四日目・夜 最後の二人
そんなことを思っていると、俺は会話に参加してこないクロエに気が付いた。
「クロエ?」
と俺は彼女に声を掛ける。
クロエは、じっと何かを考え込むように景色を――ボスモンスターがいる、その方向へと目を向けていた。
「ん、ああ。なんじゃ?」
俺の言葉に反応して、クロエが現実へと戻ってくる。
「どうした?」
と俺は言った。
クロエは、俺の言葉に小さく笑うと口を開く。
「ああ、なんでもないのじゃ。お主から聞いた話で、ボスモンスターがどんな奴なのか、考えておったのよ」
そう言うと、クロエはまた、ちらりとした視線を都民広場の方角へと向けた。
「お主。その王冠とボロマントのモンスターは手に何か持ってなかったか?」
「ああ、持っていたぞ。あれは……錫杖? なのかな。杖の見た目をしてたけど、頭の方には丸い輪が付いていた」
「なるほどのぅ……」
クロエはそう呟くと小さく頷く。
「特徴を考えると……そのモンスターは、リッチの可能性が高いの」
「リッチって、あのリッチですか?」
とミコトがクロエに問いかけた。
「アンデッドモンスターの王、不死の王とか、そんな感じでゲームに出てくる、あの……」
「それはゲームや作品によって異なるが、おおむねそうじゃの。ほとんどが、リッチはアンデッドモンスターの中でも上位の存在じゃとされておる。……ユウマ、お主から聞いた特徴を当てはめる限り、アンデッドモンスターを生み出すその能力とその見た目は、おそらくじゃがリッチじゃろうな」
とクロエはそう言って息を吐く。
「もし仮に――。本当に、リッチが相手なら、確実にそこらのアンデッドモンスターよりも、強敵じゃぞ」
ぽつりと呟くように、小さな声でクロエは言った。
その言葉に、俺は理解を示した。
リッチと言えば、生ける屍ともいわれるモンスターだ。
魔術師が死を乗り越えるため、不死の姿になったモンスターだとも言われている。
他のアンデットモンスターを従える、アンデットモンスター。
不死の王とも言われるリッチが、強敵であることは間違いない。
「ああ、分かってる」
と俺は頷きを返す。
「…………それでも、やるしかないんだ」
と俺は言った。
スマホを取り出して、ステータス画面を開く。
古賀 ユウマ Lv:13→15 SP:0→20
HP:78/78→82/82
MP:18/18→21/21
STR:37→39
DEF:35→37
DEX:30→32
AGI:33→35
INT:19→21
VIT:35→37
LUK:58→62
所持スキル:未知の開拓者 曙光 夜目 集中強化 視覚強化 刀剣術
ミコトと同じ様に、俺のレベルも二つ上がっていた。
獲得したSPは20。
おそらく、これが正真正銘最後の、ボスモンスターに挑む前に行う、最後のステータス調整だ。
俺は画面を見つめて、二人に声を掛ける。
「とりあえず、ボスの元に行くなら一度ここから降りないとな」
俺は視線を巨大樹へと――そこに絡みつく太い蔦へと向けた。
登りで結構な時間を掛けたが、下りは登りほど時間が掛からないに違いない。……問題は、下りで気を抜いて落下をしないことだけだ。
「……まあ、登れば当然、降りますよね」
とげんなりした顔でミコトが言った。
「落ちるのだけは気を付けんとな」
とクロエが口元に笑みを浮かべる。
「クロエ、お前レベルは上がってるのか?」
「そうじゃの……」
言って、クロエは自分のスマホを取り出す。
「我もレベルが一つ上がっておる。ステータスを割り振って、すぐに出るか?」
クロエの言葉に、俺は思案する。
時間が惜しいのは事実だが、身体を休めるのも必要だ。直前で見たミコトステータス画面では、ミコトのMPは減っていた。今は、身体を休めてミコトのMPを回復しておいた方がいいだろう。
「いや、時間は惜しいけど、一時間でも休んでミコトのMPを回復させておいた方がいい。ミコトのスキルはどれも強力だ。ボス戦でも、絶対に必要になってくる」
考えを纏めて二人に伝える。
「……そうじゃの。ミコトのスキルは強力じゃ。このままボスに挑むのなら、しっかりとMPを回復させておいた方がいい。なに、夜明けまでまだ時間はある。ここから降りることを考えても、少しぐらい休む時間はあるじゃろ」
とクロエは思案顔となって呟いた。
ミコトは、俺たちの言葉に耳を傾けていたが、やがて小さく頭を下げてくる。
「……すみません、お二人ともありがとうございます」
「気にするな」
と俺はミコトに笑った。
「そうじゃの。その分、我らには出来ぬ活躍をしてもらうのじゃ」
とクロエはミコトに向けて言った。
ミコトは俺たちに向けて小さく拳を握って見せた。
「はいっ! 精一杯、頑張ります!」
意気込むミコトに、俺は小さく笑う。
「休憩中、時間を無駄にしないようレベルアップのステータスだけは割り振っておこう」
「そうじゃの。……ちょうど、我もレベルが上がっておるし」
とクロエはポケットからスマホを取り出すと画面を見つめて呟いた。
俺たちはビルの屋上で、車座になって座り込む。
お互いにスマホを取り出して、自分のステータスと向き合った。
古賀 ユウマ Lv:15 SP:20→0
HP:82/82→88/88
MP:21/21
STR:39→45
