五日目・深夜 悪夢の始まり
休憩を終えて、ビルの屋上から巨大樹を伝って降り立ち、すぐにスマホの時間を確認すると、午前1時17分を示していた。
夜明けまで、残すところ約四時間。
ここから、俺たちは北通りを抜けて都庁通りへと足を踏み出さなければならない。
「このまま、まっすぐに向かうのか?」
とクロエが問いかけてきた。
幸いにも、あれから時間が経ったからか。新宿アイランドタワーに集まっていたモンスターの姿は見当たらない。
どうやらまた、アイツらは極夜の街へと出かけたらしい。
今のところ周囲にモンスターの姿は見当たらないが、俺は辺りを警戒しながらクロエの質問に答えた。
「ああ、まっすぐに行こう。回り道をすれば、その分だけ多くのモンスターと戦うことになる」
「……じゃが、ボスを前にあの数を抜けるのは中々に酷じゃぞ?」
「そう、ですね。さすがに、それは厳しいかと」
ミコトが眉根を寄せて言った。
俺は二人の言葉に考える。
確かに、ビルの屋上で見た限りでは、都庁通りにはこれまで以上に多くのアンデッドモンスターが集まっていた。
通りを抜けようにも、あの数は無理だ。
力技で通り抜けることも出来るだろうが、それだとボスモンスターを前にHPも、MPも消費してしまう。
休憩を挟んである程度は疲れが抜けたとはいえ、未だ俺たちの疲労は抜けきっていない。
あのモンスターの群れを突っ切ることは出来ない。
突っ切るにしても、せめて数を減らさなければ……。
「何か、モンスターをおびき寄せることが出来ればいいですけど」
と、ミコトは呟いた。
「おびき寄せる……」
俺は呟き、眉根を寄せる。
思考を巡らし、これまでこの世界で経験したすべてを思い出す。
最初に相対し、討伐したゴブリン。この世界で、初めて死を身近に感じたブラックドッグ。
吉祥寺での死闘、そしてナイトハンティング。
新宿で経験した極夜。
……この世界で見て、感じたそのすべてを。多くのモンスターを倒して、感じたことを。
「…………そうか」
そして、一つのことに思い当たる。
それは至極、当たり前のこと。
この現実に現れた幻想の怪物――――この世界に存在するモンスターは、ゲームに出てくる敵じゃない。れっきとした生き物なのだ。
だとすれば、奴らは音や光など――何か目を惹くものがあれば、周囲のモンスターは少なからず集まってくるはず。
「考えがある」
と俺は二人にその作戦を切り出す。
二人は黙って俺の話に耳を傾け、やがて口を開いた。
「まあ、現状でやるならそれしかないじゃろうな」
とクロエは頷いた。
「そんなこと……、出来るんでしょうか」
とミコトが呟く。
「……正直、賭けに近いな」
と俺は言って、降りてきたばかりの巨大樹――いや、正確にはその蔦へと目を向けた。
その蔦は、俺たち三人が同時に乗っても千切れることがなかった。
ソイツのその強度は、間違いなく折り紙付きだ。
この作戦を成功させるには、まずはその強度を破らなければならない。
……俺に、それが出来るだろうか。
いや、やるしかない。やるしかないんだ。
このまま何もせずに、ボスモンスターの元へと向かうことは出来ないのだから。
俺はそびえ立つ巨大樹のその身体と、超高層タワービルへと蜷局を巻く蔦へと足を向ける。
巨大な蔦を十メートルほど登って、俺はバックパックから小太刀を取り出した。
「ふー……」
息を吐いて、小太刀を構える。
ここからは時間との勝負だ。失敗は許されない。
「いくぞッ!」
眼下に居る二人へと声を掛けて、俺は自らの足元へと小太刀の刃を振った。
太い蔦に真一文字に切り傷が入り、蔦がミシリと音を立てる。
さらにもう一度、俺は小太刀を振る。
狙い違わず、同じ箇所に入った刃は、さらに深く蔦へと切り込みを入れた。
「ふっ!」
三度、俺は小太刀を蔦へと振った。
切り込みはさらに深くなり、自重に耐え切れず大きく蔦が揺れた。
……だが、たったそれだけではこの蔦は落ちることはない。
何度も、何度も。
