四日目・夕 クエストの開始条件
同盟を結んだ俺たちは、クロエの発した、
「手を組むならそろそろお主らの素性ぐらいは知りたいのじゃが」
という言葉を皮切りに簡単な自己紹介をする流れとなった。
確かに、クロエを警戒していた俺たちは、これまで名前どころか種族さえも明かしていない。
それではこれから先、特に戦闘中に不便だろうと俺たちは必要最低限の素性を明かすことにした。
「私は柊ミコトです」
とミコトが先陣を切ってクロエに素性を明かす。
「ミコトじゃな。よろしく頼むぞ。して、お主の種族は?」
クロエの言葉に、ミコトが確認をするように俺の顔を見た。
俺はミコトに頷きを返す。
すると、ミコトは小さく頷いて再び口を開いた。
「天使、です」
「……ほぅ? 天使、とな」
クロエはミコトの種族を聞いて、小さく目を見開いた。
「天使の種族は初めて聞いたの。それがどんな種族なのか、いろいろと聞きたいが……。これはお主が付きつけた条件に反するのじゃろ?」
クロエはそう言って、俺の方へと目を向けてきた。
俺は無言で頷きを返す。
クロエは、
「まあ、じゃろうな」
と小さく笑うと、また別の質問をミコトに投げかけた。
「お主、歳は我より下であろう? 日本の学生か?」
「高校生でした」
「おおっ! JKというやつじゃな!!」
クロエはミコトを見て目を輝かせる。
「我、日本の生JKと一度話してみたかったのじゃ!! くぅ~、たまらんのぅ!」
まるで、人生の目的を一つ、達成したとでも言いかねないほど感激していた。
あまりの感激っぷりに、当の本人――日本の生JKことミコトは、クロエを見て頬を引きつらせている。
というか、急にテンションが上がったクロエを見て、俺も軽くドン引いた。
なんだ、コイツ……。
「そ、それじゃあ、次はユウマさんです」
とクロエの興味を逸らすように、俺へと話題を振ってきた。
目を向けると、助けてくれと言わんばかりに懇願した目を向けられる。
俺はその顔に思わず小さく笑うと、助け船を出すべく口を開いた。
「古賀ユウマだ。この世界での種族は、人間だ」
俺の言葉を聞いた途端、クロエはその表情を固まらせた。
「…………ほう」
それから、間が開いてそう呟く。
「お主、人間か。……まあ、よい」
何を考えているのか。口元に薄い笑みを浮かべてクロエはそう言った。
「ユウマじゃな。よろしく頼むぞ。我は――って、名前も種族もさっきも言ったな。……ふむ、まあ我のことを未だにお主らは信用していないようじゃし、ここは我からお主らの質問に答えていくとしよう。さあ、なんでも聞くがよいぞ」
とクロエは言った。
俺とミコトは顔を見合わせる。
ミコトは俺に任せる、とでも言いたそうに、俺の目を見据えると小さな頷きを返してきた。
俺はクロエに顔を向けると、口を開いた。
「まずはクロエ、お前がこの世界に来たのは四日前ということで間違いないな?」
クロエは俺の言葉にこくりと首を縦に振る。
「ああ、間違いはない。我は――まあ、見た目で分かると思うが、日本人ではない。ドイツ人じゃ。日本には旅行で来とったんじゃが、四日前に旅先の日本でゲームを始めての。……それが、トワイライト・ゲームだったというわけじゃ」
「ドイツ人! 日本語がすごく上手ですね!! 流暢だし、まったく違和感がないです」
ミコトが驚きで声を上げる。
「口調が変だけどな」
と俺はこれまでずっと思っていたことを口にする。
「それは、我が日本語を学んだ相手がアニメのキャラじゃからな。キャラの口調が、こんな口調だったんじゃよ。日本人はみんなこんな口調かと思って旅行に来たら、驚いたわ」
とクロエは喉をクククッと鳴らして笑った。
「学ぶ相手が悪すぎるだろ!」
俺は思わずツッコミを入れた。
アニメキャラの口調なんて、実際に居るはずがない口調が多い。
現実で「ですわ!」とか言ってるやつが居たら普通にビックリする。
