三日目・夜 ナイトハンティング
「とりあえず、狩りに行きましょう」
あれから、夕飯を食べていないことに気が付いた俺たちは夕飯を食べて――今日の夕飯は杏子缶といつもの乾パンだった――ゆっくりとしていると、手に入れた直槍を担いでミコトがそう言ったのだ。
「え、今から?」
寝る支度をしていた俺は、ミコトに向けて目を大きくする。
「もちろん、今からです」
「マジか」
「マジです」
ミコトが真剣な顔でこくりと頷いた。
「えぇ……?」
いや、確かに言ったよ?
強くなろうって。もっと、たくさんのモンスターを倒してレベルを上げようって言ったさ。
武器も手に入って、それに意気込むのは分かる。
でも……。
「明日じゃダメか?」
正直に言って、今日はめちゃくちゃ疲れた。
いろいろなことがありすぎた。
もう寝たい、というのが俺の本音だった。
「明日やろうは馬鹿野郎ですよ!」
そんな俺に向けて、ミコトは眉を持ち上げながらそんな言葉を言ってくる。
どこかで聞いた言葉だ。
プロ○ーズ大作戦かよ。ってか、よく知ってたなその言葉。
「ほら早く!」
ミコトは急かすように俺の腕を引っ張った。
「分かった、分かったから」
ため息をついて、手に入れた小太刀を掴んで俺は立ち上がる。
どちらにせよ、武器の練習も兼ねていつかはモンスターを狩りにいかねばならないのだ。
加えて、そろそろ夜の戦闘にも慣れておかなければならない。
今までは寝込みに奇襲を受けてこなかったけど、ホブゴブリンと同じ強さのモンスターが寝込みを襲ってきたら今度こそ俺たちは死ぬ。それは確信できる。
焚火を消して、俺はバックパックを背負う。
ミコトに目を向けると、ミコトはわくわくとした表情で俺を待っていた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
元気よくミコトが返事をする。
それぞれの武器を手に、俺たちは初めてのナイトハンティングへと向かった。
▽
電気もなく、人間の気配すらない崩壊した吉祥寺の街は、不気味の一言だった。
普段だったら気にしない、自分の歩く足音さえも誰もいない夜の街にはよく響く。
支柱が折れて傾いた信号。
かつて賑わっていた商店街。
喫茶店が入っていたビルに、飲み屋街へとつながる路地。
全部、ぜんぶ、この世界では壊れている。
ひび割れたアスファルトから生える草木や、苔が張り付いたビルを見ていると、この世界は改めて崩壊しているのだと実感した。
さて、これからどうしようか。
「モンスターを狩ります」
自分の背丈よりも長い直槍を手にミコトは言った。
やる気が満ち溢れているのは良いことだ。
ただ、やたら好戦的じゃないですか?
……いや、もしかしたらこれがこの子の素の性格なのかもしれない。
思い返せば、モンスターを倒すときに涙目になっていたのは最初だけで、それからすぐに目が据わってモンスターを殴っていたわ、この子。
ゲームが元から好きだと言っていたぐらいだし、環境に適応すれば強いのだろう。
「それはそうなんだけど、まずはどこに、どんなモンスターが居るのか調べないと」
俺はミコトの言葉に言い返した。
夜の街での戦闘は初めてだ。
まずは現状の把握。情報収集。
臆病者と言われようがなんだろうが、これが俺の性格なのだから仕方がない。
「えー、分かりました」
ミコトは不満そうに頬を膨らませたが、すぐに頷きを返してくれた。
本当に、よく表情が変わる子だ。
正直、見ていて面白い。
「それじゃ、行きましょう!」
そう言って、ミコトは夜の街へと駆けていく。
「はいはい」
俺は呆れた顔で笑って、ミコトの背中を追いかけた。
数分後、俺たちはモンスターに遭遇した。
黒い大型犬のモンスター。ブラックドッグだ。
遭遇したブラックドッグの数は三匹。
初めて遭遇した時、一匹のブラックドッグ相手に苦戦を強いられたが今はあの時とは違う。
レベルも上がり、ステータスも増えた。まともな武器だって手元にある。
自分たちがどの程度戦えるか把握するのに、ちょうどいい相手だろう。
「いけそう?」
俺は隣でブラックドッグの様子を伺っていたミコトに向けて、小声で言った。
「大丈夫です。もう怖くありません」
ミコトはブラックドッグを見据えながら頷きを返す。
頼もしい返事だ。
俺は小さく口元に笑みを浮かべた。
「俺は右側に回る。ミコトは左から。最初に俺が飛び出すから、そのあとに続いて」
「分かりました」
簡単に動きの確認をして、俺たちは分かれた。
配置について、ブラックドッグの様子を見る。
大丈夫だ。まだ俺たちに気付いた様子はない。
先手を取れるチャンスだ。
「ふぅー……」
ゆっくりと、息を吐き出す。
それは、自分の中にある戦闘用のスイッチを入れるルーティン。
目を閉じて、集中力を高める。
心を落ち着けて、十分に集中力が高まったことを確認してから、俺は右手に持った小太刀を抜いた。
小太刀の刃が月明かりを反射して光を返す。
その光に気が付いたのか、一匹のブラックドッグが俺の方へと顔を向けた。
――気付かれた!
