二日目・昼 パーティーシステム
その声は、お互いのポケットから聞こえた。
聞き覚える女の機械音声。
俺たちはその声にハッとして、お互いの顔を見つめる。
「この声……」
最初に口を開いたのはミコトだった。
俺はミコトの言葉に頷きを返す。
「ああ、あの音声だ」
言って、俺は今のアナウンスを思い返す。
プレイヤー間の友好関係、というのは俺とミコトのことだろう。
パーティ、というのもこの世界がゲームと現実が入り混じった世界であることを考えると理解することができる。
しかし、なぜそれが今この瞬間に起きたのか。
ミコトと行動するようになって、それなりに時間は経っている。
パーティという概念があったのだとしたら、ミコトと行動することを決めたあの時にこの音声は流れているはずだ。
(もしかしてこの世界でパーティを組む前提として、何か条件があるのか?)
プレイヤー間の友好関係を確認した、とあの声は言っていた。
友好関係、というものがパーティを組む条件なのだとしたら、俺たちの直前に取っていた行動がそれの鍵となるはず。
「握手、か?」
文字通り、手を互いに組むこと。
それがパーティ結成の条件なのだろうか。
それにしても、前からも思っていたことだけど、このゲームシステムは不親切すぎる。
プレイヤー同士で握手をすることで、パーティが組めるのであればどこかに記載しておくべきだ。
ステータスの表記やSPの割り振りだってすべてが手探りで、どんなゲームシステムがあるのかすら未だに謎。
日本人で、常日頃から握手をするのは政治家か商談をまとめるサラリーマンぐらいなものだろう。
相変わらずのクソゲーっぷりに、盛大に舌打ちをしたくなる。
「あの、ユウマさん?」
そんなことを考えて怖い顔にでもなっていたのだろうか、ミコトがおずおずと話しかけてきた。
「ごめん、なんでもない」
と首を横に振ると笑顔を努めた。
「どうやら、パーティが組めるみたいだな」
俺はゲームシステムに対する不満を声に出さないようにして、今しがた流れた音声の内容へと意識を切り替える。
「何か、変わった?」
「あ、それなら」
ミコトが小さく手を上げた。
反対の手にはいつの間に取り出したのか、ミコトのスマホが握られていた。
「スマホの画面に、文字が出てます」
言われて、俺もスマホを取り出して画面を開く。
すると、そこに一つのポップアップが表示されていた。
≫柊ミコトへパーティの申請を行いますか? Y/N
「……ミコトへのパーティ申請画面が出てるな」
「私の画面には、『古賀ユウマへパーティの申請を行いますか?』と出てます」
俺たちは顔を見合わせる。
「押してみるか?」
「ちょっと待ってください! そもそもパーティを組んで、何か利点があるんでしょうか」
心配そうな顔でミコトがそう言った。
「今だって、私たちは一緒に行動してますし、これはもうパーティを組んでいるようなものです。もし、あの声に促されてこれを押して……。それで何かしら悪いことが起きるという可能性も考えられます。ここは慎重にするべきです」
どうやら、ミコトはあの音声に警戒心を抱いているようだった。
まあ、その気持ちも分からなくもない。
あの音声はトワイライト・ワールドのシステム音声だ。俺たちを無理やりにこの世界へと連れてきたあの声に従って、大丈夫なのかと思うのは普通のことだろう。
「確かにな」
俺はミコトの言葉に頷いた。
「でも、それは大丈夫だと思う」
「どうしてですか?」
「勘、だな」
「勘ですか」
不安な顔でミコトは言った。
慌てて俺は言葉を継ぎ足す。
「もちろん、そう思う理由はあるぞ? 前にも言ったけど、この世界はゲームでありながら現実でもある、そうだろ?」
「ええ、そうですね」
ミコトは頷いた。
「ミコトもゲームをするなら分かると思うけど、ゲーム内でパーティを組むって行為はデメリットよりもメリットであることが多いんだよ。パーティ人数に応じてステータス上昇のバフがついたり、獲得経験値量が増えたり」
「……つまり、この世界でも同じだということですか?」
「それは分からない。もしかすれば、何もないのかもしれない。でも、やってみる価値はあると思う」
「……分かりました」
納得するかのうように、ミコトは笑った。
「まあ、ユウマさんとパーティを組むのは私も大歓迎ですから」