アニメで日本語なんて学べるはずがない。
「でも、アニメとかを見て、日本語を勉強する外国人は多いらしいですよ?」
とミコトがフォローを入れた。
……えっ、そうなんだ。知らなかった。
現地にある日本語学校とかに通って日本語を覚えるだけだと思っていたが、どうやら違うらしい。
そして、それはクロエにとっても当たり前のことだったようで、
「まあ、我の周りでもアニメから日本語を勉強するきっかけになった友人は多いな」
と言っていた。
「我は昔から大のアニメ好きでの。日本のアニメは、だいたいが高校を舞台にしていることが多いじゃろ? じゃから、我はいつかアニメで勉強した日本語で、日本の高校生と会話をすることが夢だったのじゃ!!」
あー……、なるほど。だから、さっきミコトのことを聞いてテンションが上がっていたわけだ。
クロエは十九歳だと言っていたし、日本の同年代の人と話したかった、ということだろう。
「高校生と話しをしたいなら、もっと口調をどうにかしろよ。そんな口調で話す高校生なんか、今どきいないだろ」
と俺はクロエに向けて言った。
クロエは小さくを鼻を鳴らして答える。
「これは、我の日本語の師匠の口調じゃ。今さらこれを変えるつもりもない! それに言葉なんぞ、相手にきっちりと自分の考えが伝われば、些細な問題にすぎん」
まあ、確かにそうだ。現に、俺たちは今こうして会話が出来ている。
それに、アニメだけで日本語がここまで流暢に話せるようになれば大したものだ。
相当な練習をして、コイツはドイツから日本へと来たに違いない。
「……それもそうだな。すまん」
と俺はクロエに頭を下げた。
「なんじゃ、急に。別に気にしておらぬし、構わんよ」
とクロエは唇の端を吊り上げた。
脱線した話を戻すことにする。
「あー、そうだ。クロエ、お前は誰か――俺たち以外のプレイヤーにこれまで出会ったか?」
「そうじゃの。モンスターに殺され、死体となったプレイヤーも含むのであれば……。百名ぐらいか、この世界で出会ったプレイヤーは」
「そ、そんなに……」
とミコトがクロエの言葉に驚きの声を出した。
「……思ったよりも、プレイヤーは多いんだな」
と俺は言った。
クロエは頷きを返してくる。
「そりゃ、トワイライト・ワールドのゲームを始めた人間が、そのままこの世界に来とるからの。百名どころか、もっとこの世界にはプレイヤーがいるはずじゃ。……ただ、四日目の今、生きとるプレイヤーがどれほどなのかは知らんがの」
そう言うとクロエはニヤリと笑った。
「大抵のプレイヤーは一日目、もしくは最初のストーリークエストをクリア出来ていないはずじゃよ」
「どういうことだ?」
「……それだけ、ストーリークエストの難易度が高いということじゃよ。お主ら、ストーリークエストは今回が初めてか?」
その言葉に、俺とミコトは揃って首を横に振る。
「吉祥寺で最初のストーリークエストをクリアしている。今回は二回目だ」
と俺は答えた。
「それなら、もう分かるじゃろ。ストーリークエストの討伐対象となるモンスターはそこらのモンスターよりも強い。それこそ、同じストーリークエストを受けているプレイヤー数人がかりで挑んでようやく倒せるレベルじゃ」
言われて俺はホブゴブリンを思い出した。
確かに、クロエの言う通りだ。ホブゴブリンは、あの時点で出会うモンスターにしては格が違いすぎた。俺は【曙光】のおかげでステータスが伸びていたから、何とか一人でも勝てたが、俺のようにチートスキルを持たないプレイヤーがもし一人で挑んでいたとしたら、あの時点でそのプレイヤーは死ぬだろう。
「ストーリークエストの討伐対象と言ったな。ストーリークエストは全てモンスターの討伐で間違いないのか?」
俺の言葉にクロエは頷いた。
「ああ、そうじゃ。少なくとも、我がクリアしたストーリークエストは全てモンスターの討伐じゃったよ」
「お前、ストーリークエストを何度クリアしてるんだ?」
