三日目・夜 レベルアップ狂
それから、二時間ほど吉祥寺の街を回って俺たちは狩りを終えた。
思い出したかのように疲労を訴える重たい身体を引きずり、最初に焚火をしていた井の頭公園の中へと戻る。
消していた焚火に枯れ木を入れて、木屑を削り出してその屑に火打石で火をつけた。
パチパチと音を立てて燃え出す枯れ木の炎に、俺は息をつく。
これまで光のない街にいたからか、炎の灯りが目に優しい。
ゆらゆらと揺れる炎の温かさに、身体の疲れが癒されていくのを感じる。
「疲れた……」
身体は汗でベタつき、モンスターの血と泥で汚れている。
スマホで時間を確認すると午後十一時を過ぎていた。
あと、一時間もしないうちに日付が変わる。
日付が変われば、この世界での四日目が始まる。
……四日。そう、四日経つのだ。
一日一日を生きるのに必死で、身体の汗や垢、泥や埃なんかの汚れを流すことを忘れていたが、この世界に来てから一度も水を浴びていない。
……風呂だ。風呂に入りたい。
湯舟に浸かって、もはや湯舟と一体化したい。
「はぁ……」
ため息を吐き出し、焚火の炎を揺らす。
その炎を見つめながら、俺はこの身体の疲れとなった原因へと思いを馳せる。
夜の吉祥寺の街を回り、二時間の間に倒したモンスターは、ゴブリンが二十匹、ブラックドッグが十五匹、グラスホッパーラビットが五匹。
――――その合計、四十匹。
正直に言って、やりすぎたと思う。
この世界に来て、こんなにも長い間モンスターを狩り続けていたのは初めてだ。
腰を下ろしてぼんやりと焚火の炎を見ていると、ミコトが俺の傍に立った。
「ユウマさん」
とミコトが声をかけてくる。
「お疲れ様でした。でも、これでレベルは確実に上がってますよね」
俺と同じぐらいに疲れているはずなのに、ミコトはそう言うと目を輝かせる。
俺は力なく頷くしかない。
「……ああ、だろうな」
正直に言って、狩りすぎだ。
レベルが上がれば、それだけ次のレベルに上がるための経験値は多くなる。
だからその分より多くのモンスターを倒さないといけないのだが、だとしても、二時間で四十匹ものモンスターを狩り続ける必要はない。
これまでのレベルの上がり方を考えるに、経験値が低いであろうゴブリンでも二十から二十五匹ほどモンスターを狩れば十分にレベルは上がる。
だというのに、そのことをいくら説明してもこの少女は聞く耳を持たなかったのだ。
――でも、モンスターを倒せばそれだけレベルが上がりますよね?
と不思議そうに首を傾げた時には、俺も言葉が出なかった。
中衛型でステータスをビルドしているミコトは戦闘が得意ではない。
その癖に、この少女はやたらとモンスターと戦闘をやりたがるのだ。
戦闘は得意じゃないが、戦闘そのものが好きなのかもしれない。そんなことを一時は思ったりもしたが、それも違う。
ミコトは、レベルアップが好きなのだ。
モンスターを倒すことによって、その結果として自らが強くなる感覚。
その結果だけをミコトは求めている。
だから、その過程で必要なモンスターとの戦闘をやりたがる。
戦闘狂とはまた違う。
言うならば、レベルアップ狂とでも呼べば良いだろうか。
「どうしてこうなった」
と俺は誰にも聞こえることがないようため息を吐き出す。
しかし、だからと言ってミコトのその行為を諫めることはなかなか出来ない。
ミコトはただ、頑張っているだけだ。
ホブゴブリンとの戦闘で役に立たなかった自分を恥じ、後悔して、今度こそは俺の役に立つと躍起になっている。
その結果として、出来上がったレベルアップ狂。
(今のコイツ、放っておいたら勝手にレベル上げに行きそうだしなぁー……)
そんなことを考えて、俺は再びため息を吐き出した。
この世界において、レベルとステータスの高さは重要だ。
レベルを上げることは悪いことじゃない。むしろ、どちらかと言えば積極的にやるべきだろう。
だからこそ、俺はミコトに対して強く言えない。
俺にできるのはせいぜい、モンスターをハントしに行きたがるミコトに付き合って、ミコトが怪我しないよう俺が前衛に立つだけだ。
「あ、見てくださいユウマさん!」
物思いに耽る俺をよそに、わくわくとした様子でスマホの画面を開いていたミコトが嬉しそうに声を上げた。
「レベルが上がっていますよ!」
言われて、俺も自分のスマホを取り出してステータス画面を確認する。
古賀 ユウマ Lv:6→9 SP:0→30
HP:38/38→44/44
MP:9/9→12/12
STR:19→22
DEF:14→17
DEX:13→16
AGI:16→19
INT:9→12
VIT:15→18
LUK:25→31
所持スキル:未知の開拓者 曙光 夜目 集中強化 視覚強化
「はぁっ!?」
思わず声が出た。
いや、出さずにはいられなかった。
「お、おいおい」
何度も、何度もその画面を確認するが、間違いない。
俺のレベルは上がっている。
ただ、問題はその数だ。
レベルアップした数は3。ホブゴブリン以上のレベルアップ数だ。いや、それどころか今まで経験したレベルアップで一番多いと言っても過言ではない。
たった二時間だ。
汗と泥にまみれて街を駆けずり回り、モンスターを狩り回っただけでホブゴブリン以上の経験値を俺たちは獲得していた。
「は、ははっ」
まったく、馬鹿らしくなってくる。
死に目に合って得た経験値より、二時間駆け回って得た経験値のほうが上か。
……いや、それも当たり前かもしれないな。
グラスホッパーラビットはホブゴブリンと同格か少し下ぐらいのモンスターだった。ソイツを五匹、さらにブラックドッグやゴブリンも狩っている。ホブゴブリン以上の経験値を得ていたのは間違いない。
そして、それが出来たのもホブゴブリンを倒してレベルが上がっていたからだ。
その前の俺では――いや、俺たちでは、ここまでのモンスターを狩ることが出来なかった。
武器とレベル、ステータスとミコトの【回復】スキル。
そのすべてが揃っていたからこそ、ここまで効率的なレベル上げが出来たのだ。
「それに……」
と言って俺はそこを見る。
「夜目、集中強化、視覚強化、か……」
気が付けば、増えていたスキルが三つ。
「何が、いったいどうなって――――あー、いや。そういうことか」
呟き、俺は自分の【未知の開拓者】のスキル効果を思い出し、納得した。
俺の【未知の開拓者】のスキル効果。それは、『スキル獲得率の大幅な上昇』だ。
何系の、とは明記されていない。
つまり、このスキルの効果は系統関係なく〝すべて〟に及ぶ。
これまではスキル取得条件を満たしていても、確率が低くてスキルを入手が出来ていなかった可能性が高い。
だとすれば、スキル獲得率が上がる【未知の開拓者】を持った俺が、モンスターを狩るために夜の吉祥寺の街を駆け回っていればどうなるか。
いつの間にかスキル取得の条件を満たし、さらには確率による入手という網を抜けて、スキルをいくつか入手していてもおかしくはないだろう。




