五日目・深夜 同化
「ッそが!」
リッチの言葉と共に、広場に出現し始めたアンデッドモンスターに俺は盛大な舌打ちをした。
出現したアンデッドモンスターは、すぐさま獲物を見つけると襲い掛かってくる。
俺は襲い掛かってくるアンデットモンスターを斬り捨てながら、素早く周囲を見渡した。
リッチはもうすでに俺から距離を取って、離れた場所で高笑いをしている。その周囲には出現したアンデッドモンスターが、まるで王を守る騎士のように、その守りを固めていた。
離れた場所では、治療を終えたのかクロエとミコトが出現するアンデッドモンスターへと立ち向かおうとしているところだった。
「――ッ!」
数瞬、悩む。
この状況を作り出したのは間違いなくアイツだ。
だとすれば、アイツさえ倒してしまえば夜の闇の中から出現し続けるアンデッドモンスターもやがて止まるだろう。
しかし、だからと言ってクロエやミコトのことを無視するわけにはいかない。
「ッ、まずは合流だな」
呟き、俺はミコトたちに向けてダッシュした。
近づきながら、溢れるモンスターを斬り、殴り、蹴り飛ばす。
近づく俺に気が付いたのだろう。クロエ達も周囲のモンスターを始末すると、俺の元へと駆け寄ってきた。
「いったい、何が起きた」
開口一番、クロエがそう言って詰め寄ってきた。
「多分だけど、リッチの魔法だ。使ったところを見る限りだと、召喚魔法だと思う」
「召喚魔法、ですか」
とミコトが硬い表情で呟いた。
「ああ、間違いない」
と俺は頷きを返して、広場へと目を向ける。
次々に闇の中から生まれるモンスターは、早くも広場を埋め尽くすほどの数となっていた。
闇から生まれるモンスターは、食屍鬼やゾンビ、スケルトンなどといったこの街で何度も戦ってきたモンスターだ。
アンデッドモンスターが溢れるこの光景も、この夜で何度も見てきた。今さら思うことは何もない。
「……問題なのは、こうなってくるとリッチの相手が出来ないってことだな」
俺は苦々しい顔となって、そう言った。
一匹一匹は、今のステータスで言えば問題なく対処が出来る。
だが、この数を相手にしながらリッチの相手をすることは出来ない。
リッチはただでさえ強敵だ。加えて、これまでの言動を見る限りモンスターでありながら知性を備えている。
そんな相手が、俺たちがこの数を相手に立ち回っている間、大人しく俺たちが落ち着くまで見ているだろうか。
……いや、それは絶対にありえない。
俺たちが本格的に周囲のモンスターを相手にし始めれば、アイツは間違いなく俺たちを攻撃しようと動くだろう。
その時、リッチと周囲のモンスターを同時に相手することは不可能だ。
(――厄介なことになったな)
と俺は心の中でそう呟く。
モンスター・スタンピードとリッチ。
この二つを同時に攻略しなければいけないこの状況に、俺は唇を噛みしめるしかなかった。
どうしようか、と考えながら出現する食屍鬼やゾンビの首を小太刀で落としていたその時だった。
ふいに、クロエが呟く。
「一度、退くか」
「…………なんだと?」
その言葉に、俺はすぐに反応をすることが出来なかった。
「ボスモンスターが目の前にいるんだぞ!? どうしてここで退く必要があるんだ!」
「じゃが、状況が悪いのは確かじゃろ」
声を荒げる俺とは対照的に、クロエは冷静に言った。
静かに周囲へと目を向けて、クロエは言葉を続ける。
「前にも言ったじゃろ。このクエストは夜限定じゃと。つまり、朝になればこの湧き出たモンスターは消え去る。朝日が昇って、この街に残るのは、日のある世界に忘れられた一握りのモンスターだけじゃ。夜明けまで逃げて、太陽が昇っているうちに身体をしっかりと休めて、作戦を立て直す。そして、また夜にボスモンスターへ挑めばいいじゃろ」
「ダメだ。それは出来ない」
俺ははっきりと、クロエの言葉を拒否した。
「ボスモンスターが目の前にいるのに、撤退することなんて出来ない」