DEF:37→40
DEX:32→35
AGI:35→40
INT:21
VIT:37→40
LUK:62
所持スキル:未知の開拓者 曙光 夜目 集中強化 視覚強化 刀剣術
すべてのSPを、戦闘に直接作用するステータスへとつぎ込む。
ちょうど、戦闘系のステータスすべてがキリのいい数字となった。
SPを割り振っている途中で、何度かSPをLUKに注ぎ込んで、何かしらのスキルを獲得しようとも思ったが、それはやめた。
ミコトよりもスキルが獲得しやすいとはいえ、ボス戦の前に獲得するかどうかも分からないスキルガチャに挑戦する余力はない。
「ユウマさん」
ステータスの最終確認をしていると、ミコトに声を掛けられた。
「どうした」
「私、やはりINTに割り振ったほうが良いでしょうか?」
俺は直前に見たミコトのステータスを思い出す。
ミコトのINTは60を超えている。INTの数字だけで言えば、俺のLUKよりも高い数字となっている。ミコトのスキルを考えても、多めにあっても困ることはないだろうが、それを伸ばしすぎて身体能力が疎かになっても困る。
ある程度は自分の身を守る力も必要だ。
そのことを、俺はミコトに伝えてみた。
ミコトは、俺の言葉をじっと黙って聞くと、
「たしかに、そうですね」
と言って、スマホの画面をタップしてステータスを割り振る。
「これで、どうでしょうか?」
やがて、ステータスの割り振りが終わったのか画面を見せてきた。
柊 ミコト Lv:14 SP:10→0
HP:44/44→48/48
MP:42/66
STR:19→22
DEF:20
DEX:21
AGI:23→28
INT:67
VIT:19→21
LUK:32
所持スキル:天の贈り物 回復 遅延 槍術
「うん、いいんじゃないか」
AGIとSTRを伸ばしておけば、敏捷性もあがり動きも早くなる。前に出ることがないミコトの立ち回りを考えれば、敵の攻撃を受け止めるよりかは回避する方向で身体能力を伸ばしたほうがいいだろう。
「クロエはどうだ?」
俺はスマホを睨み付けるように見ていたクロエへと声を掛けた。
「もうちょっとじゃ……。STRかAGIに残りを割り振るか悩んでおっての……」
そう言って、スマホの画面の上を迷うようにクロエの指が彷徨う。
やがて、どちらに割り振るか決めたのかクロエは画面をタップした。
「うむ。終わったのじゃ」
自分のステータスを確認して、クロエは満足そうに一度頷いた。
どちらに割り振ったのか気になるが、クロエのステータスを見れば当然、クロエも俺のステータスを見たがるだろう。
そうなれば【曙光】の存在もバレてしまう。
…………今はまだ、彼女にこの存在を明かすわけにはいかない。
ステータスの割り振りが終わると、ミコトは身体を休めることに専念するためか、ローブのフードを深く被るとごろんと横になった。
クロエも来るべき戦いに備えるために、バックパックから血液入りのペットボトルを取り出すと、その中身をちびちびと飲み始めている。
俺は、そんな二人の様子から目を離す。
ふいに、俺のスマホから声が聞こえたのはそんな時だった。
≫≫現時刻で、トワイライト・ワールドにおける種族:人間はあなたを含めて二名となりました。
唐突に聞こえたその声に、俺はびくりと肩を震わせた。
慌ててスマホを取り出すが、ゲームシステムのアナウンスはもう沈黙していた。
「……やはり、この世界は人間には厳しいようじゃの」
と俺のスマホから聞こえたアナウンスに対して、クロエがそう言った。
「私たちが知らない間に、知らない場所で……。やはりこの世界では、今でもプレイヤーの命が散っているんですね……」
とミコトがアナウンスによって告げられた言葉に反応して、身体を起こしながら呟いた。
「そう、だな。俺と同じ『人間』も、いつの間にか二人だけになったみたいだ」
と俺はその事実に唇を噛む。
この街で出会ったあの少年も、せめてもう少し、俺の到着が早ければ救えることが出来たのかもしれない。
そう思ってしまうのは、俺が【曙光】というチートスキルを持っているからこそ抱く、自惚れだろうか。
「ふー……」
目を閉じて、息を吐く。
ボス戦の前に、ゲームシステムのアナウンスによって乱れた心を、俺は無理やりに鎮めて、きたるボス戦へと向けて意識を高めていく。
気を抜けばそのまま意識を失いそうなほど、身体は疲労で疲れている。
このゲームに疲労度のような項目があれば、今の俺は、確実に限界値に近い疲労度を示しているだろう。
だが疲労が溜まっているのは俺だけじゃない。
全員、口には出さなかったが、その顔にはひどく疲れが浮かんでいる。
HPが減っていないからといって、疲労が溜まっていないとは言えない。
これからボスと戦うのに、俺たちの心身のコンディションは最悪だった。
(……それでも、やらなくちゃいけない。明日になれば、今夜よりももっと、この街はアンデットモンスターで溢れかえる。ようやく見つけたんだ。何が何でも、俺はアイツを倒さなければいけない)
俺は心の中で自分自身を奮い立たせるために、そう呟いた。
極夜の街は今日で終わらせる。
夜明けまで残すところ六時間。
確実に、この夜は終わりを迎えようとしている。




