四日目・夜 ボスモンスター
どれぐらいの間、俺たちは登り続けただろうか。
ビルの屋上へと向けて、大きな蔦の上を伝いながら登り始めた俺たちは、休憩をすることなく歩み続けていた。
視線を下へ向ければ、モンスターがうじゃうじゃと通りを歩いているのが分かる。
身体を吹きつける風も次第に強くなり、しっかりと足を踏みしめてないと風に煽られてすぐに体勢を崩してしまう。
頭上を見上げると、ようやくと言っていいのか。終わりを告げるように青々とした枝葉が大きく広がっているのが見えた。
「……ようやくじゃの」
と疲れたようにクロエが言った。
「さすがに疲れました」
と疲労を滲ませた顔でミコトは呟く。
「……ああ。まさか、この世界で木登りをするハメになるとは思わなかった」
と俺はため息を吐き出す。
「木登りじゃなくて、蔦じゃがの」
クロエは力なく俺の言葉にツッコミを入れてきたが、その言葉に反応をする者は誰もいない。
というより、反応するのさえも全員が億劫だった。
度重なる戦闘に加え、モンスターからの逃走。そして、転落すれば確実に死が待つ命懸けの木登り。
体力の消費に加えて、気が抜けないこの状況に神経を擦り減らした俺たちは、今や三者三様に顔には濃く疲労の色が浮かんでいる。
……だが、これで終わりじゃない。
この木登りは過程にすぎないのだ。
登頂をすれば、すぐにまた新宿の街を見渡して、ボスモンスターを探さねばならない。
それが分かっているからこそ、俺たちはさらに口を噤んで黙々と足を進める。
やがて、その長い道のりも終わりを迎える。
足元の太い蔦は樹木とビルをつなぐように絡みつき、樹木の頂上の枝葉は、ビルを取り込むようにその屋上へと腕を広げていた。
俺たちは蔦から枝葉へと移動をして、ゆっくりと――けれど確実に、慎重に、足を進めてビルの屋上に辿り着く。
「つ、つい……た……」
ビルの屋上、そのひび割れたコンクリートに足を着けて、俺は真っ先に座り込んだ。
「着きました……。やっと着きましたよぉおおお…………」
まるで待ち焦がれたものが目の前に現れたように、ミコトがコンクリートの地面に倒れ込むように地面を抱きしめた。
「我、木登りが嫌いじゃ……。もう、一生せんぞ」
と言いながらクロエが仰向けで倒れ込んだ。
それからしばらくの間、俺たちの間で口を開く者はいなかった。
夜が終わるまでの時間は限られている。
早く行動しなければいけないのは、誰もが分かっている。
それでも、ここにいる全員が、コンクリートに身体を吸い付けられて動けないでいた。
「…………」
俺はスマホを取り出して時間を確認する。
午後10時33分。
夜明けまで約六時間。のんびりとしている暇はなかった。
「っ、ふー……」
疲労を訴える身体の声を無視し、俺は息を吐いて立ち上がる。
「時間がない、な」
言って、のろのろとビルの端に向けて足を進める。
「そう、ですね。早くボスモンスターを見つけないと」
ミコトも俺の言葉に同調すると、身体を起き上がらせて付いてきた。
「そうじゃの……。残り六時間ほどか」
とクロエはスマホの画面を見てそう呟くと、重たい身体を引きずるようにゆっくりと立ち上がる。
「……圧巻じゃの」
とクロエがビルの端に立つ俺の隣に立つと、そう呟いた。
「私には真っ暗で何も見えませんが、クロエさんには見えるんですか?」
とミコトが首を傾げる。
「うむ、よく見える……。この世界の、どこもかしこも壊れた風景が広がっておる」
クロエはそう呟くと、どこか寂しそうな顔になると小さく喉を鳴らして笑った。
「でも、これが。今、我らが生きる世界なのじゃな」
とクロエは言った。
ミコトはクロエの言葉に、小さな頷きを返すとクロエと同じ方向へと目を向ける。
【夜目】がないミコトにとって、この世界の夜は、本当に暗闇に閉ざされた世界だ。
目を向けたところで、そこに広がる瓦礫と廃墟、植物に覆われた街の全容を、ミコトは知ることは出来ない。
だが、それでも。
ミコトは、静かな表情で暗闇に覆われた街を見続けていた。
「…………ユウマよ、ボスモンスターはどうじゃ。見えるか?」
とクロエは、暗闇に沈む街から視線を外して、俺へとその視線を向けてきた。
「……今、探してる」
俺はクロエの言葉に言い返した。
四方を見渡して、俺は眼下に見える新宿の街をよく観察する。
北に見える学校。あれは俺たちが休憩に使った場所だ。青梅街道にぶつかるその細い路地を抜けて、俺たちはここまでやってきた。
東に目を向けると、モンスターがうじゃうじゃと歩き回る新宿駅の近辺が見える。その奥に見える線路はまるで綱のように、いくつもの線路が集まっているのが見えた。
西に見えるあれは……。病院だろうか。かつては大病院だったに違いないその建物も、今では植物に覆われて苔が生えている。ところどころ屋根が崩壊して草木に覆われたその姿は、もはや機能をしていないことがすぐに見て取れた。
南へと目を向けると、いくつかの高層ビルが目に入る。いずれのビルも、樹木や蔦が絡みついている。だが、この新宿アイランドタワーのように、巨大な樹木に取り込まれている様子はない。どうやら、東京の中でこのビルだけが、巨大な樹木に乗っ取られようとしているようだ。
