五日目・朝 星辰の英雄
「ユウマ、その『人間』は、我の種族について言及しておったか?」
クロエは、俺の顔を見つめながら言った。
俺はその言葉に対して首を横に振る。
「いや、アイツが言っていたのは俺とミコトのことだけだ。クロエの種族……、吸血鬼については何も言ってなかった」
「そうか……」
クロエがぎゅっと自分の腕を抱いた。
「もし何か聞いておれば、自分自身でその思考や言動にならないよう気を付けることが出来るのじゃが……。何も分からないとなれば、対策の立てようもないの」
そう呟くようにクロエは言うと、困ったような顔で笑った。
「何か、思い当たることはないのか?」
「……特に、何もないの」
と、クロエは首を捻る。
どうやら、心当たりがないらしい。
だが、種族の影響は確実に、俺たちの知らないうちに心を蝕んでいるのは事実だ。
クロエ自身が気付かなくても、その影響は必ず出ているはず。
そんなことを考えていると、外の空気を吸いに出ていたミコトが戻ってきた。
朱色の顔は元に戻り、その表情もいつもと変わりがない。
ミコトは、先程と同じ場所に腰を落ち着かせると、口を開く。
「外で気分を入れ替えていて、一つ、気になったことですが……」
とミコトは切り出した。
「種族スキルと種族同化現象は、何が違うものなのでしょうか」
その言葉に、俺とクロエは考え込む。
「……ふむ、まず種族スキルのことじゃが。種族スキルは、その種族にしか獲得できない強力なスキルじゃ。じゃが、その結果として、デメリットとしてその種族の特徴へと身体が変化していく」
「種族同化は、身体というより内面の部分が大きいだろうな。思考、思想、感情、それにともなう言動……。心そのものがその種族へと近づくって感じか?」
「そうじゃの」
クロエは小さく頷いた。
「種族スキルを獲得すればするだけ、我らの身体は――この世界における種族の特徴そのものが強く現れ、種族同化が進めば進むだけ、我らの心は――この世界における種族の意識そのものに近づいていく……。こんなところかの」
「身体と、心……、ですか」
纏めたクロエの言葉に、ミコトが小さく呟いた。
それから、考え込むように眉根を寄せると口を開く。
「ユウマさん、種族同化率が一時的に50%を超えて、ステータス画面に今の同化率が表示されるようになったって言ってましたよね? 今の同化率はいくつ何ですか?」
「……20%だ」
と俺はミコトの言葉に答えた。
ミコトは俺の返答を聞いて、さらに言葉を続ける。
「他に、何かステータス画面に変化はないんですか? 例えば、新しいスキルを獲得していて、その中にどれか種族スキルが混じっている、とか」
「……それは」
ちらり、と俺はクロエに目を向けた。
俺の視線に気が付いたクロエが、少しだけ目を大きくすると、唇を持ち上げてくくっと喉を鳴らした。
「ふむ、どうやら我が居っては話しにくい内容のようじゃの。……我は一度、席を外すとしよう」
「いや、いい。聞いてくれ」
腰を浮かしかけたクロエに向けて、俺は首を横に振って止めた。
極夜を共に駆けて、コイツはきっと、俺の身体能力が劇的に向上しているのを目の当たりにしている。
俺が、何かしらの強力なスキルを持っているということは、もはや隠し通せないだろう。
「そうだな、ステータス画面がいろいろ変わっているのは確かだ。スキルも、『人間』に無理やり身体を使われたからなのか、リッチとの戦いでいろいろ獲得している。その獲得したスキルの中でも……、俺が種族に身体を乗っ取られる前、何かしらのスキルを獲得したような気がするんだ」
あの時は【集中強化】による影響で、聴覚情報を意識的に遮断していた。
何かスマホからアナウンスが鳴っていたような気がするが、その内容をしっかりと覚えていない。
ミコトの言う通り、獲得したスキルの中に種族スキルが混じっていてもおかしくはない。
一度、獲得したスキルを確認してみても良いだろう。
俺は一度、スマホから自分のステータス画面を開いて、獲得したスキルの中でも最初に目についたものを一つタップする。
≫【星辰の英雄】
≫未知を求め、既知を知り、未来を切り拓き続ける其の最後の人間は、いつしか星を救う英雄と呼ばれた。
≫このスキルの所持者は、常時すべてのステータスが10%向上する。
「――――は?」
