五日目・朝 今後のこと
着替えた俺は二人の元へと戻り、朝食を済ますことにした。
とは言っても、三人の中で食事をしているのは俺ただ一人。
ミコトは食欲そのものがないようで、食事の行為そのものを拒否した。
クロエは食事代わりの血液を、バックパックから取り出したペットボトルからちびちびと飲んでいる。
俺たちの会話は、自然と今後のことについての話題へとなった。
「お主ら、これからどうするつもりじゃ」
血を飲みながらクロエが問いかけてきた。
「種族同化のゲームシステムがある以上、あまりのんびりとしていられないな、とは思ってる」
と俺は乾パンを噛みながらクロエに答えた。
「そうですね。自分でも気付かないうちに、この世界の種族へと心が――思考や感情や近づいているとなれば、何が何でも急いでこの世界から出ないと」
とミコトが俺の言葉に同意してくる。
「となれば……。やっぱり、ストーリークエストを攻略していくしかない、か」
結局。俺たちがこの世界の種族へと近づいていることが分かったとしても、やるべきことは変わらないのだ。
何が何でも生き延びて、強くなって、ストーリークエストをすべて終わらせる。
身体が、心が、種族と同化する前にすべてを終わらせる。
それしか、今の俺たちには方法がない。
「とりあえず、次のストーリークエストは明日だろうから、それまでレベルを上げた方がいいな」
適正レベルを超えればレベルは上がりにくい。
けれど、その適正レベルを超えてボスはやってくる。
ストーリークエストをクリアするということは、そのボスに挑むということだ。
苦戦を強いられることが分かっている以上、より多くの経験値が貰える場所でレベルを上げたほうがいいだろう。
……それに、ストーリークエストが始まってしまえば、俺の中の『人間』が、いち早くそのクエストをクリアさせようとしてくるはずだ。
種族同化をしてしまえば、限界を超えて――いやその超えた限界さえも超えて、アイツは何が何でもボスモンスターを葬ろうとする。
それこそ、俺の身体が――――俺の命そのものがどうなろうと、アイツは知ったことではないのだろう。
今回は、ミコトの【回復】でどうにかなったようだが、それでも癒しきれない身体の反動が、今でも俺を苛んでいる。
――結局のところ。俺自身を守るのは、俺なのだ。
例えまた種族同化をしてしまったとしても、地力が上がっていれば〝限界越え〟止まりでボスモンスターを倒すことが出来るかもしれない。
少なくとも、限界を超えた限界まで――それこそ、命そのものを燃やして戦うようなことにはならないはずだ。
「クロエ、お前はどうするんだ」
と俺はクロエに問いかけた。
クロエは思案顔で一口、ペットボトルの血液を飲むと口を開く。
「……まあ、我もお主らと変わらんの。生きるため、生き延びるために、次のストーリークエストに向けてレベルとステータスを上げるつもりじゃ」
そう言って、クロエは手の中にある血液へと目を向けた。
「種族同化現象が、実際に起こるものと分かったのじゃ。自分で選んだ種族じゃが、我も本当に吸血鬼へとなりたいわけじゃない。この身体と心が吸血鬼になる前に、何としてでもこの世界から抜け出さねばの」
「そのことなんだが、クロエに聞きたいことがある」
「何じゃ? もう我の知っとることなんてないぞ」
とクロエは言う。
その言葉に、俺は首を横に振って言った。
「お前が、さっき言っていたプレイヤーについて聞きたい」
「プレイヤー? なんのことですか?」
ミコトが俺の言葉に首を傾げた。
そう言えば、俺が意識を取り戻してすぐにクロエと話していた時、ミコトは寝ていたんだっけ。
俺は簡単に、ミコトへとベータテスターの存在を説明する。
