五日目・深夜 悪夢の始まり4
すべてクロエ視点です。
「くっ」
ユウマに送り出されて、ミコトの元へと駆け寄ったクロエは痛みで声を漏らした。
「すまぬ、ミコト……。お主の回復スキルをかけてくれ」
「はいっ、もちろんです」
ミコトは小さく頷くと、すぐさま折れたクロエ右腕へと両手を翳す。
「【回復】!」
ミコトが呟いたその言葉と同時に、クロエは癒しの光に包まれる。
まるで時間が遡るかのように、折れてあらぬ方向を向いていた骨がつながる。骨に引っ張られるように、勝手に腕が動いて正しい方向で骨が癒着する。
折れていた肋骨が繋がる感覚と、痛みが嘘のように引いていく。
……だが、すべての痛みがとれるわけじゃない。
【回復】による光が収まり、クロエはスマホを取り出して自分のステータス画面へと目を落とした。
クロエ・フォン・アルムホルト Lv13 SP:0
HP:78/108
MP:18/18
STR:40
DEF:50
DEX:35
AGI:35
INT:20
VIT:50
LUK:38
所持スキル:暗夜の支配者 吸血転化 身体変化 暗闇同化 夜目 免疫強化 格闘術
吸血鬼は、不老不死と呼ばれる化け物だ。
その特徴からか、この世界での吸血鬼もDEFとVITがよく伸びる。
先程、リッチに攻撃され吹き飛ばされた時。明らかに致命傷を受けているユウマの姿を一目で見て、クロエは自分よりもユウマのHPが少ないことを察した。
いくら彼がただの人間にしては秀でているとは言っても、所詮は最弱の種族である人間であることは変わりない。
人間と比べて、種族のアドバンテージがある自分の方が、受けたダメージも少なくまだ動ける。加えて、自分には【暗闇同化】がある。攻撃を避けることにも使えるこのスキルがあれば、多少の時間を稼ぐことは出来るはずだ。
そんな考えで、クロエはユウマが【回復】を受ける間、囮として動いていた。
だが、それももう限界だ。
今の自分のステータスよりも、はるかにリッチは強い。
今の自分たちに勝てる見込みは、正直に言ってゼロに等しい。
――じゃが、それでも。勝てる可能性はある。
そう思って、クロエは自分のスキル欄へと目を向ける。
そこに存在している、ユウマ達にも話していないクロエが持つ三つ目の種族スキル。
吸血転化。
吸血鬼種族内における、この世界で初めてモンスターを討伐したプレイヤーに送られるスキル。
その効果は、一つの種族またはモンスターにつき一回という制限はあるが――。吸血を行った相手のステータスの3%を自分の力として転化させることが出来るというもの。
そのスキルのおかげで、クロエはユウマよりも低いレベルながらに、高いステータスを持っていた。
――どうする。使うか?
クロエは逡巡する。この街で出現するモンスターはすべて吸血しているから、もういくら吸血しようがステータスに変えることは出来ない。
今、この場で吸血出来る種族は三つのみ。人間か、天使か、リッチか。
――最適解は、人間と天使を吸血し、その力でリッチを吸血することじゃが……。
だが、それをすると自分は彼らから恐怖される。
さらに言えば、クロエ自身も未だに生きている人間から吸血する行為を恐れていた。
その行為をしてしまえば、自分自身が本当の吸血鬼になるような気がして。
その線引きだけは絶対に超えない。仮にプレイヤーから血液をもらうことがあったとしても、それは死体だけだと、クロエは固く心に誓っていた。
――これさえ使えば、この状況はいとも容易く打破できる。……じゃが、この力は人前では決して見せられぬ力じゃ。
人前で使えば、確実に恐れられることが分かっているから。
だから、クロエはこのスキルを手に入れた時からずっと――誰にも教えることなく、スキルの使用を見せることも、見られるような失敗を犯すことなく過ごしてきた。
――ダメじゃ。こ奴らの血を吸うことは出来ぬ。それをしてしまえば、我は……。我は、本当の化け物となってしまう。
クロエは自分のステータス画面から視線を外して、ミコトへと目を向ける。
「どうですか?」
すると、心配そうな顔でミコトがクロエの顔を覗き込んできた。
「ああ、だいぶ楽になった」
とクロエは笑ったが、すぐにその顔が痛みで歪む。
致命傷となりえる傷は癒せたが、まだ身体の至る所には傷が残っている。動けないほどの痛みではないが、万全ともいえない。
「っ、もう一度【回復】をしますね」
ミコトは、どうやら一度の【回復】でクロエの傷を癒せないことに気が付いたらしい。
自分のスキルの力不足に、悔しそうな顔で唇を噛みしめると、すぐにまた、両手をクロエへと翳した。
「【回復】」
ミコトの言葉と同時に、クロエの身体がまた光に包まれる。
クロエの身体に残った痛みが引いていく。
完全にHPが回復し、傷痕一つなくなった自分の身体にクロエは口元を緩めた。
「すまぬ」
「いえ……」
とミコトは首を横に振った。
「私の役目は、お二人の命を守ることです。気にしないでください」
ミコトはそう言うと、小さく笑った。
「そうじゃの。お主が居れば、我もユウマも死ぬことはない。離れた場所で、お主が我らの背中を守ってくれとるから、我らも安心して戦うことが出来る」
ミコトの言葉に、クロエがそう言って笑いかけたその時だった。
「ッぁあああああああ!!」
ユウマの叫び声が二人の間に割って入り、
「【召喚:不死者】」
金属が擦れる不協和音のような声が響く。
その瞬間。広場の夜闇が蠢き泡立って、まるで夜の闇を固めるように、アンデッドモンスターが次々と広場に出現し始めた。
「な、なんですか、これ……」
突然、広場を埋め尽くすように出現し始めたアンデットモンスターの姿に、呆然と呟くミコトの声がクロエの耳に届いた。
「――いったい、何が起きておる」
呟くクロエのその言葉に、返事をする者は誰一人としていない。
「カ、カカ、カカカカカカカ! こレで、お前ラも終ワリだ!!」
ただ一人だけ。
クロエ達の絶望を、声高々に嗤うその不快な声だけが都民広場には響いていた。




