三日目・昼 覚悟の代償
この、化け物め。
俺は舌打ちを隠せなかった。
「げぎゃぎゃ」
ホブゴブリンは口元を歪めると、その顔面に打ち付けた俺の左足を掴んだ。
「くっ」
その拘束から逃れようと、身体をよじるがホブゴブリンの拘束は緩まない。
「げぎゃ!」
ホブゴブリンが腕を振り上げた。
それに合わせて俺の身体が宙に浮かぶ。
――マズい!
咄嗟に、俺は腕で頭を守った。
瞬間、耳元に風切り音が聞こえて俺の身体は地面へと叩きつけられた。
「がっ――――」
息が詰まり、意識が飛ぶ。
「ぎひっ」
ホブゴブリンが嗤い、また俺の身体を持ち上げたのが分かった。
「っ―――」
再び、俺の身体は地面へと叩きつけられる。
何度も、何度もホブゴブリンは俺の身体を地面へと叩きつけた。
何度も意識が飛び、叩きつけられた衝撃で意識が戻る。
「げぎゃ!」
最後にホブゴブリンは俺を近くにある樹木へと投げつけ、
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
と嗤い声をあげた。
ホブゴブリンが用は済んだ、とばかりに俺に背を向ける。
俺は、その後ろ姿をただ黙って見ていることしかできなかった。
……やっぱり、ダメだった。
アイツには勝てない。
「――だ」
彼女を守ることなんてできない。
「――まだだ」
彼女を助ける、という約束も果たせそうにない。
「まだだ!」
心の声を無理やり自分の叫び声で消して、俺は両足に力を入れて立ち上がった。
足が震える。
目が霞む。
頭は割れるように痛み、身体は悲鳴を上げている。
もう、諦めろと心の中の弱い自分が囁いてくる。
「がはっ」
咳こむと、口から血が出た
どこか内臓が傷ついたかもしれない。
それでも――。
「まだ、生きている」
俺はポケットからスマホを取り出し、ステータスを見る。
古賀 ユウマ Lv:4 SP:0
HP:10/26→3/26
MP:6/6
STR:12
DEF:8
DEX:8
AGI:10
INT:6
VIT:9
LUK:21
所持スキル:未知の開拓者 曙光
残りHPは3。
死にかけだ。
あと一撃でも食らえば俺は死ぬ。
死ぬのは怖い。
死にたくはない。
「なら、アイツを殺せ」
スマホを捨てて、俺はふらふらとホブゴブリンに向けて歩き出す。
「全力で殺せ」
ホブゴブリンの後ろ姿を見据えて呟く。
まだだ。まだ覚悟が足りない。
命を燃やせ。頭を回せ。どうすれば、アイツを殺せるのだけを考えろ。
恐怖を捨てろ。怯えを捨てろ。希望を捨てろ。平和な世界で生きてきた過去を捨てろ。
俺の――いや、俺たちの未来はアイツを殺した先にある。
その未来を掴み取ることだけに、全力を捧げろ。
「ふぅううー……」
長く、長く息を吐いて、
「ッ」
止めた。
悲鳴を上げる全身に力を入れて――それだけで意識が飛びそうになるのを唇を噛んで踏み止まり、ホブゴブリンに向けて一気に駆けた。
「あああああああああ!」
正真正銘のラストアタック。
身近に迫った死の恐怖を振り払い、俺は叫び声をあげてホブゴブリンの背中へと組み付く。
「げぎゃ!?」
慌てた声をホブゴブリンがあげた。
だが、反撃を許すわけにはいかない。
食らうわけにはいかない!
文字通り、俺は満身創痍。たった一撃掠るだけでも死んでしまうのだ。
「うわぁああああああああああああああああ!!」
声を出して、俺はホブゴブリンの首にヘッドロックを掛ける。
それから、全力でその首を絞めにかかった。
「ぎっ」
ホブゴブリンの息が詰まる声が聞こえた。
激しく暴れるホブゴブリンから振り落とされないよう、俺は必死でしがみつく。
「折れろ、折れろ、折れろぉおおおおおおおお!!」
両腕に力を込める。
筋肉が膨れあがり、俺の腕に筋が走る。
上昇したステータスが、全力で俺の身体能力を強化する。
でもそれだけじゃ足りない。
コイツに勝つには、ステータスの限界まで力を引き出さなくてはならない。
「ああああああああああああああああああああああ!!」
叫びをあげて、さらに限界以上の力を込める。
死にかけだからなのか、それとも俺の脳がバグったのか。
おそらくはその両方だろう。
いわゆる火事場の馬鹿力というやつだ。
リミッターが外れた俺の脳は、限界以上の力を出すように俺の筋肉へと指令を出した。
――ブチブチと筋肉が切れる音が俺の両腕から響く。
だが、痛みはない。
アドレナリンが相当出ているのだろう。
「くそがぁああああああああああああああああああああああ!!」
叫び声とともに、さらに力を込めた。
筋肉繊維が切れる音が断続的に響き、血管が破れて内出血をしたのか俺の腕が赤黒く染まる。
「ぎ、ぎ、ひ」
口から涎を垂らしながら、ホブゴブリンの顔が真っ赤に染まっていく。
最初は、必死に俺の両腕を剥がそうと暴れていたが、時間が経つにつれてその動きは弱くなっていく。
「ぎ……。ぐ…………」
いつしか、ホブゴブリンの顔の色は緑から紫色へとなっていた。
口から垂らしていた涎は泡へと代わり、首を絞める俺の拘束から逃れようとする力はなくなっていく。
――――――――ボキッ。
骨が折れる。
ホブゴブリンの首はありえない方向へと曲がった。
ホブゴブリンの全身が一気に脱力する。
慌てて手を離すと、ホブゴブリンの身体はそのまま地面へと倒れた。
「ゼェヒュッ、ゼェヒュッ、ゼェヒュッ、ゼェヒュッ、ゼェヒュッ……」
自分でもマズい呼吸をしているのが分かった。
限界以上の力を入れたからか、筋肉が固まって腕が動かない。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ………………」
次第に、目の前が黒くなっていく。
身体が重い。
目を開けているのさえも辛い。
息を続けるのさえも苦しい。
立っていることさえも辛い。
少しだけ、少しだけ身体を休めよう。
そう思った時には、俺の身体は地面へと倒れ込んでいた。
もう一ミリも身体を動かすことが出来ない。
でも――――――。
「これ……で、大丈…………夫だ」
彼女を襲う脅威はなくなった。
それだけで、十分だった。
≫≫ホブゴブリンの討伐を確認しました。
≫≫ストーリークエスト:放浪する小鬼 が完了しました。
≫≫ストーリークエスト:放浪する小鬼 の報酬を獲得します。
≫≫武器:小太刀を入手しました。
≫≫ストーリークエストの初回クリアボーナスが与えられます。
≫≫スキル:未知の開拓者に新たな効果が追加されました。
次回はまたミコト視点から。




