四日目・夜 包囲
俺たちは路地を走り抜けて、都道4号線が見えてきたところで左の細い路地へと曲がる。
ひび割れたアスファルトから生えた雑草を踏みしめ、草木に覆われた駐車場に止められた苔生した車の数々を横眼に走り抜けて、雑居ビルの前でたむろしていたスケルトン三匹を俺とクロエが吹き飛ばす。
「――っと、これは……。ちと、マズいの」
しばらく走っていると、そんなセリフとともに先頭を走っていたクロエが足を止めた。
「どうした?」
クロエに追いつき、俺はクロエが見つめる視線の先へと目を向ける。
するとそこは、元は学校だったのか。ひび割れたコンクリートと植物に覆われた建物があった。
三階の一部が崩壊して、瓦礫の山を作っているのが見えるが、それでも中に入れないことはない。
いったい何がマズいのか。
その原因を探ろうと、その学校の入り口へと目を向けて――俺はようやく気が付いた。
そこに居たのは、百を超えるであろう食屍鬼とゾンビの群れだった。
まるで、ホラー映画のワンシーンであるかのように、学校の校舎内から次々と食屍鬼やゾンビが出てきている。
「……クロエ、お前はあの数を相手に出来るか?」
「さすがに我でも無理じゃ」
クロエは静かに首を横に振った。
「あれ、お二人ともどうされたんですか?」
少し遅れて、ようやく俺たちに追いついたミコトが、不思議そうな顔で俺たちの見つめる先へと視線を向けた。
すると、みるみる内にその顔が引きつっていく。
「……あの、まさか。あの群れと戦うつもりですか?」
「いや、俺たち二人でもあれは無理だ」
「それじゃあ、引き返します?」
「――どうやらそれも手遅れのようじゃぞ」
クロエの張りつめたその声に、俺はハッとして背後を振り返った。
すると、そこに居たのはマミーやスケルトンといったモンスターの群れ。数で言えば、やはりそこも百を超えている。
どうやら、通りを走るうちに引き連れていたモンスターがここまでやってきたらしい。
俺たちは、狭い路地の中央で身を寄せ合うようにして固まると、迫りくるモンスターの群れを睨み付けた。
「万事休す、じゃの」
ニヤリと、震える唇に笑みを浮かべながらクロエが言った。
「ユウマよ。お主、この状況から抜け出す何かいい案はないか?」
「…………一つだけ、ある」
俺は小さな声でクロエの言葉に答えた。
だが、その作戦を実行に移すには、まずはクロエを全面的に信用しなくてはならない。
俺たちを裏切らないこと。俺たちを見捨ててコイツがこの状況から逃げない、その信用だけがこの作戦を成功させる鍵となる。
果たして、それをするだけ今のコイツを信じてもいいのだろうか。
「ユウマさん」
名前を呼ばれて、目を向ける。
すると、ミコトが真剣な表情で俺を見つめていた。
「大丈夫ですよ」
ミコトはそう言って、俺を安心させるように笑った。
「信じましょう」
「…………ああ、そうだな」
俺はミコトの言葉に頷きを返す。
俺は信じることにする。
クロエが俺たちを見捨てる悪人ではないことを。
あの時に浮かべた、クロエの無垢な笑顔を。
「――クロエ、聞け」
「なんじゃ?」
迫りくるモンスターを見据えて、クロエが口を開いた。
「この状況を打破するための、作戦が一つだけある。そのためには、お前の力が必要だ」
「だから、なんじゃ。早く言え。モンスターは待ってくれぬぞ」
「お前、【暗闇同化】を使え。俺たちが全力で時間を稼ぐ。その間に、お前は校舎に続く道を開けろ。闇に溶け込めるなら、モンスターを奇襲することも容易いだろ?」
俺の言葉に、クロエの目が大きく見開かれた。
「――お主、正気か? それを使えば、我はお主らを見捨てて逃げるかもしれぬぞ?」
「お前が、それをしないって前提で話してるんだよ。お前が奇襲でモンスターを狩って、道を開ける間、俺たちは絶対に死なないしお前の合図を待ち続ける」
クロエは俺の顔をジッと見て、次いでミコトの顔を見つめた。
それから、ふっと口元を緩めると、
「【身体変化】」
とそう呟き、八歳の姿から十九歳の姿へと身体を変えた。
「よかろう。お主らの命、しかと預かった」
ローブの前ボタンを外しながら、クロエはクククッと喉を鳴らして笑う。
「ならば、我も本気を出すとしよう。【暗闇同化】と合わせるならリーチの長いこの姿じゃ」
ニヤリ、と口元の牙を見せてクロエは笑う。
俺は、そのクロエの笑みに向けて口元を緩ませる。
「頼んだぞ」
「うむ、任せよ。そうじゃな……。五分じゃ。五分あれば、奇襲を繰り返して百匹は沈めて見せよう」
「五分、ですね。分かりました」
ミコトが緊張の面持ちで頷いた。
クロエは、そんなミコトに優しく微笑みかけると、
「お主ら、死ぬでないぞ」
とそう言い残して闇に溶けて消えた。
「……それじゃあ、ミコト。俺たちも本気を出して生き残ろうか」
「ええ。思う存分、暴れてきてください。ユウマさんの背中は、私が守ります」
「ありがとう」
と俺はミコトに笑いかける。
それから視線をモンスターへと向けて、深く息を吸った。
自分の中で、スイッチを入れる。
本気で行う戦闘。今の俺の、全身全霊をかけた五分間。
「【集中強化】」
呟いた途端、集中力がさらに増す。
時間の流れが遅くなり、頭が高速で回転を始める。
「さぁ、いくぞ!!」
俺は力の限り声を上げて吼えた。
どこかにいるであろうクロエに向けて、もしくは傍にいるミコトに向けて。
自分自身に、戦いの合図を知らせるために。




