四日目・朝 ステータスによる影響
水浴びを終えて、身体を綺麗にした俺たちは、新宿へと向けて出発した。
前回のストーリークエストから、今回も新宿に近づけばモンスターが強くなるんじゃないか、という予想のもと、俺たちは縦列になって崩壊した街を進んでいる。
ステータスと【視覚強化】のスキルがある俺が先頭に立って、斥候の役割を。
俺から二メートルほど離れて後方の警戒と俺の援護の役割をミコトがしてくれている。
ちなみに、あれから俺たちの間に一つの取り決めが追加された。
水浴び、風呂などを覗けば――またはそれに準ずる怪しい動きがあればモンスターを狩って、レベルアップをしてくる。というもの。
簡単に言ってしまえば、一人で狩りに行ってパーティのためにレベルを上げてこい、ということだ。
誰がこの罰で得をするのか、と言えば一人しかいない。
レベルアップ狂のミコトだ。
【曙光】スキルがあるから、はじめのうちはすぐに終わるであろうこの罰も、俺たちがレベルアップを繰り返すごとに次のレベルアップに必要な経験値は増えてくるはずなので、必然的に罰は重くなってくる。
それはミコト曰く、
「レベルアップを繰り返しているということは、それだけ長い間私たちは一緒にいるということでしょう? だったら、それだけ信頼関係があるはず。その信頼を破るようなことになるなら……。ちょうどいい罰だと思いませんか?」
とのことだった。
この罰なら、覗くならなるべく早い段階で覗くべきだ! とも思えるがそれがバレた時のミコトの怒りは尋常じゃないだろう。
先ほどのミコトの怒りを思い出して背筋が寒くなる。
そんなことを考えていると、ふと視界の端にモンスターの姿が入った。
「ミコト」
俺の言葉でミコトが異変を察知したのだろう。
すぐさま戦闘態勢を整える気配が背後からした。
「モンスターですか?」
「ああ……。グラスホッパーラビットだ」
と俺はミコトに答えながら【視覚強化】を使ってグラスホッパーラビットを観察する。
グラスホッパーラビットの数は三匹。俺たちとの距離は、およそ四百メートルといったところだろうか。まだ、俺たちに気が付いていないのか、やつらは呑気にアスファルトの割れ目から伸びた草を食んでいた。
「どこに居ますか?」
とミコトが前を見つめながら言った。
「あそこ。ここからだと、四百メートルぐらいは先」
「よんひゃくッ!? ユウマさん、見えるんですか!?」
目を大きくしてミコトが俺の顔を見つめてきた。
俺はミコトに頷き返す。
「まあな。【視覚強化】のスキルで、ギリギリだけどな」
「どのくらいまで見えるんですか? そのスキル」
「んー……。多分だけど、五百メートルぐらいが限界だと思う」
俺は周囲を見渡しながら言った。
遠くに見える崩壊したビルははっきりと見えるが、それ以上の距離になる途端にぼやけて姿が見えない。おそらく、そこがこのスキルで見える限界なのだろう。
「狩りますか?」
とミコトが聞いてきた。
「そうだな。経験値を貰っておこう」
と俺は言う。
レベルアップでステータスも伸びている。さらにはスキルも手に入れているのだ。今の俺がどの程度の力なのか、把握もしておきたい。
ミコトは俺の言葉に頷くと、直槍を構えて腰を落とした。
「私が囮になります。ユウマさんはその隙に、各個撃破してください」
「いや、まずは俺が突っ込む。レベルとステータスが上がって、どの程度動けるようになったか確かめたいし」
俺はそう答えると、手に持っていた小太刀を腰に構えた。
「え、あ、ちょっと!」
とミコトの慌てる声が聞こえたが、その時にはもうすでに俺は地面を蹴っていた。
自分の周りを瞬く間に景色が流れ、四百メートルはあった距離を三十秒足らずで俺は駆け抜ける。
呑気に草を食んでいた一匹のグラスホッパーラビットが、凄まじい勢いで突っ込んでくる俺に気が付いた。
次の瞬間、
「ブォオオオオオオ」
とそのグラスホッパーラビットは声を出して周囲に居た仲間に警戒を促した。
その声に反応して、残り二匹のグラスホッパーラビットも俺に気が付き、顔を上げる。
だが――。
「もう、遅い!」
俺はそう言うと、目の前に迫っていたグラスホッパーラビットの首に目掛けて腰に構えていた小太刀を居合斬りの要領で振り抜いた。
「ブォ……」
と声を出してグラスホッパーラビットの首が飛ぶ。
前は硬い骨と肉に阻まれていた太刀筋も、上昇したステータスに後押しされてその鋭利な切れ味をいかんなく発揮していた。
間違いなく勝てる!
