『人間』と『天使』
引き続き悠真視点
……なんだよ、それ。そんなの、俺は知らない。知ったことじゃない!
絶対的ルール? 命題? そんなの、どうでもいい!
俺の行動を、感情を、思考を!!
お前が操っていたかのように言うのはやめろ!!
「操っている、か。言いえて妙だね。結果としてみれば、そう捉えて貰ってもいいかな」
『人間』は俺の思考を読み取って、そう呟き口元に笑みを浮かべた。
そして『人間』は、まるで言い聞かせるように言葉を区切りながら俺に言う。
「君は、僕によって、この世界における種族の影響を受けて、これまで考え、行動していたのだから」
…………違う。
俺は、俺だ。種族がどうとか、関係ない。
この世界に来てからの俺は、自分で考え、行動してきた。何もかもが崩壊したこの世界で、ただひたすら必死に生きてきた。
そこに、誰の意思も影響も介入していない。
「本当に? 本当にそうかな?」
と『人間』は口元を歪めた。
「この世界に来てからのことを思い返してごらんよ。自分でもおかしいと思わなかったのかい? この世界で初めて出会った天使の少女――その子はモンスターに襲われていたはずなのに、君が助けた彼女は急な博愛を主張して。君は、その言動に対して確かに苛立ったはずなのに。それなのに、どうして自分は彼女を助けたんだろうと。彼女は、見ず知らずの赤の他人のはずなのに、どうして自分は大事な食料を、水を、無償で提供しているんだろうと。初めて相対した強敵――ホブゴブリンを前に、どうして自分は、自分の身を犠牲にしてまで彼女を逃がそうとしているんだろうと。そして、命を賭けてまでその強敵を倒し、彼女を守ろうとしているんだろう、と」
『人間』は、そこまで言うと薄い笑みを口元に浮かべた。
「それはね。君の行動、思考、感情、すべて。僕がそうなるように、君が気付くことなく、君自身へと影響を与え続けていたからだよ」
違う。
違う、違う、違う!
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
俺は、俺自身の考えでミコトを助けた!
彼女が一人だったから、俺も一緒に居てあげようと思った。彼女が一人だと絶対に死ぬと分かっていたから!! 彼女に「助けて」と言われたから。だから――――。
「うん、だからそれが、種族:人間の影響だよ」
俺の思考を遮るように、ソイツは言った。
「考えてごらん。君は、元々本当に、そんな性格をしていたかい?」
(……していた)
「本当に? 君は、元々〝誰かを助ける〟だなんて縁遠い性格じゃなかった?」
(……そんなはずがない)
「今が良ければそれでいい。後先考えることなく、今を生きてきてなかった?」
(……そんな、わけ――――)
否定が出来ず、俺は黙り込む。
このゲームを開始する前のことを思い出したからだ。
連日のように友人たちと飲み歩いた繁華街。お金のことも気にかけず、やり繰りのことなんて考えず、今が楽しければそれで良し、と楽しく毎日を生きていた。
本当に、ただの、どこにでもいるような大学生だった。
…………そんな奴がこの世界に突然やってきて。
自分も生きることで必死なのに、どうして無償で誰かを助けようと思うのか?
(………………)
考えてもみろ。
この世界に来てからの俺は、常に何かの使命を与えられたかのように、見返りを求めることなく彼女を助けて、モンスターを殺した。
そうしなければならない、と思っていた。
そうしないと生きられなかったから。
(――――本当に)
だがその感情も、言動も、思考も、何もかもが、この世界の種族によって誑かされ、導かれたものなのだとしたら。
(本当に、この世界での俺は、お前――『人間』の影響を受けていた、のか?)
だとすれば……。
これまでの、俺の行動は――。どこまでが『俺』で、どこまでが『人間』としての行動だったのだろうか――――。
「……まあ、難しいことは考えなくていいよ。今の君は、もう『人間』でありながらも、元々の人間でもあるんだ。君が決めた行動のすべてが、僕の影響だったともいえるし、そうじゃなかったともいえる」
『人間』は、そう口にするとまた手元のコントローラーを動かした。
「君の身体と心は、このゲームを始めた時点で、すべてこのゲームによって侵されてしまった。もちろん、それは君だけじゃない。トワイライト・ワールドをダウンロードした、すべてのプレイヤーが身体と心を侵されている。君だって、気が付いていただろう? 今の君は、ゲームのプレイヤーでもありながら、ゲームのキャラクターでもある。そして、今の君は、もうプレイヤーじゃない。僕が動かすキャラクターの一人だ。今の君は、この世界ではもう古賀悠真じゃない。古賀ユウマという一人のキャラクターなんだ」
(……どうして)
と俺は隣にいるソイツに向けて思う。
心の中に湧き上がる怒りを感じる。
理不尽ともいえるこの現実に向けて。
この世界で、何度吐き出したか分からない〝どうして〟という困惑と怒り、戸惑いと絶望。いろいろな感情がごちゃごちゃになって、俺はソイツへと怒りに燃える目を向ける。
立ち上がることが出来ない身体を激しく揺らして、ソイツへと飛び掛かろうと歯を剥き出しにする。
(どうして、俺たちはゲームをダウンロードしただけで……。この意味の分からねぇゲームに――お前たち種族とやらに操られなきゃいけないんだよ! そんなデタラメな話、信じられるか!! 俺は俺だ! どうせこの場所も、お前も、俺が見ている夢か何かだろ!! 夢ならさっさと消えやがれ!!)
