表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~  作者: 灰島シゲル
【第一部】 極夜の街と幼い吸血鬼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/246

四日目・昼 集中した世界

今回途中で視点が変わります。

 その瞬間、世界が変わる。



 極限にまで集中力が引き延ばされて、時間の感覚がなくなる。

 脳の奥がじんわりと熱い。

 脳が、五感で取り入れた情報のすべてを精査し、不必要な情報を脳から切り落としていくのが分かる。


 視界から色が抜ける。

 戦闘に必要な音以外を、脳が雑音だと判断して情報を処理することを遮断する。

 肌に触れる空気の流れが分かる。

 鼻につく食屍鬼の男の匂いで、男の興奮が伝わる。


 時間の感覚がないこの世界で、俺はその男の一挙手一投足が手に取るように見えた。


「ミコト! 下がれ!!」


 俺は声を張り上げた。


「ッ!」



 俺の声に反応したミコトが、食屍鬼の男の腹に直槍の石突を押し当てると力づくで距離を引き離す。


 その瞬間、俺は地面を蹴った。


 男の視線がミコトへと動いた一瞬の隙をついた動きだった。

 食屍鬼の男からすれば、視線を外した瞬間に距離を詰めた俺は、瞬間移動でもしたかのように見えたのだろう。

 男の顔が驚愕に染まった。



「イツノ間ニッ!?」


 俺はその言葉に答えることなく、小太刀を振り払った。


「グアァッ!」



 男の右腕が飛び、血が溢れる。

 俺はすぐさま身体を翻すと、左足を軸に腰を回した。



「クッ!」



 男が痛みに顔を歪めながらも、俺の攻撃に備えて顔を守った。

 だが、その動きも俺は予測している。

 【視覚強化】によって強化された動体視力によって捉えたその動きを、【集中強化】によって高められた俺の脳はすぐさま処理をし、男が顔を守ることをすでに俺へと伝えていた。