その高層ビルの奥には、ツインタワーがそびえ立つ。
片側のタワーがへし折れ、瓦礫と変わったそこは、かつて東京都庁と呼ばれた場所だった。
「…………ん?」
ふとした違和感。
その方角を視界に入れた瞬間に、なぜだか分からないが胸がざわつく。
「なんだ?」
俺は、じっとその方角に目を凝らす。
ビルの間を通る、議事堂通りや都庁通りと呼ばれる道路。廃墟や瓦礫に成り代わった高層ビル。そして、もはや機能をしていない都庁とその近くにある公園。
俺の【視覚強化】で見える範囲のすべてを、俺はじっくりと精査するように、時間をかけてその違和感の正体を探る。
「ぁ――――――」
思わず、声が出た。
東京都民広場。都庁の前に広がる、半円形状のその場所に佇む一匹のモンスターを俺は見つけた。
人間と同じ、二本の足と二本の腕を持つ姿だが、その見た目は大きく違う。
骨に直接人の皮を張り付けたような顔と身体。頭には錆び付いた黄金の冠を被り、手には錫杖のような杖を持っている。骨と皮を覆う身体には、ボロ切れのようなマントを身に付けている。
ソイツは、まるで夜の闇からモンスターを招くように、手を振りながら次々とアンデッドモンスターを夜の闇の中からこの世界へと生み落としていた。
その姿を確認すると同時に、俺の全身の肌が一斉に粟立つ。
うなじの毛が逆立ち、身体が震える。
そして、本能がソイツは危険だと俺に囁く。
――間違いない。アイツがボスだ。
この街で、今の俺が恐怖を感じるモンスターはもういない。
この感覚がある、ということはアイツこそが『極夜の街』のボスモンスターだ。
「見つけた」
と俺は、はっきりと言った。
恐怖で震える身体を必死に押さえつけて、俺は二人へと目を向ける。
「都庁前の都民広場。そこにボスモンスターがいる」
「本当か!?」
と俺の言葉に真っ先に声を上げたのはクロエだった。
「どんなモンスターじゃ!」
「……王冠を被ってボロのマントを着た、骨と皮のモンスターだ。ソイツは、広場でアンデッドモンスターを生み出していた」
「王冠とボロマント?」
クロエは、俺の言葉に怪訝な顔でそう呟くと考え込む。
「そのモンスターには、勝てそうなんですか?」
とミコトが声を掛けてきた。
俺は、無言で首を横に振った。
「少なくとも、今の俺より強いのは確かだ」
この街の適正レベルは10前後だ。
今の俺はそのレベルを超えている。
……それでも、今の俺は奴に勝てるかどうか分からない。
さきほど俺が奴を見た時。その時にはすでに、俺はレベルが上がった状態で奴を見ている。
それでも、俺の本能は奴に恐怖した。
それはつまり、今の俺たちよりも格上だと魂が認めたことになる。
やはり、クロエの言った通りストーリークエストのボスは、その場所の中でも格上のモンスターだということだ。
「今の、ユウマさんよりも強い……」
とミコトは呆然と呟いた。
ミコトは俺の【曙光】スキルのことを知っている。
だからこそ、その俺が自分よりも強いと言ったことが衝撃だったのだろう。
「私たち、勝てそうですか?」
「……分からない」
と俺は再度、首を横に振った。
「もし、アイツ自体に勝てるステータスだったとしても、他のアンデッドモンスターを生み出す能力のモンスターだ。戦闘中に、他のモンスターを生み出されると一筋縄じゃいかないだろうな」
「先ほどの戦闘で、私たちレベルが上がってますよ。それでも勝てませんか?」
そう言って、ミコトはスマホを取り出すと画面を操作した。
「ほら! やっぱり」
と言って、ミコトは画面を見せるように突き付けてくる。
柊 ミコト Lv:12→14 SP:0→10
HP:40/40→44/44
MP:39/63→42/66
STR:17→19
DEF:18→20
DEX:19→21
AGI:21→23
INT:63→67
VIT:17→19
LUK:30→32
所持スキル:天の贈り物 回復 遅延 槍術
ミコトのステータス画面では、レベルが二つも上がっていた。
パーティを組んでいる俺たちだ。おそらくきっと、俺も確実にレベルが上がっていることだろう。
「それでも、勝てるか分からないんだよ」
と俺はミコトに言った。
ミコトは俺の言葉を噛み砕くように考え込むと、やがて眉間に深く皺を寄せて、小さくため息を吐いた。
「モンスターが溢れる街を駆け回って、適正レベルを超えてレベルを上げて。それなのに勝てるかどうか分からない相手がボスだなんて……。この世界のゲームバランス、本当におかしくないですか?」
「まったくだ」
と俺はミコトの言葉に同意を示して、ため息を吐き出す。
俺はミコトと違って【曙光】スキルを持っている。
そのスキル効果から考えて、俺のステータスはレベルの二倍とほとんど同じだ。正確には、レベルアップボーナスによるステータス増加もあるから、完全に二倍とはいかないだろうが、それでも現時点のレベルにしては高いということは間違いない。
それなのにも関わらず、本能と身体がアイツに恐怖する。
例えるなら、序盤の街に中盤のボスが出張ってきているような状態だ。
……本当に、このゲームはクソゲーだな。