そう思った瞬間、考えるよりも先に俺の身体は動いていた。
鞘を投げ捨て、身体を低くすると夜の闇へと俺は飛び出す。
俺が飛び出したのを見て、ミコトも飛び出してくるのが見える。
距離的に言えばミコトの方が近かったけれど、ステータスで言えば俺が上だ。
俺はミコトよりも先に、ブラックドッグの元へと辿り着くと、すぐさまその手に持った小太刀を振った。
「フッ!」
俺の腕の動きに合わせて、流れるように銀閃が煌めく。
近づいた俺に反応して、ブラックドッグ達が身体を低くして戦闘態勢を整えた。
けれど、それはもう遅い。
上昇したDEXは狙い違わず、俺が振るった小太刀をブラックドッグの元へと導いた。
「ガァッ!?」
痛みでブラックドッグが悲鳴をあげた。
けれどその声も長くは続かない。
俺が振るった小太刀の刃は、真っすぐにブラックドッグの首へと迫り、柔らかいバターを切り裂くように、なんの抵抗もなくその首を落とした。
「は!?」
あまりの切れ味に、戦闘中だというのに驚きで声が出てしまう。
これまで、モンスター相手に振った刃物と言えば錆び付いた包丁だけだ。
それと比べるのもどうかと思うが、この武器――あまりにも切れ味が良すぎないか?
「ガウッ!」
「っと、それどころじゃないな」
呆けた一瞬の隙を突くかのように、ブラックドッグがその鋭い牙で噛み付いてきた。
それをバックステップで躱して、俺は小太刀を構えて仕切り直す。
じりじりと、二匹のブラックドックと睨み合う。
「ガルルル」
唸り声をあげて、ブラックドッグが俺を牽制する。
だが、襲ってくる様子はない。
彼らも分かっているのだ。
俺のステータスが、今の彼らよりも高いということに。
下手に飛び込めば斬り返される。
だから、ブラックドッグ達はどうにか俺の隙を突こうと牽制をする。
けれど、彼らは気付いていない。
俺の他に、自分たちの命を狙う存在がいることに。
「はぁっ!」
膠着する俺たちの間に、声が割って入った。
反対に回り込んでいたミコトの声だ。
駆け寄ってきたミコトは、その勢いを殺すことなく自分の身体よりも大きな槍を振り回すと槍を突き出した態勢のままブラックドッグへと突っ込んだ。
「グルッ!?」
ミコトに気が付き、慌ててブラックドッグは回避を試みるがもう遅い。
小さなその身体を槍と一体化させたミコトは、駆け寄る勢いもそのままにブラックドッグへとぶつかった。
「ガァッ!?」
闇を突き刺すように、伸びた槍の穂先がブラックドッグのその身体をいとも容易く貫通する。
串刺しにされて、口から血を吐き出すとブラックドッグは痙攣を繰り返した。
致命傷だ。あれはもう助からない。
「ガァッ!」
ミコトの槍の範囲から逃れた、残りのブラックドッグが牙を剥いてミコトへと迫った。
ミコトは自分に迫るブラックドッグを見つめると、その口元に小さな笑みを浮かべる。
「任せました」
「任された」
すでにミコトの元へと走っていた俺は、ミコトのその言葉にそう応えた。
駆けるブラックドッグへと近づき、手に持つ小太刀を振う。
毛皮を断ち切り、肉と骨を容易く斬って、ブラックドッグの身体から大量の血が舞った。
声を出すこともなく地面に転がったその身体は、やがて色を失い消えていく。
素早くミコトの方へと目を向けると、ミコトが突いたブラックドッグも色を失い消えていくところだった。
「大丈夫か?」
小太刀に付いた血を払い、投げ捨てた鞘を拾ってからミコトの元へと俺は近づく。
「あ、はい」
ミコトは槍を振って付いていた血を払った。
「問題ないです」
とミコトは言った。
「前は結構苦戦をしたモンスターなのに、割と簡単に勝てましたね」
「それだけ、ステータスが上がったってことだろうな」
レベルも、筋力も敏捷もあの時とは違う。
まして、今は武器もあるのだ。
ホブゴブリンといった明らかに格が違うモンスターを除けば、いままで苦戦していたモンスターを倒すことはさほど難しくないだろう。




