四日目・夕 種族スキル
「……さて、お主らの質問にさんざん答えたのじゃ。今度は、我がお主らに質問をする手番じゃ」
「先ほども言ったように、俺たちのことを探らなければ、答えられる範囲には答えよう」
と俺はクロエと同盟を組むにあたって、事前に出していた条件を改めて口にした。
「そんなに深入りしたことではないわ」
クロエは俺の言葉に反応すると、鼻を小さく鳴らした。
「確認じゃが、先ほどお主らは天使と人間じゃと言ったな? それは本当か?」
「そうだな」
と俺は頷きを返す。
「嘘はないな?」
「嘘ついてどうするんだよ。正真正銘、人間と」
「天使です」
ミコトが俺の言葉を継いで言った。
クロエは俺たちの顔を見渡すと、小さく息を吐く。
「それが本当なら……。我の吸血鬼も中々に珍しいものじゃと思っておったが、どうやらお主らの方が珍しい種族みたいじゃの」
「それは、どういう意味だ? 天使はともかく、人間は珍しくないだろ」
クロエの言葉に俺は眉根を寄せながら反論する。
クロエはその言葉に首を横に振った。
「人間という種族が珍しいのではなく、今でも生きている人間がいる、ということが珍しいという意味じゃ」
「それは……、あれか。この世界では、人間という種族が弱いから、という意味か?」
新宿で出会った、俺と同じ種族を選んでいた少年のステータス。
そして、俺がこの世界に来た時に目にした自分のステータス。
そのどちらも、ミコトが最初に見せてくれた初期ステータスよりも圧倒的に低い。スキルというものが獲得できない――または獲得しにくい序盤においては、ステータスの高さで生存率が変わる。
スキルさえ獲得出来れば話は別なのだろうが、そもそも、スキルを獲得するためにはより多くのLUKが必要だし、最初のスキルに効果が付与されるのだってストーリークエストを一度はクリアする必要があるのだ。
何にせよ、モンスターと戦う必要が出てくる。
この世界は、ステータスの低い人間がモンスターと戦って、その全員が生き残れるほど甘くはない。
「お主自身が人間という種族なら痛いほど分かると思うが、この世界で人間種族を選んだプレイヤーは、言ってしまえばゲーム難易度ベリーハードを自ら選択して命懸けでゲームしとるようなもんじゃよ。そんな状況で、普通ならば五体満足で生きているはずがない」
クロエはそう言うと、俺の目をジッと見つめてきた。
そして、俺のことを探るように、俺の秘密を暴くきっかけを掴むように、その言葉を口にする。
「お主、どうやって人間ながらにこの世界で生きておる?」
俺はクロエの目を正面から見つめた。
コイツは、おそらくだが何かしら気付いている。
クロエは俺たちと同じ日にこの世界へとやってきたプレイヤーだ。俺たちとは違い、この世界で目覚めた位置にも恵まれていたようで、これまで多くのプレイヤーとも接触している。その過程で、俺たち以上のこの世界に関する情報を得てきたのだろう。
だから、クロエは確固とした自信があるのだ。
ただの人間種族が、この世界で四日も生き残れるはずがない、と。
「ノーコメントだ」
と俺は言った。
「俺たちを探らない。それはお前と同盟を組むにあたって俺たちが出した条件の一つだろう?」
クロエは俺の言葉に、クククッと喉を鳴らして笑った。
「まあ、よい。人間の種族スキルが、そのステータスを上回るぐらいよほど優れておるのじゃろうな」
とそう呟くと勝手に納得していた。
「種族スキルって何ですか?」
ミコトが、クロエの呟きに反応して首を傾げた。
クロエは小さく目を見開くとミコトの顔を見つめる。
「なんじゃ、知らんのか?」
そう言って、今度は俺の顔を見た。
どうやら確認の意味を含めて俺に聞いてきたらしい。
俺は首を横にふる。
「知らん。種族スキルってのは、あれか? 最初から種族ごとに与えられたスキルのことか?」
「まあ、それも種族スキルの一つじゃが。我が言っとる種族スキルとは、また別じゃ。我の言っとる種族スキルは、その種族でしか獲得できないスキルのことを言っとる」
