三日目・昼 絶望と祈り、そして……
今回、すべてミコト視点です。
激しい戦闘の音とユウマの叫び声を聞いて美琴が彼の元に辿り着いた時、その時にはすべてが終わった後だった。
何かが叩きつけられた後のように、至る所で凹んだ地面。
地面には血が飛び散っていて凄惨さが際立っている。
そして何より、その地面には二つの影が横たわっていた。
一つは首がありえない方向に曲げられ、全身が緑色をした成人男性ほどの大きさがあるモンスター。
一つは、全身の骨が折れているかのようにボロボロで頭からは大量の血を流し、両腕が内出血を繰り返して赤黒くなった人間。
ホブゴブリンとユウマだった。
「ユウマさん!」
悲鳴に近い叫び声をあげて、ユウマの元へと美琴は駆け付ける。
慌てて美琴がその身体を抱き起すと、全身の力が抜けてぐったりとしていた。
ユウマの顔は血の気がなくなり青白い。
唇は紫色へと変わり、息は細くゆったりとしていた。
「ユウマさん!!」
美琴は、慌ててユウマの胸に耳を押し当てる。
すると、微かだが確かに動く心臓の鼓動の音が聞こえた。
「よかった……。生きてる」
涙を流して、美琴は安堵の息を吐き出す。
しかし、安心してもいられない。
ユウマの容態が危険なことには変わりがなかった。
美琴は、ユウマの言っていたことを思い出した。
――病院もないこの世界で、怪我をすれば致命傷につながる。
まさに、今がその状況。
元の世界ならば助かるかもしれないその傷でも、この世界では治療する手段がないのだ。
「そうだ! 確か、ユウマさんは救急セットを持っていたはず!」
言って、美琴は近くに放り投げられていたユウマのバックパックを手に取る。
中から救急セットを取り出し、ユウマの頭の傷の止血をするべくその中身からガーゼと包帯を取り出すとユウマの頭に当てて包帯を巻いた。
――カシャン。
と何かが落ちる音が響いた。
「――!」
驚いて、美琴は音がした方向へと目を向ける。
見れば、ユウマが倒したのであろうホブゴブリンが色を失って消えていくところだった。
今響いた音は、どうやらホブゴブリンが身に着けていた皮鎧が地面に落ちた音らしい。
モンスターではなかったことに美琴は息を吐いた。
その時であった。
≫≫ホブゴブリンの討伐を確認しました。
「ひゃあっ!?」
突然響いたその声に美琴は肩を飛び上がらせる。
その声は美琴のポケットと――少し離れた草むらから聞こえていた。
≫≫ストーリークエスト:放浪する小鬼 が完了しました。
美琴はゆっくりとユウマを地面へと寝かせると、慎重に草むらへと近づく。
草むらを掻き分けると、そこにはユウマのスマホが落ちていた。
スマホを手に取って、美琴はユウマの元へと戻る。
≫≫ストーリークエスト:放浪する小鬼 の報酬を獲得します。
美琴とユウマ、二人のアナウンスは止まらない。
その内容に、美琴は僅かばかり眉を跳ね上げた。
「報酬」
できれば、回復薬とかそういう類のものが欲しい。
祈りにも似た思いで美琴は次の言葉を待つ。
≫≫武器:小太刀を入手しました。
と聞こえたのはユウマのスマホからだった。
≫≫武器:直槍を入手しました。
と聞こえたのは美琴のスマホからだった。
美琴は、その内容に激しく落胆する。
武器は確かにこの世界では必要なものだ。
けれど、その報酬は今欲しいものじゃない。
今の美琴が心から欲している物は、ユウマの命を救うことが出来る物だけだ。
「ユウマさん」
美琴は悲痛な面持ちでユウマの身体を抱きしめる。
可能ならば、自分のHPを分け与えたいぐらいだった。
≫≫ストーリークエストの初回クリアボーナスが与えられます。
そして、続いて聞こえてきたその声に美琴は自分の耳を疑った。
「一つ、だけじゃないの?」
初回クリアボーナス。
ボーナスと言うからには、今の自分たちを助ける物のはずだ。
沈み込んだ美琴の胸に、再び小さな希望が光が灯る。