「なぜじゃ! また明日、もう一度挑めばいいだけじゃろ! お主だって、分かっておるはずじゃ!! この状況で、ボスモンスターへの勝ち目が薄いことぐらい!!」
俺の言葉に、クロエが語気を荒げた。
「この世界に、死んだら〝もう一度〟はないのじゃぞ! 死んでしまえばそれで終わりなのじゃ!! 状況が悪いことぐらい、お主ならすぐに分かるじゃろ!」
「っ」
叩きつけるようなクロエのその言葉に、俺はすぐさま反論をすることが出来なかった。
状況が悪いことは分かっている。
死ねばそれまで、ということも理解している。
……だが、それでも。
俺の目の前には、俺たちを襲う化け物がいるのだ。
この世界へとやってきて、常に感じるモンスターに対する嫌悪感。
その感情が、目の前にいるモンスターを殺せと言っているのだ。
コイツらは、元々地球上に存在してない生物だ。
――だからこそ、殺せる時に殺さなくてはならない。
幻想は現実に存在してはならない。
……それに、ここでコイツらを殺さないと誰かが傷つくかもしれない。
俺には力がある。ステータスがある。レベルもスキルだって持っている。
――誰かを救う力があるのなら、その力を使うべきだ。
「でも、やるしかない。ここでアイツを殺さないと、明日の夜もこの街はモンスターで溢れることになる。モンスターが街に溢れれば、明日この街に来た他のプレイヤーが死ぬかもしれない」
と俺は冷静に、クロエに向けて言った。
その言葉がよほど予想外だったのか。
クロエの表情から感情が抜け落ちた。
「…………なん、じゃと?」
クロエは、呆気にとられたかのように俺の顔を見つめた。
「お主、本気で言っとるのか?」
確認をするようにクロエが呟く。
「本気で、そう思っとるのか? 他のプレイヤー? そ奴らが死ぬ?」
そして、その言葉の意味をクロエの頭はようやく理解したのか。
端正なその顔に怒りを露わにすると、目を吊り上げて声を荒げた。
「……そんなの、我らが知ったことではないじゃろ!! この世界は、以前のように争いのない世界じゃない! ここは、力がない者は死にゆく世界じゃ!! それじゃと言うのに、お主は……。お主は!! 他の力のないプレイヤーを救うためだけに、この状況でもボスモンスターへ挑もうと言っておるのか!?」
「……ああ、そうだ」
クロエの剣幕を正面から受け止めながら、俺は頷いた。
「イカレとるな」
クロエは俺の言葉を吐き捨てた。
「お主の言葉は欺瞞じゃ。虚飾と偽善と自己陶酔に塗れた薄っぺらな言葉じゃ。現実に、このゲームシステムが影響するようになって、自分自身を英雄とでも思い始めたのか?」
「そんなこと、思っちゃいない。ただ、誰かを助けられる力があるなら、逃げることなく助けるべきだと言っているんだ」
「それがおかしいと言っとるんじゃ!!」
苛立ちをぶつけるように、クロエは傍に出現したスケルトンに拳をぶつけた。
怒りに任せたその一撃は、スケルトンの骨と赤石を粉々に砕き、またその存在を夜の闇へと送り返す。
「見よ、こ奴らを! この姿を! ここにはモンスターが居る、そ奴らにこうして襲われる!! この世界で生きとるプレイヤーは、みな必死じゃ! 生きることに精一杯じゃ!! 他人を慮る余裕など誰も持っていない。例え他よりも力があろうと、その力を使って他人を救おうなど言語道断!! 何様目線で他人を救おうなどとお主は言っておる!!」
「目の前に救える命があるなら救うべきだろうが!」
「ふんっ、種族ステータスも低い脆弱な『人間』風情がよく言うわ」
「もう、やめてください! 今は言い争いをしている場合じゃないですよ!!」
俺たちの会話に、ミコトが声を上げて割って入った。
俺たちが言い争いをしている間、必死で周囲のモンスターを相手にしていたのか、その額には汗が浮かんでいた。
ミコトは俺たちの顔を見渡して、すぐに周囲へと目を向けると、近づくゾンビを切り捨てて言葉を続ける。
「今は、とにかく生き残ることを考えるべきです! ここで言い争いをしていても、何の意味もないですよ!」