確認したそのスキル説明文を見て、俺は思わず動きを止めた。
「どうしたのじゃ」
動きを止めた俺を見て、クロエがそんなことを言ってくる。
だが、俺はその言葉に答える余裕がなかった。
食い入るように、自分のステータス画面へと改めて目を向ける。
古賀 ユウマ Lv:19 SP:40
HP:104/104
MP:6/27
STR:49(+5)
DEF:44(+4)
DEX:39(+4)
AGI:44(+4)
INT:25(+3)
VIT:44(+4)
LUK:70(+7)
所持スキル:未知の開拓者 曙光 星辰の英雄 夜目 雷走 集中強化 瞬間筋力増大 視覚強化 刀剣術 / 一閃
種族同化率:20%
そこに表示された、括弧で囲まれたその数字。そして、それが示すその意味。
唐突に出てきたその数値の意味が、俺の中で繋がっていく。
「……ステータス、向上スキル」
「えっ!?」
「――なんじゃと?」
呟く俺の言葉に、ミコトとクロエが揃って反応を示した。
「ほ、本当ですか、ユウマさん!」
とミコトが俺に詰め寄る。
「それは、どんなスキルじゃ。ステータスを上げるのに何か条件があるのか」
とクロエが問い詰めてくる。
俺は二人のその勢いに、思わずたじろぎながらもどうにか頷きを返した。
「ほ、本当だ」
言って、再び【星辰の英雄】のスキル説明文を開き、目を向ける。
「……ステータスを上げる条件はないみたいだ。常時、と書いてある」
クロエは、俺の言葉に大きく目を見開くと、やがてゆるゆると息を吐いた。
「…………条件無しで、常時ステータスを向上させるスキルじゃと? なんじゃ、そのぶっ壊れた性能のスキルは」
この世界で、ステータスが生死に直接関わるのは言うまでもない。
だからこそ、クロエはぶっ壊れと表現したのだろう。
「またチートですか、ユウマさん」
とミコトが呆れたように言ってくる。
「チートって言うな」
ミコトの言葉に言い返しながら、俺はスキル説明文に書かれていた内容に気が付く。
そこに書かれた文言。表示された単語。
(……最後の人間?)
俺は思い出す。
リッチへと挑む前、新宿アイランドタワービルの屋上で、確かに聞いたあのアナウンスを。
(そう言えば、俺を含めてこの世界に存在している種族:人間は、残り二人だって言ってたっけ)
ここに書かれたスキル説明文の前半は、いわばスキルの取得条件だ――いや、そうだと俺たちの中で仮定している。
だとすれば……。このスキルの説明文通りに考えれば、この世界にはもう、種族で人間を選び、生き残っているプレイヤーは俺だけとなった。
「そうか……」
と俺は小さな声を漏らす。
たった一人。最後まで生き残った人間に与えられたスキル。
それが【星辰の英雄】だろう。
スキルの取得条件が『人間』であることと、『最後まで生き残ること』であるなら、このスキルは間違いなく種族スキルだ。
「これは……、どうやら人間種族の生き残りボーナススキルのようだ」
と俺は二人に向けて言った。
「……ああ、なるほどの」
とクロエは俺の言葉ですべてを察したようで、小さく頷いた。
「それって、つまり……?」
とミコトが確認をするように言う。
俺はその言葉に、頷きだけで返事をした。
すると、ミコトは何も言わず、悲しそうな目となって顔を俯かせた。
「まあ、お主のように生き残っておる『人間』がおること自体が不思議なのじゃ。お主の強さを目の当りにしとると忘れそうになるが、人間種族はこの世界で最弱じゃ。お主が生き続けていれば、このスキルがお主の物になるのも、時間の問題じゃっただろうな」
とクロエは言った。
俺の強さ、それは偏に【曙光】という強大なスキルを獲得したからにすぎない。
種族内におけるモンスター初討伐ボーナスで獲得したこのスキルは、これまで様々な窮地を救ってくれた。
俺が今、生きているのはこのスキルがあったからだと言っても過言ではない。
たった一人だけにしか与えられないそのスキルを獲得した時点で、同じ種族内でも俺は、他のプレイヤーよりも圧倒的な有利に立っていたのだ。
それはつまり――。
他を蹴落として、俺という存在がここにいるということ。
…………その事実に、心が苛まれる。
この力があれば、もっと何か出来たんじゃないかと思ってしまう。
(――ダメだ。また種族の影響が思考に出ている)
俺は頭を振って、その考えを忘れることにした。