何度も、何度も何度も何度も。
俺は同じ箇所に向けて刃を振り続ける。
――いったい何度、俺は刃を振っただろうか。
深い切り込みが入れられた巨大な蔦が、やがて自重に耐え切れずにミシッと大きく裂け始めた。
「よしっ!」
狙い通りに裂け始めた蔦に笑みを浮かべて、俺は小太刀を鞘に戻し、バックパックへと手を突っ込んだ。
中身を掻き分け――バックパックの底に突っ込まれていた、初日で着替えたTシャツと短パンを取り出す。
それを裂けた蔦の部分に突っ込んで、さらにバックパックの奥底に突っ込んでいた応急セットから包帯を取り出して、巻かれた包帯をすべて解いてその上に置いた。
「あとは……」
応急セットの中から、ガーゼの束を取り出して、それをすべて細かく引き裂く。
残った応急セットの中身は――――悩んだが、またバックパックの中へと戻した。今後も、また何か使い道があるかもしれない。
俺は、火打ち石を取り出して、細かく裂いたガーゼに火花を飛ばす。
何度か試して、ようやく燃え移ったその小さな火を、包帯の上へと置いた。
火はやがて包帯へと燃え移り、包帯から衣類へと燃え移る。
やがて大きな火種へと変わった炎は、巨大な蔦を裂けた内側から燃やし始めた。
「上手くいったな」
じりじりと蔦の内側を食い破り始めた炎を見て、俺は急いで蔦から地面へと降りた。
「火が点いた! 早く隠れるぞ!!」
俺の言葉に、ミコトとクロエの二人が慌てて走り出した。
俺たちは事前に決めていた通り、新宿アイランドタワーの西側――崩れたビルの瓦礫の陰へと身を隠す。
目を向けると、巨大樹から立ち昇る黒煙が大きくなっている。
…………もう直に、蔦が焼け落ちる。
夜の闇に灯った炎の灯りに、アンデッドモンスターが次々とアイランドタワーへと集まり始めていた。
「……結構、集まりますね」
とミコトが新宿アイランドタワーへと集まり始めたモンスターの群れを見て呟いた。
「まあ、この街で唯一灯った光源じゃ。それが目に付けば、何事かと集まるのも分かるの」
とクロエがミコトに言う。
俺たちは、それからジッと息を潜めて、新宿アイランドタワーへと集まるアンデッドモンスターの群れを見つめ続けた。
――やがて炎は、大きな蔦の内側を喰い尽くし、その大きな身体を焼き切る。
蔦が地面へと落ちる大きな音と振動が、夜の街に響いた。
立ち上る砂ぼこりに目を凝らすと、炎は蔦を焼き切った後にどうやら火の手を伸ばすことが出来ずに消えたらしい。
予定では炎はさらに燃え上がって、その灯りでアンデッドモンスターを引き付けてくれているはずだったのだが……。まあ、こればっかりは仕方ない。
蔦が焼け落ちた音に反応して、さらに多くのアンデッドモンスターが新宿アイランドタワーへと集まってくるのが分かった。
「行こう」
と俺は二人に声を掛けて、すぐさまボスモンスターの居場所に向けて夜の街へと駆けた。
東京都庁へ行くための通りは、未だアンデッドモンスターで溢れていた。
だが、その数の大半が新宿アイランドタワーへと向かったようで、ビルの屋上で見た時よりも数は少なくなっている。
この分ならば、さほど時間を掛けずに切り抜けることが出来そうだ。
俺たちは一歩、さらに一歩とこの街の夜闇を掻き分けるように、モンスターを切り倒しながら前へと進む。
――そして、俺たちはようやくその場所へと辿り着く。
東京都庁の目の前、高架橋となっている都庁通りの真下に広がるその場所。
半円形の広場となったその場所に、ソイツは数時間前と変わらない姿でそこに立っていた。
骨と皮だけになった顔と人型の身体。頭に被る朽ちた王冠と、その身体を覆うボロ切れのマント。
今もなお、夜の闇に手を招いて闇から滲み出るようにアンデットモンスタ―を生み出しているその姿は間違いない。リッチだ。
「――いたぞ!!」
すかさず、俺は見つけたボスモンスターの姿を二人に知らせる。
クロエは襲い掛かってくるマミーを蹴り飛ばすと、素早くその目を向けた。
