三日目・夜 ナイトハンティング2
それから、俺たちはまた吉祥寺の街をモンスターの姿を求めて徘徊する。
一時間ほど徘徊して分かったことだが、吉祥寺の街には大きく三種類のモンスターが生息していることが分かった。
まず、ブラックドッグ。こいつらは市街地――とりわけかつての商店街や飲み屋街といった場所で多く見かけた。
獣モンスターの特性なのか、そのほとんどが群れを作っている。
一番多い群れで、ブラックドッグの数は十匹ほど。
さすがにその数を相手にするのはしんどい。
相変わらず前に出ようとするミコトを抑えつつ、俺はその場を後にした。
次に、ゴブリン。
こいつらはホブゴブリンと出会った、吉祥寺駅の周辺でまとまって生息しているようだった。
もしかすれば、あのホブゴブリンがこいつらのボスだったのかもしれない。
一匹一匹単体で見ればこいつらは弱く、簡単に倒すことが出来る。だが、その分取得する経験値は少ないだろう。
なにせ、チュートリアルクエストで討伐対象になるぐらいだ。
今の俺たちのレベルだとどのくらい倒せば次のレベルになるかは分からない。
ローリスク、ローリターン。
そのことをミコトに伝えると、ミコトは「じゃあ、アイツらは無視ですね」とはっきり言い切った。
最後に、グラスホッパーラビット。
こいつは、この街で初めて出会ったモンスターだった。
大きさは普通のウサギより二回りほど大きい。だが、特筆するべきはその大きさじゃない。
グラスホッパーラビットの特徴、それは異様に発達した後ろ脚だった。
例えるなら、バッタの脚とでも呼べばいいだろうか。
自分の身体の大きさほどもある、長い脚を窮屈そうに折り畳み、道路や廃墟となったビルに生える草木を食べているその様子に、最初見た時は目を疑った。
草木があるところならどこにでもいるようで、このモンスターは街の至るところで見られた。
他のモンスターには縄張りのようなものを感じたが、このモンスターにはそれがないらしい。
グラスホッパーラビット、という名前を付けたのはもちろん俺だ。
俺としては安直で覚えやすい名前の方が良いだろうということで名付けたのだが、ミコトには不評だった。
「ブラックドッグの時も思いましたけど……。ユウマさんって、ネーミングセンス壊滅してますよね」
そう言って引きつった笑みを浮かべるミコトのその表情を、俺はしばらく忘れることがないだろう。
ちくしょう! 名前を付けるのだって簡単じゃないんだぞ!?
「それで、どれから狩りますか?」
あらかた街を見て回り、存在するモンスターがこの三種類だと分かった俺たちは、瓦礫となったビルの陰に隠れて作戦を立てていた。
「私としては、ウサギがいいです」
「ああ、グラスホッパーラビットな」
俺はミコトの言葉に頷いた。
「確かに、今後のことを考えると戦っておくのも悪くないかもな」
今の俺たちでどの程度戦えるのか。
それを把握するのは重要だろう。
もし今の俺たちで手に余るモンスターだったら、しばらくは出会ったとしても逃げるか避けなければいけない。
「はい、私もそう思います。あのウサギ、どう見ても攻撃はあの異様に発達した足でしょうし」
「グラスホッパーラビットな」
「……その攻撃にさえ気を付けていれば、あのウサギは大丈夫なように思えます」
「グラスホッパーラビットな」
「――あの、いい加減機嫌を直してください。ネーミングセンスのことを笑ったのは謝りますから」
「別に、怒ってないぞ。ただ、ミコトがグラスホッパーラビットのことをウサギと言っているから、ちゃんとした名前に訂正しているだけだ」
と俺は言い返す。
別に他意はない。本当だぞ?
「はぁ……。子供ですか」
俺の言葉を聞いて、ミコトが呆れたため息を吐き出した。
「ミコトの方が子供だろ」
俺は二十歳で、ミコトは十六だ。
四つしか違わないが、これでも一応俺は成人している。
「いえ、そう言う意味じゃなくて……。はぁ……、もういいです」
遠い目をしてミコトは言った。
どうやら、これ以上言い合うのが面倒になったようだった。
「とりあえず、その……。グラスホッパーラビットを狩るということでいいですか?」
俺はミコトの言葉に頷いた。
「そうだな」
「分かりました。それじゃあ、狩りましょうか」
俺たちは移動を開始する。
他のモンスターに見つからないよう出来るだけ足音を立てず、けれど素早く。
夜の街を回るうちに、自然と身に着けたものだ。
はじめは足音を響かせて街を歩いていたけれど、今では走っても俺の足音が響くことはない。
「その走り方、どうやってるんですか?」
俺の隣を走りながら、ミコトが聞いてきた。
「どうって、普通に踵から地面に付けて爪先で地面を蹴ってるだけだよ」
「いえ……。普通に走れば多少でも音は出ますからね?」
呆れた視線となってミコトは俺を見た。
「頭の中でイメージするんだよ。ミコトも多少はDEXを上げてるんだろ? DEXは器用さ――つまり、身体の使い方だからイメージするだけで変わるぞ」
「イメージ、ですか」
言って、ミコトが考え込むように身体を動かした。
最初はぎこちなかったその動きも、やがてスムーズになっていく。
ミコトが立てる足音もその動きに合わせて徐々に小さくなっていく。
「……本当だ。出来ちゃった」
「な? 言っただろ」
と俺は笑った。
俺たちは足音を消して、夜の吉祥寺の街を走る。
駅前に辿り着くと、そのロータリに探していたモンスターを見つけた。
「居た」
呟いて、俺は足を止める。
「え、どこですか?」
「ほら、あそこ」
俺が指を向けた方向へと、ミコトが目を向けた。
「んー? ちょっと、私には見えないです」
「ほら、ロータリーの真ん中。道路突き破って生えてる木があるだろ? その根元」
「……あ、見えました。確かに、居ますね。というより、よくこの距離で見えましたね」
目を凝らして、モンスターを見つけたのかミコトが声を上げた。
「この距離って、そんなに離れてないだろ」
せいぜい十メートルほどだ。
別に驚くような距離じゃない。
「いえ、そうじゃなくて。よくこの暗さで見えましたね」
「あ……」
言われて、気が付く。
電気もない吉祥寺の街は恐ろしく暗い。
頼りになるのは月明りぐらいだが、その月も吉祥寺の街を徘徊しているうちに雲に隠れてしまった。
今、この世界を照らしている灯りは何もないのだ。
それなのに、俺の視界は驚くほどはっきりとしている。
まるで、夜目が効く動物になったかのようだった。
(……真っ暗な街を徘徊するうちに、闇に慣れたか?)
そう思うことにした。
夜目が効いて悪いことはない。
むしろ、この状況ではありがたいばかりだ。
「ミコトは見えにくいのか?」
「見えにくいというか、そうですね。この距離だと、何かが居るのは分かりますけど、はっきりとは分からないです」
「近づけば見えるか?」
「はい、多分ですけど」
「分かった」
俺はミコトに頷いた。
「最初に俺がいく。初めて戦うモンスターだ、ミコトよりも俺の方がレベルも高いし、俺はこの暗さに目が慣れてるみたいだし。ミコトは戦闘が見える位置まで近づいたら、隙を見て援護してくれ」
「分かりました」
こくり、とミコトは頷く。
「よし、頼んだぞ」
ミコトにそう言うと、俺は腰を落として両足に力を込める。
それから、地面を蹴ってグラスホッパーラビットの前に飛び出した。




