四日目・昼 共闘、そして……
「肉ダァ!」
涎を垂らし、目を血走らせてその食屍鬼は俺たちに突っ込んでくると、一番近くにいたミコトに向けて拳を振った。
「ミコト!」
咄嗟に、俺はミコトと男の食屍鬼の間に身体を滑り込ませる。
食屍鬼が振るった拳を、俺は腕を交差させて受け止めた。
骨にまで響く衝撃に、腕がじんじんと痺れる。
「ユウマさん!」
ミコトがすかさず、その手に持った槍を男の食屍鬼へと振う。
「オ前ノ相手ハ私ダ」
だが振るわれたその槍を、今度は暗闇から出てきた別の手が掴み、押さえつけた。
女の食屍鬼だ。その後ろには残りの男食屍鬼がいて、女食屍鬼の横を通り抜けると槍を抑えられ身動きの取れないミコトへと迫った。
「くっそ!」
慌てて、ミコトのフォローに入るべく身体を動かすと、俺の行く手を遮るように最初に飛び出してきた食屍鬼が俺の前に立ちはだかった。
「ドコヘ行ク」
「邪魔、だぁ!!」
すぐさま【集中強化】を発動させて、俺は食屍鬼の細かな身体の動きや視線から次の動きを予測する。
予測した動きに合わせて小太刀を切り払うと、食屍鬼の男の身体はまるで自分から吸い込まれるように銀閃の軌道の中へと身体を入れた。
「グアァッ」
右の肩口から左脇へと一直線に斬られた食屍鬼が痛みで声を漏らす。
俺は、すかさず追撃で蹴りを放ち、食屍鬼の男を高架橋の壁に叩きつけた。
ミコトへと急いで目を向ける。
飛び出してきた男食屍鬼とミコトの距離は、もはや一メートルもなかった。
ミコトの首を刈り取るように、男食屍鬼が腰を回してハイキックを放つ。
眼前に迫るその蹴りに、ミコトの瞳孔が大きく開かれた。
「ミコト! 【遅延】だ!!」
叫びながら、俺は身体を反転させて地面を蹴る。
「――――」
俺の声に反応したミコトが、口を開く。
だが、その言葉が出るよりも先に食屍鬼が放った蹴りが到達するほうが早い。
そんな結論を、俺の【視覚強化】によって得たその光景に、【集中強化】で高速回転する俺の脳は結論を下した。
――もう間に合わない!
いや、それでも! 全力で駆け付けろ!
その少女は――俺が助けると約束をした女の子だぞ!!
「お主ら、我を忘れてないか?」
その瞬間だった。
その声が聞こえたと同時に、ミコトに迫っていた男の食屍鬼は、まるで車にぶつかられたかのように吹き飛び、地面を転がった。
「ぇ……」
ミコトが呆けた声を出す。
ミコトからすれば、突如男の食屍鬼が吹き飛んだように見えたに違いない。
だが、俺にはその直前の光景がはっきりと目に見えていた。
ミコトに迫る男の食屍鬼を吹き飛ばしたのは、ローブの少女が放った掌底による攻撃だった。
凄まじい速度でミコトの傍に近寄ると、腰だめに構えていた掌底を食屍鬼に向けて叩き込んだのだ。
瞬間、小さなその身体のどこにそんな力があったのか。掌底を叩きこまれた食屍鬼の男は身体をくの字に折り曲げて吹き飛んでいた。
その一撃は、今の俺が全力で放つどの攻撃よりも重い一撃。
ありえないその攻撃に、俺もミコトと同じ様に言葉を失って呆けてしまう。
「これ、戦闘中に隙を晒すやつがいるか」
ローブの少女が呆れたように俺たちに声をかけてきた。
「ッ!」
ハッとして、俺はミコトの槍を掴む女の食屍鬼に向けて駆け寄ると、その手を斬り飛ばすべく小太刀を振う。
「グッ、ガ、アッ」
女の腕が斬り落ちて、血が噴き出す。
俺はその血を、ステップを踏んで避けると、すかさずミコトに声をかけた。
「ミコト、5秒だ!!」
「っ、はい! ――【遅延】5秒!」
途端に、女食屍鬼の動きが目に見えて遅くなった。
全身に重りでも抱えたかのように、ぎこちなく動き始める女の食屍鬼に向けて俺は再度接近する。
