三日目・夜 -エピローグ-
またユウマ視点に戻ります。
懐かしい夢を見た。
それは、小学一年生の頃の夢だった。
冬の寒さが厳しい二月の終わり。
あとひと月もすれば一年生から二年生へと学年が変わる。
その、一学年の締めくくりとして俺たちのクラスはクラス文集を作っていた。
みんなで、思い思いに『クラスの思い出』や『将来の夢』といった決められた欄に文字を書いていく。
「ユウマ君は、将来何になりたいの?」
とクラスメイトの誰かが言った。
多分、そのクラスメイトは女の子だったはず。
俺はその子に向けて首を横に振った。
「教えない」
「どうして?」
「だって……。絶対に笑うもん」
「笑わないよ」
とその子は言った。
俺は少しだけ悩んで言った。
「ぼくは……誰かを助けたいんだ」
「助ける? ヒーローってやつ?」
俺は頷いた。
「困ってる人を、助けて笑顔にしたいんだ」
「……そっか。いい夢だね」
とその子は笑った。
今にして思えば、やたらとその子は小学一年生にしては大人びた子供だった。
当時はよく遊ぶぐらい仲が良かったその子も、小学二年生の夏には親の都合で引っ越してしまった。
だから、すっかりと忘れてしまっていた。
誰かを助けるヒーローになりたいだなんて夢を。
世間を知らない小学生が抱いた、他愛のない夢を。
世間を知れば、ヒーローになりたいだなんて誰も思わなくなる。
夢を見ていた小学生が、今の夢は公務員だと言う大学生になるように。
時間が経てば、夢は自然と冷めていく。
世間を知って、小学生は大人へとなっていく。
理由もなく人を助けようだなんて思わなくなる。
だから、これは夢だ。
他愛のない、懐かしい夢だ。
▽
パチパチと火が爆ぜる音で目を覚ますと、周囲は真っ赤に染まっていた。
空には茜雲が浮かんで、ゆっくりと風に吹かれて動いている。
その端には夜を告げる群青色が広がっていて、もう間もなく世界は闇に閉ざされようとしていた。
身体を起こすと、胸にかけられた雨除けのローブがずり落ちた。
「目が覚めましたか?」
声が聞こえて、声の方へと目を向ける。
焚火の向かい側に、ミコトが座って俺を見ていた。
身に着けていたローブは、俺の身体に掛けて毛布替わりにしていたらしい。
彼女の背中には小さな翼が広がって、ほんのりと光り輝いていた。
「……どうして、君がここに」
「どうしても何も、ユウマさんを探したからですよ」
言って、ミコトは焚火の中へと枝を投げ込んだ。
投げ入れられた枝は水分が抜け切れていなかったのか、炎が文句を言うように激しく踊った。
「ホブゴブリン、討伐おめでとうございます」
「おめでとうございますってことは、俺は倒せたのか」
深く、息を吐き出す。
最後の方はもはや意識が半分ほど飛んでいた。
まさに無我夢中だった。
首の骨を折ったのは覚えているが、身体が消えたことを確認していなかったから、下手をすれば仕留めそこなった可能性があると思っていた。
「覚えていないんですか?」
「……ああ、まあな。って――」
ふと、自分の身体に違和感を覚える。
あれだけ痛かった身体が嘘のように軽い。
慌てて、俺は全身を確認する。
けれど、身体に残った傷はどこにも見当たらない。
折れていたはずの肋骨も、切れた筋肉繊維も、地面に叩きつけられて至る所にできていた打ち身の痣も、何もかもが消えている。
唯一、ミコトが手当てをしてくれたのか俺の頭には包帯が巻かれていた。
「あれ?」
ありえないその光景に、俺は思わず首を傾げた。
「なあ、ミコト」
「なんですか?」
「傷がないんだけど……。何か知ってるか?」
「ああ。それなら」
言って、ミコトは口元に笑みを浮かべた。
「治しました」
「治し――。え?」
信じられないその言葉に、思わず聞き返す。
「治した!? どうやって!」
「私のユウマさんを思う気持ちで」
「え、気持ち?」
「冗談ですよ」
目を白黒とさせる俺に、ミコトが小さく笑った。
「まあ、まずはステータス画面を開いてください」
ミコトに言われて、俺はステータス画面を開く。
古賀 ユウマ Lv:4→6 SP:0→20
HP:26/26→30/30
MP:6/6
STR:12→15
DEF:8→10
DEX:8→10
AGI:10→12
INT:6→8
VIT:9→11
LUK:21→25
所持スキル:未知の開拓者 曙光
レベルが二つも上がり、それぞれのステータスがレベルアップによって伸びていた。
「ユウマさん、最初に手に入れたスキルの説明文を読んでください」
「説明文を?」
また言われるまま【未知の開拓者】の説明文をタップする。
≫【未知の開拓者】
≫未来を切り拓く人間だけが持つ可能性。この世界におけるすべての未来は未知であり、あなたが切り拓いた未来が既知となる。
≫未知を切り拓き、手に入れた未来は大きい。このスキルの所持者はスキル獲得確率が大幅に上がる。
「……スキルの中身が変わってる」
具体的に言えば、効果が付与されている。
今までは何の意味もないただの説明文だったはずだ。
「これは……?」
俺が説明を求めてミコトへと目を向けた。
「ストーリークエストの初回クリアボーナスだってシステムが言ってました」
「初回クリアボーナス」
つまり、最初に手に入れていたスキルを使えるスキルにしてくれた、と。
「そして、これがユウマさんの傷が治っていた理由です」
そう言って、ミコトは自分の手に持っていたスマホを差し出してきた。
受け取って、その画面を見る。
柊 ミコト Lv:3→5 SP:0→10
HP:18/18→22/22
MP:7/12→13/18
STR:4→6
DEF:7→9
DEX:7→9
AGI:7→9
INT:14→18
VIT:6→8
LUK:5→7
所持スキル:天の贈り物 回復
画面にはミコトのステータス画面が出ていた。
