四日目・昼 出会い
再びユウマ視点から始まります。
大久保通りを道なりに足を進めていると、崩落し瓦礫となった鉄の高架橋が見えてくる。
それは、かつて中央線が通っていた高架橋だ。
大久保駅の入り口はその高架橋の下にある……はずだった。
「見事に埋もれてますね」
とミコトが目の前に広がる惨状に声を漏らす。
「だな。これじゃあ、向こう側に行くのも苦労しそうだ」
と俺は瓦礫の山を見てため息を吐き出した。
大久保通りをこのまま進めば新大久保駅に辿り着く。
だが、その道も今や瓦礫で閉ざされていた。
一応、瓦礫を乗り越えれば進めないこともないが……。
「どうする?」
俺はミコトに問いかけた。
「そうですね」
とミコトが周囲を見渡す。
「とりあえず、ここを進むのはどうでしょう?」
そう言って、ミコトが指さしたのは大久保通りから南にコンクリートの壁が続く路地だった。
「確か、ここを進めば大久保駅の南口に着くはずです。そこからさらに南に進めば新宿駅に到着します。吉祥寺の時は、駅に着いた瞬間にストーリークエストが始まったことを考えても、一度新宿駅に向かってみても良いのかな、と」
「なるほど」
確かにミコトの言う通り、新宿駅に行ってみるのも悪くない。ストーリークエストが開始されない以上、一度足を運んでおくべきだ。
俺はミコトの案を採用した。
俺たちは、ヒビ割れて苔生したコンクリートの壁を左に見ながら路地を進む。
ほどなくして、大久保駅の南口が見えてきた。
壁全体にヒビが入っているが、ここは高架橋の崩落が進んでいないのか、入り口は瓦礫に埋もれていない。
入り口から駅の構内を覗き込むと、電灯が消えたそこは昼間だというのに真っ暗だった。
「モンスターは……いなさそうだな」
【夜目】を駆使して俺は入り口から中を覗き込む。
地面のアスファルトがところどころ剥がれて、日の光が当たらないにも関わらずところどころ草が伸びているということ以外は、かつての大久保駅のように思える。
「行きますか?」
と俺と同じ様に入り口から中を覗き込んだミコトが言った。
俺は数秒ほど逡巡する。
大久保駅は、改札を抜ければすぐに階段があって、そこを昇ればホームになる狭い駅だ。
探索をしたところで何かを発見することはないだろう。
だが、新宿駅に行くとしたらホームから線路に降りて、線路を歩いた方が確実に早い。
もちろん、その線路が途中で崩壊していないという保証はどこにもないわけだが……。
「行こう」
と俺は決断を下した。
路地や通りを進むより、新宿駅に行くなら線路を進んだ方が歩みは早い。
それに、ある意味開けた線路を進んだ方が、モンスターの奇襲を受ける危険は少なくなる。
たとえ途中で高架橋が崩落し、線路が途絶えていたとしても、瓦礫や廃墟ビルの多い通りを進むよりかは安全だろう。
暗闇でも問題なく目が見える俺を先頭に、俺たちは大久保駅の中へと足を踏み入れた。
役目の果たさない改札口を抜けて、階段を上る。
すると錆が浮いてところどころ穴の開いた鉄柱と、それに支えられた――鉄柱と同じ様に錆が浮き穴の開いた鉄骨の屋根が見えてくる。
南北に伸びたコンクリートで作られたホームは、ところどころ崩壊し線路に瓦礫を作っていた。
暗闇を抜けて、日が差すホームに出たからだろう。
「ユウマさん」
と背後からミコトが緊張感を含んだ声で俺を呼んだ。
「分かってる」
と俺はミコトに向けて緊張で硬くなった声を返す。
ホームにはぽつぽつと、まるでこれから来る電車を待つかのように、立ち尽くす人の姿があった。
「食屍鬼だ」
見た目は俺たちと同じなのにも関わらず、決定的に違う特徴的な青白い肌。
食屍鬼は三人。男の食屍鬼が二人、女の食屍鬼が一人だった。
そいつら一人一人の距離は離れているが、一度見つかってしまえば、一斉に襲われることだろう。