 回した腰の勢いそのままに、右足を振り払う。だが、その足はわざと空を切らせ、勢いよく地面に落とした後、さらに腰を捻った。



「ぉらァ!」



 右足を軸にした捻り蹴り。

 真っすぐに突き出されたその蹴りは、顔を守っていた食屍鬼の男の無防備な腹へと突き刺さった。



「ガッ!」



 口から涎を垂らして、男の息が詰まった。

 だが、まだだ。まだ、コイツを殺せていない。



「――っ!」



 すぐさま俺は身体を反転させる。

 息が詰まり、態勢を整える食屍鬼に向けて、俺は手に持っていた小太刀を袈裟懸けに振り下ろす。



「グ、ァ、ア!」



 肩口から切り裂かれ、男はその場へと崩れ落ちた。

 俺は男の前に立ち、延髄へとまっすぐに小太刀を振り下ろす。



「ガ――」



 男の口から、血が溢れ出す。

 食屍鬼の男は一度、二度痙攣をするとやがてその動きを止めた。

 次第に、その身体から色が抜けていく。

 崩れるように空気に溶けだすその姿に、俺は緊張を解いた。



「解除」


 と俺は【集中強化】のスキルを解除する。



 途端に、頭全体に鉛を流し込まれたかのような鈍痛が襲う。



「っ!」


 頭を押さえ、身体をふらつかせると、そっと横からミコトに支えられた。


「お疲れさまでした」

「あ、ああ。ミコトもお疲れ様。ありがとう」


 ミコトは俺の言葉に笑みを浮かべると、緩やかに首を振る。


「いえ、私はユウマさんの援護しかしていませんので」


 それから、心配そうな目となると俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」

「ああ……。多分だけど、スキルの反動だ」



 【集中強化】によって、常人では達することが出来ない集中力を発した。

 五感から得た情報のすべてを、脳をフル稼働させて処理し最適な情報だけを身体にフィードバックし続ける。

 普段では決して行われることのないその膨大な作業を行ったことによって、脳が疲れ果てているのだ。


 ――戦闘中の、ここぞという場面でしか使えないスキルだな。


 と俺は頭痛で顔を歪めながら思った。


 長い間使い続ければ、それこそ脳が膨大な作業に耐えられずに焼き切れるだろう。


「【回復】しますか?」

「いや、大丈夫。しばらくすれば治まるだろ」



 俺はミコトの申し出を断った。

 ゆっくりとだが、頭痛も治まり始めている。貴重なMPをここで使うわけにはいかない。



「それにしても、さっきの人間……。いえ、モンスターは」


 ミコトはそう言って、男が消えた場所を見つめた。


「多分だけど、食屍鬼グールってやつなんだろうな」


 と俺は言った。


「食屍鬼……。結構、強敵でしたね」

「ああ、驚いた」


 と俺は頷く。



 これでも十分、レベルもステータスも伸びていると思っていたが、やはりまだまだだったようだ。

 それでも、一撃も食らうことなく勝利できたことは大きい。

 強敵だが、油断さえしなければ勝てる相手だということだ。



「食屍鬼の口元、赤く濡れてましたけどあれって……」


 とミコトが思い出したように言った。



 俺はその言葉に答えることなく、食屍鬼が居た場所へと目を向ける。

 あの死体はいったい何だったのか。

 俺たちと同じプレイヤーのものか、それともこの世界に元から住むいわゆるNPCと呼ばれる存在のものか。


 ……どちらにせよ、確かめなければいけないだろう。



「ミコトはここで待ってて」

「私も行きます」

「いや、でも……」



 俺は口ごもる。

 俺は何となくこれから見に行く死体が、どんな状態なのか想像できるからいいが、ミコトにとっては衝撃が大きいものとなるだろう。

 どうしたものか、と悩んでいるとミコトが俺の腕を引いた。



「大丈夫ですよ。行きましょう。……だいたい、想像できてます」

「そう、か」


 そこまで言うなら仕方がない。


「分かった、一緒に行こう」


 と言って、俺たちは並んで食屍鬼が居た場所へと足を向けた。


「うっ」



 近づくにつれて、辺りに漂う血生臭ささに、思わず声を漏らす。

 隣へと目を向けると、それはミコトも同じなのか顔をしかめていた。



 そして、俺たちは臭いの元凶へと辿り着く。

 そこには、全身を噛みちぎられ、腹には大きな穴が開いた死体が転がっていた。



「ひッ!」



 悲鳴に近い声を出して、ミコトが俺にしがみついてくる。

 一方、俺はと言えば胃液がせり上がってきていた。

 喉元まで上がってきた胃液を必死で飲み込み、酸っぱいその味に息をつく。

 それから、唇を噛むと気合を入れてその死体を観察した。



「これは……」



 死体は若い男性の死体だった。

 何日も水も食料も口にしていなかったのか、肌は脱水で乾燥し、唇はひどくひび割れている。

 歳は高校生ぐらいだろうか。黒の学生服を身に着け、手にはスマホが握られている。その遺物がこの人物を俺たちと同じプレイヤーだと知らせていた。



 やはり、この世界には俺たち以外のプレイヤーが居たのだ。

 その事実に、俺の心臓が大きく跳ねる。

 そのことにミコトも気が付いたのだろう。小さく俺の袖を引いてきた。



「ユウマさん、あれ」

「ああ、スマホだ。俺たちと同じ、トワイライト・ワールドのプレイヤーだろう」



 全身を食われていて状態の把握が難しいが、少なくともその背中や身体にはなんの特徴もない。この少年は、俺と同じ人間種族である可能性が高い。

 俺は少年に近づき、目を閉じて合掌をするとその手に握られたスマホを取った。


 スマホを操作し、画面を開く。

 ロック画面が出てきて、思わず手が止まる。


 ……そうだよな。普通、ロックぐらいしてるか。


 試しに、0を四回押してみる。

 すると、ロック画面が外れてホーム画面へと移行した。



「開いちゃったよ」



 あまりにも簡単なパスワードだ。こんなもの、あってないようなものだろう。

 でも、今はそれでもありがたい。

 俺はトワイライト・ワールドのアプリを起動すると、ステータス画面を呼び出した。




 赤沢 ケンタ  Lv:1 SP:0

 HP:0/10

 MP:0/0

 STR:4

 DEF:1

 DEX:1

 AGI:1

 INT:1

 VIT:1

 LUK:3

 所持スキル:未知の開拓者




 少年は赤沢ケンタと言うらしい。

 初期ステータスも、スキルも俺と同じ。STRが4になっているのは、おそらくSPを割り振ったからだろう。どうやら、赤沢君はすべてのSPをSTRに割り振っていたらしい。