俺と同じ様にレベルが二つ上がっている。合わせて、それぞれのステータス数値も上がっている。
なぜだか分からないが、ミコトのMPは数を減らしていた。
その理由もなぜなのかが気になるが――それよりも目を引くのはスキルだ。
「回復」
思わず、俺はそのスキル名を口に出した。
ミコトへと顔を向けると、頷きを返してきた。
「はい。それが、ユウマさんの身体を治した正体です」
「……魔法、か?」
「魔法でした」
「そうか……」
短く、俺はそう言った。
胸の内にいろいろな感情が湧き上がってくる。
魔法が存在した、という感動。
他にもどんな魔法があるのか、という興味。
そして、命を救ってくれたミコトに対する感謝。
「ありがとう」
俺はそう言った。
「君が居なければ、俺は死んでいた。俺は君に命を救われた」
「――やめてください。そもそも私は、ユウマさんが居なければあの日の夜に死んでいたんです。それだけじゃない。ここに来るまで、ユウマさんは身体を張って私を守ってくれた。私は、その恩を返しただけです。」
小さくミコトは首を横に振った。
「それに、このスキルはユウマさんのおかげで獲得したものなんですよ?」
「……それは一体どういう?」
「スキルの効果、読んでみてください。私の【天の贈り物】も効果が追加されてるので合わせて読むと納得できるかと思います」
ミコトに促されて、俺は【回復】スキルをタップした。
≫【回復】
≫神に祈りが届いた子供だけが使える奇跡の御業。
≫MPを5消費する代わりに、対象の傷を癒してHPを30回復する。
その名前の通り、【回復】は回復系の魔法だった。
ミコトのステータス画面で、MPが減っていたことを思い出す。
……なるほど。どうやらミコトが、このスキルを使用したことは間違いがないらしい。
これまでに使いどころのなかったMPを消費することで、HPを30回復することができるのは、今の俺たちにとって大きな武器となる。
HPを回復する手段がなかった今までは、必然的にヒット&アウェイが主体となっていたがこのスキルがあれば戦闘に大きな幅が生まれるだろう。
そんなことを考えながら、俺は次に【天の贈り物】をタップした。
≫【天の贈り物】
≫神より送られた天からの贈り物。この世界で待ち受けるあらゆる困難を乗り越えられるよう、天の御使いである子供たちに神は贈り物を与えてくれた。
≫神に与えられた祝福の贈り物。回復系スキルの獲得率が大幅に上がる。
やはり、というべきかミコトのスキル内容も変わっていた。
俺と同じように、何の効果もなかったスキルに効果が付いている。
ミコトの言い方から察するに、このスキル効果のおかげで【回復】スキルを獲得できた――そういうことだろう。
「……このスキル効果が変わったのも、ストーリークエストの初回クリアボーナスか?」
「ええ、そうです。ユウマさんがホブゴブリンを倒してくれたから、だから私は【回復】スキルを獲得できたんです」
ミコトは俺の目を見つめた。
焚火の炎の熱に当てられたのか、それとも空を染め上げた夕陽のせいなのか。
俺を見つめるその顔はほんのりと赤かった。
「ユウマさんが助かって、本当に良かった……。この世界に来て、私は大切な家族と友人を失いました。……もう二度と、私は大切な人を失いたくないんです。だから、今度は私があなたを守ります。あなたは、私の大切な人だから」
「それって、どういう意味――」
「さあ、それは内緒です」
俺の言葉を遮って、彼女は笑った。
崩壊した夕闇の世界に、彼女の背中の翼がほんのりと輝く。
それは、例えるなら黄昏の空に浮かぶ一番星のように。
控えめだけど、確実に俺たちの目を奪う綺麗な光だった。
「私、何があってもユウマさんの傍から離れませんよ」
とミコトは言った。
「正直、私はこの世界で生きていける自信はありません。でも、ユウマさんと一緒なら生きていける――そんな気がするんです。だから、お願いします。私に逃げろ、だなんて言わないでください。生きろ、だなんて言って自分自身を危険にさらさないでください。生きる時は、私たち二人で一緒、ですよ」
俺はその言葉に何も言えなかった。
彼女の素直な思いが伝わってくる。
俺が彼女に生きてほしいように、彼女も俺に生きてほしいのだ。
「そう、か」
と俺は息を吐いて空を見上げる。
この世界は、俺たちが生きるにはあまりにも過酷すぎる。
死という存在は身近にあって、生きるためには必死にならなくてはいけない。
正直にいって、過酷なこの世界では生きる理由を探すことさえも大変なぐらいだ。
――それでも。
俺たちは生きなくてはならない。
死ぬのは怖いし、誰だって死にたくはないから。
モンスターが当たり前のように存在しているこの現実で、ゲームのシステムが現実に影響するこのクソみたいな世界で、俺たちは生きていくしかない。
「ああ、そうだな」
と俺は言った。
「二人で生きよう。このクソゲーの世界で」
「はい!」
と有翼の少女は笑った。
夕闇が伸びて、空には群青が広がる。
もう間もなく、この世界に夜がやってくる。
今夜は少しだけ、いつもよりほんの少しだけ長く。
焚火にでもあたりながら、有翼の少女とともに、黄昏の終わりを満喫しよう。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
これにて「種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~」の第一章が終了となります。
合わせて、ここまで読んでいただいた皆様にお願いです。
本作の第一章読了時点での評価を、星1つでも良いので評価していただけると嬉しいです。
また、これまでに評価して頂いた方も、第一章読了時点での再評価をしていただけると、この上ない励みとなります。