「強情だなぁ、君も。でも、残念ながら本当のことだよ。今の君はキャラクターで、プレイヤーの君はここでお留守番。今、ゲームのコントローラーを握っているのは僕だ。君じゃない」
(うるさい。いいから、ここから出せ!! そもそも、ここはどこなんだ!!)
「ここは普段、僕がいる場所。トワイライト・ワールドをダウンロードしたことで作られた、君の中にある僕専用の部屋。君が今、座ってる椅子は、僕が普段座ってる椅子なんだ。座り心地はどう?」
俺はその問いかけを無視した。
身体を捩り、力を入れて、必死に椅子から立ち上がろうとする。
≫≫システムエラー:トワイライト・ワールドにおける種族との同化率が50%を超えています。種族命題に反する行動は現在できません。
だが俺がここから動こうとする度に、この空間そのものが俺を縛り付けるように、何度もその言葉を繰り返した。
「無理だって。ゲームシステムが言ってるだろ。種族同化率が50%を超えてるって。それはつまり、君の身体の主導権は僕にあるってことさ。同化率を下げるには、君が今憑りつかれている種族命題を果たすしかない。つまり、君の身体を操作している僕が、あのリッチを倒して〈幻想の否定〉という種族命題を果たさない限り、君はそこから動けないよ」
呆れたように『人間』はその言葉を言った。
(だったら、さっさとその命題とやらを果たせ。さっさと俺を解放しろ!)
「だから、今やってるだろ。あのモンスターを倒そうとしている」
そう言って、『人間』はスクリーンを見つめた。
スクリーンでは、リッチが振るった錫杖を俺が小太刀で受け止め、軌道を逸らした。翻した小太刀の刃で、骨と皮のその腕を切り裂いて、すかさず前蹴りを入れる。
リッチが痛みで顔を歪め、再び錫杖を叩きつけてくるが、俺はそれを飛び越えて空中で足を振り上げると、リッチの右肩へと踵を叩きこむ。
俺は地面へと着地をすると、すぐさまリッチの懐へと入り込んで、下からリッチの顎を掌底でかち上げた。
「……うん。まあ、これなら時間の問題かな。これだけ限界まで身体を振り絞れば、今の君でもリッチには勝てるってことだ。まあ、限界を超えた影響で身体はボロボロだけど。それは天使の彼女に癒してもらうといい」
そう言って、『人間』は薄い笑みを浮かべた。
「……それにしても、君も天使と出会うなんて運が良いね。いや、運命的な出会いをした、とでも言えばいいのかな? あいつらは〈他者生命の尊重〉が命題だ。それがどんな状況でも、他者の命を救うためならアイツらは――何を差し置いてでも、迷わずにその命を守るために、すぐさま行動に移す種族だ」
その言葉に、俺は暴れていた身体をピタリと止めた。
自分以外の種族――『人間』の他に出てきたその種族名に聞き覚えがあったからだ。
(何を……言っている? 天使が他人の命を優先させる?)
「そうだよ。君だって、知っているはずだ。あの天使の少女はこの夜、君のHPを回復させることに固執して、時間が経てばMPは回復するにも関わらず、貴重なSPをその場で割り振ってまで君を――君と吸血鬼をその場で回復したじゃないか。それだけじゃない。君と初めて出会った時の彼女を思い出してみてよ。彼女は――あの天使は、自分を襲っていたはずのコボルドを君から救おうとしただろ? あの行動こそまさに、天使の命題、〈他者生命の尊重〉そのものさ」
人間はそう言うと両手のコントローラーを動かした。
スクリーンでは、俺じゃない俺が――小太刀を構えてリッチが放った錫杖の一撃を受け止めたところだった。
「まあ、天使の少女にとっての他者――――あの時はモンスターだったみたいだけど、すぐさま君という人間に、天使が抱く他者という対象は移ったみたいだね。今は何がなんでも、君の命を救おうとしている。あいつら天使の命題は、自己を顧みない『人間』とは相性がいい」
相性がいい、と言っているがその内容はつまり、人間と天使が歪んだ形で共依存し合えるということだ。
自己を顧みず他者を助けて救おうとする『人間』と、自己を顧みずに他者の命そのものを救おうとする『天使』。
どちらも等しく狂っている。
そんな関係、まともじゃない。
俺はその言葉に反吐が出そうだった。
「でも、それが今の君たちの関係さ」
と『人間』は笑った。
「まともじゃない、なんて君は言ってるけど。このゲームを始めたプレイヤーは、すべからく全員が種族の影響を受けている。この世界に、まともな人間は誰もいないんだよ。この世界はすべてがまともじゃない。文明は滅びて、街は廃れて、技術は退廃している世界だ。もちろん、そこに生きる人々だって変わらない。全部、壊れている。みんな、かつての名残を残して壊れている。ここは、そんな黄昏の世界だ」
『人間』は視線を動かし、スクリーンを見つめる。
「さあ、この映画もそろそろクライマックスだ」
その言葉に釣られて、俺もスクリーンへと目を向ける。
そこには、傷だらけのリッチに向けて、刃を振りかざす俺の姿が映し出されていた。
「目が覚めたら、ステータス画面を見るといい。種族同化率が規定値を大きく超えた君のステータス画面には、君の現状の同化率が視覚化されるようになっているはずだ」
『人間』はそう言ってまた薄い笑みを浮かべる。
そして、両手に持ったコントローラーのボタンを押した。
瞬間、まるでゲームの決定ボタンが押されたかのように。
――そのスクリーンの中で、リッチの首は刎ね飛ばされた。