その自信に、自然と口元が吊り上がる。
視界の端で黒い影が踊った。
【視覚強化】の効果によって強化された動体視力が、その黒い影をしっかりと捉える。
残された二匹のグラスホッパーラビットが放った回し蹴りだ。
二匹同時に、左右それぞれから振るわれたその蹴りを、俺はすぐさま上半身を逸らして避ける。
「っと」
明らかに俺の首を折りにかかったその蹴りに、思わず冷や汗が浮かんだ。
俺は上半身を逸らした体勢のまま、地面に両手をつくとバク転の要領でそのまま距離を取る。
「ははっ!」
思わず、笑いが零れた。
以前では決してできなかった動きも、今のステータスならば易々と行うことが出来る。
身体は軽く、DEXの影響からか柔軟性もある。
別の身体になったみたいだ、と改めて思った。
「残り、二匹」
言って、俺は地面を蹴る。
二匹のうちの一匹に近づき、手に持った小太刀を振う。
そいつは俺の動きを読んでいたのか、後ろに飛んでその攻撃を躱すと、その発達した後ろ足に力を溜めて地面を蹴った。
ドンッ! という激しい音とともに、アスファルトが凹む。
弾丸のように射出されたグラスホッパーラビットが、俺に向けて体当たりをしてきた。
「くっそ!」
舌打ち混じりにその攻撃を避けると、今度は残ったグラスホッパーラビットが地面を蹴って腰を回した。
「ッ!」
俺はその動きを捉え、同じ様に腰を回す。
「ォオオオオ!」
「ッぉおらぁ!」
俺とグラスホッパーラビットの叫びが重なり、互いに必殺の一撃として放った回し蹴りが空中でぶつかった。
ビリビリとした衝撃が身体を抜ける。
本当なら骨にヒビでも入っていそうな衝撃だったか、上昇したDEFによって固くなった骨はビクともしない。
俺はすぐさま体勢を整えると、その手に持つ小太刀でグラスホッパーラビットの首を突き刺した。
「ブォオオオ!!」
グラスホッパーラビットが痛みで声を上げる。
小太刀を引き抜くと、血が噴水のように噴き出した。
どうやら、上手い具合に動脈に当たったらしい。
噴き出す血を俺は浴びないように避けて、地面に落ちていた石を素早く拾い上げると、全力で血を噴き出すグラスホッパーラビットの額に向けて投げつけた。
風を切りながら飛んだ石がグラスホッパーラビット額にぶつかり、骨を砕いてその額を陥没させる。
グラスホッパーラビットは白目を剥いてその場に倒れ込むと、次第に色を失った。
「あと一匹」
俺は笑う。
あれだけ苦労して倒してきたグラスホッパーラビットが、今や弱く感じる。
【集中強化】を使うまでもない。
【視覚強化】によって広い視界を得て、動体視力が強化されたことで相手の動きが手に取るように分かるのだ。
加えて、レベルが上がったことで基礎身体能力がこれまでとは違う。
負ける要素がなかった。
「ふっ!」
気合と共に地面を駆けて、小太刀を振う。
真っすぐに、吸い込まれるように小太刀は銀閃を描いてグラスホッパーラビットの首に吸い込まれる。
声もなく、きょとん、とした顔のままグラスホッパーラビットの首は身体から落ちた。
遅れたように血が噴き出して、その身体は地面へと倒れる。
グラスホッパーラビットの表情を見るに、きっと本人も何が起きたのか分かっていなかったに違いない。
俺は小太刀に付いた血を振うと、ゆっくりと鞘に戻した。
「……ふむ」
地面に広がる血だまりの中で、俺は考える。
グラスホッパーラビット三匹を討伐するのにかかった時間は、だいたい40秒ほどといったところか。
ステータスが上がる前に戦った時は、一匹でも相当苦戦していた相手だということを考えても、十分すぎる戦果だ。
「悪くない」
「――何が『悪くない』ですか! また一人で飛び出して!!」
俺のつぶやきに、怒声が割り込んだ。
