四日目・夜 限界突破スキル
「ふー……」
目を閉じながら息を吐き出す。
気を緩めると、抑え込んでいた【集中強化】の反動による頭痛が襲ってきた。
「ッ、うっ……。スキル、解除」
頭を押さえて蹲りながら、震える声でスキルを解除する。
もはや座ってもいられなかった。
「な、なんじゃ!? どうしたのじゃ!」
クロエの驚く声と、
「ゆ、ユウマさん! どうされたんですか!?」
と慌てふためくミコトの声が頭に響く。
「だ、大丈夫だ」
俺は辛うじてその言葉を呟くと、痛みが引くまで頭を押さえ続けた。
沸騰した血液が脳を焼いているかのように頭の芯が熱い。【集中強化】を発動していた時間が長かったからか、これまで以上に痛みが激しい。
目をぎゅっと閉じて、痛みに耐える。
しばらくすると、徐々に痛みと熱が引いていく。
身体をゆっくりと起こすと、すぐさまミコトに肩を支えられた。
「またスキルの反動ですか?」
泣きそうな顔でミコトは言った。
「待て、どういうことじゃ。スキルの反動? お主、今まで何のスキルを使っておった」
ミコトの言葉にいち早く反応し、クロエが詰め寄ってきた。
「まさか、お主……。限界突破スキルを使っておるのか」
「大きな声を出すな。頭に響く」
唸るように言って、俺は未だに鈍痛のする頭を押さえる。
「限界突破スキルってなんですか?」
ミコトがクロエに問いかけた。
「まさかお主ら……。LUKとスキルの獲得に関することは知っておるのに、そんなことも知らんのか!?」
声をあげてクロエはそう叫ぶと、
「……ああ、そうじゃった。お主たちは、種族スキルさえも知らなかったんじゃったな」
と勝手に腑に落ちた表情で呆れた息を吐いた。
「まず確認じゃが。ユウマ、お主の頭痛の原因となったそのそのスキル。説明文に『限界を超える』と明記されておるか?」
俺は眉間に皺を寄せて、【集中強化】のスキル説明文を思い出す。
確かに、その説明文には限界を超えてと記されていた。
「そんな内容が、表示されていた気がする」
俺の言葉に、クロエは目を大きく見開いた。
それから表情を隠すように手で顔を覆うと、
「それが限界突破スキルじゃよ」
そうクロエは言った。
クロエは顔を覆っていた手を下ろすと、眉間に深い皺を刻みながら俺を見た。
「ユウマよ、よく聞くのじゃ。この世界には、レベルもステータスもスキルも存在しておるが、我らの身体はもとより人間の身体じゃ。つまり我らの元が人間である限り、この世界でも出来ることと出来ないことが存在しておる。お主が使ったのは、人間の身体のその限界を超えた先にあるスキルじゃ」
「限界を超えた先にあるスキル……? それは、種族スキルとは違うのか」
「まったく違う! 種族スキルは元々人間だった身体を、この世界を始める前に選択した種族の身体へと、種族スキルを取得するごとに変えていくものじゃ。じゃから、その分スキルは強力であり、そのスキルを持てば持つほど選択した種族のデメリットを負うことになる」
「ステータススキルはどうなる。あれも人間の限界を超えてるだろ」
「あれは個々のステータスによって出来ることと出来ないことに差が出る。そもそもステータススキルの本分は、ステータスで上昇した身体能力によって出来ることじゃ。よって、ステータスを超えたことなど出来ぬ」
そう言うと、クロエは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そもそもスキルとは、ステータスによって底上げされる身体能力では決して届かぬ超常の力のことじゃ。この世界にスキルがどれほどあるのか分からんが、MPというこの世界の力を消費して、魔法のようなことが出来るようになるスキルもあれば、MPを消費することなく感覚器を強化するタイプのものもある」
クロエはそこで一度言葉を区切ると俺を見据えた。
「じゃがの、限界突破スキルは、それら超常の力とは似ているようで違う。ステータスによる身体能力や種族による身体変化をも超えて、そのスキルは身体の限界を無理やり引き出してくる。効果は種族スキルに並ぶほど強力で、しかしだからといってそのスキルを持ったからこの世界の種族に近づくわけではない」