「このゲームのベータ版をプレイして、俺たちよりも先にこのゲームをプレイしている奴がいるらしい。クロエの知識は全部、そのプレイヤーから聞いた話みたいだ」
「全部ではない。せいぜい八割じゃ。あ奴から聞いた話を元に、我が導き出した結論もある」
クロエが俺の言葉に口を挟む。
ミコトは、俺たちの言葉を聞くと、考え込むようにして口を開いた。
「なるほど……。つまり、その方はこのゲームの先行プレイヤー、ということですよね? そしてある程度、信憑性の高い情報も持っている、と」
「まあ、あ奴が我らよりも高い情報を持っているのは間違いないの」
とクロエは言った。
「そいつが、今どこにいるか分かるか?」
「あ奴が? ……さぁの。前に会った時は、江東区を拠点にしとると言っておったが」
江東区か。今の場所から少し、離れているな。
俺はそう考えて、口元に手を当てた。
「会いに行くのか?」
すると、クロエが首を傾げながら聞いてきた。
「そうだな。俺は一度、会っておいても良いかなと思ってる」
俺はクロエの言葉にそう答えて、ミコトへと目を向けた。
「ミコトはどうする?」
「一緒に行きますよ。と、いうよりここまで一緒に来たんです。今さら、別行動なんてしないですよ」
とミコトは呆れたように笑った。
それに、とミコトは言葉を続ける。
「私が居ないと、ユウマさんは一人でまた、ボスモンスターへと突っ込んで瀕死になるでしょうしね」
そう言うと、ミコトは呆れたように。けれど、どこか諦めたように笑った。
その言葉が、ミコト本人としての言葉だったのか、天使としての言葉だったのかは分からない。
けれど、笑うミコトの顔を見ていると、俺についてくると決めたその意思だけは、間違いなく本人のものなんだろうな、と思ってしまう。
「クロエさん、何かそのプレイヤーのことについて、知っていることはないんですか?」
ミコトはクロエへと問いかけた。
クロエはミコトの言葉に、過去を思い返すように視線を宙に彷徨わせる。
「んー……。特にはない、かの。一度ステータスを見せてもらって、あ奴のレベルとステータス、スキルは目にしたが……。あの時はこの世界に来て混乱しておった時じゃし、正直に言って、あ奴のステータスをすべて覚えとるわけじゃない。覚えとるのは、あ奴のレベルが70を超えていて、ステータスの数値は全て三桁、スキルの数も二桁あった、ということぐらいじゃ」
「れ、レベル70……」
ミコトがクロエの言葉に、驚きの声を漏らした。
「……それは、本当なのか」
と俺もクロエに問いかける。
クロエは、俺の言葉に頷きを返した。
「間違いない。それだけは、よく覚えとる」
俺は、その言葉にゆっくりと息を吐いた。
レベル70。トワイライト・ワールドがダウンロード可能となったのは、今から五日前だ。たった五日では、到底その数値に辿り着くことは出来ない。
確かに、その数値だけを見れば、そのプレイヤーがベータ版をプレイして、そのままこの世界に取り残されていることは確かだろう。
だが、それは逆に。レベルを70まで上げたとしても、このゲームをクリアすることが出来ていないということにもなる。
先の長い絶望に、目の前が暗くなる。
いったい、このゲームにはどれだけのストーリークエストが用意されているのだろうか。
俺たちは本当に……。このゲームから抜け出すことが出来るのだろうか。
「他には、何かないのか」
と俺はクロエに再度問いかける。
とにかく何でもいい。
今は、このゲームから抜け出すことのできる情報が少しでも欲しかった。
クロエは難しい顔で考えこむと、やがて口を開く。
「いや……。我が覚えている――知っているのはそれぐらいじゃ。何せ、我と出会った時、あ奴は全身をローブで覆っていて、顔には仮面、頭はフードを被っておったしの」
……なんだ、その。見るからに怪しい奴は。よくそんな奴の話しを聞く気になったな。