目を向けると、ようやく追いついたのかミコトが肩で息をしながら俺を睨み付けていた。
「ユウマさん、あなたは犬ですか? 犬なんですか!? どうしてすぐに飛び出すんですか! しかも、私が来たらもう終わってるし! 私を置いて一人で戦わないでって、あれだけ散々言ったし約束もしたじゃないですか!!」
「い、いや……。ストーリークエストの前に、レベルアップでどこまで動けるようになったか試したくて」
「だからって、一人で戦うのはダメです! 怪我でもしたらどうするつもりなんですか!」
そう言い放つと、ミコトは途端に心配そうな表情となって俺を見つめてくる。
「確かに、ユウマさんの成長は早いです。でも、グラスホッパーラビットは数時間前まで一匹相手にも苦戦していたモンスターだったんですよ? レベルとステータスが上がったからといって、いきなり三匹を同時に相手するなんて……。もし、レベルとステータスが上がっても苦戦をする相手だったら、私が追いつくまでの間、何かあったらどうするつもりだったんですか?」
「っ、それは……」
思わず口ごもる。
ミコトの正論に、俺は何も言えなかった。
レベルとステータスが伸びて自分がどこまで出来るようになったのかを早く試したかった。
手に入れたスキルが、モンスターとの戦闘でどこまで役に立つのか早く確かめたかった。
そんな理由も、慎重さを欠いたがゆえの行動だ。
――まずいな。
と俺は純粋に思う。
レベルとステータス、スキルを手に入れて浮かれていた。
今の自分の実力を正しく知ることは重要だ。
けれど、だからこそ無茶をしてはいけない。
「悪い」
と俺は素直に謝った。
「本当ですよ」
とミコトが頬を膨らませながら言った。
ミコトは怒っているのではない。ただ純粋に心配してくれているのだ。
その心配は過剰なのかもしれないけど、事実俺は一度死にかけている。
今は【回復】があるとはいえ、俺の死に際を見ていたミコトの立場を考えれば、その過剰な心配も納得が出来た。
「まだ吉祥寺を出たばかりですよ。ここから新宿までだったら、前の世界でも二時間ほど歩けば到着できます。モンスターと戦ったとしても、今の私たちならお昼過ぎには新宿に絶対に辿り着くはずです。レベルとステータスが上がって、どこまで自分が動けるのか確かめたい気持ちも分かりますが、そんなに焦らなくても確かめる機会はたくさんありますよ」
とミコトは言った。
確かに、今の俺たちなら今日中に新宿に辿り着くのは間違いない。
武器も手に入り、レベルとステータスも上がって、モンスターの討伐速度はこれまでと段違いだ。
これまでのように、遅々とした歩みではないだろう。
「それに、新宿に辿り着けばストーリークエストです。今から張り切っちゃって、新宿に着く頃に疲れてたら意味がないですよ?」
「そう、だよな」
吉祥寺のように、新宿に辿り着いた瞬間に、ストーリークエストが開始される可能性がある。
吉祥寺では一休みする間もなく、ホブゴブリンとの戦闘だったのだ。
新宿でも、強敵と戦う可能性があることを考えれば、今はまだ体力を温存しておいたほうがいい。
「すまん」
と俺はミコトに素直に頭を下げた。
「別に謝ることじゃ……」
とミコトはそんな俺に苦笑すると、指を一つ立てて俺に言った。
「でも、これからはモンスターを見かけても飛び出すのは禁止です。まずはステイです! これは、私とユウマさんの約束事です!!」
その言い方は、まるで犬に対する言い方だ……。
なんて、ことを思ったけど、それは言えなかった。むしろ、今までの俺の行動を鑑みてみるとそう言われても仕方がないともいえる。
「あ、ああ……。気をつける」
と俺は頷く。
こうして、俺たちの間にはまた一つの取り決めが増えたのだった。