そこまで言うと、クロエはゆっくりとため息を吐いた。
「……簡単に言ってしまえば、薬物使用と同じじゃよ。スキルの力を使って、人の身体に眠る力を無理やりに引き出すのじゃ。それは、種族が人間であろうが吸血鬼であろうが、天使であろうが関係ない。この世界の種族が何であれ、元は人間という根幹は覆らぬ。元の身体が人間である限り、どの種族になろうとも我らの身体には本来眠っている力が存在しとるのじゃ」
「その話、聞いたことがあります。人間の脳は、いつも100%使ってるわけじゃないって。せいぜい使ってる脳の機能は10%ほどだと」
「そう、ミコトの言う通りじゃ。限界突破スキルは、本来ならありえないはずの、人としての力を発揮するスキルじゃ」
そう言うと、頭痛で頭を抱える俺へとクロエは視線を向けた。
「身体の限界を超えたスキルを使用すれば、必ずその身体に限界を超えた反動が来る。その反動はスキルの使用時間に応じて大きくなるという。下手をすれば、その反動で身体が動かなくなることもあるらしい」
「クロエさんも、その……。限界突破スキルを持ってるんですか?」
ミコトがクロエに向けて問いかけた。
クロエはゆっくりと首を横に振る。
「我は持っておらん。このスタンピードに耐え切れず死んだプレイヤーがおったと言ったじゃろ。そやつが限界突破スキルをもっておったのじゃ。そやつが持っておったのは【瞬間筋力増大】というスキルでな。火事場の馬鹿力をいつでも引き出せるようになるスキルじゃった」
「つまり、いつでも自分の限界を超えた筋力が発揮できるスキルか」
俺はクロエの言葉に呟いた。
ホブゴブリンを倒したあの時、俺はステータスを超えた筋力を発揮していた。
その結果、筋肉は千切れて断裂し、血管が破綻し腕を内出血で黒く染めた。
その【瞬間筋力増大】というスキルの反動も、同じようなものだろう。
クロエは俺の言葉に頷くと、口を開く。
「限界突破スキルに関しては、我が他のプレイヤーから聞いた話をまとめただけじゃ。実際に、どんな反動なのかはスキルを使っておるユウマ、お主自身がよく分かるじゃろ?」
俺はその言葉に頷いた。
【集中強化】は、考えるに身体の限界を超えて脳への血流を増やし、無理やりに脳をフル稼働させるスキルだ。
その結果引き起こされる反動が頭痛ということだろう。
――このスキル、使い続ければ頭の中で血管が破れるかもな。
自然と至るその考えに、俺は背筋を凍らせた。
「ユウマさん、もうあのスキルを使うのはやめましょう」
ミコトは、クロエの言葉に心配そうな顔となると、俺を見つめてそう言った。
「何かあってからじゃ遅いですよ」
「そりゃあ……そうだけどさ」
俺だって、使わないで済むなら使いたくはない。
けれど、使わなきゃ死ぬかもしれない状況ならば使うしかない。
使わずに死ぬか、使って死ぬかもしれないリスクを背負うかの二択ならば、俺は迷わず後者を選ぶ。
「まあ、発動時間を短くすれば反動も少ないみたいだし。今みたいに長時間発動しなければ大丈夫だろ」
と俺は心配するミコトに笑いかけた。
ミコトはさらに何かを言いたそうだったが、言葉を飲み込むと、
「……分かりました。でも無茶だけはしないでくださいね」
とそう言った。
「お主の様子を見る限り、長時間連続して発動しない限りは大丈夫そうじゃがの」
クロエも俺の様子を見て頷く。
「そもそも。お主、どうやって限界突破スキルを手に入れたのじゃ? あれは、一度でも自力で身体の限界を超えることがスキル入手の条件じゃと聞いておったのじゃが」
「あー……。この世界で目を覚ましてから、死に物狂いで生きてきたからな」
最弱のステータスだったからこそ、生きるために必死に頭を回した。
モンスターとの戦闘のたびに、集中して攻撃を当て、または避けた。
一撃という攻撃の重みが死を招くことを予想していたから。
そうして、繰り返し行った集中力は研ぎ澄まされて、いつしかの戦闘の際に限界を超えたのだろう。