「お願い、神様……」
美琴は手を組んで祈った。
ユウマが助かる物を、何かしらのアイテムが貰えるように、と。
≫≫スキル:未知の開拓者に新たな効果が追加されました。
最初に聞こえてきたのはユウマのスマホからだった。
スキル効果の追加。
その言葉に、元来からのゲーム好きである美琴の興味が僅かばかり惹かれたが、すぐに気を取り直した。
スキルに効果が追加されたところで、ユウマの命を救うことはできないのだ。
≫≫スキル:天の贈り物に新たな効果が追加されました。
次に美琴のスマホから同じ様な内容が聞こえてきた。
美琴は祈るような気持ちで次の言葉を待つ。
けれど、いくら待っても次の言葉は出てこない。
今のシステム音声が最後のアナウンスだった。
その事実に、美琴は絶望で目の前が真っ暗になるのを感じた。
「そんなッ!」
これでは、ユウマを助けることなんて出来やしない。
腕に抱くユウマの身体は今や体温が下がりだし冷たくなってきている。
慌ててユウマの胸に耳を押し当てると、その鼓動はもはや聞こえなくなっていた。
「そんな、嫌! 嫌だよ、ユウマさん!!」
必死で美琴はユウマに呼びかける。
けれど、ユウマの反応はない。
それどころか、ますます顔の血の気はなくなり、今やユウマの顔は紙のように真っ白となっていた。
このままだと、ユウマが死ぬ。
美琴は頭の中が真っ白になるのを感じた。
「っ!」
美琴は唇を噛みしめる。
恐怖がなんだ。
怯えがなんだ。
怖かったのはユウマだって同じだったはずなのに。
それなのに、彼は自分の感情を押し殺して、自分を犠牲にしてまで私を逃がしてくれた。
私がもっと早く、ここに来ていれば……。
そうすれば、彼がひとりで戦わずに済んだかもしれない。
そう考えれば考えるほど、美琴は悔しさで胸がいっぱいになる。
臆病な自分が嫌だ。
何もできない自分がもっと嫌いだ。
「誰か、誰か助けて!」
美琴は声を出さずにはいられなかった。
自分自身では目の間の彼を助けることが出来ない。
その事実に、悔しさで涙が溢れてくる。
「お願い、誰かッ……!」
けれど、美琴の声に反応する人は誰もいない。
叫んだところで、あの時のように助けてくれる人は誰もない。
颯爽と飛び出して自分を救ってくれた人は目の前で倒れているのだ。
「ユウマ、さん……!」
無力な自分が悔しくて、悲しくて、とてつもなく嫌だった。
私に魔法が使えれば――。
そんなことばかりが頭の中を過る。
当たり前に考えて、現実で魔法は使えない。
けれど、ここは現実でもありながらゲームの世界でもあるのだ。
だとするならばきっと、この現実でもゲームのような回復魔法が使えるはず……。
「神様……」
目の前の彼を助けたい。
その一心で、美琴は祈りを捧げた。
「お願い……!」
今の美琴に魔法は使えない。
それは、ユウマとともにすでに実験し、証明している。
それでも今の美琴には、その奇跡に頼るしかなかった。
「この世界に魔法があるなら、この瞬間だけでいい……。お願いです、神様。私に、奇跡を与えてください。彼を治したいんです。―――― 『ヒール』!」
涙を流しながら、美琴は心の赴くままに、美琴はその言葉を言った。
その瞬間だった。
美琴の身体から光が溢れた。
「えっ?」
呆然とする美琴の目の前で、その光は徐々に大きくなり、やがてユウマの身体を覆う。
ユウマの頭から流れていた血が止まり、真っ白になっていた顔色に血の気が戻っていく。折れていた肋骨は接合し、地面に叩きつけられたことで出来たユウマの身体中についていた痣が消えていく。切れていた筋肉は再びつながり、内出血で真っ黒になっていた腕はかつての肌の色を取り戻していく。
奇跡、としか呼べない現象だった。
ユウマの傷が治るにつれて光は小さくなって、やがて光は消えた。
あとに残ったのは、穏やかに寝息を立てるユウマの姿だった。
次回、またユウマ視点に戻ります。