 だが、それだけじゃ足りない。

 この世界では生き残ることが出来ない。

 今の俺たちでさえ、あの食屍鬼は強敵だと思ったほどだ。

 出会ってしまった時点で、この少年に未来はなかったのだろう。



「クソだな」



 思わず、言葉が漏れる。

 俺は最初に出会ったのがゴブリンだったからまだ良かった。

 だが、この少年のように、新宿に居た時にこの世界で目が覚めてしまったら……。

 その時には、俺もこの少年と同じ運命を辿っていたはずだ。


 ゲームのスタート位置によって、ハードモードかイージーモードかに分かれるなんて冗談じゃない。

 やはり、この世界はクソゲーだ。



 それに、と俺は赤沢君のステータスを見る。

 やはりと言うべきか、人間種族はこの世界では初期のステータスが低い。

 最初のスタート位置が悪くて、なおかつ人間を選んでいたプレイヤーはやはり全員死んでいるのではないだろうか。

 俺は一通り赤沢君のステータスを確認すると、その手にスマホを戻した。



「ごめんな、勝手に見て」


 そう言って、俺はまた手を合わせる。


「何かわかりましたか?」


 とミコトが聞いてきた。


「この子は、俺と同じ人間だったよ。レベル1のね」

「レベル1……。それでこの場所は……。ちょっとキツイですね」

「ああ。正直に言って、この街スタートだったら、生き残るのは無理ゲーだろうな」


 と俺は言った。



 ミコトは俺の袖を離すと、赤沢君の遺体へと近づき、手を合わせた。


「ごめんね。こんなことしかできなくて」


 とミコトが呟く。



 しばらくの間、ミコトは手を合わせていたが、その手を下ろすと立ち上がった。


「行きましょう。もしかすれば、他にもプレイヤーがいるかもしれません」

「そうだな」


 と俺は頷く。


「だけどその前に」



 俺は近くにあった瓦礫の破片を持ち上げると、少年が眠る廃墟の入り口を塞ぐように置いた。

 これで、少なくともこれ以上モンスターにその身体を食われることはないだろう。



                  ▽ ▽ ▽



 ユウマたちが食屍鬼と戦っている頃、その様子を遠くの廃墟から見つめる小さな影があった。


 昼間だというのに、その影はすっぽりとローブを頭から被っている。目深に被られたフードからは、その奥にある表情が見えることがなかった。



「――あれは」


 とその小さな影が声を漏らす。



 鈴のような幼い声。

 その声は、その小さな影が少女であることを教えてくれた。



「……ほぅ」



 食屍鬼を相手に、終始優勢に立ち回り無事に勝利したユウマ達を見て、その少女は感嘆の息を漏らす。



「あの食屍鬼を相手に一撃も食らわないとは」


 くくっと少女が喉を鳴らして笑った。


「あの者ら、結構出来るの」



 槍を扱う少女もそうだが、何よりもあの青年の動きがずば抜けている。

 食屍鬼は新宿の街に出てくるモンスターの中でもとりわけ強敵なモンスターだ。

 そのことを、この少女は知っているだけに笑いが止まらなかった。



「あ奴らはいったい……?」


 少女の言葉に、興味の色が浮かぶ。


「久しぶりに、おもしろそうな奴らじゃ」


 喉を鳴らして、少女はまた笑う。


「しばし、様子を見るか」



 そう呟くと、少女は廃墟の陰へと吸い込まれるように消えていった。





活動報告にも書きましたが、皆様の応援のおかげで日間ローファンタジー1位を獲得することができました。

本当に、ありがとうございます!

また、感想や誤字脱字報告など、本当にありがとうございます。

皆様の優しさで胸がいっぱいです。。。


重ねて、本当にいつもありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて一気に最新話まで読んじゃいました [気になる点] ケンタ君死んでるのにHPが10/10の満タン
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