「種族でしか獲得できないスキル……」
俺はクロエの言葉を繰り返した。
クロエは俺の言葉に頷きを返してくる。
「そうじゃ。例えば、我の【身体変化】じゃが、これは吸血鬼の伝承である『狼や蝙蝠に姿を変えることが出来る』といったものがスキルになったものじゃ。スキルの効果はもう教えてるが、簡単に言ってしまえば、このスキルは我の身体を変えることが出来るスキルじゃ」
クロエはそう言うと、おもむろに立ち上がった。
それから、俺たちを見渡すとニヤリと唇の端を吊り上げて笑う。
「――こんな風にの。【身体変化】」
クロエがそのスキルの名前を告げた途端、クロエの身体がみるみる内に小さくなっていった。
すらりとした手足は短くなり、豊満だった胸はみるみる内に萎んでいく。大人の女性だった顔つきはあどけなさが残る顔へと変化する。
「どうじゃ、可愛らしいじゃろ」
そして、あっという間に八歳の姿へと変わったクロエは、先ほどと同じように唇の端を吊り上げた笑みを浮かべた。
「今の我に欲情するでないぞ?」
「俺はロリコンじゃねぇよ! いいから前閉じろ」
開かれたローブの胸元から見えていた豊満なその胸も、八歳ともなればただのまな板だ。
一気に緩くなったローブがクロエの肩までずり下がり、慌ててクロエはずり落ちたローブを引き上げた。
「……この姿になると、途端にローブが緩くなって困る。かといって、大人の姿ならこのローブは小さいし」
ぶつぶつと文句を口にしながら、クロエは外していたローブの前ボタンを閉じた。
クロエは身だしなみを整え、ぺたんと地面に座ると小さな指を一つ立てた。
「これが種族スキルじゃ。分かりやすく言い方を変えるならば『種族ごとの固有スキル』とでも呼べば良いかの」
「固有スキル、か。それなら、俺がどんなに頑張ってもそのスキルを手に入れることは――」
「無理じゃろうな」
とクロエはあっさりと言った。
「人間が姿を変えた、なんて話は有史の中でも聞いたことがない。姿を変えた、なんて話があったとしても、それは全て物語の中での話じゃ」
「それじゃあ、俺の種族スキルは?」
「我が知るはずがなかろう」
クロエはそう言って呆れた視線を俺に向けた。
「そもそも、種族スキルを獲得するタイミングだって謎なのじゃ。ただ、分かっておるのは何かしらの条件を満たした際に得られるもの、ということだけじゃ。我のスキルだって、この世界に来て、モンスターを倒していたら突然アナウンスが流れて与えられたものじゃし」
「……アナウンスが流れて、与えられた?」
その言葉に、俺は一つだけ心当たりがあった。
【曙光】スキル。
俺が種族内における初討伐ボーナスとして与えられたスキルだ。
おそらくだが、これがクロエの言う種族スキルに値するのだろう。
「クロエは他に何か持っているのか?」
と俺は聞いてみた。
「あと、我が持っておる種族スキルは、自分の身体を闇に溶け込ませることが出来る【暗闇同化】というスキルじゃな」
そう呟くと、クロエの姿が闇に溶け込むように消えた。
「なッ!?」
「えっ! 消えた!?」
俺とミコトが、その光景にそれぞれ驚きの声を出す。
すると、暗闇の中からクククッと笑う声が聞こえたかと思うと、クロエの姿がまた暗闇の中から溶け出すように現れた。
「――っと、まあ、こういうスキルじゃな。暗闇さえあればいつでも姿を消すことが出来るし、暗闇が続いていれば消えたままでの暗闇の中を移動することも出来る」
「……じゃあ、夜に使えば」
「姿を消したまま、誰にも見つかることなく移動が出来るということじゃな」
クロエはそう言うとニヤリとした笑みを浮かべた。
「滅茶苦茶強力なスキルじゃねぇか」
と俺は呆れた視線をクロエに向けた。
クロエが言っていることはつまり、夜であればいつでも奇襲が出来るというものだ。さらに言えば、夜ならばどんな状況だろうと逃げることが可能だということ。
コイツ、それだけ強力なスキルを持っておきながら、どうして俺たちの力が必要なんだ?