「ありがとう」
俺は頭を下げて、手元のスマホの画面へと目を落とす。
「それじゃ――押すぞ?」
何も言うことなく、ミコトは頷いた。
ぎゅっと、心配そうにミコトがスマホを握りしめるのが分かる。
そのミコトの様子を見ながら、俺はポップアップウィンドウの『Y』をタップした。
「――申請が届きました」
ミコトがスマホの画面を見ながら声を出した。
「なんて出てる?」
「『古賀ユウマからパーティの申請がきています』って文字がでてます。……これ、承諾とかどうするんでしょう?」
「YとかNとかの文字も一緒に出てないか? Yを押せば承認されると思う」
「ありました。……押します!」
固い面持ちで、ミコトはゆっくりとスマホ画面に触れた。
瞬間、俺の画面には別の文字が表示される。
≫柊ミコトがパーティ申請を受諾しました。
≫柊ミコトとパーティを結成します。パーティ間では獲得した経験値が共有されます。
「……どうやら、無事にパーティが組めたみたいだな」
自分のスマホ画面を見つめながら、俺は言った。
そして、思った通りパーティを組んだことによるメリットが表示されている。
「獲得経験値の共有、か」
俺は表示された文字を読み上げた。
経験値が増えたり、ステータスにバフが付いたりするわけではないが、それでもパーティを組んだことで得た恩恵は非常に大きかった。
「あの、何か変わったことがありましたか?」
どうやらミコトの画面には、俺の画面に表示されている内容が映っていないらしい。
俺はスマホの画面に書かれていることをミコトへと伝える。
「経験値が俺とミコトで、共有化されたみたいだ。これからは、俺がモンスターを倒しても、ミコトがモンスターを倒しても、俺たちは同じ経験値が獲得できるようになった、らしい」
それは言ってしまえば、パワーレベリング――もしくは養殖と呼ばれる行為が出来るようになったということだ。
レベルやステータスの高さによって生き残る確率がグンと上がるこの世界では、パワーレベリングが出来るということは非常に大きい。
もしミコトが一人でもモンスターを倒せるぐらいのステータスとなれば、お互いに分かれてモンスターを狩ってもいいわけだ。
その際に得られる経験値効率は単純に二倍。より早くレベルアップができるようになる。
「つまり私にも経験値が入るようになった、ということですか?」
「まあ、簡単に言うとそうだな」
俺はミコトの言葉に頷いた。
ミコトは「そうですか」とつぶやくとスマホの画面へと目を落とした。
それから、何かを考え込むようにジッとその画面を見つめると、決意を込めた表情で顔を上げる。
「それじゃあ、これからは……。私が強くなれば、いつかは、ユウマさんの役に立てるということですね? 私も一人でモンスターを倒せるようになれば、それがユウマさんの力になる、そういうことですよね?」
「そうだな」
「そう、ですか」
俺の言葉を聞いて、嬉しそうにミコトは笑った。
「私、早く強くなってユウマさんと一緒に戦えるようになります!」
「――そうか」
俺は短くそう言った。
いや、そう言うことしかできなかった。
あまりにも彼女が嬉しそうで、その笑顔を向けられた先が俺だというその事実があまりにも気恥ずかしくて、何を言っていいのか分からなかった。
あまり気にしないようにしていたけど、彼女の容姿はモデルやアイドルかと思うぐらいに可愛らしい。
そんな見た目の子が、しがない大学生でしかない俺に笑顔を向けてくるのだ。
照れるな、というのが無理なものだ。
これで照れないやつは男じゃないと断言できる。
「改めまして、よろしくお願いします」
ちょこん、と彼女が頭を下げる。
「あ、ああ」
俺は気恥ずかしさから顔を背けた。
今は、まともに彼女の顔を見られなかった。
「ユウマさん?」
「――なんでもない。それよりも、早く進もう。ゆっくりしてると、またモンスターに襲われるかもしれないし」
気持ちを切り替えるように、俺は頭を横に振ると前へと足を踏み出す。
「はい!」
とミコトは元気よく返事をして隣に並んだ。
その隣に並んだ存在に、俺は先ほどのミコトの言葉を思い出す。
(……仲間、か)
背中を預けるにはあまりにも彼女の背中は小さい。
それでも、この世界で唯一安心が出来る頼もしい背中であることは間違いがなかった。