「…………そう、じゃの。ちと、熱くなりすぎたわ」
クロエは、ミコトの言葉にゆるゆると息を吐き出すと、傍に出現したゾンビを蹴り飛ばした。
そして、俺へと目を向けると不満を抱えた表情で口を開いた。
「……ユウマよ。我は、正直に言ってお主の考えが理解できぬ。理解しようとも思わぬ。死にたいのなら、勝手に死ね」
「クロエ……」
「じゃがの、お主とは――お主らとは、このクエストが終わるまで同盟という協力関係を結んでおる。お主の考えは理解したくもないが、ここでお主が一人でこの数を相手にするのを黙って見過ごして、その結果死なれれば寝覚めが悪い」
そう言い放つと、クロエは周囲のモンスターへと目を向ける。
「……十分じゃ。十分間だけ、我はお主に付き合おう。それ以上の時間は無理じゃ。我はすぐさま撤退する。じゃが、十分だけなら、我はせめて、お主の元へこのモンスターが行かぬようにしておこう」
「……すまん、ありがとう」
クロエは、俺の言葉にまた小さく鼻を鳴らした。
「礼を言うな。正直に言えば、未だ我の腹の中では怒りが煮えたぎっておる。……まったく、とんでもないイカれた奴と手を組んでしまったものじゃ」
とクロエはそう言うと、ため息を吐いて周囲のモンスターへと突っ込んだ。
夜の闇を支配するかのように、彼女は次々と出現するモンスターを殴り、蹴り、吹き飛ばして、叩きつける。
その派手な動きに惹かれるように、周囲のモンスターがクロエへと集まっていく。
言葉通り、クロエは囮に徹して周囲のモンスターの相手に専念するようだ。
クロエの視線が動き、俺と目が合った。
すると、顎を動かしリッチへと示す。
『早く行け』
そう視線でクロエは俺に伝えると、再び迫るモンスターへと向き合った。
「すまん」
と俺はクロエに向けて届かない言葉を投げ掛ける。
広場には次々とアンデッドモンスターが出現している。
時間を掛ければかけるほど、この広場はリッチが召喚したモンスターで埋め尽くされる。
ここからは時間との戦いだ。
両足に力を込めて、駆け出そうとしたところでふいに袖を引かれる。
目を向けると、ミコトが俺のシャツを掴んでいた。
「ユウマさん、私も行きます」
決意を秘めた瞳で、ミコトは言った。
「私は、あなたを守ると誓ったんです。一人では決して行かせません」
その真剣な眼差しを見つめて、俺は静かに首を横に振った。
「いや、ミコトはここでクロエを支えてくれ。いくらクロエが強くても、この数を一人で引き付けるのは無理だ。残ったMPを上手く使いながら、クロエをサポートするんだ」
クロエは撤退しようと言っていた。
これから行う戦いは、俺の我儘を押し通して行うものだ。
だから、何があろうとこの二人を死なせるわけにはいかない。
「ですが!」
とミコトが声を上げた。
俺は、そんなミコトに向けてゆっくりと、言葉を吐き出す。
「クロエを守ること。ここで、出現するモンスターを引き付けること。それが、結果的に俺を守ることになる。頼む」
「…………」
ミコトは俺の顔をジッと見つめた。
やがて、俺の気持ちを察したのか。小さな息を吐き出すと、おもむろに着ていたローブを脱ぎ捨てて、発光する背中の翼を晒した。
夜の街で、唯一と言っていいほど光を放つその翼は、モンスターたちの注目をよく集める。
周囲のモンスターの様子が明らかに変わり、ミコトへとその視線が向けられたのがすぐに分かった。
「分かりました。私がここでモンスターを引き付けることがユウマさんを守ることに繋がるのなら……。私も、クロエさんと一緒にここでモンスターを引きつけます」
「すまん」
「無事を祈ってます」
ミコトが小さく笑い、クロエの元へと駆け寄っていく。
その後ろ姿から視線を切って、俺は奥に潜むリッチへと目を向けた。
小太刀を右手に構えて、腰を落とす。
クロエやミコトが、スタンピードで発生するモンスターを相手にしてくれている。
ここからは俺一人だ。
これまでの【集中強化】じゃ足りない。
もっと、もっと深く。