そんな思いが顔に出ていたのだろう。
クロエが俺の顔を見ると、困ったように眉根に皺を寄せた。
「確かに、これは強力じゃ。じゃがの、強力なスキルにはそれ相応のデメリットが存在しておる」
「デメリット?」
「そうじゃ。【暗闇同化】のデメリットは『スキルの所持者は太陽の光に当たることでHPダメージを生じる』というもの」
そう言うと、クロエは視線を動かした。
その視線の先には、瓦礫に覆われた窓がある。
瓦礫の間から差し込む日は長くなってきていて、この部屋の薄暗闇に僅かな茜色が差していた。
クロエは、その光から逃げるように腰を浮かせると部屋の隅へと移動した。
「……種族スキルはどれも強力じゃ。じゃが、そのスキルを取得すればするだけ、身体はその種族の特徴を強く引き継いでいく。【暗闇同化】を取得したことで我は太陽から嫌われ、【身体変化】を取得したことで我は定期的に血を飲まねばならぬ身体となってしまった。今飲んでおるのはそこらのモンスターの血液じゃが、これが伝承通り人間の血液を飲むしかなくなるのであれば、いよいよもって我も化け物と等しくなるの」
クロエは自虐的な笑みを口元に浮かべた。
「種族スキルがあったことで、我は今まで生き残ってきたが、そのスキルゆえに我は吸血鬼に近づいておるのじゃよ」
そう言うと、クロエはミコトの顔を見つめた。
「ミコトよ。身体的な特徴は何がある?」
「天使は背中に翼が生えるみたいです」
とミコトはそう言って、身に着けていたローブを脱いだ。
途端に、ミコトの背中の翼からぼんやりとした光が薄暗い室内に灯る。
その光で、ミコトはようやくクロエの顔をはっきりとみることが出来たようで、
「うわー、めっちゃ可愛い! 何ですかあの子」
と傍にいる俺にしか聞こえないような小さな声で感想を漏らしていた。
「ふむ、他に出来ることは何があるんじゃ?」
とクロエはミコトに問いかけた。
ミコトは首を横に振る。
「他には何もできませんよ。私の種族は、背中に日夜問わず光る翼が生える、ただそれだけの種族です」
「……ということは、お主はまだ種族スキルを持っていないのじゃな」
クロエはそう言うと、真剣な表情となってミコトを見つめた。
「ミコトよ。我の知っている限り、天使の種族はお主が初めてじゃ。ゆえに、どんな種族スキルがあるのかは分からん。……じゃが、そのスキルを身に付けた数だけ、お主は本当の意味で天使へと近づいていく。それを覚えておけ」
「天使に、近づく……」
ミコトはクロエの言葉を繰り返すと、思いつめるように顔を伏せた。
この世界で天使となって、ミコトは今でさえ睡眠欲や食欲が薄いのだ。もし、これでクロエの言う種族スキルを取得してしまえば、おそらくだがきっと、ミコトは睡眠も食事も必要のない身体となってしまうのだろう。
「この世界で選んだ種族に身体が近づいたとして、それを元に戻すことは出来ないのか?」
と俺はクロエに聞いた。
クロエは首を横に振る。
「それこそ、ゲームをクリアして元の世界に戻った時だけじゃろうな」
それはつまり、この世界で生きている限りは、選んだ種族の特徴に従うしかないということ。
今はまだいい。だが、この世界が何カ月、何年も続いた果てに元の世界に戻れたとしたらどうだ。
その時、ミコトは素直に夜になれば寝て、三食しっかりと食べることが出来るか?
クロエは血を飲むことなく、太陽を恐れずに街を歩けるか?
……それは、この世界で過ごす時間が長ければ長いほど、この世界に慣れれば慣れるほど難しくなるだろう。
簡単に言ってしまえば、時限制限付きのようなものだ。
身体が、心が、この世界での種族と生活になれるまでに、俺たちは何としてでもこの世界から抜け出すしかない。




