四日目・夜 生きるために必要なこと
「ユウマさん、反動はもう大丈夫ですか?」
とミコトは俺が渡したバックパックの中から水のペットボトルを取り出し、手渡ししてきながら問いかけてきた。
「ああ、もう大丈夫だ」
と俺はそう答えて、ペットボトルを受け取る。
まだ鈍い頭痛はあるが、頭を抱えるほどではない。この痛みならば、数分もすればじきに治まるだろう。
俺はペットボトルの蓋を外すと中身の水を呷った。
「――っぷは! あー、生き返る……」
俺はしみじみと言った。
乾いた喉と身体に水分が染みわたる感覚がする。
「ミコトも飲む?」
問いかけると、ミコトは首を横に振った。
「私は大丈夫です」
「少しでも飲んでおいたら?」
「いえ、喉が渇いてませんし」
と小さく笑った。
俺は、その言葉に反応ができなかった。
雑居ビルを出てからここまで、距離にすれば一キロもないだろうが休む暇なくモンスターを倒し続けた。このクエスト中、数メートル進むだけで俺たちはモンスターとエンカウントをし続けている。
当然、そうなれば身体も動くし喉も激しく乾く。
喉が渇かないなんてことは、本来ならありえないことなのだ。
ミコトの喉が渇かない理由なんて分かっている。それでも、種族スキルという存在とデメリットを知れば、その本来ならありえないことが妙に気にかかってしまう。
「まあ、それが種族の特徴なのじゃ。あまり気にするでない」
クロエはそう俺たちの会話に向けて独り言ちるように呟くと、背負っていた自分のバックパックを下ろした。それから、ゴソゴソとバックパックの中を漁り、血の入ったペットボトルを取り出すと蓋を外してその中身へと口を付けた。
青白い喉を動かしながら、クロエは中身の血を飲み干していく。
「その血、美味しいんですか?」
とミコトがクロエに聞いた。
「まさか」
とクロエがミコトの言葉を笑い飛ばす。
「生臭いし、鉄の味しかしないし、喉越しも悪い。最悪じゃよ」
「その割には、その……。わりとすんなりと飲めてますね」
「種族スキル二つ持ちの吸血鬼じゃからの。血の味には慣れぬが、身体が血を欲するのよ」
そう言うと、クロエはクククッと喉を鳴らして笑った。
「まあ、味が悪いのはモンスターの血じゃからかもしれぬがの。もしかしたら……。人の、いや天使の血じゃったら美味しいかもしれぬの」
クロエはミコトを見てそう言うと、妖艶な笑みを浮かべて唇を舐めた。
「わ、私は美味しくないですよ!?」
ミコトが声を上げてクロエから距離を取る。
「そんなの、飲んでみないと分からぬじゃろ」
とクロエがミコトに距離を詰めた。
「いや、本当に美味しくないですって! 私、ほら! 鬼のインドア派なので。よく家の中に居た子なので美味しくないですよ!!」
「ほう、ならばますます肉も柔らかくて美味そうじゃの」
「ひっ!」
青い顔でミコトは短い悲鳴を上げた。
クロエとしては冗談だろうが、本気で怖がっているミコトの姿を見ていると、さすがにここらで助け船を出したほうがいいだろう。
俺は二人のやり取りに口を挟んだ。
「クロエ、そのあたりでやめとけ。ミコトが本気で怖がってる」
「ちぇ、なんじゃ。これからが面白くなるところじゃろ。そもそも、お主はミコトに対してやたらと優しくないか?」
クロエは唇を突き出しながら言った。
俺はクロエに言い返す。
「そりゃそうだろ。大事なパーティメンバーだからな」
「パーティ? この世界にパーティシステムがあるのか?」
クロエは俺の言葉に驚き、目を丸くした。
どうやらクロエはパーティシステムについては初耳だったらしい。
「パーティを組むと、どうなるんじゃ? 何か特典みたいなやつがないのか?」
とクロエは首を傾げた。
「獲得する経験値が共有されるぐらいだな」
と俺は答える。
「獲得経験値の共有化……。結構、大きな特典じゃの」
「スキルのこととかいろいろ知ってるから、パーティシステムのことも当然知ってると思ってた。あまり、知られてないのか?」
「どうじゃろ……。集団で行動しとるプレイヤーなら知っとるかもしれぬが、我は基本ソロじゃったからの。スキルやステータスのことに関しては、出会ったプレイヤーといろいろと情報を交換しておったが、逆に言えばそれぐらいしか知らぬ」
息を吐き出しながらクロエは言った。
「つまり、ぼっちですね」
とミコトが言う。
「ぼっちではない。ソロじゃ」
拘りがあるらしい。クロエは即座にミコトの言葉を否定した。
「我は強いからの! 我について来れるプレイヤー以外とは組まぬのじゃ」
とそう言ってクロエはクククッと喉を鳴らす。