一人ずつなら問題はないだろうが、さすがに三人を同時に相手するのはキツイ。
……どうしようか。
そんなことを考えていた時だった。
「なんじゃ、倒さぬのか?」
隣から声を掛けられる。
「いや、食屍鬼が三人だぞ? さすがに無策で突っ込めば怪我するだろ」
「そんなものか? お主なら簡単に勝てそうじゃが」
「いやいや、さすがにキツイ……」
とそこまで言ってから、俺に掛けられた声がミコトのものではなかったことに気が付く。
ハッとして声の方向――俺の隣へと目を向けると、そこにはいつからいたのか。真っ黒なローブのフードを目深に被った人間が立っていた。
「なッ!?」
「えッ!?」
俺とミコトの驚く声が重なる。
俺たちはすぐさまそのローブの人物から距離を取るべく階段を蹴って、駅の構内へと降り立つ。
「誰だ。お前は何者だ」
俺は小太刀を鞘から抜くと、その人物を観察しながら言った。
階段の下からソイツを見上げているので正確には分からないが、その人間の身長はミコトよりもさらに低い。身長で言えば120センチほどしかないのではないだろうか。ローブの裾から覗く足は、何も履いておらず素足だった。
目深に被ったフードのおかげでその顔は見えない。
だが、見上げる形となったことでかろうじてソイツの口元だけは見ることが出来た。
先ほど聞こえた声から考えるに、このフードの中身は女だ。しかも、その声質を考えるにミコトよりも年齢が下である可能性が高い。
フードの少女は、口元を吊り上げると口を開く。
「何、お主らと同じよ」
「同じ? どういうことだ」
と俺は囁くように言った。
声量に気を付けなければ食屍鬼に気付かれると思ったからだ。
だが、俺たちを見下ろすソイツは俺の意図に気が付くどころか、盛大な笑い声をあげる。
「くくっ、くははははは! まさか、分からんのか? まあ、そう警戒するでない。少なくとも、我は主らの敵ではない」
思わず、ヒヤリとする。
コイツ、わざと声を出しているのか?
「……だったら、そのフードを取って顔を見せたらどうだ。それと、声が大きいのはわざとか?」
「…………」
その少女はニヤリとした笑みを浮かべた。
それから、また声量を落とすことなく口を開く。
「ああ、それと顔を見せることは出来ぬ」
「なぜだ」
「今は出来ぬ、というだけだ。時が来ればフードを脱ごう」
とそう言うと、フードの奥でまたソイツは笑った。
「それよりも、我と悠長に話していて良いのか? あ奴らは我らに気が付いたようだが」
フードの少女がそんなことを言った。
その瞬間、階段の上から食屍鬼の騒ぐ声が聞こえた。
どうやら、コイツの声がホームに居た食屍鬼にも聞こえたらしい。
「くくっ、くはははは! 面白くなってきたな!」
何が楽しいのか、フードの少女は笑い声をあげた。
俺は思わず舌打ちを漏らす。
食屍鬼に先手を打つ、というアドバンテージはコイツのおかげで消えた。
コイツが何者かは分からないが、まずは身近に迫った脅威をどうにかしなければならない。
「ミコト、とりあえずここから出るぞ!! ここで戦うには不利すぎる!」
【夜目】がある俺とは違って、ミコトは暗闇で満足に戦うことができない。ただでさえ面倒な相手なのだ。わざわざ外が明るいのに、ハンデを背負って戦う必要はないだろう。
「はい!」
ミコトの返事を確認して、俺たちは駅の構内を駆けて出口へと向かう。
改札を飛び越えて外に飛び出すと、なぜかそのフードの少女も俺たちに付いてきていることに気が付いた。
「お前ッ!」
「そう邪険にするでない。我も一緒に戦うのじゃ」
「一緒に戦うって、いったい誰のせいだと!」
「無駄口は終いじゃ。くるぞ――」
フードの少女がそう言った時だった。
暗闇となった駅の構内から、一人の男の食屍鬼が飛び出してきた。
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