さらに深く意識を沈めて戦闘へと集中しなければならない。
「ふぅぅー…………」
さらに、深く息を吐く。
――ズキリ、と頭痛が襲う。
身体が、これ以上の【集中強化】はダメだと制止をかけてくる。
だがそれでも。【集中強化】を発動してもなお、それでも深く集中力を高める。
何もかもを忘れるように。ただ、目の前の敵を切り裂くことだけに意識を割いて。
時間が引き延ばされて、音のない世界へとなったこの世界よりも先の世界へ。
これが限界突破だと言うのなら、今の俺がアイツに勝つためには、その限界を超えたさらに向こう側へと行かねばならない。
――ズキリ、と痛みが走る。
だが、それでも止めるわけにはいかない。
さらに集中しろ。身体能力を限界まで発揮しろ。血を回せ、思考を巡らせて意識しろ。
アイツを――。あのモンスターを殺すことだけを考えろ。
「ふぅぅうぅぅ………………」
頭痛で身体が悲鳴を上げる。
これ以上は無理だと本能が告げる。
ぽたりと何かが垂れた感触があった。
だが、そんなことはどうでもいい。
今はただ、アイツを殺すことだけを考えるんだ!
俺が死ねば、あの二人は助からない。
それだけは、絶対に見過ごすわけにはいかない。
――ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ。
≫≫システム:種族同化率が上昇しています。あなたの同化率は現在37%です。
唐突に、ポケットのスマホから声が響いた。
何かを言っているような気がしたが、その情報はアイツを殺すことに必要のないものだ。
俺は意識的にその情報をカットする。
≫≫シ■■ム:種■同化■が上昇■てい■す。あ■たの同■■は現在45%■す。
さらにまた、スマホから声が響く。
――まだだ。まだ集中が足りない。
この声が消えるように。何もかもが消えるように。
あのモンスターを倒せるだけの集中が今は必要なんだ。
≫≫■■■ム:■■同化■が■昇■て■■■。あ■たの同■■は■在49%■■。
≫≫ま■現■刻■、あ■たがト■■ラ■■・ワー■■にお■■、種族:■■で最後の一■となっ■こ■を■■しま■た。
≫≫種■:人■の■生■残りボー■ス■与え■■■■。
≫≫ス■■:■星の■■■獲■し■し■。
スマホからの声がノイズとなって耳に届く。
先程とは違う内容に、意識を割くよりも早く、俺の身体には力が湧いてきた感覚が広がった。
何かのスキルを獲得したのだろうか。
……だが、それも今となってはどうでもいい。
――ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ。
……ああ、痛い。頭が割れそうだ。
でも、俺にはやらなければならないことがある。
モンスターは殺さなければならない。
二人を助けなければいけない。
強敵を殺さなければならない。
弱者を救わなければいけない。
俺には力がある。
だったら、その力は――――他者を救うためだけに、使わないといけないんだ。
――ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリ、ズキリズキズキズキズキズキズキ……。
痛みで視界に光が飛ぶ。
痛みで胃液がせり上がる。
何かが唇を濡らしている。
――でも、不思議と気分は悪くない。
この集中なら、俺の中のすべてを出し切れそうだ。
「――――さあ、殺し合おう」
俺たちにとっての最高の朝を迎えるために。
目の前にそびえ立つ幻想の悪夢を切り裂いて。
今日この日、この夜。
朝を迎えるのは現実か幻想、どちらかだけなのだから。
≫≫■■■■■■ル:■■同■■が上昇■て■■■。あ■■■■■率は■在5■%■■。
リッチへと向けて足を踏み出すと、スマホから声が響く。
――その瞬間、俺の視界が暗転する。
≫≫あなたの種族同化率が50%を超えました。システム:種族同化が適応されます。あなたの身体を種族:人間が操作します。
最後に響いたその声は、もはや俺の耳には届かなかった。




