホッパーラビットが吉祥寺の街に戻ってきていた。
それと同じように、リッチが倒れたことで、リッチに追いやられていたモンスターがこの街に戻ってきている可能性もある。
加えて、今は日中だ。
吸血鬼のクロエにとって、日が出ている今は満足に動くこともままならないはず。
そんなことを考えていたが、クロエに手を振って一蹴された。
「別にボスモンスターを狩りに行くわけではない。そのあたりのモンスターを狩るだけじゃ」
クロエはくくっと喉を鳴らす。
クロエのステータスを直には見ていないが、その強さは知っている。
確かに、ボスモンスター以外ならば一人で平気だろう。
「でも、今は日中だぞ」
「それなら、こうしておれば問題はない」
クロエはローブのフードをすっぽりと頭から被った。
大人の姿となれば少しばかり小さめのそのローブも、八歳児の姿ではやや大きい。
フードを被ったクロエは、全身をくまなくローブに覆われて出会った時のような怪しさを醸し出した。
「肌が日光に焼かれればダメージを負うが、これで直接日光が当たることは何とか防ぐことは出来る。幸い、この街は瓦礫と樹木、草木だらけじゃ。影を伝いながら移動をすれば、なんとかなる」
そう言うと、クロエは瓦礫の椅子から飛び降りて、都議会議事堂の外へと足を向ける。
「一時間ほどで戻る」
呟くように言うと、クロエは瓦礫の影を――廃墟や朽ちたビルの影を伝うようにして、都民広場から新宿の街へと出かけていった。
その後ろ姿を見送っていると、ミコトから声を掛けられる。
「大丈夫ですか? クロエさんを一人で行かせても」
その声に視線を向けると、ミコトは心配そうな表情でクロエが出ていったその場所を見つめていた。
俺はクロエが出ていったその場所へと目を向けて、ため息を吐き出す。
「食料調達、なんて言ってたけど。今は一人になりたいんじゃないか? 結構気にしてたし」
「そう、ですね。まさか、クロエさんとパーティを組めないなんて、思いませんでしたから」
その言葉に俺はもう一度、小さく息を吐いて先ほどのやり取りを思い出す。
クロエと共に江東区へと向かうことが決まり、俺はクロエともパーティを組んでおこうと文字通り手を組むことにした。
パーティを組む条件は、友好関係にあるプレイヤーと手を取り合うことだ。
極夜を共に駆けて、クロエとは十分に理解し合える仲間になったと思っている。
だからこそ、問題なくパーティを組めると思ったのだ。
だが、その結果は失敗。
いくら手を取り合おうが――握手をしようが、一向に俺たちのスマホはアナウンスを告げることがなかった。
それはつまり、俺たちの間に友好関係が築かれてはいないということ。
クロエはこの結果に対して、
「まあ、出会ったばかりじゃし仕方ないの」
と笑っていたが、その表情はどこか寂しそうでもあった。
パーティを組めないということは、お互いにまだどこか不信感があるということだ。
友好関係というものが、どの程度のものを指し示しているのか分からないが、それでもパーティを組めないという事実そのものが、俺たちの間に小さなしこりとして残っているのは確かだった。
「パーティ、組めればいいんですけど」
とミコトが呟いた。
「……まあ、これから先ずっと、パーティを組むことが出来ないってわけじゃないんだ。パーティを組む条件が友好関係なら、一緒に行動していれば時間が解決してくれるはずだ」
と俺はミコトの言葉に答える。
少なくとも、極夜の街での行動を見る限りクロエは俺たちを裏切るような真似はしないはずだ。
「とにかく、今はクロエが戻るまでにステータスを割り振っておこう」
そう言って、俺は手近な瓦礫へと腰を落ち着かせると、スマホを取り出して画面へと目を落とす。
古賀 ユウマ Lv:19 SP:40
HP:104/104
MP:6/27→12/27
STR:49(+5)
DEF:44(+4)
DEX:39(+4)
AGI:44(+4)
INT:25(+3)
VIT:44(+4)
LUK:70(+7)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 夜目 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 刀剣術 / 一閃
種族同化率:20%
朝食を食べている間に、MPが僅かだが回復していた。
俺はそれを確認してから、改めて自分のステータスと向き合う。
【星辰の英雄】を獲得してから、俺のステータスは補正が付いている。
補正の値は四捨五入しているようだ。端数は切り捨てというゲームシステムではなかっただけ、優しいゲームシステムだと思ってしまうのは、このクソゲーに毒されてきた証拠なのかもしれない。
「これからは、補正値のことを考えながら割り振る必要があるな……」
特に、INTの値については慎重に考えた方がいいだろう。
三の倍数でMPの上限が増えるというその仕様は、補正値も含めて影響している。
俺は深慮しながら、ゆっくりとスマホの画面をタップしていく。
古賀 ユウマ Lv:19 SP:40→0
HP:104/104→126/126
MP:12/27→18/33
STR:49(+5)→55(+6)
DEF:44(+4)→50(+5)
DEX:39(+4)→45(+5)
AGI:44(+4)→50(+5)
INT:25(+3)→30(+3)
VIT:44(+4)→50(+5)
LUK:70(+7)→80(+8)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 夜目 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 刀剣術 / 一閃
種族同化率:20%
すべてのステータスをキリの良い数字に合わせる。
【星辰の英雄】を手に入れたばかりで、新しくなった自分のステータスに未だに慣れていないからだ。
キリの良い数字にしておけば、一目で見てどのステータスがどの数値なのか分かりやすい。
俺は自分のステータスを見直してからステータス画面を閉じた。