言い方はイキったネトゲプレイヤーのそれだが、クロエの言っていることもあながち間違いじゃない。
これまでのクロエの動きを見る限り、クロエのテータスが高いのは間違いない。
『極夜の街』のクエストは、明らかに現段階では難易度の高いクエストだ。モンスターが溢れた街で、自分の身は自分で守ること。この街では、それが出来なければ一緒に行動をしたとしても足を引っ張るだけだろう。
そう思いながら、クロエの顔を見つめていると、クロエが俺の視線に気が付いた。
「なんじゃ?」
「……いや、単純にクロエのことがすごいなって思っただけだよ。この夜を、一度乗り越えてきたんだろ? 本当に、すごいよお前」
「我には【暗闇同化】があるからの。太陽が出ておる時は我のスキルも、我自身もとことん弱いが、太陽さえ落ちてしまえば我のターンじゃ。…………まあ、とは言っても、このスキルにも弱点はあるんじゃがな」
そう言うと、クロエは困ったように笑った。
「弱点?」
と俺は首を傾げる。
クロエは頷いた。
「【暗闇同化】は連続で発動することが出来ぬ。……というより、連続で発動するには我が血を飲む必要があるのじゃ」
「血を飲む? どういうことだ」
「吸血鬼の種族スキルじゃからの。このスキルは、どういう仕組みなのかは知らぬが我が摂取した血の量に応じて発動する時間が決まっとる。仮に一リットルの血液を飲んでいた場合、我が使える【暗闇同化】は十秒じゃ」
「それは……」
俺は思わず口ごもった。
ずいぶんと燃費の悪いスキルだ。
そんな俺の考えが伝わったのだろう。クロエはくくっと喉を鳴らした。
「ああ、分かっとる。我も随分と燃費の悪いスキルじゃと思う。強力じゃが、その分使い難いのじゃ。じゃから、我は飲みたくもない血を飲むのじゃよ。いろいろと、生きるために仕方なく、の」
そう言いながら、クロエはまた血の入ったペットボトルへと手を付けた。
生きるため、と言っているがコイツが飲んでいるのはモンスターの血液だ。
初めて、この世界に来て自分が血液でしか飢えと渇きを癒すことが出来ないと知った時、コイツはどれほど絶望したのだろうか。
血を飲むという行為に嫌悪し、はじめは飲むことが出来なかったに違いない。
だが、それだと死ぬ。
だから仕方なく飲む。生きるために、仕方なく。
その行為に至るまで、コイツが体験した苦悩は計り知れないものだろう。
俺はクロエから目を離すと、小さく息を吐いた。
きっと、この世界にはこんな絶望が至る所で溢れている。
気にするだけ無駄だ、とは思うけどやはり気になってしまうのは、俺がこの世界に慣れていないからだろうか。
「ぁ……。そうだ、ステータス見とかないと」
そんなことを考えてると、若干忘れそうになっていた当初の目的を思い出す。
俺はスマホを取り出すと、自分のステータス画面を開いた。
古賀 ユウマ Lv:10→13 SP:0→30
HP:27/62→33/68
MP:15/15→18/18
STR:28→31
DEF:25→28
DEX:22→25
AGI:24→27
INT:16→19
VIT:27→30
LUK:50→56
所持スキル:未知の開拓者 曙光 夜目 集中強化 視覚強化 刀剣術
「三つも上がったか」
俺は自分のレベルを見て思わず呟いた。
途中から倒したモンスターの数なんて数えていなかったけれど、確実に吉祥寺でのナイトハンティング以上のモンスターを倒している。
レベルが上がれば必要経験値も多くなるはずだが、それでも三つも上がるのはそれだけこの街のモンスターが持つ経験値が吉祥寺よりも多いのだろう。
「【刀剣術】!」
俺はステータスの最後に表示された、見慣れないスキルに目を輝かせた。
名前からして小太刀を扱う技術に関するスキルだろう。
念願ともいえるそのスキルに、俺はすぐさまスキルの名前をタップした。
≫【刀剣術】
≫刀剣に関する扱いに慣れ親しむことで、その者が振るう刀にはいつしか技術が身に付いた。
≫刀剣に関する一定の技術力が身に付くことで、このスキルの所持者は刀剣術に関わるスキルを取得する。
「……スキルを取得する」
書かれた効果に目を通して、俺は肩を落とした。
【刀剣術】というスキル名から、小太刀を扱う技術が上がるのかと思えばそうではない。その効果は、刀剣に関わる技術を身に付けることで、それに応じて新しくスキルを身に付けることが出来るというものだった。
「スキルで凄腕の剣士になることは出来ないのか……」
結局のところ、小太刀を上手に扱うようになるには、実践を通して少しずつでも小太刀を扱う技術を培っていくしかない、ということだ。
俺はもう一度ステータス画面を眺めてスマホをしまった。