「お主らと同じ、一回じゃよ」
とクロエは答えた。
「ここ、新宿で最初に受けたストーリークエストをクリアしておる」
「ちょっと待ってください! クロエさんは、今回も新宿でストーリークエストを受けてるんですよね? ということは、新宿でもう一度ストーリークエストが発生したってことですか?」
ミコトがクロエに質問を投げかけた。
「そうじゃ。ストーリークエストは同じ場所で、何度も発生することがあり得る。我が思うに、ストーリークエストはその場所を占拠しとるいわゆるボスモンスターが討伐されるまで発生されとるんじゃないかと思っとる」
「そんなことがあり得るのか?」
俺は眉をひそめた。
もし、その場所のボスモンスターが討伐されるまでストーリークエストが発生するのだとしたら、ここ新宿にはクロエが倒したモンスターの他に、さらにもう一匹、ボスモンスターが存在しているということになる。
「トワイライト・ワールドのクリアが〝すべてのボスモンスターの討伐〟じゃったらあり得るじゃろ」
とクロエは小さく笑う。
「お主らは、このゲームを終わらせるにはどうすればいいと考えとる?」
「ストーリークエストの全クリアだ。それが、この世界を抜け出す条件だと考えていた」
クロエは俺の言葉に満足そうに頷いた。
「すべてのボスモンスターを討伐すれば、必然的にストーリークエストは全クリアになるじゃろう。……うむ。お主らと同じ考えで、ちと安心したわ」
とクロエは小さく笑った。
自分なりに仮説を立てていたとしても、それが正解かどうかは分からない。
ゆえに、常にその仮説には不安が付き纏うものだ。
しかし、その仮説を自分以外の誰かが持っていた時、その不安は安堵に変わる。
クロエが安堵したように、俺もまたクロエの考えを聞いて安堵したのも事実だ。
ストーリークエストをクリアしていけば、この世界から抜け出せると考えていたのは俺だけじゃなかった。そのことが分かっただけでも収穫は大きい。
「ストーリークエストのことはだいたい分かった」
と俺はクロエに向けて言った。
「それじゃあ、これからのことを話そうか――。と、言いたいところなんだが、ちょっと問題があってな」
クロエが小首を傾げた。
「問題?」
俺はクロエに頷く。
「俺たちはストーリークエストを受けてはいるが、まだ開始されていないんだよ。だから、まずはストーリークエストを開始させなければいけない」
俺とミコトのスマホは、未だに沈黙したままだ。
クリアを目指そうにも、クエスト自体が開始されてなければクリアすることも出来ない。
「クロエさんは、『極夜の夜』っていう私たちと同じストーリークエストが開始されてるんですよね? 開始をされるのに、何か条件とかありました?」
とミコトが俺の言葉を引き継ぐように、クロエに問いかけた。
クロエは「ふむ」と小さく頷くと、
「お主ら、新宿には来たばかりか? 新宿で夜を迎えたことは?」
と聞いてきた。
俺たちはそろって首を横に振る。
「それなら……。これからじゃな。夜になれば、嫌でも始まるじゃろ」
クロエはそう言うと、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「夜になれば、始まる?」
どういう意味だ。
俺はスマホを取り出して時間を見た。
今は午後4時03分。日の入りまで、残り二時間ほどだ。
「新宿で夜を迎えること。それが、ストーリークエストが始まる条件なのか?」
「そうじゃ、何せ『極夜の街』じゃ。このストーリークエストは、夜限定のストーリークエストじゃよ」
なるほど。場所だけでなく時間も、ストーリークエストの開始条件には含まれているのか。
「だったら、このまま夜を待てば……」
とミコトが言った。
「うむ、我と同じように、ストーリークエストが開始されるはずじゃよ」
とクロエはそう言ってニヤリと唇の端を吊り上げる。