そんな考えが、俺の顔に出ていたのだろう。
クロエが苦々しい顔となって言った。
「我だって警戒はしたぞ? でもな目が覚めた我に――状況の把握さえもできなかった我に、一方的にこの世界のことを話してくるのじゃ。あ奴は逃げようにもしつこく我を追いかけてきて……。結局、チュートリアルクエストを終えるまで我は、あ奴の話を聞くはめになった」
よほど苦い思いをしたのだろう。
クロエは言いながら鼻の頭に皺を寄せる。
「何が目的なのかは分からんが、我がチュートリアルクエストを終えると満足そうに去って行ったわ」
「新規プレイヤーを、助けたかった……とかでしょうか?」
とクロエの話を聞いたミコトが呟いた。
その言葉に、クロエは首を横に振る。
「だとしたら、モンスターを倒す手助けぐらいはするじゃろ。あ奴は全く、手伝うことはなかったぞ。それどころか、我が必死にモンスターを倒している間も、聞いてもいないことをずっと言っておったわ」
それを思い出したのか、クロエがペットボトルを握る手に力を込める。
クロエのSTRによって握りつぶされたペットボトルは、その口から中身の血液を辺りへと吐き出しながら潰れた。
「あの口調……。あの態度! 断言する、あ奴は絶対に、ただ一方的に話したかっただけじゃ。我の質問にも答えず、本当にただ一方的にずっと話しておったしの」
ぼたぼたと手の中のペットボトルから血を垂らしながら、クロエは唸るように言った。
クロエは、ベータテスターのことがよほど嫌いらしい。
だがまあ……。この世界で目を覚まして、何が何だか分からない状況で、戦闘中だろうがところ構わず、本当にただ一方的にいろいろと話をされて――しかも、逃げようにもずっと追いかけて来られたら、ソイツのことが嫌いにもなるだろう。
「……まあ、そんな奴でも、このゲームに関する情報はどのプレイヤーよりも持っているに違いない」
と俺は言った。
「もしかしたら、クロエにもまだ話していない情報があるのかもしれないし、これを食べたら、そのプレイヤーに会いに行こう」
「そう、ですね。正直、今の話を聞いて、私としてはあまり会いたくない人物になりましたけど」
苦笑をしながらミコトは言う。
それから、ミコトはクロエへと視線を向ける。
「クロエさんはどうしますか? 一緒に行きますか?」
クロエとは本来、『極夜の街』をクリアするためだけに手を組んでいた。
ストーリークエストを終えた今、俺たちと共に行動にする理由はない。
クロエは、ミコトの言葉に眉根を寄せて考え込んだ。
「…………そうじゃの」
そう言って、彼女は俺たちの顔を見る。
「お主たちとの関係は、この夜だけの限定的なものじゃ」
とクロエはそう呟く。
その言葉に、ミコトの表情が暗くなる。
このクエストを通して、当初の印象とは違いクロエとは随分と打ち解けた。
だからこそ、ミコトにはその言葉が悲しかったのだろう。
けれど、クロエはそんなミコトの顔を見ると、小さく口元を緩める。
「――だがまあ、お主らともう少しだけ行動を共にするのも悪くない。ベータテスターにお主らが会いに行く、というのなら我も一緒に行こう。種族同化現象は、我にも起こることじゃ。我も、詳しい話を聞きたいしの」
「っ! それじゃあ!」
とミコトが声を弾ませた。
「ああ、もうしばらくの間、よろしく頼む」
とクロエは笑う。
それから、クロエは確認をするように俺へと視線を向けた。
「構わぬか?」
「ああ、戦力が増えるのは嬉しいよ」
仮に、俺がまた種族の影響で暴走をしたとしても。
クロエならばきっと、俺を上手く諫めてくれるに違いない。
「これからよろしく」
と俺はクロエに手を差し出す。
「ああ、こちらこそ」
とクロエは笑って、差し出された俺の手を固く握り返してきた。
次回、ステ振り回




