四日目・夜 廃墟の校舎へ
「――いいや、お主らの戦いはこれで終わりじゃよ」
その声は、夜の暗闇の中から響いた。
この絶望的とも言える状況の中でも、その状況を楽しむかのようなその軽い声に――いや、その声の主に俺たちの口元が自然と緩んだ。
「クロエさん!」
とミコトが声をあげた。
「くくっ、よくもまあ、あれだけの数に囲まれながら生き延びたものじゃ。……じゃが、お主らのおかげで後ろに詰まっていたモンスターは全て処分できた。残りはお主らの周りのモンスターだけじゃよ」
唇の端を吊り上げながら、夜の闇から滲み出るように、その少女は俺たちの前に姿を現した。
別れる前よりも、その顔には疲労の色が浮かんでいたが、それでもまだその表情には余裕がある。
どうやら、クロエは大した怪我もなくモンスターを倒せたらしい。
何事もなく無事なその姿に、俺は安堵の息を吐いた。
そしてふと、クロエの口元が血で濡れていることに気が付いた。
「ああ、これか?」
俺の視線に気が付いて、クロエが笑った。
「【暗闇同化】を使うと腹が減るのじゃ。ちと、戦いながら現地調達したのじゃよ」
クロエは吸血鬼だ。現地調達、という言葉の意味が指すことは一つだろう。
「まあ、気にするでない」
そう言って、クロエは口元に付いた血を手で拭った。
その手にはいつの間に取り出したのか、皮のグローブがはめられていた。グローブの手甲には鉄片が貼り付けられていて、そこにも彼女の口元同様に赤黒い血がこびり付いている。どうやら、そのグローブがクロエの武器らしい。
「クロエ、助かった」
と俺は言った。
「何、お主らが我を信じてくれたから出来たことよ」
クロエはそう俺の言葉に答えると、クククッと喉を鳴らす。
「じゃが、今は感動的な再会に浸っている暇はないぞ。ここの戦闘音を聞いて、周囲のモンスターがまた集まってきたら面倒じゃ」
「そうだな。さっさと校舎に逃げ込もう」
クロエの言葉に俺は頷き返す。
「我が先行してお主らを誘導する。お主らは我の後ろをついてくるのじゃ」
クロエはそう呟くと、腰を落として一気に駆け出した。
クロエは校舎に続く道を切り開くように、立ちふさがるゾンビや食屍鬼を殴り飛ばし、スケルトンを蹴り飛ばし、マミーの身体に掌底を叩き込みながら進んでいく。
俺たちはクロエに吹き飛ばされながらも、なお立ち上がってくる食屍鬼やマミーへとトドメを刺しながら、クロエの後ろを追いかける。
「こっちじゃ!」
とクロエは叫ぶと校門を抜けて、かつて昇降口であっただろう風化した割れたガラスと朽ちた木製の下駄箱が並ぶ場所へと飛び込んだ。
クロエの後に続いて、俺たちは校舎内へと飛び込む。
校舎内を走り抜けながら後ろを振り返る。
すると、そこには俺たちを追いかけてきた食屍鬼とスケルトンドッグの姿が見えた。どうやらゾンビやスケルトン、マミーなどといった動きの遅いモンスターはまだ追いついていないらしい。
校舎に逃げ込んだまでは良いが、このままでは埒が明かない。
どうにかして、こいつらをここで足止めしないと。
「っ、二階に上がれ!」
廊下の先に階段を見付けて、俺はクロエへと声をかけた。
クロエは階段を駆け上がり、二階へと向かう。
俺もクロエに続いたが、踊り場で足を止めると後ろを追いかけてくるミコトに先を譲った。
「ユウマさん!?」
ミコトが驚き、二階に続く階段の途中で足を止めた。
俺は背中のバックパックと、そこに差していた小太刀の鞘を引き抜くと、手に持っていた小太刀を鞘に戻してミコトへと投げた。
「ちょっとそれ持って先に行ってろ!」
「先に行ってろって、ユウマさんは!?」
「すぐに追いつく!」
言って、俺はすぐさま階段の踊り場に膝をついた。
「お主、何を――」
クロエは言いかけた言葉を飲み込んだ。