「これで、終わりだ!」
吐き出すようにその言葉を言って、俺は手に持つ小太刀をまっすぐにその首へと振るった。
「舐メ、ルナ」
【遅延】に抗うように顔を歪めながら、俺の振った小太刀がその首へと到達するよりも早く、女の食屍鬼は小太刀の軌道上に残った腕を掲げて首を守った。
小太刀は女の掲げた残りの腕を切り落とし、首筋へと刃を沈み込ませる。
だが、女の首を三分の一まで切り裂くとその勢いを失くし、首を落とせずに刃は動きを止めた。
「ちっ!」
舌打ちをして、俺は小太刀を素早く引き抜く。
その瞬間、盛大に女食屍鬼の首から血が噴き出してアスファルトの地面を赤く染め上げた。
食屍鬼の女はよろよろと身体をふらつかせると、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「マダマダ、ダ」
「それは、どうでしょうか!」
女の食屍鬼の言葉に、ミコトが答えた。
地面を舐めるように、小さな身体を屈めて女の食屍鬼へと近づくと、ミコトは下から突き上げるように直槍を突き出した。
「ガッ」
ミコトの突き出した槍は、女食屍鬼の顎下から後頭部までを貫通した。
女の口から血がごぽりと零れる。
それから、目をぐるりと白くさせると女の食屍鬼は地面へと倒れた。
色を失い、消えていく食屍鬼の女を確認すると、ミコトが槍を払いながら立ち上がる。
俺は女の食屍鬼の息の根が止まったことを確認すると、残った二人の男の食屍鬼へと素早く目を向けた。
一人は、最初に飛びだしてきた食屍鬼。肩口から俺に切り裂かれ、さらには壁に叩きつけられたが未だに致命傷を与えられていない。壁に叩きつけられた衝撃から立ち直ったのか、よろよろと立ち上がるところだった。
もう一人は、ローブの少女が一撃を与えた食屍鬼。こいつは、その一撃が大きかったのか未だ衝撃から回復することが出来ず、地面から立ち上がることが出来ていない。今ならば確実に息の根を止めることが出来るだろう。
数瞬ほど悩み、俺はどちらに向かうか結論を出す。
「それなら、俺はこっちだ!」
言って、俺は最初に相対していた食屍鬼へとダッシュした。
瞬く間に距離を詰めてくる俺に、立ち上がった食屍鬼が忌々しそうに俺を睨み付けてくる。
「コイツ、ヨクモ!」
舌打ち混じりに食屍鬼はそう言うと、腰だめに拳を構えた。
目を細めて、ソイツは俺の動きを観察してくる。
「――ココダ!」
そして、俺が食屍鬼の男の間合いに足を踏み入れた瞬間、男は狙いを定めたように拳を突き出した。
風を切りながら拳が俺の顔へと迫る。
だが、その拳は俺の【視覚強化】と【集中強化】の前では遅い。
俺は拳を見切り、軽く顔を傾けてその拳が顔に届く寸前で避ける。
頬に拳が擦れるが、俺はその痛みを無視して手に持った小太刀を力強く握りしめた。
「ぉおおおおおおおおお!!」
腕が筋肉で膨れて、肩が隆起する。
腕を鞭のようにしならせて、小太刀をまっすぐに横薙ぎに振り払った。
肉を絶ち、骨を断つ感覚。
間違いのない手ごたえを感じると同時に、食屍鬼の男の身体は上半身と下半身でパックリと割れた。
「ァ?」
と声を出したのは食屍鬼の男のものだった。
目が動き、呆然と斬り別れた自分の下半身へと目を向ける。
「ク、ソ、ガ……」
恨めしそうに俺の顔を睨み付けて、食屍鬼の男の瞳から光が消える。
ドサドサッと分かれた上半身と下半身が地面に落ちて、その身体は色を失った。
「残り一人」
俺は残りの食屍鬼の男へと振り返る。
残りの男には、もうすでにミコトが向かっていた。
ローブの少女はいつの間に移動していたのか、壁際で最後の戦いを見守っている。
