準備
投稿おそくなりました……。
「――――それで? 結局のところ我らは何をすればいいんじゃ?」
その言葉を言われたのは、彼女たちの手によって部屋から連れ出されてしばらく経ってからのことで。彼女たちが準備を整えると言って、『ギルド』に関するあれこれを他のプレイヤーに指示を出し終えた後のことだった。
廃ビルの一室――おそらくは何かの催し物か何かで使われていたであろうそれなりの広さがあるその場所で、彼女たちの指示によってバタバタと動く『ギルド』メンバーのプレイヤー達をぼんやりと眺めていた私は、その言葉でハッと我に返るといつの間にか傍に近寄ってきていた彼女へと目を向けた。
全身をすっぽりと覆うフード付きの黒いローブ。その顔を隠す木彫りの仮面。ローブの袖や裾から覗く四肢にはその皮膚を隠すように幾重にも包帯が巻かれていて、一見するとそれが誰なのかが分からない。
けれど、その声と特徴的なその口調に、私はその人物がクロエだということにすぐさま気が付いた。
「その恰好……」
と、思わず口をついて出たその言葉に、仮面の奥でクロエが喉を鳴らして笑う気配を感じた。
「陽に焼かれんための対策じゃ。今の我にとって、昼間の時間は地獄に等しい。ほんの少しでも皮膚が直で陽に当たろうものなら、その皮膚は途端に焼かれてしまう。……こうしておれば、いくらかはマシになるからの」
そう言って、クロエは仮面を外して見せるとニヤリとした笑みを浮かべた。
「で? 先程も言ったが、我らはこれから何をすればいい? お主の言う、助けてほしいプレイヤーはどこにおるんじゃ」
「あ、えっと……。私がこの箱庭に堕ちる前は、彼は呉の近くの海に居ました」
私はクロエの問いかけに答える。
するとその言葉に、クロエは眉を顰めると分かりやすく首を捻った。
「……呉? どこじゃそれ」
「正確な場所は私もあまり…………。人の子達の街のことなんて、今まで気にしたことも無かったから」
「――――あぁ。元は神様じゃったな、そう言えば」
クロエは私の言葉に小さなため息を返すと、少しだけ考え込む素振りを見せて視線を動かした。
「――シロ!」
クロエの大声が廃ビルの室内に響く。
すると、私達から離れた場所で旅支度を整えていたミコトがその声に気が付いて、ゆったりとした歩調で傍に寄って来た。
「どうしましたか? クロ」
そう問いかけるミコトの恰好は、トワイライト・ワールドで支給される麻のシャツとズボンを身に付けていて、異様な出で立ちであるクロエとは違っていつもと変わりがない。
私の記憶の中では、ミコトはその背中にある翼を隠すために常時ローブを羽織っていたはずだが、この世界でのミコトはそれすらもしていないようだ。
クロエは、そんなミコトを見慣れているのかさして気にも留めず、ミコトが傍に寄ると会話の続きを口にした。
「今、我らの行先についてこ奴と話していたところなんじゃが……。シロ、お主は〝呉〟という場所に聞き覚えがあるか?」
クロエの言葉に、ミコトの目が微かに大きく見開かれる。
「……呉? 呉って、広島の呉のことですか?」
「遠いのか?」
「ええ、まあ。少なくとも、日帰りで行けるような場所ではないですね」
その言葉に、クロエは胸の内に湧いた感情を隠すように鼻から息を吐き出した。
「……実際に行けば、どのくらいじゃ?」
「さあ? 私もそこまで歩いたことはないので何とも言えませんが……。今の私たちが全力で走って移動をしても、少なくとも三日以上はかかると思います」
「――――三日、か。長いの」
ミコトの言葉にクロエがため息を吐き出す。
おそらく今、彼女の頭の中では、三日という時間と現状の彼女たちが置かれた状況の損得を考えているのだろう。
けれど、一度引き受けると言った手前、私の頼みを今さら突っぱねることも出来ないのか、クロエは顔を覆ってもう一度深いため息を吐き出すと、絞り出すように言葉を吐き出した。
「………………まあ、よい。移動しながらでもモンスターを狩っておればレベルも上げることが出来よう。前向きに考えれば、ここよりも経験値の多いモンスターがおるかもしれんし……」
すると、その言葉にミコトは眉を微かに顰めると、おずおずといった様子でクロエに声を掛けた。
「あの、クロ。私が今言った言葉は、あくまで私たちだけで移動した場合の話です。今回の移動は、その……。三日以上はかかるかと」
そう言って、ミコトがちらりとした視線を私に向けた。
その視線の意味に、クロエもミコトが何を言いたいのか察したのだろう。
ハッとした様子で私の顔を見つめると、途端に彼女は苦虫を嚙み潰したような渋面を浮かべて、私に確認をするように問いかけた。
「……のう、お主。確認するが――レベルは、いくつじゃったか?」
「…………3、です」
と、私は伏し目がちに小さな声で言った。
これまでの会話の流れを聞いていれば、さすがの私でも彼女たちが言いたいことを察する。
間違いなく、彼女たちとはかけ離れた私のレベルが――ステータスが、彼女たちの足を引っ張っている。
「……ごめんなさい」
と、私は消え入るような小さな声で、謝罪の言葉を口にする。
するとクロエは、そんな私の言葉に唸るような声を出して頭をガシガシと掻くと、すぐにその動きを止めて、それから何度目になるか分からないため息を吐き出すとゆっくりと声を出した。
「――――いや、いい。お主が気にすることではない。お主の依頼を受けると決めた時から、それはあらかじめ覚悟していたことじゃ。お主が気に病むことではない」
「でも、私のレベルがもっと高ければ――――」
「じゃから、気にするでないと言うとる。そもそも、時間に余裕が無いのは我らの都合じゃ。お主はお主の都合で我らを頼り、我らは我らの都合を鑑みてそれでもお主の頼みを引き受けた。じゃから、お主がこの件で気に病むことは何一つない」
クロエは、めんどくさそうに手を振りながら、私に言い聞かせるようにして言った。
それから、クロエはふと何かを思いついたのか。その口元をふいにニヤリと吊り上げると、私の顔をジッと見つめてきた。
「――――じゃが。少しでも申し訳ないと思うのなら、お主自身が強くなってステータスを上げてくれると助かるの」
「ステータスを上げるって、レベルを上げるってこと?」
「そうじゃ。お主自身のステータスが少しでも上がれば、その分だけ移動速度も上がる。そうなれば、我らももっと早くこの依頼を終わらせることが出来る」
「それは、そうなんだけど……。今のトワイライト・ワールドで、レベルなんてそんなすぐに上げられるものじゃ――」
と、私がクロエの言葉に言い返したその時だ。
それまで黙って会話の成り行きを聞いていたミコトが、クロエの言いたいことを察したのか、「ああ、そういうことですか」と呟き声を漏らした。
クロエは、ミコトに向けて何かの確認をするように視線を動かす。
するとその視線に気が付いたミコトは小さく頷くと、
「ええ、私は構いませんよ」
とクロエに言い返した。
「うむ、それじゃあ決まったの」
とクロエは言った。
「あの、何の話をしているのかさっぱり分からないんですが……」
と私は二人に向けて言う。
するとクロエは、私の言葉にニヤリとした笑みを浮かべると、
「――なあに。レベリング狂いによる、ちょっとしたパワーレベリングじゃよ」
そう言って、喉を鳴らすように笑うのだった。
明日も更新予定です。