踊り場に膝をついた俺が、両手を組んで頭上へと振り上げたからだ。
そして、俺の狙いをすぐさま察したのだろう。
一足飛びで踊り場へと降り立つと、俺と同じように踊り場に膝をつく。
「そういうことなら、我も手伝うぞ」
「助かる」
短くお礼を言って、俺は両腕に力を込めた。
ステータスに裏付けされた筋肉が盛り上がり、腕と両肩、背筋が膨らむ。
「いくぞ、せーっの!」
俺の掛け声とともに、俺たちは同じタイミングで両手を床に叩きつけた。衝撃が校舎を揺らし、ただでさえ老朽化していた廃墟の校舎にヒビを入れる。
そのヒビは瞬く間に階段へと広がって、ガラリと崩落する音を響かせながら踊り場は崩れ落ち始めた。
「早く昇るのじゃ!」
素早くクロエは立ち上がると素早い身のこなしで崩れ落ちる階段を駆け上がり二階へと昇った。
「ああ!」
と俺は答えて、立ち上がり足を踏み出す。
その瞬間だった。
崩落する踊り場が一気に崩れ始めて、俺は足を取られて体勢を崩した。
「っ、く、そ!」
慌てて床を蹴って、二階に続く階段へ足を掛ける。
だが、その階段も俺の体重を支えることが出来なかった。
足を乗せて踏み出したその瞬間には、一気にヒビが広がり崩れ始める。
「ぁ――」
と声を出したのは、俺のものか。
もしくはミコトやクロエのものだったかもしれない。
ゆっくりと、自分の身体が傾き崩落する瓦礫とともに宙に投げ出される。
「ユウマさん、早くッ!」
ミコトが悲鳴にも似た叫びをあげて、俺に向けて必死に手を伸ばしてくる。
俺は発動していた【集中強化】の影響で、ゆっくりと流れる時間感覚の中、必死に差し出されるミコトの手へと手を伸ばした。
――けれど、俺の手は彼女の指先にも、二階に続く階段の端にも触れることなく、空を掴む。
「く、そ……」
噛みしめた歯の隙間から、言葉が零れた。
重力に身体が引っ張られて、身体が落下を始める。
それでも必死に俺は手を伸ばす。
何か、なんでもいい。とにかく、掴むんだ!
――その時だった。
腕を引っ張られる感覚と共に、ガクンと落下する俺の身体は止まった。
「ふぃー……。ギリギリじゃったの」
と俺の腕を掴んだクロエが息を漏らす。
だが安心をしたのも束の間のこと。今度は俺の身体を支え切れずに、クロエが体勢を崩した。
「クロエさん!」
慌てて、ミコトはクロエの腰へと抱きつくと、彼女を支えた。
「た、助かったぞミコト!」
クロエは安堵の息を吐き出しながら言った。
「そのまま我を支えていてくれ。おそらくじゃが、お主よりも我の方がSTRは高いじゃろ。我がユウマを引き上げる」
「分かりました!」
「持ち上げるぞ。ミコト、しっかりと支えるのじゃ! せーのっ……ッ!」
クロエは両手で俺の腕を掴むと、俺の身体を持ち上げた。
ゆっくりと身体が持ち上がり、俺は崩れ落ちた階段の端へと手がかかることを確認すると、その手に力を込めて俺自身も自分の身体を持ち上げる。
そうして、俺は校舎二階の廊下へと這いつくばるよう身体を乗せると、すぐさま転がるようにして階段から離れた。
「っ、はぁ、はぁ、はぁ……。すまん、助かった」
廊下の壁に背中を預けて座り込みながら、俺は二人へと感謝の言葉を言う。
同じく、階段から離れて壁に背中を預けて座り込んだ二人も、俺が無事であることを確認するとほっとした表情を見せた。
「危なかったが、これで何とかなったの」
とクロエは崩れ落ちた階段へと目を向けながら言った。
「そう、ですね。これなら、ゾンビや食屍鬼といった、モンスターは、ここには来れないでしょう」
とミコトは乱れた息を整えながら頷く。
「とりあえず、一度休憩しよう。あれだけのモンスターを倒したんだ。確実にレベルも上がってるだろうし、ここで一度ステータスを上げておきたい」
「そうじゃの」
「ですね」
とクロエとミコトは俺の言葉に頷いた。