ミコトは未だに倒れたままの男に近づくと、その手に持つ直槍の穂先を下に向けて、構えた。
「終わりです」
ミコトはそう呟くと、無表情のまま槍を突き下ろした。
――ゴッ。
と槍が骨を貫通する音が響く。
倒れていた食屍鬼の男は一度身体をびくんと震わせると、やがて色を失い消えた。
「ふーー………」
槍を振り下ろしたミコトが、食屍鬼との戦闘の終了を確認して長い息を吐き出した。
俺も発動していた【集中強化】スキルを解除する。その瞬間、スキルの反動で激しい頭痛が襲ってくる。
「っ!」
頭痛に顔を歪めて、痛みが治まるを待つ。
数秒ほどじっとしていると、落ち着いた頭の痛みに俺は息を吐いた。
それから俺はミコトに近づいて、労うように肩を叩く。
「お疲れ」
「ありがとうございます」
ミコトは小さく笑った。
「でも、まだ全部が終わったわけではありません」
そう言って、ミコトは視線を動かした。
その視線の先には、ひび割れたコンクリートの壁に背を預けたローブの少女がいる。
ミコトの言葉に頷きを返すと、俺はミコトと同じ方向へと目を向けた。
「お前、何者だ?」
再度、俺はソイツに問いかけた。
「不躾な奴じゃの。まずはお礼を言うべきと違うか?」
小さく鼻を鳴らすと、その少女はそう言った。
「お礼? 恨みじゃなくてか?」
「お礼じゃろ。我が居なければ、そこの娘は確実にやられとったぞ」
そう口にすると、その少女はミコトを顎で指し示した。
――どの口がそんなことを!
そんな思いが胸をざわつかせるが、すぐに冷静になって息を吐く。
形がどうであれ、助けられたのは事実だ。
「……さっきは助かった。ありがとう」
と俺は頭を下げる。
「うむ、感謝するがいい」
と少女は大仰に頷いた。
「我が居なければ、お主らは無事に勝つことが出来なかっただろうからな!」
その言葉に、俺はのこめかみがピクリと動く。
俺たちに突然声をかけてきて、なおかつ小声で話す配慮もせず、食屍鬼を呼び寄せておいて、この言い方……。
「ミコト、コイツは敵だよな? 斬っていいよな?」
俺は小太刀の切っ先をソイツへと向けた。
ミコトが慌てて俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっとユウマさん! 落ち着いてください!! あの子、めっちゃ強いんですよ!?」
ミコトに言われて、俺はその少女が食屍鬼を一撃で吹き飛ばしたことを思い出す。
確かに、コイツは俺たちよりも強い。
モンスターであれば、確実に格上の相手だ。
けれど、不思議なことに。コイツは、俺たちよりも明らかに強いにも関わらず、格上のモンスターと対峙した時に感じる悪寒や恐怖といった感覚がまったく湧いてこないのだ。
……もしかして、コイツはモンスターじゃないのか?
「お前、何者だ」
三度目となる問いかけを、俺はソイツに向けて放った。
ソイツは喉を鳴らしてクククッと笑うと、
「言ったじゃろう。お主らと同じ、じゃと」
そう言ってローブの中へと手を突っ込むと、俺たちにとって見慣れたそれを取り出した。
「――――っ」
ソイツが取り出したものを見て、ミコトが言葉を失い、息を飲むのが分かった。
「それ、は……」
対する俺も、予想外のその光景に言葉が震える。
「くははっ! なかなかいい表情をするな!」
と驚き固まる俺たちに、ローブの少女はまた笑った。
だが、俺たちはその言葉を返すことが出来ない。
ソイツが掲げたそれが、どんな意味を示すのかが分かったからだ。
「我もまた、この世界におけるプレイヤーじゃよ」
とソイツは、取り出したそれ――スマホを掲げてまた笑った。