「――アイツが」
一瞬で、その強さを理解したのだろう。
クロエの青白い顔からさらに血の気がなくなり、唇が真っ白になる。
「あれは……。確かに、ユウマさんが勝てるかどうか分からない、って言ったのも分かります」
とミコトはリッチの姿を見つめて言葉を震わせながら言った。
「勝てるんでしょうか。アイツに……」
「勝てるかどうかじゃない。ここまで来たらやるしかない!」
俺はミコトの言葉に言い返しながら、スケルトンの息の根を止めた小太刀の刃を翻して、傍に迫るゾンビの首を斬り落とした。
「二人とも、覚悟を決めろ!! アイツを倒さなきゃ、この夜は終わらない。このモンスターの群れも永遠に終わらない! ここに居ても、ジリ貧になるだけだぞ!」
「そ、そうですね。ボスモンスターが強いことなんて、最初から分かっていたことでした」
恐怖を押し殺すように、ミコトは固く唇を噛みしめた。
「そう、じゃの。行くしかあるまい」
とクロエは覚悟を決めた表情で呟いた。
「ユウマさん、作戦はありますか!?」
直槍を振って、正面に並ぶ数匹のモンスターを串刺しにしながら、ミコトは問いかけてきた。
「ミコト、ここから飛び降りることは出来るか?」
都庁通りの高架橋から、都民広場までは三メートルほどの高さがある。
ミコトは迫るモンスターの群れから視線を切ると、素早く眼下へと目を向けた。
「――今の私のステータスなら、多分ですがいけます」
ミコトがしっかりと頷いた。
「クロエ、【暗闇同化】はどのくらい使える?」
「さっき、たんまりと血を飲んだからの。一分はいけるぞ」
クロエはくくっと喉を鳴らした。
「――それじゃあ、ここから下に飛び降りるぞ! 降りたら、俺が最初にリッチに突っ込む。クロエは下に降りたら、すぐにリッチが呼び出したモンスターを片付けてくれ。それが終わったら【暗闇同化】を使って姿を隠すんだ。姿を隠したら、隙を見てリッチに攻撃してほしい。ミコトは、下に降りたらどこかに隠れて援護に回ってくれ。【遅延】がほしい時は声を出す」
「はい!」
「分かったのじゃ!」
俺は二人の返事を聞きながら、俺たちを行かせまいとしているかのように、激しさを増して襲い掛かってくるモンスターに蹴りを入れて吹き飛ばした。
「合図で一斉に飛び降りるぞ! 3、2、1――。跳べ!」
俺の言葉に、俺たちは都庁通りから眼下の都民広場へと飛び降りた。
高架橋から飛び降りながらクロエは、
「――スキル解除」
と呟いて【身体変化】のスキルを解除して大人の姿へと身体を戻している。
地面に着地をして、俺は素早くリッチへと目を向ける。
リッチは飛び降りてきた俺たちに気が付いたようで、アンデットモンスタ―を手招きしていた手を止めて、こちらへと視線を向けたところだった。
すかさず広場の端――高架橋を支える柱へと向けて走っていくミコトの後ろ姿を見送り俺は、
「【集中強化】」
と言ってすぐに俺自身に限界突破をかける。
強敵だと分かっている相手に、出し惜しみしている余裕はなかった。
「ふっ」
とクロエが短い息を吐いて、事前に決めていた打ち合わせ通りに、リッチが生み出したアンデットモンスターへと駆け寄っていく。
リッチが事前に生み出していた多くのモンスターは、既にこの街へと放たれた後なのか。その周囲には今しがた生み出していた数匹のモンスターしかいなかった。
クロエは、手身近にいたゾンビの首を捻って頭をねじ切ると、すぐさま傍にいた食屍鬼を一撃で沈める。さらに離れた場所に居たスケルトンに近づくと、胸部へと掌底を叩きこんで骨ごと赤石を砕いた。
数瞬ののちにすべてのモンスターを空気へと変えたクロエは、
「【暗闇同化】」
と呟いて夜闇の中へと溶けていった。
じわりと闇に溶け行くクロエに小さく頷きを返して、俺はリッチへと向けてダッシュする。
景色が線のように流れて、瞬く間に俺はリッチの目の前へと辿り着く。
その勢いを殺すことなく、俺は手に持っていた小太刀を構えて突き出した。




